噴出
辺りに散乱する不自然な木片。事情を知らない者が見れば不審なことこの上ない状況。
さて、どうやって説明するか……何だか説明が段々と面倒になってきたのは気のせいだろうか?
「あぁ、これは……橋を作ろうかと思ってな」
「橋、でしょうか?」
首を傾げるバディスを見て、当たり前の反応だと得心する。我々には橋など必要ない。川を越えたければ先ほどの二人のように飛べば良いだけだ。
「そこに荷台があるだろ? 馬車でこの川を越えたかったのだが、馬では渡れなくてな」
「なるほど……それにこの木片、木の橋を作るおつもりですか?」
「そうだ。理解が早くて助かる。だが木製では剛性が足りないだろう」
理解が早い、が誉め言葉だったのだろうか? バディスの顔に僅かながら喜色が浮かんでいる。そして隣のカメオウは口を開けてぼぉっと立ったままだ。その姿に可愛らしさを感じるが、それは何かに目覚める前兆ではないはず。最近色々なことが起こり過ぎて、どうも感情が追い付いていないようだ。
「確かに……では基礎を木で作り、上に石板を乗せましょう」
「それでいけるのか? まぁ、お前に任せる」
「ありがとうございます」
優雅に一礼したバディスが、顔を上げてカメオウに振り向く。
「カメオウ、木片を一緒に集めるのである」
「は、はい!」
カメオウを誘ったバディスが、黙々と木片を拾い集め始めた。カメオウが木片を集める姿には微笑ましいものを感じるが、バディスが拾い集める姿には大きな違和感を覚える……何故だ?
顎に手を当て暫く悩んでみるが、違和感の明確な理由がわからない。
「私も集めるか……」
「カミュ様のお手を煩わせるほどでは! その場でお待ちください」
木片を拾おうと腰を屈めた瞬間、バディスから強く窘められた。三人の方が早く集まると思ったのだが……まぁいい。ただ、伸ばしたこの手の居場所がない。そしてちょっとだけ心が寒い。
虚しさを押し殺して姿勢を戻し、両手を腰に当てて周囲を見渡す。正直に言って暇だ。ボーッと立っているのも間抜けなので、インベントリから魔王専用椅子を取り出して座る。足でも組めば、それっぽく見えるだろう。
立っても暇、座っても暇なので、二人の作業風景を見ながら先ほどの違和感について考察する。
「集める……集めさせる?」
疑問に包まれていた頭脳に一筋の光明を得て、思考を覆っていた靄が霧散する。(そうか、わかった!) 彼は何処をどう見ても献身的な人間……いや、魔族には見えないし似合わないのだ。バディスを正確に表現するならヒモ、それが最適だろう。
ヨレヨレのワイシャツを大きく開けて、グラス片手に泥酔するバディスを脳裏に浮かべてみる。似合う、似合い過ぎる!
そしてただ飯喰らいの癖して献身的な女性を顎で使いながら、自分が如何に素晴らしい存在なのかを延々と繰り返して説明する。(か……完璧だ)
「カミュ様、我輩の顔に何か付いているでしょうか?」
「ん? あ、あぁ……相変わらず男前が過ぎると思ってな」
「え!? あ、ありがとうございます」
良からぬ思考を咎めるようなタイミングで、バディスが此方へと振り向いた。一瞬心を読まれた!? とも思ったが、ヤツに限ってそんな可能性はない。良いところで、斜め上方向特化の強化タイプだろう。
それにしても、思わず適当な言い訳で逃げてしまったが上手く誤魔化せただろうか? 少し赤みのあるバディスの顔が、見たい訳でもないのに気になってしまう。
もう失礼なことを考えるのは止しておこう。振り向かれる度にドキッとするのは精神上よろしくない。ただ、ドキッとしても心臓の鼓動が高まらないのは何故だろうか? あまりの脈動のなさに本当に血が通っているのか心配になってくる……。
ズキンドキンとするのはキュートなヒップだけなのかもしれないと、益体も無いことを考えている内に二人の木片集めは終わりを告げていた。
「二人共ご苦労。早かったな」
「お待たせして申し訳ございません。それでは橋を作りましょう」
労いに一礼で応えるバディスを見たカメオウが、慌てて同じように一礼する。幼い少年が慌てる姿に微笑ましさを覚えながら、もしこれがおっさんだったらとつい蛇足な妄想を膨らませる。
慌てふためくおっさんの照れ笑いは正に極悪、その醜態は脳裏に浮かべなければ良かったと後悔するほど。失敗した後ではにかもうものなら極刑は避けられない。
