焼肉
落ち着きを取り戻した村娘風の女性、ヴェラをベッドに腰掛けさせると、隣に座って彼女を伺う。
前世なら援助交際まっしぐらのシチュエーションだが、幸か不幸か今の外見は健やかな青少年であり、性少年では決してない。逮捕されるなら間違いなく隣に座る女の方だろう。
「で、何故お前は攫われたのだ?」
「……え? 私が魅力的だからに決まってるでしょ?」
ヴェラが面白くない冗談を語りだした。十人並みの顔とスタイルで態々攫うほどの魅力は無いように思えるが、アスラやレストエスを見た後だからそう思うのだろうか? それとも元居た世界とは美人の基準が違うのか?
「蓼食う虫も好き好きと言うからな……ところで何処で攫われたのだ?」
「なんか腑に落ちない言い方されてる気がするけど……まぁいいわ。野盗に村を襲われて、その時に攫われたの」
眉間に皺を寄せながら険のある言い方をされた気がするが、何が気に障ったのだろうか?
要するに襲ったら女が居た。だから、物の序でに攫った。まぁそんなところだろう。
「なるほど、理解した。それでこれからどうする?」
「ん……村に、帰るよ」
「そうか。だが村は無事なのか?」
「焼かれた家もあるけど、全部燃やされた訳じゃないから。残ったみんなで再建してると思うわ」
ヴェラが寂しそうに記憶を紡ぐ。悪いことを聞いた気もするが、全体を把握しないと詳細を決められないのは、いつの世も同じなのだ。
薄暗い部屋の中で一人立ち上がり、腕組みをして顎を上げる。天井から降り注ぐ淡い光を見つめながら、これからの行動がなるべく時間の無駄となるように考えを纏めた。
「女の一人歩きは不用心だろう。村まで送ってやる」
「え!? ……良いの?」
「構わない。村はこの場所からどちらの方向にある?」
「ここから真北の歩いて四日くらいのところ」
目的地と同じ方向とは……残念だ。東と南なら遠ざかるのだが、北と西では近づいてしまう。だが一般人、しかも女性の参加で移動速度はかなり低下するだろう。それにこの世界の一般常識を聞き出すには好都合だ。
改めてヴェラを見つめる。短く切った茶色の髪に日焼けした肌、自分より少し高い程度の身長でその年齢は二十代半ばと思われる。くりっとした目が活発そうな外見を引き立てるが、少々筋肉質な体つきが日々の重労働を伺わせた。だがどう贔屓目に見ても、態々攫って来る価値は無いように思えるのだが……。
「我々の行き先と同じだ。遠慮しなくて良いぞ」
「へぇー、そっか。ちょっと気が楽になったよ」
「先ずは配下を紹介しよう。用意は良いか? では外に出るぞ」
ヴェラの頷く姿を視認し、彼女が承諾したと判断する。
彼女を背にして部屋を出ると、直ぐ左の外へと繋がる扉が目に入った。そのまま目の前にあるドアノブに手をかけ外へ出ようとした瞬間、外から男女の喧騒が聞こえてきた。
「もういいでしょ!? 反省してるってば!」
「信じられないのである。深夜にカミュ様のお部屋へ忍び込むとは……」
「それ何回目? 朝まで言い続けることないでしょ!」
「カミュ様に夜這いをかけるなど不敬にも程があるのである!」
「不敬はあんたでしょ!!」
「何故我輩が不敬であるか? カミュ様のご指示通り、お部屋で休んでいたのである!」
「ご指示って……真っ裸で寝ろなんて言われてないでしょ!!」
「言われてはいないが、好きに使えと言われたのである。我輩の就寝は基本的に生まれたままの姿である!」
「好きに使うのも限度があるでしょ!? あたしはそのせいであんたの――」
(聞かなきゃ良かった……)後悔とは後で悔いるもの。バディスの変態ぶりを熟知していれば、もっと別の手を講じたのに……。
まぁ今更悔やんでも仕方がない。後でベッドをキレイにしておこう。
カミュが今夜のベッドメイクを心に刻んでドアを開くと、左側から爽やかな朝の陽ざしが降り注いだ。
「あ、カミュ様! おはようございます!」
「カミュとは誰だ? わしゃご隠居じゃ」
「あ……ご、ゴインキョ様、おはようございます!」
「おはようございます。それよりレ……スケベイ、一度死んだ方が良いのである」
