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Lords od destrunction  作者: 珠玉の一品
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苦悩



 小高い丘の寂しさ募る墓石の前に立ち、美少年が物思いに耽るまま溜息をついた。

 先ほどまでは確かに楽しかったはずだ。この世界で初めて出会った村民と会話を交わし、魚を分け与え、適当ながらも酒を造り和んでいたはずだった。

 だが少年が剣を作った後に見渡したその光景は、彼の記憶にあるものとは全く違っていた。笑い声の飛び交う広場は静粛に包まれ、村人の笑顔からは声なき怨嗟が生まれ、急造酒の香りはむせかえる血の匂いへと変わり果てていた。


「一体……何故だ?」


 墓前に佇みながら銘を見つめて疑問を投げかけるが、答えてくれるものなど誰も居ない。

 この村に来て少年が先ず考えたのは、村人と仲良くなってこの村を行動の拠点とするプラン。だがその計画は半日も経たず脆くも崩れ去った。村人の全滅という、予想だにしていなかった悪夢によって。

 少年は悩む、何故村人は一刻と経たずに全滅してしまったのかを。この殺戮がティムとその他数名の村人によって行われたことは間違いない。心の朽ち果てた亡骸の中に、武器となるものを手にした数名の狂人が居たからだ。だがその反面、何も持たずに防御に徹していた者、逃げ惑う中で背中を斬られた者なども見られる。

 ここから推測されるのは、凶行の際に少数の加害者と多数の被害者が居たこと。それは明白かつ確固たる事実だった。


 暗闇で月明りだけが無念を照らす中、既にヴェラとトリーネの埋葬を終えていた少年が空を見上げる。


 少年が見ていた限り、この村にこんな惨事が起きる兆候は一切見られなかった。だとするなら彼らは何故、突然狂気の衝動に駆られたのだろうか? ティムは強迫観念による極端な被害妄想へと陥った可能性があった。逃げ場のない状況からの、起死回生の一手を講じたとするならば考えられなくもない。

 だが他の者はどうだろう。ティムに加担し人生を棒に振る理由などあるはずがない。

 では一体何故なのか? 数名の村人に何の兆候もなく、突如として殺戮に至る病が発症した。そうとしか考えられないのだ。そうでなければ……


 (誰かが操った?)


 そんなことが本当に可能なのだろうか? 少年はこの世界特有の固有スキルや魔法を熟知していない。基本属性のみで他人を操ることは、おそらくだが不可能だろう。少年が元々持っていた異世界の知識とこの世界に来てから聞いた話には、そんな魔法はなかったはずだ。

 だとするなら考えられるのは闇魔法か魅了スキルしかない。


 (魅了……?)


 事ここに至り少年の脳内に一つの可能性が浮かび上がる。これまで考えたことすら無かったが、出会った配下達にはそれぞれ種族があるのかもしれない、と。

 ラウフェイは見たままの魔獣、フェンリルだ。彼女が人間でないことは明白であり、疑う余地は一切ない。それにラウフェイ以外の者、彼等は一見すると人間にしか見えないが、そもそも人間にあのような身体能力は備わっていない。

 そう、考えるまでもなかったのだ。彼等は皆、人間に近い姿をした人間ではない何か。

 アスラは一見普通の魅力的な女性に見えるが、確かにあの身体能力と性格は普通ではないどころか異常だった。バディスは……まぁ、ただの変態だろう。そしてレストエス、彼女には瞳がない。瞳がないというより瞳しかないのだ。


「そうか……」


 今更の遅すぎる看破に苦笑を浮かべる少年が、今まで自分に寄り添い続けた女性の正体を察する。彼女は……彼女の正体は”サキュバス”なのだ。

 サキュバスであれば男性を魅了することなど造作もないはず。何故老人を魅了出来ないのかわからないが、先ほどの光景を思い出した少年は確信を得る。手に武器を持って倒れていたのは、全て若い男であったから。

 だとするならバディスはおそらくだが……”インキュバス”で間違いないだろう。意識の無いヴェラを操ってあの野盗を殺し得たのは、彼の魅了の効果に他ならない。だが一体どのような方法で? それは未だにわからない。だが少年は遅ればせながらもこの真実に辿り着いた。


「回復特化のサキュバスか……万能だな」


 思わず苦笑を浮かべた少年が、静かに目を瞑りながら「フンッ」と鼻を鳴らした。ある特定の条件下でなければ十全な能力が発揮できない、その余りにも偏ったスキル構成に少年は呆れたのだ。

 ただ不安に思うのは彼女がスキルを発動させた際の自分への影響だ。レジスト出来るのであれば何の問題もない。だがもしレジスト出来なかったら……?

