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Lords od destrunction  作者: 珠玉の一品
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衝撃



 手紙の読解をイリアへと託した彼女の脳裏に、優しさ溢れる淡い光が突如として灯った。


『アスラか?』


「か、カミュ様!」


 脳へと直接語りかける凛とした愛しい響きに、アスラは思わず膝をつき最敬礼の姿勢で声を荒げた。

 主君からの突然の念話。皆が集う中で自分のみに伝わる甘い囁きに、アスラは思わず眦を下げて口角を上げる。


 声に出さずとも意思疎通が可能な念話。だが彼女はあまりの嬉しさに、自分が声を発していることに気付いていない。

 老犬なら嬉しさのあまり失禁するレベルの喜びよう。周囲に居る者には当然だが念話は聞こえていない。傍から見れば単に頭の弱い女性が、喜悦に歪んだ顔で幻の尻尾を振っているようにしか見えなかった。


『今、大丈夫か?』


「――はい!」


 何が大丈夫なのかアスラにはわからない。だが一瞬の逡巡の末に、大丈夫ですと胸を張る。何が問題で何が大丈夫なのか彼女にはわからなかったが、主君が望む全てのものに即座に応える心の準備だけは何の問題もなかった。

 寧ろ主君から「今すぐ自分の元へと転移して、お前の全てを曝け出せ」と言われてみたい。その方がわかり易いし、全ての問題を一挙に解決することが可能だろう。

 もしそんな嬉しいことを言われようものなら、真っ裸(まっぱ)で転移魔法陣へと特攻し、白いシーツの波に揉まれながら主君と果てのない格闘を続け――


『――スラ、聞いてるのか? アスラ?』


「あ! はい!」


 可能性の皆無な妄想の海に沈んでいたアスラが、主君の声で現実の波間へと浮上する。


『突然だが、転移魔法陣でアスタロトとフルーレティをこちらへ送ってくれ』


「……え?」


『聞こえなかったか? アスタロトとフルーレティだ』


 主君からの想定外の指示に、不敬ながらもアスラは聞き返した。何故彼女達なのかわからないのだ。

 アスタロト。優しい女性ではあるが、黒一色の衣装に身を包む、華も色気も髪の毛もない地味な女。

 フルーレティ。無口でつまらない女性であり、赤い衣装に黒いローブを羽織った、髪の毛が極太のアイマスク女。

 どちらも野暮ったいだけで、主君の好みに合うとはとても思えない。 


「……あ、はい。不敬を承知で敢えてお聞きしたいのですが、彼女達を派遣する理由をお教え願います」


『ん? あぁ、そうか。実は……ゴーレムを作りたいのだ』


「ゴーレムですか?」


『そうだ、だからその二人なのだ。それと此方に向かう際に、大小様々な魔石を持たせてくれ』


 なるほど……理にかなっている。そうアスラは思うが、どこか得心がいかないのも事実。

 だがこれは主君からのお言葉。彼女にそれを拒否する権利は、拒否する意思とともに微塵もなかった。


「承知しました。ところで……(わたくし)とアスタロトが不在となる今後、誰にイクアノクシャル防衛の指揮を執らせればよろしいでしょうか?」


 自分の名前が出たことに驚きを隠せないアスタロトが、念話なのに言葉を発し続ける不思議な同輩を凝視する。

 何故彼女は声に出し続けるのか? 問い質したいところではあるが、彼女は今主君との会話の最中。アスタロトは一旦開きかけた口を閉じ、アスラを生暖かい目で見守った。


『それはアスラ、お前しかいないだろう』


「……は? ……え? でも、私は!――」


 主君からの無慈悲な一撃に、混沌とした混乱に襲われるアスラ。

 私は主君の傍に侍るべき女、そうあるべき股肱之臣。彼女のプライドが嫉妬へと変わりかけたその時、主君の言葉が混乱する脳内へと響いた。


『私が頼れるのはアスラ、お前だけだ。レストエスを戻す手もあるが……ヤツではな。それはわかってくれるな?』


「あぁ……はい」


『私が最も頼りにするアスラ、そのお前が残ってくれるからこそ私は安心して留守を任せられるのだ』


「……」


 アスラの胸へと去来した嫉妬が、暗雲が晴れるように霧散する。頼れるのは(わたくし)だけ、そうカミュ様の(わたくし)だけ。アスラの脳内でリフレインする”(わたくし)”が、アスラの胸を淡い幸福感で満たしていく。