寝惚けているのだろうか? レストエスが偽名を忘れて元気よく挨拶してきた。というかレストエスの目の下のくまが笑えるほど酷い。さきほど「一晩中」と言っていたが、まさか夜通しでバディスと話していたのだろうか? 仲が良いのは本当に良いことだ。
「へぇ~、カミュっていうんだ。素敵な名前だね」
「そんな名前の人は知りません」
「って言うか、もの凄い美男、美女! うわぁ……私もそんな風に生まれたかったなー」
「気にするな」
「……何が?」
レストエスが顔面蒼白になっているのに気付き、一応フォローしておく。顔面蒼白で目の下に黒いくまを付けた美女なんて、井戸かテレビ画面から出て来るのが相場と決まっている。
横にいるヴェラも噛み合わない話に小首を傾げているが面倒なので放置しよう。
「この女性はヴェラ。この先にある村の住人だそうだ。これから彼女を送り届ける」
「あ、よろしくお願いします」
カミュの紹介に、ペコリと頭を下げるヴェラ。
「そして彼女らが私の配下。右から助平、格之進、八兵衛だ。お前を助けて右腕を治癒したのが、左に居る八兵衛だ」
「ハチベエさん、ありがとうございました。それにしても皆さん素敵なお名前ですね」
「うむ。その通りなのである」「正にその通りじゃ」「……そうね」
「え!? あ……そうだね」
彼らの正直な答えに若干引き気味のヴェラが相槌を打つ。名前を褒められて臆面もなく認めるその姿は、傍から見ていても滑稽を通り越して面白さすら込み上げる。
ヴェラには理由がわからないだろうが、敢えて説明する必要もないだろう。我等は偽名を名乗っているのだ、つき通すのが本懐というもの。
「ところでゴインキョ様は、昨夜どちらでお休みに?」
「ん? ヴェラのところだ。看病という訳ではないがな」
「「え!?」」
突然のバディスの質問。素直に答えたが何かまずかっただろうか? レストエスとラウフェイから驚きの声が上がる。
「え……一晩中看ててくれたの?」
「まぁな。では行くぞ!」
まさかレストエスから逃げ隠れていたとは言えず、昨日の話をソコソコで切り上げる。口数の多さが墓穴の深さに繋がることは経験から学んでいるのだ。
だが気になるのはレストエスの視線。先ほどまで自責の念に沈んでいたかと思えば、今は睨むようにヴェラを見ている。何が気に入らないのかわからないが、目の下のくまで眼光の鋭さを倍増させているのが怖過ぎる。
まぁ長い道のりだ。難しいことは追々考えることにして、今の状況よりも行き先を見つめることにしよう。
「あっと、その前に……」
「ん? どうかした? 少年」
「いや、なんでもない」
ヴェラの問い掛けへはおざなりに答えて前を向くと、脳裏にバディスの姿を思い描く。
『バディス、野盗には通常どのような罰が与えられるのだ?』
『王国の法で言えば、死罪か奴隷かと思われます』
『そうか……では、一つ頼んでも良いか?』
『なんなりと』
『先ほどの男は集団に属していたはずだ。この近くに間違いなく塒があるだろう』
『その通りでしょう』
晴れ渡った青空を見上げ、大きな溜息をつく。彼らを待っているのは何れ誰かに狩られる運命だろう。だがそれで良いのだろうか? 不幸の芽は早めに摘み取るべきなのだ。
『鏖だ』
『――御意』
バディスが一礼して踵を返す。野盗の塒をどうやって探すのかは分からないが、バディスなら間違いなくその任を全うするだろう。
長閑な日差しの中、ヴェラと肩を並べて草原を歩く。散歩に適した麗らかさだが、今は春なのだろうか? 肌で外気温を感じることが出来ないため、今が暑いのか寒いのかまったくわからない。
「少年は貴族様なの?」
突然ヴェラが問いかけてくる。何処をどう見れば貴族に見えるのだろうか? 多少の俺様感があるかもしれないが、貴族様になった覚えはまったくない。
「いや、違うが……何故そう思う?」
「えーだって、あんな美男美女のお供と旅が出来るなんて……普通の家柄じゃないでしょ?」
美男美女と一緒なのは認めるが、一緒に旅すると貴族になってしまう世界基準があるのだろうか?