 ただでさえ彼女は理想を遥かに超えた魅力的な女性なのだ。どうせ殺されるのであれば魅了状態でも構わない、それが隠すことのない彼の本音。だが同時に少年は悩む。自分が今置かれているこの状況を、それほど楽観的に考えて本当に良いのかと。

 その見た目とは不釣り合いな打算的思考に、少年は遠くを見つめながら思案に暮れた。

 そしてその直後に発見してしまう。この精神状態で見つけてはいけなかったものを。


 (あれは……?)


 それは得体の知れない何かを引き摺りながら歩く、淡い紫の髪が闇夜に溶け込む初老の女性。

 少年は彼女が手に持つ、見覚えのある何かを凝視する。前世であれば見えるはずもないこの距離で、確かにしっかりと判別したそれは……人形のように事切れた醜悪な抜け殻だった。

 老女が掴んでいるのは、輝きを失った瞳と唾液の乾ききった口腔が悍ましさを奏でる、頭部から生えた金色の髪。その下からは首、そして一糸纏わぬ胴体が生えているが、それ以外には何も、そう何もその胴体からは生えていなかった。

 あって当たり前の四肢は根本から切断され、男性であることの証明は根本からその存在が消されている。更に肋骨と証明の間が異常なほどの凹みを強調しており、あって然るべき出血はその痕跡を一切見せていなかった。


「……?」


 少年は一瞬、それが何かわからなかった。完全に生気の失われた容器は人形というよりも、狂気が作り上げる芸術の成果にも見え、その意味では最終形としての美を備えている。

 その芸術品が作り出された過程は、悍ましくも残酷な作業であっただろう。だが作品は完成されたのだ。それは少年の心を根底から粟立てる、泥酔状態においても直視に耐えない最高傑作だった。

 だが少年は思い出す、彼が指示したのはただ苦痛を与えること。その遺体に多少なり部位欠損が生じる可能性も考慮はしていたが、まさかこれほど見事なまでに斬り採られるとは予想だにしていなかったのだ。


 老女はソレを手にしたまま村の入口へ到着すると、手に持っていたソレを高々と放り投げ、無残が描く放物線をただじっと見守った。

 そして無残は理想的な軌跡を描きながら、みすぼらしい門の突起部分へと自由落下の末に突き刺さる。門と一体化したそれは正に残酷のアートだった。


 (何故そこまで……?)


 少年は理解が及ばない。彼女らからすればその男には何の恨みもないはず。だが彼女達はこの短時間で怨恨を越えた過剰な無慈悲を創造したのだ。

 自分の命令がアレを生み出したのだと思うと、自分が持つ認識との隔絶した違いに少年は大きな衝撃を受けた。


 そういえばと、レストエスが言っていたことを少年は思い出す。彼女はヴェラを、人間を”下等生物”と呼んでいた。ドワーフのことも見下していたようだが、何と言っていたのか今は思い出せない。

 確かに彼女達のように人間種を遥かに凌駕する強大な力があれば、人間など貧弱で下らない生物にしか映らないだろう。少年が元居た世界を牛耳っていたのは間違いなく人間だったが、彼らの一番の能力は資源を喰らい汚染という名の糞を垂れること。息を吐く度に地球を汚染するその醜悪な姿は、神が生み出したとは到底思えないほどの悪辣なものだった。

 おそらくだが彼女らは人間を家畜、いや虫けら程度の存在にしか見ていないだろう。居ても邪魔とは思わないが、目障りなら殺す……その程度の価値。


「だが……」


 そう、だが。ティムという男をあの姿にまでする必要があったのだろうか? 彼の何が彼女達の機嫌を損ねたのかはわからない。しかし彼女達には何か思うところがあったのだと少年は思う。そう思わないと彼は心の居場所を決められないのだ。


「でも……」


 だが少年は疑問に思う。元居た世界では犬や猫を虐待すれば道徳観や倫理観を問われた。しかし熊や猪を猟銃で撃ったとして、果たしてその行為を非難するものは居ただろうか?

