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Lords od destrunction  作者: 珠玉の一品
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格闘



 集積された川魚、主に山女魚や岩魚と思われる魚の山。どうやって仕舞えば良いかと悩むカミュだったが、空間スキルで囲ってしまえば案外簡単だったことに気付く。空間スキルで包み込みそのままの状態で格納すれば、インベントリ内へヌルヌルもベトベトも伝染らないので安心なのだ。

 まぁインベントリ内がどういう理屈でどんな構造になっているのか未だにわからないが、構造を理解して車を運転していた訳ではない、そう割り切ってインベントリに魚を仕舞い込んだ。


「少年は良いなー。毎日あんな美味しいものを食べてるんでしょ?」


「いや。食べてはないぞ? あんな形をした肉も初めて見た」


 カミュの一言にヴェラが目を大きく見開く。


「え!? 私……全部食べちゃったけど」


「ん? あぁ、そういう意味ではない。我々はあまり食事をしないのだ」


「じゃ、何時も何を食べているの?」


「まぁ……一言で言うなら、高機能性栄養補助食品(マナ)だな」


「こうきのう……? え?」


 無駄に難しく言ったのが功を奏し、話をはぐらかすことに成功したようだ。これが男性だった場合、訳のわからな言い訳に鋭いツッコミを受けまくったことだろう。生前は難しい話を嫌う女性が多く苦々しく思っていたのだが、話をするのが面倒な場合には便利なことこの上ない。後で男性バージョンの言い訳も考えておこう……。


「で、でも! 少年はとても裕福なんでしょ?」


 急激な話の方向転換に心のGを感じるが、まぁ難しい話から逃げ出したいのが彼女の本音だろう。だがヴェラよ安心しろ。後ろの二人も君と同じで微塵も理解出来ていない。


「お前は不幸なのか?」


 腕を組みして小首を傾げながらヴェラを見るが、それほど不幸な生い立ちには見えない。何が不満なのだろうか?

 明治時代の日本の農民とその服装を比べれば、継ぎ接ぎがないだけ遥かにマシであり、粗食に耐え続ける某大陸の難民に比べれば、その体形はふくよかとさえ言える。休暇に不満があるのだろうか?


「不幸だよー。服もあんまり持ってないし、休みは週一日だけ。毎日の食事はパンとスープで、肉なんて滅多に食べられないんだよ? 収穫のほとんどは領主様に持ってかれるし、少年のような貴族様に生まれたかったよ」


 なるほど、愚痴を言いたいだけか。ここで本気と書いてマジ回答すると怒りに火が着くのが女性の悪癖だ。よし、聞き流そう。だがヴェラよ。先ほどから何度も言っているが、私は貴族様ではない。


「まぁ下を見ればキリが無いしな、お前の言う通りだろう」


「うんうん、少年もそう思うでしょ?」


「先ずはお前の村を見てみよう。後は……見てから考えるべきだな」


「……考える?」


 ヴェラが不思議そうに見つめてくるが、まだ意図を教える気はない。街を一から作るなどと言っても信じて貰えないだろうし、後で面倒臭くなって脳内工事計画、および脳内工事だけで完了する可能性が極大なのだ。


「そう、後でな。食糧は十分に確保した。では行くぞ」


「あ、少年、待ってよ!」


 早々に足を進めると、首を傾げていたヴェラが慌てて追いかけてくる。感覚だけなら年下の可愛らしい女性だ。その仕草に表情が緩んでしまうのは、仕方のないことだろう。

 そういえば生前の世界で”歩く”という作業に従事していなかったことを思い出す。自分は車社会の申し子と言うべき世代に生まれており、歩くことは皆無。公共交通機関の乏しい田舎で歩いていたのは畑仕事に赴くお婆ちゃんくらいであった。


「ラウフェイ、散歩を嗜んだりするか?」


「……は? あ、いえ、歩きませぬ。普段は……飛びますのじゃ」


「あ、あぁ……そうだったな」


 気にするなと手を振り前を向く。地元はおろか世界中の何処を探しても、流石に空を飛ぶババアは居なかっただろう。

 幸いにも話が通じていないヴェラは放置する。目線で何かを訴えているようだが、おじさんはその程度の視線に負けない強かさも持っているのだ。主に女性社員方面からの悪辣な攻撃による戦闘経験で培ったものだが。