「まぁ、旅なんて誰でもするだろ?」
「誰でもって……常識の無さが普通じゃないよね」
何かおかしい事を言ったか? 確かに普通ではないと自覚はしているが、他人から言われると少々心に響くものがある。
苦笑を浮かべるヴェラを見て何がおかしかったのかざっくり考えようとも思ったが、聞いた方が早いことに気付き早々に思考を諦める。
「お前は旅をしたことが無いのか?」
「ある訳ないじゃん! 家の手伝いもあるし、一人じゃ危ないし、それに……そんなお金もないし」
ヴェラの言葉が次第に力を失う。この世界では旅行をする習慣と環境が一般的には無いようだ。旅など金も掛かるし準備も面倒、行かないに越したことはないのだが。
それにしても彼女はどうしたのだろうか? 言葉もそうだが表情も暗くなっている。お腹が空いたのか?
「ヴェラ……腹が減ったのか?」
「え!? あ、まぁ……減ってるかも」
元気の無かったヴェラの顔に赤みが差す。何が恥ずかしいのか知らないが、まぁ飯を食べれば元気になるだろう。
「二人とも、食べ物を持っていないか?」
「あたしは持っていません」
振り返って問い掛けるが、予想通りの返答しか帰ってこない。まぁ食事のいらない種族なのだから、持っている方が不自然なのだ。
「儂が持っておりますじゃ。その娘が食うなら焼いた方が良いかと」
「……焼いた方が?」
首を傾げるヴェラの眼前で、ラウフェイが骨付きの肉を何処からともなく取り出す。彼女が持っていたことに驚きを隠せないが、常に食糧を持ち歩いているのだろうか? だが自分以外はインベントリ機能に時間経過の制約があったはず……腐っても構わないのか?
ラウフェイが取り出した骨にはその大きさに不釣り合いな少量の肉しか付いておらず、かなり痩身な動物の姿が想像された。骨の形が人骨に似ている気もするが、常人のと比べればそのサイズは小さい。まぁ気のせいだろう。
「薪になるものはあるが、誰か火を起こせるのか?」
「いえ、あたしは無理です」「儂もですじゃ」
インベントリから貧乏性で捨てられなかったトレントの残骸を取り出しつつ皆に火種を聞いてみる。だが残念ながら一人も火魔法が使えないという有様。
視線をヴェラに移してみるが、当然のように首を横に激しく振るだけだ。そういえば自分は火魔法を使えるのだろうか? 聞いたことも試したこともなかったことに改めて気が付く。
「火の下級魔法は何というのだ?」
「<火の玉>です」
「ほぉ……試してみるか」
レストエスの答えに興味を惹かれ、焚き火セットに手を翳してみる。聞きなれた名前が懐かしさを感じさせるが、既知の魔法と同じものなのだろうか?
まぁどうせ発動はしないだろうが、試すだけならあくまで無料だ。集中させた意識を丹田に移すと、下らない試みに心を躍らせる自分に苦笑しながら詠唱を始めた。
「<火の玉>!」
詠唱が終わると突き出した右手の先に、直径が十cmほどの魔法陣が浮かぶ。
だが何故か丹田からの魔力供給が始まらない。背中が少し熱く感じられるのは気のせいだろうか?
(おぉ! まさか本当に!?)
やがて魔法陣の放つ光が赤く染まると、焚き火セットへ向かって直径一メートルにも及ぶ火の玉が射出された。イメージよりもかなりデカい、デカ過ぎるが大丈夫か?