 その倫理観を問うていた彼らは腹の空くまま牛や豚を食して殺戮の手助けを繰り返していたが、それを咎める者は誰も居ない。しかしその反面、鯨やイルカを捕獲すれば可哀そうだと喚き散らし、牛や豚を食いながら腹を立てる。

 これらの動物には何の違いがあるのだろう。彼らは何故食われるためだけに育てられ、無慈悲に解体され続けなければならなかったのか? 少年は思う、それは偽善や欺瞞でしかないのだと。


「やはり人間とは……」


 殺されても仕方がない種族なのかもしれない。肉体能力だけが下等なのではなく、独善的な思想とその結果こそが下等なのだ。下等なものや劣化したものは必ず駆逐される、それが世の常であり人の常。

 少年は闇夜でも美しさを損なわない、その整った顔に諦観を刻みながら得心する。彼女らの行為は自然の摂理に準じた、正当な理由に基づく当然の結果なのだ……と。彼女らの行動を否定することは三千世界の否定になる、そう悟った少年は前世からの欺瞞に満ちた常識を永遠に手放した。

 そして真理へと辿り着いた少年がふと思い出す。パーラミター……不確かな記憶で「六波羅蜜」だったことを。その意味は「完全であること」「最高であること」。つまり彼等は人間を見下すことの出来る、最高かつ唯一の絶対的な存在なのだ。


 (なら仕方ないか……)


 少年は夜空を見上げる。そして主人と客人が居なくなった家屋の玄関へと目を向けた。

 そこには少年の視線に合わせるかのように、満足気な表情の妖艶な美女が躍り出ていた。

 美女の姿を視認した直後、眼前に埋められている凄惨な殺戮劇の主人公が少年の脳裏に浮かんで消えた。殺したのは自分ではない、そう断じて自分ではない。少年は自分に言い聞かせる。だが果たしてそれが彼の心を安寧へと導けるのか、それとも彼女への言い訳になるのか、彼にはわからなかった。

 顔の前で両手を合わせながら冥福を祈る少年が、命令にないはずの殺戮に至った彼女達の思考を分析してみる。到底理解など出来るはずもない彼女達の凶行。

 だが本当にそうなのか? あれは本当に自分の命令を超えた彼女達の独断だったのか?


 (……いや、違う!)


 少年は気付いてしまった。自分が何も命令していなかったことに。そう自分は命令していなかったのだ、「村人を殺すな」と。


「君を殺したのは俺だったのか……スマン、ヴェラ」


 少年は記憶となった女性へ謝罪すると、肩を落として丘を下り始める。

 そんな自責の念に苛まれる彼にも、永遠の眠りについた女性にも、そして妖艶に笑う美女にも、月は静かな美しい微笑みを見せた。




 丘を下る少年の心に多少落ち着きが戻った頃、少年はこれまで出逢った魅力溢れる二人の女性を脳裏に浮かべる。その中にラウフェイが含まれていないのは、彼の若さゆえの選別だろう。

 彼女達は非常に美しい外見をしており、男であればその美貌に気付かぬ者、その魅力に引き寄せられない者など居る筈がない。

 今までは転生後の混乱で強く意識する機会はなかったが、あれほどの美人達が熱烈な姿勢で自分に言い寄ってくるのだ。心が動くのも時間の問題だろう、少年は正直な想いを頭では認める。