やはりおっさんは口数の少ないタイプが精神的に……いや、そうじゃない。もう本当に余計なことを考えるのは止しておこう。
「石橋は良いのだが、石はどうするのだ? それと木材で基礎を作るのであれば、これでだけで本当に大丈夫か?」
「石については、フルーレティをお呼び頂ければ問題ございません。木材は……橋の幅にもよりますが、どの程度をお望みでしょうか?」
辺りを見回したバディスが当然の疑問を投げかける。もし大した確認も無しに「出来る」などと言われても、それはそれで不安が募るだろう。前世で言う大陸方面の業者に多く見られる傾向だ。
「幅は、馬車が擦れ違える程度の余裕が欲しいな。ところでフルーレティとは、鏡を持っている配下のことか?」
「……え? あ、その通りです。鏡とは彼女が持つニトクリスの鏡のことでしょうか?」
配下の特徴を改めて聞いたことに、バディスが大きく目を開いた。まぁ自分が逆の立場なら同様の反応を見せるだろう。
配下を忘れている(実際には知らない)のは非常に不味いと改めて思うが、知らないものは知らないのだから仕方がない。
アスラあたりに一度レクチャーを受けた方が良いだろうと考えつつ、バディスから出た気になるワードを確認する。
「ニトクリスの鏡……? あぁ、悪魔召喚に使う鏡か」
「その通りです。ショゴスやアヌビス、アポピス等が召喚可能です」
良く出来た生徒を見つめるように、笑みを湛えながら答えるバディス。どことなく小馬鹿にされているようなむず痒さを覚えながら、鏡から出てくるという悪魔達を想像してみる。うん、一貫性がない。
スライムにジャッカルに蛇……壁役にすらならない気もするが、その思考は短絡的なのだろうか?
無料で召喚出来るなら無限召喚しようとも費用対効果の問題はない。だが、帰還させられないのであれば食費等で問題が生じるように思える。
「フルーレティは石化の魔眼を持っておりますので、橋に使用する石材は彼女に用意させます」
「なるほど。それは便利な能力……石化って木材をか?」
「はい、左様に御座いますが?」
石化の魔眼と言えばゴルゴン三姉妹のイメージだろうか。メドゥーサやエウリュアレーは覚えているが、長女の名前が思い出せない。何となく四天王と語感が似ていた気がするが……思い出せん。
長女の名前を探す記憶捜索の旅から道半ばで帰還し、今までの経緯をバディスへと伝えた。
「実はな……馬に馬車を牽かせて川を渡ろうとしたのだが、溺れ死んでしまってな」
「……え?」
バディスが信じられないものを見る目でこちらを凝視している、ような気がする。色んな意味で恥ずかしいのでもう止めて下さい。
「そこで聞きたいのだが、フルーレティの能力で馬をゴーレムにすることは可能か?」
「あ、いえ。石像にすることは可能ですが、彼女だけではゴーレム化は不可能です。ですがカミュ様は石像のゴーレム化が可能なはずですが……?」
「……え?」
目が点になる。聞いたことも無いし、当然ながら自覚もない。さてどうしようかと悩んでいると、バディスからの援護が飛んで来た。
「そういえばご記憶が……申し訳御座いません。詠唱ならアスタロトが把握しているはずです」
「そ、そうか……」
バディスの気遣いが心に突き刺さる。何故だろう、嘘をついている所為なのか? 正体を隠していることに後ろめたさを覚えるが、今ここでゲロするほど迂闊にはなれない。
素直に告白、そして惨殺のコースを選択出来るほど、私はまだ人生経験を積んではいないのだ。
私に記憶が無いことを知ったカメオウが、驚きのあまりバディスを二度見している。驚かせてスマンな、カメオウっち。
「すみません、本題は木材の量でした。木材は……この倍の量が必要かと」
話の腰を折ったことに恐縮したのか、真面目な顔をしたバディスが、橋作りに必要な木材の量を冷静に分析する。
「その倍の量でも足りない気がするが……大丈夫か?」
「魔石を使い浮かせるのであれば、その量で十分でしょう」
「魔石で浮かせる? 属性でも付与するのか?」
「はい、アスタロトが重力反転の魔法を使えますので、魔石を浮遊石へと変えられます」
バディスの丁寧な説明に納得はするが、魔石への属性付与がそんな簡単に行えるものなのだろうか?