 思い出したくもない過去を振り返りつつ、明るい未来が待っているかもしれない北を向く。天気も良いし、先を急ごう。




 世間話をしながら一行は北へ向かう。ヴェラから詳しい話を聞いてみると、この世界は中世欧州のイメージに近かった。王が城を構え、貴族が領地を支配し、農民が搾取される。いつも通りの構図だ。

 電気や内燃機関による動力はなく、主な動力は動物か一部の幻獣とのことだった。幻獣を使役しても良いのか疑問に思うが、十中八九がそうだと言えばそれが世界の常識、自分が口を挟むことではないと割り切る。

 しかしヴェラが居るだけで知識の補充が進む進む。こう言っては申し訳ないがレストエスとラウフェイは、ヴェラに比べると何処か常識外れの感が否めないのだ。まぁ……自分ほどではないのだが。

 まったく、下半身丸出しで初登場するとか、変身した直後に真っ裸で過ごすとか、常識外れも甚だしい。二つの意味で目のやり場に困りました。

 それはそうと目のやり場で思い出したのが、この先に(たむろ)する動物の群れだ。先ほどから気にはなっていたのだが、同行者の誰もが気付いた様子はない。他にも後ろを付けて来ている誰かも気になるのだが、見ているだけで手を出す気配もつもりもないようだ。尾行者はこのまま放置だな。


「あの先にいるのは犬の群れか?」


「え? 何処どこ? 何も見えないんだけど」


「申し訳ありません。あたしにも見えません」


 二人の見ている方向が少しズレていることに可笑しさが込み上げるが、そういえばヴェラを助けた時も二人が見えないと言っていたと思い出す。他人とのあまりの視力の違いに疑問を感じるが、今の自分の視力は一体いくつなのだろうか? Cのボードは作れるだろうが、どれがどの視力に当て嵌まるのか基準がさっぱりわからない。


「この辺りに野犬は居りませぬ。おそらくダイアウルフの群れかと」


「ん? 確か一万年前に絶滅したはずじゃなかったか?」


「ゴインキョ様、ダイアウルフは絶滅してません。魔狼(まろう)と言えばわかりますか?」


「あぁ、そっちか」


 ちょっと顔が熱くなった気がして頬に両手を当てるが、体温の変化はまったく見られなかった。小首を傾げて理由を思い浮かべるが、体の構造さえわかっていないのだから理解は遥か遠い未来にあるのだろう。

 それにしても女性二人の目が輝いている。見惚れているというヤツだろうか? 二人ともおじさんを見て……いや違う、ショタコンか。


「儂が駆逐して来ますのじゃ」


「え!? お婆さんが?」


「いや、私が戦ってみよう」


「少年が!? ダイアウルフって(じん)級のモンスターだよ? 止めた方が良いよ!」


 ラウフェイとカミュの発言に驚くヴェラが必死に止めようとするが、年寄りを年寄り扱いするのは良くないのです。ラウフェイの肩に手を置きそっと微笑むと、彼女の顔から寂しさが消えて笑顔が零れた。


「そこの女の言う通りです。あのようなゴミ、我々が片付けます」


「ゴ、ゴミ!?」


「まぁそう言うな。この剣の切れ味を試すのに丁度良い相手だろう」


 背負った剣を親指で指差しワイルドに口の端を上げてみる。だが歳不相応なことを失念しており、赤面の重ね掛けになるだけと気付いたのはもう少し先のことだった。


「しょ、少年……」


「あんた、少し黙ってた方が良いわよ?」


 心配そうに見つめるヴェラをレストエスが睨む。そんなに睨むと眉間の皺が消えなくなりますよ? 仕様がないのでレストエスの肩にも手を置きそっと微笑んだ。だがレストエスよ、目を瞑って顎を突き出すのはよしなさい。