 お前だけ……なんて甘美で心地良い響きだろう。アスラは両手を顔の前で組み、遥か彼方におわす主君へと祈りを捧げる。


『アスラ、頼んだぞ! お前だけが頼りだ』


「はい! お任せ下さい!!」


 念話が途切れ主君からの力強いお言葉が脳内を駆け巡る頃、漸くアスラの心が奮い立った。主君が最も頼りにし、最も愛するのは自分。そしてレストエスは糞の役にも立たないクソビッチ、主君はそう仰っていた……ような気がする。

 アスタロトが不在となる今、主君のお役に立てるのは自分しかいない。アスラは「お前だけ」の幻聴が繰り返して聞こえる中、希望と自信に満ち溢れた表情で力強く立ち上がった。


『では、そんなところか?』


「あ、(わたくし)の配下は如何しましょう?」


『ん? あぁ……そうだったな。それではフィードアバンまではベンヌを護衛し、其処から私の元へは徒歩で来るように伝えてくれ』


「承知しました」


 アスラは深々と誠意のこもった一礼をしながら、顔が真下を向いたところで口の端を上げる。自分の次に美人であろう女が主君へ襲い掛かろうとも防御は鉄壁。主君の貞操は配下四人が身を挺して守るだろう。

 ただ気掛かりがないわけではない。それは主君が四人に興味を持ってしまう可能性。まぁ自分には遠く及ばないが、彼女達も他に類を見ない美女なのだ。

 アスラはその事実を認めつつも、余裕の笑みを崩さない。彼女達へは後で過酷な重圧(プレッシャー)を与えて、主君と繋がる可能性をゼロどころからマイナスにしてしまえば良い。そう割り切るアスラが皆へと視線を戻した。


「皆、たった今カミュ様からご指示がありました」


「……知ってるのじゃ」


 冷静を装いながら姿勢を正して静かに語るアスラへ、サリアが呆れた表情で取り敢えずのツッコミを入れる。ベンヌの顔など、呆れを通り越して小馬鹿にするほどだ。


「アラ、そう? まぁいいわ。では皆にカミュ様からのご指示を伝えるわね」


 主君からの指示と聞いた面々が、鼻で笑っていた表情を真剣なものへと戻す。アスラへの嘲笑が主君に対してのものと誤解されては堪ったものではないからだ。


「アスタロト。貴女はフルーレティを連れて、今すぐにカミュ様の元へと向かってちょうだい」


「せ、拙がか? 何故(けい)ではなく拙が選ばれたのだ?」


「カミュ様はゴーレムを作りたいらしいの。それから……これは此処だけの話にして欲しいのだけれど、カミュ様はご記憶を無くされているの」


「「!?」」


 何故自分が選ばれたのか疑問に思ったアスタロトが、率直な質問をアスラへとぶつける。だがアスラから返されたのは意外過ぎる答えだった。

 あの殺しても死な――いや、あの万物をも超越した主君が、記憶を失うほどのダメージを受けるなど、配下からすれば驚愕以外の何物でもない。

 俄かには信じがたいその言に、彼らはアスラの顔をジッと見つめる。しかしいくら見つめても、アスラの真剣な面持ちが冗談に変わることはなかった。


「カミュ様のご記憶を奪ったのはアイツかしら。わらわがぶち殺してくるのよ」


「いや、我が殺すのじゃ! 貴様はすっこんでおれ」


「二人とも落ち着きなさい。彼女は既に消滅しているわ」


 怒りを露わにした幼年二人をアスラが窘める。以前は自分も同じ気持ちだった。だからこそ彼女達の気持ちが痛いほどわかるのだが、消滅したものを復活させるほどの奇跡は、いくら自分達の主君といえど不可能だろう。