「その属性付与は、バディスも可能なのか?」
「情けない話ですが……我輩に魔訶は不可能です」
「魔化? 魔に化けると書いて魔化か?」
「まにばける? ……誠に申し訳御座いません、カミュ様の仰ることが我輩にはわかりません。それと魔訶とは”優れている、偉大”という意味です」
ガックリと肩を落としたバディスが、謝罪の後で説明を続けた。自身が不得手としていることを明かされた上に、理解の及ばぬ話を重ねられて落胆したのであろう。
「責めるつもりはなかったのだが、スマンなバディス」
「い、いえ! 滅相も御座いません!」
取り敢えずバディスへと謝ってみたが、彼は慌てふためくように取り乱している。両手の平を小さく前に出して小刻みに左右へ振っているが、一体なんのゼスチャーだろう? 隣にいるカメオウも吃驚したのか目と口を大きく開いている。
素直に謝罪したのにも拘わらず彼等のその反応、何が変だったのだろうか? さっぱり、ビタいち、全くもってわからん。
それにしても熟語の説明が通じないとは驚きだ。バディスは頭が良い方だろうから、この世界には漢字が無いのだと考えるべきだろう。
試しに地面へ「馬鹿」と書いてみたが案の定、バディスもカメオウも読むことは出来なかった。
カメオウから「何の記号ですか?」と聞かれた時は、字が下手糞と言われている気がして少しイラッとしたが、少年相手に大人気ない。もっと自制せねば。
「では、アスタロトとフルーレティの二人を呼び寄せつつ、目の前にあるのと同じだけの木材を追加で用意する、これで良いな?」
「ハッ! お手を煩わせることになり申し訳御座いません」
「気にするな。先ずはアスラへ……いや、木材からにするか」
インベントリから民家を一つ取り出すと、先ほどと同じ方法で爆散させる。
轟音とともに飛び散る木片に目を奪われながら、朝日を受けて舞い落ちる木片に儚い人生を重ねた。
二人が口を開けて呆然としているのは、解体方法に呆れているからだろうか? そうでないことを只管に祈りたい。
「す、素晴らしい解体方法です。建物の構造を熟知した見事な工法でしょう」
「そ、そうか? ありがとう」
お世辞とはなんと耳に心地よいものだろう。心の隙間を優しく埋めてくれる。
バディスの笑みに硬さがあるように見えるのは、彼に対する偏見が未だ残っている所為なのか? いや、カメオウの顔にも間違いなく硬さが残っている。解体方法があまりにも奇抜過ぎたのだろう。
「で、ではアスラへの連絡だな」
「我々は木材集めを再開します」
気まずい雰囲気は、急激な話題の転換で華麗に回避。木材を集める二人へ背を向けて、すかさず脳裏にアスラを思い浮かべた。
想像したアスラは本当に美しい。何故なら会話に伴う変態成分の流出が無いのだから。
『アスラか?』
『か、カミュ様!』
アスラの美声が脳へと直接降り注ぐ。顔が美人だと声も美人になるのだろうか? 因果関係があるのなら一度調べてみたいものだ。
『今、大丈夫か?』
『――はい!』
少しだけ開いた間が気になったが、まぁ大した問題ではないだろう。
『アスラ。――ん? アスラ、聞いてるのか? アスラ?』
『あ! はい!』
かなり大きく開いた間が非常に気になる。通話状況が良くないのだろうか? それとも何時もの病気が発症したのだろうか?
