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Lords od destrunction  作者: 珠玉の一品
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帰還



 アスラは遂に辿り着く。愛しい主君の居城であるイクアノクシャルへと。

 山々に囲まれそびえるその城は人外のものすら近づけぬ暗然たる雰囲気を纏っているが、それらを拒絶するための城壁も堀もなく只々無防備かつ不用心な姿を晒していた。

 しかし無人と思われるこの城の城内へと続く門前には、一人の男と二体の警備兵の姿があった。男の見た目は四十歳くらいだろう。黒の詰襟に白い手袋をはめた白髪の男性が、黒い瞳の鷹の目で恭しくアスラへと一礼する。


「アスラ様、お帰りなさいませ」


 渋いがどことなく優しい、そんな声で語る男からは、アスラに対する親近感が滲み出ている。


「ガウス、ご苦労。もしかして(わたくし)を?」


「はい、アスラ様がお戻りとの報を聞きつけ、門前でお待ちしておりました」


 魔国の最高幹部には一名に一人づつ執事が付いている。パリニルヴァーナにはゴルトが、地獄道主にはハディング、修羅道主にはガウス。更にはカール、ヘンケ、ハインド、グラハム、アンニバレ、ガスパリスと続き、国王であるカミュの傍にはケレスが控える。そして彼らは皆、全く同じ服装、同じ身長、同じ顔……そして同じ性格をしていた。

 ガウスの挨拶に「ありがとう」と優しさ溢れる微笑みを返したアスラが、彼を引き連れながら城門へと足を向ける。

 城門の両側には全身鎧の警備兵が一体づつ屹立し、人とは思えない持久力で侵入者の警戒に当たっていた。警備兵は上位者を迎える一礼で静かに門を開くが、アスラは一瞥もせずに通り過ぎる。


「イポス様、グラシャボラス様、お疲れ様にございます」


 アスラに続いて城門を潜るガウスが警備兵へと一礼する。だが警備兵からはガウスに対して何の言葉もなかった。

 二人が潜るこの場所はイクアノクシャルの東にある城門だ。重厚な城門には過剰な装飾は一切なく、ただレリーフだけが刻まれる。その静謐な城門を守っているのは……


「アスラ様、お帰りなさいませ」


 アスラを出迎えるのはガーネット色の瞳に微笑を湛えながら白のスーツに身を包む、Aラインシルエットのボブが大人の魅力を引き立たせる女性。

 名前はファブニル、竜人道に属するイリア・ガラシャ配下の細マッチョだ。カミュが持つ過去の記憶に照らし合わせれば、その外見は八九三部隊の姐さんと呼ぶのが相応しいだろう。


「ファブニル、ご苦労様。ここに貴女が居るということは、南門はニーズヘッグが?」


「はい、その通りです。そして西門にはレギン、北門にはシグルドが居りますわ」


 彼女の説明にアスラが静かに頷く。その布陣であれば余程の事がない限り、この門を突破されることはないだろう。彼らは甲級に属する実力者であり、本来の姿であれば同級の追随を許さないポテンシャルを秘めているのだ。

 その彼女らが城門を守り始めたのは、アスラ達が城を出た後。玉座にイリア・ガラシャが控える今、この守備を指示したのは間違いなくアスタロトだろう。アスラはそう確信する。


「そう、じゃあカミュ様がお戻りになるまで、しっかりね」


 ファブニルの一礼を背に、アスラは先ほどの思案を続ける。

 そうアスタロトが重要なのだ。彼女がこの城に残ってくれるから、後顧の憂いなく主君の元へと戻ることが出来るのだ。残って貰わないと困る、いや寧ろ一生残っていろ。そして即身仏になれ。

 アスラは今後の予定を身勝手に一方的に纏めると、ファブニルをその場へと残し悪い笑顔で城内へと歩みを進めた。


 暫く留守にしていた城内だが、以前と変わらぬ暗雲たる居心地の良さを醸し出している。暗い城内に一息ついたアスラが、イクアノクシャルへと戻った理由を振り向きながら伝えた。


