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Lords od destrunction  作者: 珠玉の一品
43/180

抑止



 豪奢なベッドの上で絶世の美女が目を覚ます。何故自分が此処に居るのか彼女はわからない。記憶が曖昧なのはショックで喪失したのか、それとも受け入れられずに消去したのか、どちらかなのは間違いないのだが……。

 軽いながらも通気性と保温性に優れた掛け布団を口元へと引き寄せた彼女は、まだ定まらぬ視線を天蓋付近の中空へと向けて呟いた。


「何故……?」


 誰にも聞き取れない程の小声で彼女は囁く。

 本来であれば彼女は此処に居ないはずだった。そう彼女は配下の四人と共に、至高にして超絶愛する主君の下へと馳せ参じるはずだったのだ。

 だが現実は残酷であり、期待した心は我慢という名の試練に突き落とされている。


「うぅ……」


 急に目頭が熱くなった彼女は、体を捻り零れそうな涙を枕で拭う。

 何故自分は呼ばれなかったのか? お前が此処に残って守ってくれるなら、私は安心して出かけることが出来る。主君はそう仰っていた。その言葉に嘘はないだろう。事実、イクアノクシャルの滞りない統括が可能なのは、バアル・ゼブル、アスタロト、そして彼女だけなのだ。

 イリアでも問題はないのだが、彼は玉座の間から動くことは出来ないし、配下が許可なく玉座の間へと入ることも出来ない。


「カミュ様……」


 彼女は脳内で微笑む、愛おしい主君のご尊顔を仰ぎ見る。

 枕の冷たさが後頭部へと寂しさを伝えてくるが、彼女は枕が何故冷たいのか気付くことが出来ない。単に彼女の瞳から止めどなく涙が溢れているからなのだが。

 だからこそ彼女は納得できなかった。主君の話は理屈が通っており正鵠を射ていることは間違いない。ないのだが、今は感情のみが優先されるべき状況であり、彼女には理屈よりも結果だけが重要であった。


 美女は目を瞑ってもう一度主君を思い浮かべる。脳裏に浮かんだ主君は、爽やかで愛らしい微笑みを投げ掛ける。彼女の心を擽るような、包み込むような微笑みが、凍った体を熱するように流れる涙を蒸発させていく。

 だから彼女は頭から布団を被り、もう一度だけ体を捻る。反転させた身体と顔を、うつ伏せの状態で枕へと押し当てつつ、彼女は全身を駆け巡る心地良い感覚に身を任せた。

 衣服は着用しているが確かに感じたのだ。主君の笑顔を思い浮かべながらの局所への刺激、そして妄想と接触が織り成す脳髄への二重奏の響きを。僅かにではあるが、彼女は確かに感じたのだ。


 彼女はうつ伏せとなった体を四分の一回転だけ捻ると、頭から布団を被ったまま体を横向きにする。更に体を丸めるように横向きのまま屈むと、彼女はドレスで覆い隠されている本来の自分を曝け出した。

 そして彼女は目を瞑りながら、もう一度だけ主君の笑顔を思い浮かべる。脳裏に顕現された愛おしい主君は彼女の体を優しく抱き締め、彼女の濡れた唇へと優しさに溢れる唇を重ねるのだ。

 そして彼女の細くて逞しい腰へとその愛らしい手を回す。その手つきは愛しさに溢れ、その抱擁が彼女の心を幸福で満たしていく。


「……あ」


 その豊かな妄想の中で彼女の脳は幸福を生み続ける。次第に彼女の息が熱くなり、それに呼応するかのように全身も熱くなる。

 そんな浮かされるような熱が限界に達しようとしたその時、遂に彼女の口から一際大きな声が漏れだした。


「……あ、あぁ」


 深淵の奥底へと達した彼女が全てを手放そうとしたその時、何処からともなく怯えるような声が彼女の不意を突いた。


「……ラ様、アスラ様?」


 途端に硬直する彼女の全身。ここは間違いなく彼女の寝室であり、部外者が一切入れない修羅道の聖域。此処への無断立ち入りが許されるのは、彼女が愛して止まない主君のみのはず。

 だが確かに女性のものと思われる、何者かの声が聞こえたのだ。


「アスラ様!?」


 (そういえば、私はどうやって此処に来たのだろう?)

 それぞれを左右の手で抑えた彼女が、体を止めたままで思考だけを加速させる。

 玉座の間で半分意識を失った後、小さい者達から配下の者達へと引き渡されたことは、朧気ながらもなんとなく覚えている。

 その後、気付いた時には自室で横になっていた。であれば此処へと運んだのは、自分の配下であることは間違いない。とするならその声は……?


「ラゴ!!」


「は、はい!」


 ベッドの上で上体を直角に跳ね起こしたアスラが、今まで自分の死角となっていた後ろを振り向いて凝視する。

 其処にあったのは、居たたまれなさに圧し潰されそうなラゴと、彼女と同じ表情で佇むバチ、キャラケンダ、ビマシタラの三名の並び立つ姿だった。

 四人の姿を視認した彼女の顔が紅潮から真っ青へと慌ただしく激変する。そして変色の後で、酸欠気味の金魚のようにパクパクと口を空転させ始めた。


「だ、大丈夫ですか?」


「……い、何時から其処に?」


「あ、アスラ様をお運びした後、そのままこの場で待機しておりました」


 頭部を鈍器で殴られたような衝撃。思考を真っ白にしたアスラが、ラゴの顔を見つめて自分の痴態を思い出す。

 (あ、あれを……ずっと?)