『突然だが、転移魔法陣でアスタロトとフルーレティをこちらへ送ってくれ』
その指示を受けてアスラが執拗に質問を重ねてきた。あまりのしつこさに辟易しつつも、何とか説得を続けて諦めさせる。おそらくだが、アスラは此処に戻るのが自分であると確信していたのだろう。
アスラを此処へ戻すとなれば、必然的にレストエスを帰還させなければならない。レストエスを戻すことに異論は無いのだが、本国で指揮する彼女の姿が全くもって想像がつかない。
今は冒険をする時期ではないのだ。管理能力の無さから国を傾けさせる、正に傾城傾国と呼ぶべきレストエス。そんな物凄く嫌な未来しか想像し得ない私は、本国に残すべきはアスラであるとあっさりと決めた。
『アスラ、頼んだぞ! お前だけが頼りだ』
お決まりの一言を伝えてから、ついでに魔石を注文して人心地つく。まぁ何だかんだ言っても彼女は頼りになる存在だ。アスラには悪いが此処は耐えて貰うしかない。
再び魔王専用椅子に座り、心の中でアスラを思い浮かべてその頭を撫でる。こんなことは自己満足でしかないが、感謝の気持ちだけは忘れずに持ち続けたいものだ。彼女と次は何時会えるのか、私にすら解らないのだから。
それにしても……こんなに偉そうにしていて良いのだろうか? もし別人だとバレた時のことを考えると、自分の身の上が心配で仕方がない。もう今更後戻りは出来ないのだが、なるべく早めに対策を講じるべきだろう。
そんな身勝手なことを考えている間に、二人の木材集めは終了していた。
「二人共ご苦労」
「お気遣いありがとうございます。それでは今度こそ橋を作りましょう」
「頼んだぞ、バディス」
バディスは爽やかに微笑むと、そのまま作業に取り掛かった。カメオウは視界の邪魔にならない位置で、直立不動を貫いている。
ぼぉーっと座っているのも暇なのでカメオウと雑談でもしたいのだが、目の前で黙々と作業するバディスを見てしまうと……なんか気が引ける。
そのバディスだが、彼は長い長い簀の子のようなものを作っていた。不揃いの木材を上手く組み合わせた木組みの枠を、川幅を目指して延々と伸ばしていく姿は正に職人。
簀の子の幅は十メートル程度。何処からどう見ても貧弱かつ強度不足にしか見えないのだが、本当に大丈夫なのだろうか?
「その程度の骨格で、石の重さを支えられるのか?」
「問題御座いません。この柱の太さであれば、百個程度の庚級の浮遊石で支えられるでしょう」
「庚級……」
「あ、失礼しました。永続的な効果が必要なのですね。では己級の魔石がよろしいでしょう」
庚級って上から何番目だ? と考えていただけなのだが、バディスに思いっ切り勘違いされてしまった。そういう意味ではなかったのだが、今更訂正してもお互いが負傷するだけ。ここは黙って頷いておくのが最適解だろう。
無言の頷きを見たバディスが、ホッとした表情で作業に戻る。今まで気付かなかったが、彼も内心は不安だったのかもしれない。
私の曖昧で説明不足で記憶喪失的な指示にもめげることなく、主の要求に応えようとするその姿は正に男前。変態成分を差し引いてもまだプラス域なのは間違いないだろう。
「バディス……」
「何か仰いましたか?」
既に大分距離の空いた作業場から、バディスが此方へと振り向く。
「ありがとう」
「は? あ……いえ」
通常であれば見えるはずのない距離。だがバディスの一礼と、その後の嬉しそうに視線を落とす姿がハッキリと見えた。それにしても……視力の良さが尋常ではない。見えないはずの何かも見えそうで怖いくらいだ。
ふと隣を見ればカメオウが無表情になっている。……何故だ? ちょっと怖いぞ?
カメオウが不機嫌な理由がわからず、何と声を掛けるべきか悩んでいたその時、目の前の空間が突如として歪んだ。
空間の歪みは無色透明、それが次第に青から紫、更に漆黒へと変化すると、最後に厚みが一切ない直径三メートルの円になった。
そして数秒が経過した後、漆黒の闇から二人の女性が静かに歩み出る。アスタロトとフルーレティだろう。
二人は無言のまま魔王専用椅子の前で跪き、項垂れたままの姿勢で微動だにしない。此方から声を掛ける必要があるのだろうか? よくわからなかったので、取り敢えず声を掛けてみた。
「二人ともご苦労。面を上げてくれ」
「ハッ! ありがとうございます」
顔を上げる二人の精悍な面持ちに視線を移し、じっくりと眺めてから誰何する。
「アスタロト」
「ハッ!」
応えたのは、全身黒ずくめのローブに身を纏う漆黒の女性。目深に被ったフードでその表情を窺い知ることは出来ないが、美人なのは間違いないだろう。
「早速だが浮遊石を作って欲しい。魔石は己級、数は百。今すぐ可能か?」
「問題御座いません。魔石はアスラから預かったものを使用してよろしいでしょうか?」
顔に自信を漲らせて、アスタロトが大きく頷く。
「あぁ、構わない。頼んだぞ」
「御意。では直ちに行動します」
一礼して立ち上がったアスタロトが離れた場所へと移動すると、たすき掛けにしていた鞄から大量の魔石を取り出した。
お前……どんだけ持って来たんだ? とツッコミたくなる程の大量の魔石。
大小様々な魔石は、小さいものは十cm、大きいもので三メートルにも及んでいる。
アスタロトはその中から三十cmの魔石だけを選び、それ以外は鞄の中へと仕舞った。あれが己級の魔石なのだろう。
五cm程度の魔石で金貨五枚の価値なのだから、橋を作るだけで金貨五百枚以上を消費するはず。もしかして石橋を作った方が安上がりだったのだろうか?