「ガウス、パーラミター各位へ伝えてちょうだい。一刻後に玉座の間へ集まるように、と」


「畏まりました」


 一礼したガウスが二階へと続く階段を避け、奥の部屋へと歩き出した。三階にあるパーラミターの部屋ではなく一階の奥に向かった理由は、彼の同僚にこの件を伝え同僚から各位へ伝えて貰うためだろう。

 暫くガウスの背を目で追っていたアスラが、これからの会議を脳裏に浮かべながら二階へと続く階段を登っていった。




 ここは三階にあるアスラに宛がわれた一室。その窓が一切ない部屋では、シャンデリアに灯る魔法的な光だけが室内を照らしている。

 この室内には現在アスラと彼女の配下が四人、そして部屋付きのメイドの二人だけが無機質な空間に華を添えていた。

 その無と美を兼ね備える部屋では、先ほど旅の疲れを洗い流したアスラが、重厚感溢れる漆黒の椅子に深々と座り、四人の配下を前にして脚を組みながら微笑んだ。


「アスラ様、お帰りなさいませ」


「皆、ご苦労様。変わりはなかった?」


 下腹部の前で手を交差させアスラの前に直立するのはラゴ、バチ、キャラケンダ、ビマシタラの四名。芍薬のように立つ彼女達は、それぞれが個性的なメイド服を身に纏っている。

 ラゴは膝上十五cmの白一色のメイド服を纏い、ナースキャップに似たホワイトブリムを乗せている。


 バチの身長は百六十五cm、見た目の年齢は十八歳。

 茶色の髪をショートカットに揃える彼女は、アクアマリンの青い瞳を元気よく輝かせている。

 着ているメイド服は白と黒が彩りを成し、膝上二十cmの黒いスカートの裾からは膝上十cmのレース地の裾があしらわれる。その姿は髪型と相まって活発な印象が持たれるだろう。


 キャラケンダの身長は百六十cm、見た目の年齢はバチと同じ十八歳。

 前が黒、後ろがブロンドの髪をポニーテールに纏め、碧眼に輝く瞳は神秘的な魅力を引き上げている。

 着ているメイド服はオーソドックスなものであり、長いスカートからはその奇麗な脚のラインを窺い知ることは出来ない。


 ビマシタラの身長は百五十八cm、見た目年齢は二人と同じ十八歳だ。

 ピンクの髪をツインテールに纏め、その根元をリボンであしらっている。赤に輝く瞳はレッドスピネルを彷彿とさせ、彼女の性格と相まって甘美な魅力を引き上げている。

 着ているメイド服はバチのものと似ているが、大きく違うのは襟元とスカートの裾がピンクに染められていることだ。


「特にはありません」


「そう。じゃ話を進めるわね」


 代表して答えるラゴを見つめ、アスラは現在の状況を言葉にする。


「主君がお名前を変えられたことは、先に伝えた通りよ。この点について何か質問は?」


「お姿が変わられたと聞きましたが……一体どのようなお姿に?」


「美……一言で表すなら、これ以外にないわ」


 うっとりとするアスラを目の当たりにして、嫌な予感に襲われた四人が彼女の性癖を思い出した。


「ん~~と、とてもお若いってことですかぁ?」


 甘ったるい声で確認するビマシタラに、アスラは微笑みながら悠然と発する。


「そうよ、よくわかったわね。背の高さはキャラケンダと同じくらいかしら? とても愛おしいお姿よ」


「小さくなったってことは、お力を失われたってことかな?」


「それは違うわ。昨夜念話でお聞きしたのだけれど、火魔法をお使いになられたそうよ」


「火魔法を!?」


 バチの不敬な発言にも笑みを絶やさないアスラが、主君の新たな可能性を示唆して大きく頷く。

 だがバチの驚きは尤もなのだ。魔族が持つ属性は先天的なものであり、後から取得することは不可能。普通なら可能性すらあり得ない驚愕的事実なのだ。


「それはつまり……<収束光子(フォトンレーザー)>が使えると?」


「そうね、その通りよ!」


 顔の前で祈るように両手を組み合わせたアスラが顔を紅潮させると、気持ち悪いほどの仕草で腰をくねらせ喜悦に顔を歪める。その痴態に顔を背ける四人の顔が引き攣っているように見えたが、それはおそらく気のせいだろう。何故なら彼女達の表情をアスラは見ていないのだから。