「だが……」


 自分を主君と信じて疑わないからこその彼女達の好意であり、もし別人だとバレてしまった場合の自身の身の上など考えたくもない。

 だがそんなことは考えなくともわかる。その答えは先ほど見たような、生物の威厳も尊厳もなく肉体的にも精神的にも崩壊したボロ雑巾しかない。彼女達に穴を開けた意趣返しが四肢及び象徴の切断、その悍ましさを想像した少年が心に誓う。


 (彼女達に手を出すのは絶対に止めよう。それが良い、そうしよう……)


 駆け寄る美女を見つめながら、少年は揺らぐ心を叱咤した。少年には美女の微笑みが魅力的かつ好意的に見えるのだ。


「カミュ様ー。中は終わりましたよ」


 心を激しく揺さぶる芸術品の製作者とは、とても思えない笑顔と仕草で彼女は手を振る。


 (逃げる……か?)


 少年は美女を見つめながら逃亡成否の可能性を検討する。空間スキルと時間スキルを駆使すれば、彼女等を振り切ることは簡単だろう。人間が収める国で生活するのも良いかもしれない。

 (だが……)少年は老女が来た時のことを思い出す。彼女は転移により目の前に現れたのだ。しかも何らかの方法により遠方から少年の現在位置を特定して。

 だとすれば、逃げたとしても自分の位置は本国で簡単に補足されるだろう。そして見つかれば慌てて逃げ出し、逃げた先で再度捕捉される。その繰り返しだ。

 

「どうされました?」


 美女が小首を傾げて様子を伺う。逃げられないのであれば戦うしかないのか? (……あれらと?) そんなことは不可能だと少年は知っている。彼らは人間ではないのだ。しかもこの世界で二番目に強いクラスが九人も揃っているという話だった。


「無理だな……」


 少年は美女を見据えて苦笑する。


「何がですか?」


「ん? 何でもないぞ。お前に少々……見惚れていただけだ」


 少年の断念に顔を強張らせる美女だったが、続く少年の言葉で顔を綻ばせる。嬉しい顔とはこの表情のことを言うのだろう。

 モジモジしながら寄り添ってきた美女へ微笑むと、少年は何の脈絡もない前向きな可能性を脳裏に浮かべる。

 (まぁ、適度な距離感を持って接すれば、バレた後でも許して貰えるだろう)

 心を前進させた少年が視線で美女を促すと、老女が魔法を発動し続ける村の中央へと歩みを進めた。


「そういえば、お前の魅了の効果は私にも影響を及ぼすのか?」


「……いえ、カミュ様のような高位の方だと簡単にレジストされます」


 少年からの突然の質問に、その真意を量り兼ねる美女が眉根を寄せた。


「そうか。ではお前が魅力的に見えるのは、魅了の効果ではなかったのだな」


「……え!?」


「どうした?」


「あ、いえ。なんでもありません!」


 赤い顔で俯く美女に一抹の不安を覚える少年。

 老女の作業が淡々と進んで終わりを見せたその頃、歩みを進める少年の下腹部に優しい違和感が生じる。

 その何かを探るべく視線を下げた少年の目には、モゾモゾと蠢く白魚のようないやらしい手が映った。

 不意打ちで生じた衝動に少年は瞬動のような動きで一歩下がると、視線を上げてその正体を探る。そして其処に見つける、半眼になった眦を下げつつ口角を上げて顔を紅潮させる痴女の姿を。


「レストエス! 目を瞑って歯を食いしばれ。話はそれからだ!」


 少年は光速で中指を親指の腹にセットし、親指の先を美女へと向ける。

 そして瞬時に貯められた力が余すことなく解放されると、美女は放物線を描くことなく錐揉み状態で吹っ飛び老女へと直線で衝突した。


「す、スマン! ラウフェイー!」


 少年は駆け寄って老女を抱き起す。昏倒する美女の尻を尻にして。


「だ、大丈夫じゃ……あ、ですじゃ。少し吃驚しただけです」


「そ、そうか。何事もなくて良かった」


 少年と老女が微笑みあう。


「カミュ様、片付けは終わりましたぞ」


「ご苦労。では出発するか」


「まだ夜は明けませぬが……?」


 少年は老女を抱いたまま天を見上げてから周囲を伺った。確かに今は真夜中だが、正直に言って此処にはもう居たくない。配下の暴走、それに伴うヴェラの死、そして無人となった村。罪悪感と寂寥感が波のように少年の心へと押し寄せ、その痛んだ胸を引き裂こうとするのだ。