 その結論に達し表面上の怒りを鎮めた幼年二人と、まだ静かに怒り続けるおじ……お兄さんとお姉さんに、アスラは哀愁を込めた視線を向ける。

 静かに目を閉じてアスラの意を組むと、四人は諦観を刻みながらも割り切った表情で目を開いた。


「それで拙が選ばれたのだな。理解した。では早速――」


「――待って。(わたくし)の部屋に魔石があるから、それを持って行って。それと城内に丙級以上の魔石はあるかしら?」


「丁度、乙級の魔石が十個あるわ。足りないならクラーケンを解体するが?」


「先ずは十個で良いわ」


 アスラへと頷いたアスタロトが、クルッと振り向きその場を颯爽と後にする。

 去り際の彼女が湯浴みがどうのと呟いていた気がするが、聞き違いだろうか? アスラは小首を傾げるが、軽い足取りでその場を後にするアスタロトからは、もう何も聞こえなかった。


 そしてアスタロトを見送ったアスラがふと我に返る。

 (あれ? 結局(わたくし)は……?)

 夢想していた主君との甘い未来から突き放され、アスラは遂に膝から崩れ落ちた。

 一体何故こうなったのか? 本来であればこの場にアスタロトを残して、自分が颯爽とこの場を去るはずだった。理想と現実の狭間で揺れる美女が、口を半開きにしてシャンデリアを呆然と見つめたその時、不意に肩へと乗せられた小さな手に気付く。


「あ、貴方達……」


 右肩を見れば物知り顔でニヤけたベンヌが、左肩には訳知り顔で自分を見下すサリアが、そっと手を添えていた。


「「ププッ」」


 何故か嬉しそうな幼年二人を前にし、こめかみに青筋を立てたアスラが極寒の視線で中空を睨む。

 イリアは手紙へと視線を落とし、此方には全く興味を示さない。

 何故か自力で立つことが出来なかったアスラは、幼年二人に両脇を抱えられながら這う這うの体で玉座の間を後にした。




 辺りを静粛だけが包む未明の時間帯。名も無き村を後にしたカミュ一行が、西へと向かって疾駆していた。

 彼等の移動手段は二頭立ての馬車。先ほど無人となった村に残された唯一のもので、勿体ないと言うカミュが焼けていない家とともに接収したものだった。

 馬車と言っても貴族が乗るような箱型ではなく、屋根も何もない荷物を運ぶだけの簡素なものだ。トラックで例えるなら正に平ボディ、荷物の積み下ろしから魔族の輸送まで何でもござれの優れもの。


「しかし……乗り心地は最悪だな」


「あたしが抱っこしましょうか?」


 レストエスの提案を華麗にスルーしたカミュが、尻の位置をズラしながらより良い環境を整える。

 彼らが今座っているのは馬車の荷台。本来は荷物を置くスペースであり、居住性はまったく追求されていなかった。


「ショックアブソーバーがあればな……」


「しょっかぶ?」


「ん? あぁ……減衰装置と言えば、いや。衝撃緩衝……違うな、吸収か?」


 発した言葉の意味を上手く伝えられないカミュが、小首を傾げて眉間に皺を寄せる。向かい合って座るレストエスは、慈しみの視線でただ優しく微笑むだけだ。


「簡単に言えば、振動を和らげる装置のことだ」


「なるほど。それならバディスなら作れるでしょう」


「バディスが? それは意外だな」


「カミュ様がお泊りになられたログハウス。あれはバディスが作ったものですよ」


 変態のDIYという異次元の特技に驚きを隠せないカミュが、思わず「ほぉ……」と呻き声を上げる。


「だからログハウスの拡張機能を知っていたのか」


「拡張機能はカミュ様が付与されたものですけどね」


 レストエスの何気ない指摘に苦笑を浮かべたカミュが、まだ暗闇に覆われた草原であろう周囲を伺うと、進行方向にある御者台へと視線を移した。

 手綱を握るのはラウフェイ。自慢じゃないが、カミュは馬の扱いなどまったく出来ない。レストエスは操縦が出来るようだが、御者を嫌がりラウフェイに押し付けたのだ。


「カミュ様、前方に川がありますよ?」


 身を乗り出したレストエスが、額に手を翳して遠くを眺める。この暗闇の中、手を翳す必要はまったくないのだが、やはり遠くを見るのはアッポーのスタイルになってしまうのだろう。


