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Lords od destrunction  作者: 珠玉の一品
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連絡



 アスラは走る。

 美しい顔を苦痛に歪ませ、脚線美を泥にまみれさせ、近寄るモンスターを一撃の元に切り伏し、そういえば斃したモンスターが大きな魔石を持っていたはずと踵を返し、魔石拾集に当てた時間の浪費に顔を歪めて。

 アスラは只管に走る。

 道なき道を走り、山を越え、川を越え、小さな森を抜け。

 そしてアスラは到達する。


 歪ながらも高さ二メートルの塀に囲まれた、半径五kmの魔国唯一の衛星都市である《フィードアバン》へ。


 中央には高さ二十メートルの白を基調とした五階建ての市庁舎がそびえ、市庁舎から同心円状に街並みが広がる。

 ここに暮らす住民は全て元々王国を逃げ出した逃亡者である。彼らは重税に喘ぎ、貴族の横暴に耐え兼ね、着の身着のまま辛苦を共にする家族と移り住んできていた。

 彼らは所謂「逃亡犯罪人」であり、王国に戻れば重罪人として裁かれるか、それを免れても奴隷落ちしかない哀れな身の上だ。

 だが今の彼らは、非常識なほどの軽税に喜び満ち溢れ、今まで着たこともない衣服に身を包み、平等な労働の対価に幸せを感じ、たった一つのこと以外まったく干渉されない自由を謳歌していた。


 他の国の人々に比べれば、彼らは間違いなく裕福と言えるだろう。

 毎日の労働さえこなしていれば、住むところも、食べるものも、着るものも、必要最低限の質と量を確保出来るのだ。

 搾取も略奪も暴力もない、正に夢の国だろう。


 しかし彼らは知らない。フィードアバンの本当の存在理由を。


 中央にそびえるのは《監視塔》であり、同心円状に広がる街は《獄舎》であり、街を取り囲む塀は外敵から身を守るものに非ず、逃亡不可能な街で一生飼い殺しにされていることを。

 だが彼らが此処から逃げることなどあり得ない。何故なら此処は食べるに困らない、外敵を阻む高い塀と警備兵に守られた夢の国であり、真面目に働いてさえ居れば誰もが幸せで居られる街なのだから。


 彼らに与えられた命題は一つ、ただ「生きる」ことだけ。

 自殺も他殺も許されない、ただ懸命に生きることだけが彼らの義務だ。

 そして懸命に生きた一部の者だけに与えられる名誉、それが国都クライネスランドへの移住の権利だった。


 人間同士が奪い合い、殺し合い、騙し合う世界から来た住民にとって、フィードアバンこそが正に天国であろう。

 そして移住先のクライネスランドから帰って来たものは、誰一人として居ない。そこにどんな天国が広がっているのか、彼らは夢に見ながら日々を懸命に生きていた。




 アスラがフィードアバンの正面となる南門に到着したのは、日はとうに沈み、深い闇が辺り一面を覆っていた頃。

 しかしそんな時間でも高さ二メートルの木製の門の両側には全身鎧の警備兵が一名づつ屹立し、人とは思えない持久力で侵入者の警戒に当たっていた。


 一瞥もせずに通ろうとするアスラに気付くと、警備兵は上位者を迎える一礼で静かに門を開く。


 門を過ぎて広がるのは、既に就寝中の大きな暗い街。中央部に控えめな光が灯っているが、全体から見れば極一部の範囲に留まるだろう。

 アスラは門の真裏で石の塀に隣接する小さな管理小屋を見つける。まだ灯りが点いている管理小屋の扉を開くと、アスラは外から守衛を誰何した。


「誰か居るかしら?」


「アスラ様でしょうか? ミナヨリです」


 中から現れたのは、見た目が二十前の美少女だ。正統な顔立ちの美人だが、ロードクロサイトと呼ばれるピンクに灯る瞳には、何か熱いものを感じさせる。

 髪は赤髪をシニヨンに纏め、その上に白のナースキャップを乗せるが、身に着けている衣装は一言での表現が難しい。

 色はバレンタインを基調とした白がワンポイントの「和風ナース服」。止めた襟から下の胸元と背中、そして脇腹から腰に掛けての部分が大きく開けられ、放熱性以外にデザインの目的が見いだせない形状をしている。

 上は半袖、下がタイトミニスカートの左合わせのナース服だが、胸の膨らみが大きく目立つその衣装は、医療とは違う淫靡な使用目的を邪推させた。


「あら、久しぶり。此処には貴女だけ?」


「ご無沙汰しており申し訳ございません。はい、此処はわたしだけです。東門にはワタツナが、西門にはウスサダが居りますが、カメオウ様はウラスエ、サカキンと共に市庁舎に居ります」


 腕組して問いかけるアスラに、腹部で手の甲を交差させたミナヨリが、主人と同輩の居場所を同時に伝える。

 既に夜も更けており、このまま市庁舎へ赴くのは流石に憚られる時間帯だ。

 本当は直ぐにでもカメオウと話をつけたいのだが、深夜にも関わらず強引に会いに行ったことが伝われば、自分に対する主君の評価が下がるかもしれない。

 アスラは最悪な展開を想像し、日を改めての訪問を選択する。


「そう。それなら、お風呂とベッドを借して貰えるかしら? カメオウのところは明日の朝にするわ」


「畏まりました。では此処にはお風呂がありませんので、迎賓館へご案内しましょう」


「そうね……」


 フィードアバンは比較的大きな街だが、宿屋やそれに類似する施設は一切ない。

 何故なら此処に来る訪問者が一人も居ないからだ。

 ここは外部からの侵入を悉く阻み続ける堅牢な監獄だが、逆にその実績が住民の不安をかき消していた。祖国から見れば彼らは一人残さず犯罪人であり、彼らが外部との接触を避けるのは至極当然だった。