「「「……ぉお」」」
用意した焚き火セットが一瞬で灰になると、女性三人が声にならない声を揃える。結局、全然大丈夫じゃなかった。威力が半端ないどころか過剰なまでの放火魔なのだ。
――もう少し火加減を覚えた方が良いかもしれない。
「カミュ様、す、凄い! 凄く大きくて素敵です!!」
「火魔法を使えるなんて……どうしてなのじゃ?」
眦を下げたレストエスが、恍惚の表情で称賛するが……言い方が微妙にいやらしい。そう思うのは自分がおっさんだからだろうか?
隣でラウフェイが呟いているが、まったくもって同感だ。自分自身も今まさに驚いているところです。
火魔法の適正があるとは聞いていないが……何故使えたのだろう? それよりもレストエス……
「だから……そんな名前の人は知りません」
「少年……あなた何者なの?」
「ただのご隠居だ」
「ゴインキョって……凄い職業なのね」
目を見開いたヴェラが斜め上の勘違いを始めたらしい。面倒なので訂正はよしておこう。
さて、焚き火の再チャレンジだな。今度は威力を落としてみよう……いや、最高出力ならどうなるんだ? 悪魔の囁きに一瞬耳を傾けそうになるが、実演するとヴェラが驚くことは必定だ。驚くだけならまだしも、他人に吹聴されようものなら偽名の意味が無くなってしまう。
まぁ既に名前はバレているのだが、これ以上を敢えて晒す必要はないだろう。マキシマムな火の玉の封印を決意すると、そそくさとインベントリから焚き火のお替りを取り出した。
「何この肉!? 柔らかくて、甘みがあって……凄く美味しい!」
三度目で漸く着火することに成功した焚き火で、じっくり炙った骨付き肉を貪り食らうヴェラが、肉の美味しさを絶賛する。日本語の「美味いぞー!」が口から飛び出しそうな勢いだが、そんなに美味いのだろうか?
それにしても何の肉なんだ? 現地民が驚くほどの美味さに興味が惹かれてしまう。
「少年、ホントに食べないの? 凄く美味しいわよ?」
「ん? あぁ……我々は要らない。全部食べて良いぞ」
「ホントに!? あ……でも、ちょっと図々しいかな?」
はにかんで頬を染めるヴェラが、正直な心と一応の遠慮を視線に乗せる。食べ過ぎてお腹がポッコリするのも偶には良いだろう。
「構わない。あるだけ食べて良いぞ」
「エヘヘ、ありがとー! ところでカクノシンさん、これって何の肉なの?」
「――……仔羊じゃ」
羊……? 羊の前脚なのか? 見た目が全然違う気もするが、この世界には非常に小さい体躯の羊が居るのだろうか。
「羊? でも全然臭みがないよ?」
「そういう品種じゃからな」
小首を傾げるヴェラだったが、食している肉についてそれ以上を追究することは無かった。興味よりも食欲が勝ったのだろう。
世の中には聞かない方が、知らない方が良いことは沢山ある。ヴェラがラウフェイの言を咎めなかったこと、それこそが彼女の精神的健康に好影響を及ぼしたことはラウフェイしか知らない真実だった。
「結局全部食べちゃったね」
「まぁ喜んで貰えたのなら何よりだ」
ヴェラが食べた骨付き肉は全部で十本。彼女のお腹に全て収まった結果、予想通り恥ずかしいくらいに膨れている。余程お腹が空いていたのだろう、女性としての恥じらいすら忘れてむしゃぶりついていたあの姿が鮮烈に思い出される。
「そうれはそうと、ヴェラには食糧が必要だったな」
「はぁ? 何も持たずに旅しようとしてたの?」
「まぁ……そうなるな」
「呆れた……」
腕組みしてヴェラに応じながら、以前の感覚とは大分ズレていることに改めて気付く。ヴェラが言うことは尤もだ。人間のフリをするのであれば、こういう面こそ注意が必要だろう。
「あんた……もう少し口の聞き方に気を付けたら?」
「え……?」
「助平、止めろ。前にも言っただろう?」
「も、申し訳ございません……」
