覚醒
光の世界で意識を失いかけた俺は、消える寸前の心を必死に伸ばして何かを掴む。色も形も匂いも、そして優しさの欠片も無い何かは、最初からそう在るべきであったかのように空白となった身体を埋めていった。
自分と何かが一つになる感覚、無限でも永遠でもないその形容し難い観念は、運命に翻弄されながらも一つの形となっていく。
光の洪水が収まり、やがて視界が晴れる。
「―――確かに、死んだはず……」
おもむろに視線を下げ両手を、次に体を見る。先ほどの熱量のせいか一糸纏わぬ姿になっている。だが何も持っていない訳ではない。胸に抱いた一振りの剣と足首に嵌めた真っ白な枷だけがその身に残されていた。
「なんだ……これ?」
剣を持っていた記憶など無く、足枷を嵌めた経験も嵌める趣味も無い。ましてや自分が「中空」にいることなどあり得ない。あるはずがないのだ。
あまりの驚愕に我を忘れかけるが、辛うじて冷静さを取り戻す。よくよく考えてみれば、さっき死んだのだから何でも許される……ハズ。
そう死にたてほやほやなのだ。
(あぁ……夢か)
非現実的な光景に堪りかね、深くゆっくりと息を吐き出す。
「――死んだ後でも夢を見るのか。初めて知ったな」
ミサイルを飛ばしたサイコパスに一言モノ申したい気分だったが、昔からの夢だった空中浮遊を堪能している今、別にどうでも良いことに思えた。
「フライ!」
飛んでいる状態で詠唱の真似をしてもまったく意味は無いのだが、浮かれた気分が戯言を加速させる。
「アイ キャン フライ!」
剣を右手に持ち、両手を広げ、ゆっくりと回転しながら辺りを見渡す。
辺り一面には岩肌のみの見上げるような山の稜線、眼下には見渡す限り球面状の凹地形が広がる。オリエンターレ(東の海)と呼ぶに相応しいその地形は、まさに巨大な隕石が落下したかのようだった。
「しかし……この窪地、どれだけ広いんだ?」
想像をあっさり超える広大さに息を飲む。測量に縁の深い専門家でも、この距離を推し量ることなど不可能だろう。
(よくわからんが、感覚的に半径百キロ以上あるんじゃないか?)
それ以上は奥が霞んでまったく見えない。早々に思考を放棄し適当な答えを持って心の折り合いをつける。
自分のいい加減さに苦笑しつつも、心に余裕が生まれたことで初めて違和感を覚えた。
そう、とても重大なことに。
確かに、間違い無く、自分は、さっき、息を……した。
理解してはいけないことを理解してしまったような、強烈な感覚に襲われる。
動悸のような緊張は止まず、息遣いは荒れ、視界が歪む。
吐き気を覚え前屈みにその身を丸めるが、歪んだ視界は戻らない。堪り兼ねて目を閉じると、慣性に従い中空から真っ逆さまに落ち始めた。
その不快感に耐え切れず、俺はとうとう意識を手放した……。