「ところで……ヴェラ、背中の剣を抜いてくれないか? 手が届かないのだ」


「ん? 大きい剣だもんね。ちゃんと振れるの?」


 背後に回ったヴェラが背中の剣を引き抜こうとするが、いくら力を入れても抜ける気配が漂ってこない。


「遊んでいる場合じゃないぞ?」


「え? ち、違っ! 本当に抜けないの!」


 背後なので全く見えないのだが、ヴェラは確かに必至そうだ。だが埒が明かないのでレストエスに視線を移す。


「ちょっとどいて」


 ヴェラを突き飛ばしたレストエスが、すまし顔で背後に回る。そんな乱暴に扱わなくても……女性同士なんだから仲良くしようね。

 レストエスの思うところが何なのか気にはなったが、その直後に背後から「フンフンッ!」という荒い鼻息が聞こえて疑問が吹き飛んだ。


「遊んでいる場合じゃないぞ?」


「え? ち、違っ! 本当に抜けないの! あ、抜けません!」


 剣を抜くことが出来ないレストエスへ振り向くと、彼女は真っ赤な顔をしていた。力を込めた所為か、それとも敬語を忘れた所為かはわからないが、赤面しているのは間違いないだろう。

 そんなコントをしてる間に、こちらに気付いたダイアウルフの群れが猛烈な勢いで駆け寄りだしていた。あの涎の出具合から察するに、襲う気マンマンなのだろう。やる気が漲っているのは良いことだ。

 剣が無くても倒すことは可能だが、それでは剣の練習にはならない。仕方なく背負った剣を肩から外し、鞘から刀身を抜き出す。


「ほぉ。思ったより軽いな」


 玩具の剣を扱うように軽く振ってみるが、使い慣れた道具のように剣全体が手に馴染んでいる。いや、体に馴染んでいると言った方が適切だろうか?

 剣を振る度に赤い光の残滓のようなものが見えるが、これは一体何だろうか? もしヴィジュアル的な視覚補正が仕込まれているのであれば、この世界の剣の製造技術はかなり高度なものだろう。


「さて、近くで戦ったら危ないな。皆はここで待つように」


「わかりました」「畏まりました」


「少年、本当に大丈夫なの?」


「ダメでも助平が治癒できる。なんとかなるだろ」


 さて、剣の練習に行ってみますか。




 カミュが歩く後ろ姿を見送りながら、ヴェラが不安そうな目をカミュからレストエスへと移す。カミュに襲い掛かるダイアウルフの数は二十を超えている。これを一人で全て倒しきるなど常人には到底不可能だった。


「なんとかなるだろって……ねぇ、スケベイさん。少年って剣の達人か何かなの?」


「さぁ? カミュ様、あ、ゴインキョ様が剣を振るわれる姿を、あたしは一度も見たことが無いの。カクノシンはどう?」


「儂も見たことはないですのぉ」


「え゛ぇー!!」


 あまりの驚愕にこぼれ落ちるほど目を見開いたヴェラが、レストエスとラウフェイの二人を見つめる。


「だ、大丈夫なの!?」


「あんた、少し煩いよ? 問題ないから黙って見てて」


 レストエスの厳しい視線に耐え切れなくなったヴェラが、一度下を向いた後で視線をカミュに戻す。悲壮感に溢れた顔は残酷な現実を見るための心の準備なのだろうか? 彼女は唇を真一文字に結んだまま黙って視線を固定した。

 そしてヴェラが視線を固定した先、先頭を切って走るダイアウルフの一匹がカミュの頭を目掛けて猛然と襲い掛かった。

 ダイアウルフは体長三メートルとカミュの倍にもおよび、その圧倒的な存在感を余すところなく主張している。マナを取り込んで強化されたその身体能力は高く、発達した犬歯は鉄ですら噛み砕くほど。群青色の毛を風に靡かせながら、耳障りな吠え声とともに大きな口を目一杯に開いて飛び付いた。だが……


「ラウフェイに比べれば全然大したことがないな」


 襲い掛かるダイアウルフを袈裟切りにしたカミュがうそぶく。ダイアウルフを真っ二つにしたことで血のりが付いてしまった剣をカミュが一閃すると、その刀身は赤い光の残滓とともに奇麗な状態へと戻った。