「橋はありそうか?」


「……橋、ですか? この川幅では橋はかけられません。川を渡るには船が必要です」


「迂回しても無駄か……。夜が明けるのを待つか、馬車を捨てるかしかないか」


「このまま進んでみては如何ではないでしょうか?」


 渡河方法に悩むカミュを余所に、レストエスがあっけらかんと最後の手段を提案する。

 カミュも考えなかった訳ではないが、これを言ってしまうと莫迦認定されそうで怖かったのだ。


「川の深さがわからないが、いけそうなのか?」


「大丈夫じゃないでしょうか? ダメなら引き返せば良いだけかと」


 時に人は大丈夫と言いがちだが、当てになる大丈夫とならない大丈夫は明確に存在する。前世の部下が言う大丈夫ほど当てにならないものはなかったが、果たして彼女の言う大丈夫は本当に大丈夫なのだろうか?

 カミュは一抹の不安を覚えるが、他に良案が思い浮かばない現状では、レストエスの言う大丈夫が何故か至極当然のように思えた。

 睡眠不足による判断力の欠如。冷静であればわかって当然のことも、徹夜明けの真っ白な頭では思考することすら覚束ないのだ。


「そうだな。ではこのまま行ってみるか」


「お任せ下され。所謂ヒャッハーですな?」


 レストエスの提案を受けたカミュが、馬車に乗ったままでの渡河を皆へと伝える。

 何故かノリノリのラウフェイがGⅠよろしく嫌がる馬へと熱い鞭を入れるが、未だ底冷えの暗闇に包まれる水面を恐れ彼等の速度は上がらない。

 馬とは臆病な動物なのだ。いくら夜目が利くといえど足元の覚束ない暗闇を疾走するのは非常に危険であり、全速力でなくとも深さもわからぬ川へと突入するのは想像を超えた勇気が必要だろう。


「大丈夫じゃ! お主らならいける!」


 ラウフェイは必死に馬を励ます。主君の意は馬車に乗ったままでの渡河であり、配下としては万障繰り合わせの上でも完遂する必要があるのだ。例えそれが無茶で無謀であろうと、例えちょっとおバカな方針であろうとも、自分の意を言葉にすることなく彼女は只管に使命を全うする。


「儂を信じろ! お主らは魔王様にお仕えする、選ばれた馬なんじゃ!」


「そうよ! あんた達は選ばれたんだからね!」


 ラウフェイをフォローするレストエスの励ましが馬達の耳を叩く。


「……選んだか? あ、いや、そうだ! 私が選んだのだ!」


 小声で疑問を口にしたカミュが、レストエスの視線に気づいて話の辻褄を合わせた。ここで彼女等に同調しなかった所為で、後でKYなどと陰口を叩かれては堪ったものではない。

 三人の励ましを受けた馬達が、暗く沈んでいた瞳に弱々しいながらも静かに火を灯す。

黒い川面へと向かって馬が徐々に速度を上げると、馬車に乗る三人も未知の世界へと向かって徐々に鼻息を荒げた。


「馬よ、行くのじゃ!」


「行っけー、その川を乗り越えるの!」


「お前達なら出来る! その川を越えてみせるんだ!」


 ひっきりなしに三者三様の励ましが続くと、やがてその意気を汲んだ馬達が川へと向かって猛然と駆け出した。人……いや、魔族から馬へと熱い想いが伝わったその瞬間、馬車は水を切って川の上を疾駆する。


「「おお!!」」


 彼等の期待に応えた馬達は、川へ進入した勢いのまま対岸へと向かって突き進む。

 馬達は今までにない程の覚悟で頑張った。御者台と荷台に乗る者たちを無事対岸へと送り届けるため、高鳴る心臓を気力だけで押さえ込みながら必死の形相で頑張った。

 だが強い水の抵抗を馬体へ受け続けると、先ほどまで順調に思えた馬車の疾走に陰りが見え始める。それでも馬は懸命に駆けようとするが、奮闘も空しくみるみるうちにその速度が削ぎ落とされた。そして遂に……


 東の空が淡いながらも明るさを取り戻したその頃、川の中ほどでは勇敢な馬達が、その短い馬生に水死という名の終わりを告げられていた。






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