 <収束光子(フォトンレーザー)>とは、光属性に火の適正を必要とする上位魔法。魔国で使えるものが一人も居ないという、伝説とさえ謳われる破壊の暴威である。その破壊力は先のイポスやグラシャボラスを一撃で屠れるほど。

 当然だが当たらなければ意味は無いのだが、カミュはスナイプのスキルを持つため転移以外での回避はほぼ不可能だった。まぁ回避せずに防御すれば防げるのだが、この凶悪な攻撃をノーダメージで防げるのはこの世界でも稀な存在だろう。


 そして妄想の旅から帰還したアスラが歪んだ笑顔を元の微笑みに戻すと、今後の彼女の人生を左右し兼ねない問題を四人へと伝えた。


「カミュ様のご指示を頂き次第、貴女達にはカミュ様の元へ向かって貰おうと思っているの」


「カミュ様の元へ……ですか? その理由をお聞きしてもよろしいでしょうか?」


 アスラの意外な指示に小首を傾げるラゴが、他の三人へと視線を向ける。だが彼女らもアスラの真意を測りかねているようで、その可愛らしい口から答えが出ることはなかった。

 主君の元へ駆け付けたいとは誰もが思うだろう。ラゴだけはなく、他の三人も同じ気持ちであるのは間違いない。だが何故自分達が主君の元へ行く必要があるのか、その理由が思い当たらないのだ。


「今、カミュ様の傍にはレストエスが居るの。彼女はカミュ様に相応しいと思う?」


「いえ! 魔王様の横に侍るべき女性は、アスラ様だけかと!」


「そうね。その通りね」


 ラゴの力強い後押しとその他三人の首肯に、アスラは口角をニュッと上げて微笑む。

 その表情を目にした四人の背筋に悪寒が走るが、それを率直に言えるほどの地位も度胸も彼女達にはない。引き攣り続ける頬を気力だけで押さえ付けた三人は、先を促すように視線だけでラゴへと訴えた。


「レストエス様の行動を監視する、そういうことですね?」


「その通りよ。そしてもしレストエスの行動が目に余るようであれば……」


 ラゴがゴクリと喉を鳴らす。


()っておしまい! あ、事故に見せかけるのもありかしら?」


「我々が……ヤル? のでしょうか?」


「そうよ。貴女達四人なら不可能ではないでしょう?」


「確かに可能ですが……本当によろしいのでしょうか?」


 恐々と問うラゴを見つめるアスラが、悪い笑顔で明るい未来を見つめる。


「構わないわ、でも顔はダメね。あんなのでも一応は女性、狙うとしたらボディかしら?」


「……ボディですか?」


「そうよ、口から心臓を飛び出させるの。その時は正中線を狙いなさい」


「……冗談ですよね?」


「フフッ、もちろん」


 悪い笑みで微笑む美女が、悪質な冗談で会話を締める。

 だが四人はアスラの強い意志を汲み取り、当たり障りのない無言の一礼だけで答えた。主人である彼女の意思は、魔王であるカミュの次に重い。今は別の意味で非常に重いのだが、それを言ってしまうと人生、いや魔生が詰んでしまう。