「それにしても凄い切れ味だ。魔狼がまるで豆腐のようだ」


 豆腐を理解し得ない三人が首を捻っているが、カミュにはまったく見えていない。まだ二十匹以上残っている魔狼を前にして、その整い過ぎた顔に獰猛な笑みを浮かべているのだ。

 カミュの深い笑みを挑戦と受け取ったのか、二匹のダイアウルフが同時に襲い掛かる。加えて狡猾な別の一匹もタイミングをズラしてカミュの背後に回った。

 同時に二匹を相手取るカミュ。先ほどより難易度の高い処理になるが、その剣閃には迷いも狂いもない。僅かなタイミングのズレを見逃さず二匹をほぼ同時に真っ二つにすると、剣を振るった余韻のまま後ろへ振り向き、背後から襲い掛かるダイアウルフを難なく真っ二つにする。それはまるで踊るような舞うような剣閃であり、見ていた女性三人が胸に心地よい痛みを覚えるほどであった。


「す、凄い……斬ったのよね? 全然見えなかった……」


「凄いのは当然でしょ? でも本当に凄い剣閃ね……」


 ヴェラの感嘆に脊髄反射で応じるレストエスが改めてその凄さに感嘆を漏らす。彼女が見てもそ主君の剣閃は残像しか見えないのだ。当然だがヴェラには全く見えなかっただろう。


「ほぉ、なかなか学習能力が高いな。(生前の)部下に見習って欲しいくらいだ」


 四匹の仲間があっと言う間に倒されたことで警戒心を最大にしたダイアウルフが、カミュを取り囲むような円形に配置を変える。その行動は規律正しく、短時間での見事な陣形変えにカミュが思わず感嘆の声を上げる。だが後ろのレストエスとラウフェイが、顔を真っ青にしていることには気付けない。主語のない話はとかく誤解を生み易いのだ。


「だが……まだまだだな。もう少し学習能力が高くて知恵が働けば逃げる――」


 カミュの適当な蘊蓄など聞く気のない、二十匹を少しだけ下回るダイアウルフ達が、カミュの都合などお構いなしに一斉に飛び掛かった。余裕をぶっこいてモンスターに説教するなど阿呆の極みだ。


「うぉ!」


「しょ、少年ー!!」


「煩い!」


 突然の奇襲に驚くカミュを遠目に見守るヴェラが、血達磨となった美少年の姿を幻視し心の底から叫ぶ。カミュに向けて突き出した手は虚空を掴んだまま空を切り、哀願の表情がその空しく伸びた手を悲しく引き立てる。その横では耳を押さえ付けたレストエスが怒鳴っているが、今のヴェラには全く聞こえていなかった。

 一糸乱れぬタイミングで襲い掛かるダイアウルフ。カミュを中心に奇麗な放物線を描くと、十八の獰猛な顎門を大きく開き目を血走らせる。だが……

「ドンッ!!」

 突然の爆発音に驚いたヴェラが目を背ける。暫くして覚悟を決めた彼女は、血達磨となったであろう少年の姿を探して元居た場所を見つめた。だがそこには先ほどと何一つ変わらない銀髪の美少年が悠然と立っていた。


「流石に停止中は斬れないか。まぁ峰打だな」


 アハハと笑いだしたカミュが手に持つ剣を見つめる。美少年が持つ赤いオーラを放つ剣。その光景はヴェラの記憶に鮮烈な爪痕を残す。だが、その記憶が長く持続されることはなかった。

 飛び散ったダイアウルフ達は一滴の血も見せることなく、目を見開いてただ静かに横たわっている。暫く様子を伺ってみたが動く気配は一切ない。おそらくだが瞬間的に即死したのだろう。


「な、何が……?」


 呆然と立ち尽くすヴェラが、やっとの思いで呻くように声を漏らす。レストエスですら剣閃の残滓が見えなかったのだ、斬られた様子もないダイアウルフが何故倒れているのか全く理解が出来ない。魔法による爆発にも思えたが、それは絶対にない。何故なら先ほどからずっと聞き耳を立てていたのだ。少年が詠唱せずに爆発を起こしたことは間違いない。

 であれば何故ダイアウルフは吹き飛んだのだろうか? ヴェラには全くわからない。だが、それはレストエス、ラウフェイも同じで、主君が何をされたのか彼女らにも知る由もなかった。