つい貧乏性が心の中で頭をもたげるが、今の立場でケチ臭いことを言うのは資質を疑われかねない。身の安全のためにも費用のことは考えないようにする。
「そして、フルーレティ。待たせたな」
「いえ、滅相もございません!」
何と表現すれば良いのだろう……彼女の姿は個性的過ぎた。服装は魔女が着るような赤い服なのだが、スカートの丈は膝上に留まり奇麗な脚を露出させている。大きく開かれた胸元からは深い胸の谷間を伺うことができ、彼女の胸が豊かであることは誰の目にも明らかだった。
その上に黒いローブを纏っているが、袖口は異常な広がりを見せ、裾は靴にまで達している。動き辛くはないのだろうか?
そして頭は全体的にフードで覆われ、両目はアイマスクで不自然に塞がれていた。
「両目を塞いでいるようだが……前は見えるのか?」
「はい、何ら問題は御座いません」
「そうか……。もし差支えなければ、その眼帯とフードを取ってくれないか?」
「は、はい……」
未だ表情と会話が硬いフルーレティ。彼女の心が解れることを期待し提案してみたのだが、彼女の応答はあまり芳しくない。素顔を晒すことに忌避感があるのだろうか?
「もし嫌なら無理しなくて良いぞ?」
「い、いえ! 嫌ではありません。少々、その……」
其処まで乳を強調する彼女が今更何を恥ずかしがるのか? 価値観の大きな違いに疑問が加速する。だがしかし彼女の性癖を私が指摘するのは筋違いだ。頭隠して乳隠さず、これはこれで有り……なのだろう。
おずおずとフードを外した頭部から彼女の髪の毛が見える。例えるなら雪のように白い極太のドレッドヘア。だがそれは束ねられたものではなく極太の一本一本だった。
「それは……蛇か?」
「……え? あ、はい。そうです」
小首を傾げたフルーレティが、不思議そうな顔つきで肯定する。今更何を? と言いたいのだろう。
そんな彼女を見ながら、その正体を探る。魔眼を持ち、髪の毛が蛇……であれば彼女は。
「もしかしてお前は、三姉妹か?」
「い、いえ。此方に姉妹はおりません」
「そ、そうか……」
……違った。メドゥーサかと思ったのだが違うようだ。声に出さなくて良かったと心の底から思う。
質問が終わったと判断したフルーレティが、両目を覆っていた黒い眼帯を外し静かに目を開く。
病的な白い肌に浮かぶ瞳は真っ赤に輝き、その宝石のような瞳の中央には黒い十字が刻まれていた。
「奇麗だ……」
白い肌に整った目鼻、小さな口を固く結んだ表情は正に彫像。彼女を石像にしたらどれ程の芸術作品になるのか計り知れない。
好みかどうかではなく、何時までも鑑賞していたい美。そんな心象を与える美しさを、控えめながらも彼女は持ち合わせていた。
「……え?」
思わず正直に吐露した本音を聞いて、フルーレティが石化する。実際に石になったのではなく、固まって動かなくなったというべきだろう。
「勿体ないな。魔眼でなければ眼帯も要らない。その奇麗な目を晒せないとは……罪なことだ」
「あ、あぁ……」
「アスラとレストエスも美人だが、お前は二人とは違う美しさ――」
「!!」
突如としてフルーレティの髪が逆立つと、先ほどまで雪のように白かった肌が紅潮する。
二人が見つめ合うこと数秒後、何かを必至に耐えていた彼女の顔面中央から、真っ赤な脈動が噴水のように吹き出す。そして喜悦に歪みながら痙攣する彼女は、青春の一ページと見紛うほどのスローモーションで仰向けに倒れた。
「ど、どうした! フルーレティ!?」
全身の痙攣が止まらない彼女へ必死に声を掛けるが、白目を剥く彼女の意識は戻らない。
一体、彼女の身に何があったというのか? 恍惚の表情で鼻血と涎を垂らすフルーレティ。
混乱の中にもカメオウの存在を思い出し、咄嗟に振り向いて視線に懇願を乗せる。
カメオウならこの状況に至った理由を説明してくれるだろう。そう願って。
しかしカメオウは醒めた目で自分を見つめるだけだ。
その光景に何故かデジャブを感じるが、それが何だったのかは思い出せない。
その居たたまれない状況で一つだけ気になったのは、カメオウの頬が拗ねるように膨らんでいたこと、それだけだった。