 主人の願いは君主の傍に侍り続けること。この先にどのような未来が待っているのか知る由もないラゴは、一縷の望みを時間の経過へ託すことにした。


「それから、その魔石をカミュ様へお届けして」


 アスラが少し離れた場所の、テーブルの上に置かれた大小様々な大量の魔石を指差す。


「これは一体?」


(わたくし)が集めた魔石よ。カミュ様へ渡して欲しいの」


「承知しました」


「じゃ、(わたくし)はイリアの処へ向かうから、貴女達は出掛ける準備をしておいて」


「「承知しました」」


 四人は大きな一礼で承諾を伝ると、颯爽と部屋を出るアスラを無言で見送った。

 そして主人の居なくなった部屋で、四人は大きな溜息をつく。


「レストエス様をカミュ様から引き離すって……どうすれば良いの?」


「「……さぁ?」」


 答えなど出る筈のないラゴの一言に、三人はもう一度大きな溜息をつく。


「まさか本気で言ってる訳じゃないよね?」


「ん~~、あり得るかも?」


 眉根を寄せるバチに、悪気のないビマシタラが素直な意見を述べる。

 その可能性に恐怖し戦慄するラゴ。

 微笑みつつも只々無言を貫くキャラケンダ。

 だが彼女達の口からは答えは出ない。主人の意に従うことが主君の意に沿う結果となるのか、それとも逆に怒りをかってしまうのか。彼女達にはわからない。

 だが仮に主人の意が(まか)り通って主君の許しを得たとしても、その後に待つ彼女達の運命とは? それは勿論、主人が浮かべるあの気持ちの悪い微笑みを、否が応でも見続けなければならない未来。しかもそれが半永久的に続くのだ。心臓と脳に多大な負担をかけ続けられるなど、拷問以外の何物でもないだろう。

 四人はお互いを見つめると、背筋の悪寒を堪えながら各々の部屋へと困り顔で戻っていった。




 ここは最上階である四階の、玉座の間へと続く廊下。大理石と思われる石が敷き詰められた薄暗い廊下には、燭台だけが灯り磨き抜かれた鏡面がその淡い光を仄かに反射している。

 この城の最上階にはこの玉座の間しか存在しない。階段から廊下を伝って向かうその一部屋へは、ごく限られた者しか到達出来ない。

 長い廊下の先には荘厳な扉とその両側に立つ警備兵が見える。

 (確か……バアルとアガレスだったかしら?)

 アスラは遠い記憶から護衛兵の名前を思い出し、脳裏に浮かぶ彼等の同僚の姿へと心の視線を移した。彼らのような護衛兵は全部で十八体に上るが、三体づつ同じような容姿をしているため名前を思い出すのが一苦労なのだ。全身鎧に身を包む彼等は、頭部をフルフェイスの兜で覆っているため、その表情を窺い知ることはできない。頭部の角や背中の羽である程度の識別は可能だが、個体を特定することは非常に困難だった。

 だがアスラにも言い分がある。彼らは一言も言葉を発しないのだ。いや話さないのではなく、話せないのが正しい表現だろう。だから彼らが何者で何を言いたいのかは、アスタロトとその配下にしかわからない。但し謎の集団と言っても「イー!」という奇声を発する訳では勿論ないのだが。

 警備兵が上位者を迎える一礼で静かに扉を開くが、城門を通過した時と同じようにアスラは一瞥もせずに通り過ぎる。


 そして開いた扉の先には、一人の無骨な男が目を閉じつつ胡坐をかきながら佇んでいた。

 通常であれば扉の両側に二名のメイドが屹立しているのだが、今その影は見当たらない。この玉座が彼一人によって守られていることが、当然と思える一目瞭然の光景だった。


「久しぶりね、イリア」


「……アスラか。何の用だ?」


 応えるイリアは目を瞑ったままだ。一見すると自然体のように見える彼だが、知己のアスラを前にしても警戒心だけは緩むことがない。少しでも不穏な動きを見せようものなら……との明確な鬼気が溢れ出している。

 イリア・ガラシャ。パーラミターの一角である彼は、白い短髪にグレーのスーツを着込んだ、無口で温厚なマッチョマンだ。当然ではあるが、マッチョと言えど額に漢字は書かれていない。

 彼は愛刀の鬼丸を片手に静かに佇んでいるが、何処をどう見ても堅気には見えることはなかった。その姿は正に八九三部隊の長、カミュが見れば間違いなくそう答える外見だ。


「ここにパーラミター全員を呼んだの」


「……何故だ?」


「カミュ様のお言葉と今後の方針を伝えるためよ」


「……カミュ様?」


 目を見開いたイリアが眉根を寄せてアスラを凝視する。彼はずっと玉座の間に居たのだ。主君が名前を変えられたことなど知り得ないのだろう。そうアスラは推測する。


「お名前を変えられたの。これからはカミュ様、そうお呼びすると良いわ」


「……そうか」


 イリアはおもむろに立ち上がると、静かに身嗜みを整える。

 間もなく、アスラの背後にある扉が厳かに開かれた。





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