「いや、今から行こう」


 少年の表情を見て老女が一つだけ頷く。夜通しの移動など彼女には何ら問題はない。


「もう立てるか?」


「ありがとうございます」


 老女は一礼して少年の手元から降り立つ。

 その姿を確認して少年が腰を上げようとしたその時、下から伸びる白魚のような手が少年の足首を捕捉した。


「か、カミュ様! もう少しこのままお寛ぎ下さい!」


「な、何を言っているんだ? 離せ、レストエス!」


「おでこへの愛、そしてお尻への愛。あたしの愛も止まりません!」


「ラ、ラウフェイ、助けろ!」


 美女のよくわからない、いや理解したくもない妄言を聞き、これ以上の説得が無駄であると悟った少年が老女に助けを求めた。


「レストエス様! デザイアーの貴女と言えど……これ以上のカミュ様への無礼は許しませぬ!」


 「フンッ!」という気合とともに美女の首筋へと手刀を叩き込んだ老女が、一瞬の隙を突いて主君を奪還する。


「……あぁ」


 手を伸ばして虚空を掴む美女が、とても残念な表情で主君を見上げた。


「何時まで寝てるんだ? レストエス。行くぞ」


「……わかりました」


 ガックリと項垂れながらトボトボと追従する美女の姿に、少年が先ほどまで抱いていた恐怖への不安が霧散する。

 やはり少し考え過ぎたのだろうか? そう思う少年だったが、油断が命取りになることを危惧し、緩みそうになった気を再度引き締める。

 向かう先は西、川を渡った先にある自国領へと一行は歩みを進めた。




 少年達が立ち去って半日後の天高く日が昇ったその頃、無人となった村に一人の男性が訪れた。

 彼は二足歩行の恐竜を体調二メートルまで小さくしたような騎竜から降りると、騎竜の手綱を近くの木へと縛り付ける。

 鍛えられた肉体に精悍な顔立ちの彼は、村の入口に異物を見つけて顔を上げた。そして絶句する。


「な、なんだこれは……?」


 彼の目に映ったそれは、とても人間の仕業とは思えない強烈で凶悪な光景だった。

 四肢の欠落した体と諦観すら失った表情。どうやれば人間をあの表情にまで追い込み殺すことが出来るのか、彼にはまったくわからない。


 暫く見上げていた男は、溜息を一つ零して村の中央へと歩みを進めた。

 しかし村の何処を見回しても、彼は誰一人として見付けられない。人影が全く無い村の中には、焼けた家屋と大量の血痕だけが残されていた。

 彼の顔は次第に硬さを増し、遂にはそのコミカルな顔から表情が消える。


「急ぎ戻って報告せねば!」


 彼は遥か南へと意識を向けて叫び、ふと気が付いたように一気に顔を青ざめさせた。

 主人から後を付けるよう命じられた目標が、突如として想像を絶する速度で駆け出したのが昨日。懸命に全速力で追い掛けるも、力及ばず見失っていたのだ。

 慌てふためき駆け付けたのがこの村。だが村には事件の跡しか残っていない。犯人は間違いなくあの一行、眼前の状況から彼はそう断定した。


 真剣な面持ちながらも可愛らしさの残る顔と、軽装ながらも長駆に適した鎧に身を包む体を騎竜の上へ押し上げると、彼は南へ向けて一心不乱に駆け出した。

 目標は合流地点であるボガーデン、彼に命令を与えた主人が彼を待つ場所。

 だが彼の心は晴れない。コボルトの大群から主人を救った者が、本当にこの惨劇を引き起こしたのだろうか? しかし彼らの他にこの村へ向かった者など居ないのも事実。


 断定はするが断言が出来ない。彼は己の浅い思慮に苦痛を覚えながらも、只管に南へと騎竜を走らせた。






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