「あたしにも……わからない」


 呆然とするレストエスが、ヴェラに振り向き素直な感想を吐露する。この旅で初めての唯一にして無二である、魔族と人間の意思疎通の瞬間だった。




 剣を鞘に納めたカミュが辺りを見回す。散乱するダイアウルフを見て驚く姿はまるで他人事。本当に斃した自覚はあるのだろうか? ヴェラは我に返った直後でふと疑問に思う。


「カ……ゴインキョ様、お見事です」


「ん? あぁ、振り回しただけだがな」


 近付いて来たレストエスの称賛にも、謙遜しているのか無愛想に応じるカミュ。一足遅れで追い付いたヴェラは、静かになったダイアウルフとカミュの顔を交互に見返した。


「少年って……凄いんだね」


「そうなのか?」


「そうだよ! (クラス)持ちの探索者なんでしょ?」


 カミュを見つめて小首を傾げるヴェラ。だが問われたカミュの顔には?マークがくっきりと書かれてある。何を言っているんだ、この女。正にそんな顔だ。


「え……違うの?」


「レストエス、ラウフェイ。散らばっている魔狼から魔石を集めて来てくれ」


「わかりました」「畏まりました」


 二人は一礼すると辺りに散らばった残骸に目を移す。それを確認したカミュが、ヴェラを誘い魔石袋の輪から歩み出た。


「……(クラス)ってなんだ?」


「はい!? 少年って……凄いのか凄くないのかわからないよね」


 呆れ顔で見つめるヴェラの言葉と視線にカミュの心が痛む。だが、これしきで凹んでいては一般社会では生き残れないのだ。


「凄くはない。で、質問の答えだが……」


「あのね、強さの基準って(クラス)で分けられてるんだけど――」


「あぁ。そういえば聞いた気がするな」


「――全部で十あるのは知ってる?」


 カミュが腕組をしながら中空を見つめ、ゆっくりと解を紡ぐ。


「確か、甲、乙、丙、丁、だったか? ん? 十二じゃなかったか?」


「何言ってるの、少年。十個だよ」


 首を傾げて記憶を探るカミュに、ヴェラは微笑みながら一般常識を指摘する。ヴェラの言っていることは正しい。だが、一方のカミュが言うことも正しいのだ。

 ヴェラが言っているクラスは上から順に《甲・乙・丙・丁・戊・己・庚・辛・壬・癸》、これは人間世界の常識だ。だがカミュの記憶ではその上に更に二つの級がある。《天位・超干》、これは魔族だけの常識なのだ。


「そうか、では私の記憶違いだな。ところで(クラス)はどうやって決まるのだ?」


「倒したモンスターの等級を探索者協会に申告すれば認められるよ」


「ほぉ……」


「少年はどのくらいのモンスターを倒したことがあるの?」


 カミュは腕組をしながら首を傾げると、中空を見つめながらゆっくりと記憶を解いた。


「倒したのは、確かコボルトだったな」


「へぇー凄いじゃん! じゃあ少年は辛級だね」


 ヴェラの素直な称賛にもカミュは眉を寄せるだけだ。カミュの中で何かが噛み合わないのだろう。


「まぁ、凄いのかもな」


「これなら少年との旅も安心だね」


 ヴェラは後ろ手に回した右手へ左手を組みながら、前屈みにカミュを覗き込む。その顔は満面の笑みで溢れ、彼女の安堵感がその表情から察せられた。

 安心したのならそれで良いと割り切るカミュだったが、ヴェラと共に見落としていることには気付けない。先ほどカミュが斃したのは壬級のモンスターであり、確かに辛級のコボルトよりも格下だ。だがいくら格下と言えど辛級と壬級が一対二十で戦えば、辛級が勝つことなど確実に不可能なのだ。


「魔石集めも終わったようだ。そろそろ出発するか」


 カミュが北を向いてヴェラに語り掛ける。先ほどの圧倒的で一方的な結果に安堵するだけのヴェラには、カミュの不自然なほどの強さによる、その余りにも異常な戦闘結果に違和感を覚えることが出来なかった。





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