ヴェラを鋭く睨むレストエスが、彼女の口調を咎める。だがレストエス、それは先日も注意したはずだぞ? つい厳しい口調となった指摘にレストエスの顔が青ざめる。キツくなってしまったことは反省しよう。しかし折角の設定だ。台無しにする行動は控えて欲しい。
「ヴェラ、気にするな。今までと同じ口調で構わない」
「そ、そう……? それに私、敬語なんて使えないし……スケベイさんゴメンね」
ヴェラの一言に会社の若い女性社員の姿が脳裏に浮かぶ。敬語を知らないどころか日本語さえ怪しいヤツが多かったことを思い出し、いつの世でもどの世界でも変わらないことに苦笑を漏らしてしまう。
さて食糧か……全くもって微塵も考えていなかった。手っ取り早いのは魚か? ちょうど川沿いに北上しているのだから、いつでも捕まえることが可能だろう。だがどうやって? 網は無いし、当然だが竿もない。
小首を傾げ自分の股間を見つめながらこの世界でも「竿」で通じるのか悩んでみるが、今の自分には下ネタが似合わなそうな気がしてそっと胸の奥に仕舞い込んだ。
「どちらか、雷系の魔法を使えるか?」
「儂が使えますじゃ」
「ほぉ……やるな!」
アスラから聞いた限りでは、基本属性に雷はなかった。まさかラウフェイが使えるとは思いもよらず、正直に驚きの声を上げてしまう。だがラウフェイ、喜び過ぎだ。そしてレストエス、嫉妬が顔に出まくってるぞ?
「雷の魔法があるの? 聞いたことなかったよ」
「そうなのか? まぁ水と風の魔法で作れるんだがな」
「え? そうなんですか?」
「ん!? そうか……知らないか。水魔法で作った氷の粒を風魔法で作った上昇気流に乗せれば、気流に煽られることで氷の粒が激しくぶつかり合い、無数の摩擦によって静電気が生まれその場に蓄積される。後はある程度まで電圧が高まれば、地面との電位差で落雷が発生するはずだ」
元居た世界では常識だったのだが、文明の発達していないこの世界ではまだ解明されていないのだろう。驚きを隠せないレストエスに、丁寧に説明してみる。
「ゴメン……少年。何言ってるか全然わかんない」
「「……」」
だが女性にこういう話をしても理解出来ないどころか興味すら湧かないことは、先の半生で嫌というほど経験していたはず。
「何でもない、忘れてくれ。それより川に行くぞ!」
自分の迂闊さを覆い隠し、皆を河原へ誘導する。淀んだ空気は川で洗い流すのが一番なのだ。
「では格之進、川に向かって雷を放ってくれ」
「承りました」
気合を入れ直したラウフェイが、目を瞑って暫く下を向いた後、大きく息を吸って高らかに詠唱した。
「<稲光>!!」
ラウフェイを起点として眩い光が辺りを覆うと、その直後に川面から無数の小さな爆発音が響く。そして川面には感電により気絶、或いは死亡した魚影が、数えきれないほど浮かんでいた。
ラウフェイ……少しは加減しろ。
「う、うむ……よくやった格之進。では浮かんでいる魚を風魔法で集めてくれ」
「お任せください(され)」
やっと出番が来たことに喜び勇むレストエスと、褒められて気持ち悪いほどにやけたラウフェイが、それぞれ川上と川下から風魔法で魚を集めだす。暫くボーッと眺めていたが、次第に気持ち悪いほど大量の魚が集まりだした。
(これ仕舞うの……自分だよな?)
何千匹ではない、何万匹も居るのだ。インベントリに仕舞った際のヌメヌメ感が、半端なく気持ち悪いことは間違いないだろう。本音を言えば大半の魚を放置して今すぐ逃げ出したい。だがこの瞬間も二人は嬉しそうに魚を集めている。
「ハァ……」
思わず溜息が零れてしまう。ヴェラに聞かれたのではと心配になり慌てて横を見るが、大量の魚を見つめる隣の女性は、目と口を大きく開いたまま涎を垂らしていた。
(ヴェラ……君は本当に食いしん坊なのだな)
ヴェラに気付かれぬよう、そっと視線を戻す。楽しそうに魚を集める二人は、水面の乱反射を受けて光り輝いていた。