 思考に続いて顔面をも真っ白にしたアスラが、口をOの字に開きながら頬に両手を当てて叫んだ。


「イヤァーーーーー!!」


 静粛を切り裂く絶叫が、イクアノクシャルの三階全体へと空しく響き渡った。




 ラゴ、バチ、キャラケンダ、ビマシタラの四名が寝室に隣接する執務室で待機していると、寝室へと続く扉が力なく開かれた。

 這いずるように出て来たのは、身嗜みを整えつつもまだ顔の紅潮が止まらない主人。先ほどの痴態は見なかったことにしよう。四人はそう心に堅く誓った。


「待たせたわね」


「い、いえ……」


 神妙な面持ちで答えるラゴだが、正直これ以外に何と返せば良いのかわからない。

 もしかすると主人が旅立つその時まで、じっとお待ちした方が良かったのかもしれない。

 だがその後で巣立った主人に声を掛け、彼女が限界を突破するほどの絶望を感じたとしたら……それこそ何とフォローすれば良いのか。


 不安で圧し潰れそうなラゴが堪り兼ねて主人に声を掛けた訳だが、彼女の判断に対する良否判定は今後も出ることはないだろう。


「早速ですが、ベンヌ・オシリス様とカールの支度が整ったようです。特に問題無ければ我々も行動を開始しますが……」


「そう、特にはな……いえ、待って!」


 主人が何かを思い出すように虚空を見つめた後で、前言を撤回するように突如として大声を上げた。

 何かまだあったのだろうか? ラゴは思案に暮れるが、主人の意に思い当たる節はなかった。


「魔石は渡したのよね?」


「はい、アスタロト様にお渡ししました」


 主人ほどではないが、ラゴはその豊満な胸を叩いて不備なきことを主人に伝える。


「そう……じゃ、もう一つだけ。貴女達に厳命するわ。カミュ様の御前では素顔を晒さないこと」


「……は?」


 今、何か聞き違いをしたのだとラゴは思った。主人が意味不明どころか理解不能の戯言をほざいた気がしたからだ。

 聡明な主人がそんな事を言う訳がない。そう確信した彼女は、もう一度だけ主人の指示に耳を傾けた。


「申し訳御座いません、聞き逃してしまいました。もう一度よろしいでしょうか?」


「仕方ないわね、今度は聞き逃さないように。カミュ様に素顔を見せるな、そう言ったのよ?」


 眉間に皺を寄せた主人が困った表情で、彼女達の想像の斜め上を飛び去った。

 この人……阿呆なのだろうか? ラゴは一瞬だけ不敬な思想に捉われるが、忠誠心を発揮してすぐさまその思考を放棄する。自分には理解し得ない深謀遠慮が、先ほどの発言にあったのだろうと思い直して。


「思慮が浅く申し訳御座いません。その理由をお教え願えないでしょうか?」


「仕方ないわね」


 「フゥー」と大きく息を吐き出した主人が肩を竦めながら、可哀相な小動物でも見るかのようにラゴを見据えた。


「カミュ様は年頃の男性なのよ? それはわかるわよね?」


「はい、それは存じておりますが……」


(わたくし)のような美女を見たら普通ムラムラするのが当たり前でしょ? でも会えない。会いたくて仕方ないのに、どうしても会うことが出来ない。そんな時に貴女達が現れたら……」


「現れたら?」


 ラゴは嫌な予感しかしなかった。だが上位者である以上、聞きたくもない戯言でも耳を傾けるしかなかった。


「性欲解消の為に仕方なく貴方達を選ぶ、そう思われる可能性がゼロではないわ!」


「……はぁ」


「でも顔を隠せば万が一すらあり得ない、カミュ様と貴女達の貞操が守られる。か、完璧ね」


 天才と何かは紙一重、ラゴはそんな名言を思い出した。

 ラゴの貞操は主君のためにあると言っても過言ではない。理由がどうあれソレを主君に奪って貰えるのなら、純情なフリをしつつも豪快にアピールをするだろう。

 だが……それは許されないことに、今この瞬間決められたようだ。


「顔を見せないとは、一体どのようにすれば……」


「簡単じゃない。顔を隠せば良いでしょ?」


「……ハァ」


「丁度良いものがあるわ。これはどう?」


 主人が取り出したのは丸眼鏡に鼻と口髭が付けられた、可憐さも可愛さもない暗黒側(ダークサイド)に落とすようなアイテムだ。

 これで笑いが取れれば儲けもの。だが高確率で失笑を買うのは間違いない。いや、失笑だけで済むなら救いもあるが、それで見限られようものなら……


「も、申し訳御座いません。それだけはちょっと……」


「アラ、気に入らないの? 仕方ないわね……じゃ、これは?」


 主人の言が本気かどうかわからない。悪質な冗談を言っているだけなら良いのだが、アレがもし本当に良いと思っているのであれば……彼女はもう手遅れなのかもしれない。

 そんな精神的末期を迎えたかもしれない主人が、口元が大きく切り欠かれた白い仮面を取り出した。

 その仮面はミュージカルの怪人が付けるような、両目と鼻を覆う表情の読み取り難いものだった。


「そ、それなら……」


 ここでごねても状況が好転するとはとても思えない。否定した後で更に酷いアイテムが出てくる可能性も十分にあるのだ。


「そう? 気に入って貰えて良かったわ」


「は、はい。あ、ありがとう……ございます」


 満面の笑みを咲かせた主人に、ラゴは搾り出すように、捻り出すように感謝の意を告げた。そして彼女は肩を落としながら、同僚が居並ぶ真横を見つめる。

 其処にあったのは、ラゴ同様に眉を下げながら肩を落とす三人の姿だった。

 程なくラゴの視線に気付いたキャラケンダが、彼女の思いの丈を視線に乗せて訴えた。諦めろ、ラゴには彼女がそう言っていたように思えた。






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