「じゃ、お願いしようかしら」


 アスラは管理小屋へは入らず、踵を返すとそのまま街の中央に向かって歩みを進めた。


「ところで、此処の人口は何処まで回復したのかしら?」


 歩きながら街の様子を観察したアスラが、少し後ろで歩調を合わせるミナヨリに振り返る。


「はい、現在は五万まで回復しています」


「そう、順調ね。でも、もう少し増加率を上げたいわね」


「そうですね……。ではカメオウ様と相談して対策を練ります」


 何故人口を増やしたいのかを聞かずに理解したミナヨリが、主人との相談をアスラへ提示する。

 迅速で前向きな対応なのだが、今回ばかりは同意を伝えられない。アスラは眉根を寄せて困惑気味に立ち止まる。


「それは難しいかも。あなたも……いえ、あなた達も明日の朝に市庁舎へ集まってくれる?」


「それは大丈夫ですが、何か問題があったのでしょうか?」


 その表情に不安を覚えたミナヨリが、一歩近づきアスラを見上げる。視線の高さはカミュと同じ程度、身長は百六十cm前後だろう。


「いえ、問題はないわ。……主君、からのお言葉を伝えるだけ」


「ルシファー様の!?」


 突然の大声が闇夜に響くと、ミナヨリを観察するアスラが眉間に皺を寄せて溜息を一つ零す。


「も、申し訳ございません……」


 先ほどまでの驚愕が瞬時に霧散し、消え入りそうな小声と赤面でミナヨリは下を向く。


「驚くのも無理ないわね。でも、何も問題は無いから安心して」


 不安を拭うように優しく諭したアスラが、笑顔で振り返ると再び歩みを進めた。

 確かに、いつも念話で済ます主君が、伝令として自分を派遣するなど想像もつかないだろう。

 ミナヨリの驚愕は十分にわかる。しかしミナヨリ達に主君の変化を伝えるのは今ではない。


 アスラとミナヨリは無言のまま中心地に向かって歩き続ける。

 無言で歩く女性がどんな顔をしているのか、後ろを歩くミナヨリにはわからなった。






 朝の市庁舎を闊歩するアスラが、五階にある市長室の前で衣服の乱れを再度確認する。

 約束にはまだ少し早い時間。彼女の逸る気持ちが軽快なノック音となり、皆が揃っているであろう室内へと響いた。


 暫くして開かれたドアから、病的なほど透き通った色白の肌に金髪のロングヘアーの女性が顔を覗かせる。

 一礼とともに「少々お待ち下さい」と残した女性は一度ドアを閉める。そして少しの間を置いてから瓜二つの女性と一緒に両側の扉を全開にした。


「アスラさん、お久しぶりです」


 最初の挨拶は中央の執務机から立ち上がった少年から届く。

 少々頼りなさを感じさせる目は漆黒に輝き、艶のある黒髪はおかっぱと呼ばれる髪型に整えられている。

 純朴そうな顔立ちは絶世の美少年と呼ぶに相応しく、華奢な体に纏う衣装が幼さと愛らしさを引き立たせた。

 その衣装はカミュの元居た世界で言う「巫女服」に酷似しており、白を基調とした小袖と丈が異常に短い緋色の袴は少年への違和感を覚えさせなかった。


「カメオウ、久しぶりね。皆も変わりないかしら?」


 執務机の前に移動したカメオウへの視線を、その周りの者へ移しながらアスラは微笑む。

 カメオウの直ぐ隣には昨夜のミナヨリが侍り、少しの間を置いて向かって右側にワタツナ、ウスサダが、左側にウラスエ、サカキンが並んでいる。

 服装はミナヨリと同じ和風ナース服だが、デザインと色合いがそれぞれ違っており、髪型も三つ編み、ショートボブ、ツインテール、ボブと個性豊かな華が部屋一面を彩っていた。


 彼女達の一礼を確認すると、アスラはカメオウへ視線を戻す。


「ところで貴方のところには、か……いえ、主君からの連絡はあったかしら?」


 質問の真意を測りかね「主君……?」と呟いたカメオウは、小首を傾げて訝しむ。アスラが名前で呼ばなかったことに違和感を覚えたのだろう。

 だが、その態度に安堵したアスラは、明白な答えを求めることなく本題に入った。


「そう、連絡は無かったのね。では改めて、我らが主君……カミュ様の君命を伝えます」


 ミナヨリから事前に話を聞いていたのだろう。少しだけの動揺に留めた六人が、滑らかな所作でその場に跪いた。

 緊張の面持ちで下を向くカメオウが開きかけた口を一度閉じ、数瞬の後に主君からのお言葉を賜るべく先を促した。


「は、拝聴します」


「では……伝えます。臣カメオウは、これより主君カミュの元に馳せ参じるべし」


 「承りました」と見下すような視線に応じると、カメオウは歓喜と困惑が入り混じった微笑で立ち上がる。


「あ、アスラ様! 我々は?」


「貴女達への指示は何もないわ。この場に待機ね」


 焦燥感を露わにしたミナヨリは跪いたままで同行の是非を問うが、その答えは彼女達が求めるものではなかった。


「そ、そうですか……」


 落胆を隠さないミナヨリ。

 彼女を一瞥したアスラは、宥めることなく視線を逸らす。


 アスラから見ても彼女達は皆、レストエスや自分の配下に匹敵するほどの美人だ。

 五人が五人とも個性的な美しさを露出度の高い衣装で引き立たせており、見る者が凡夫ならばその美貌に惹きつけられることは間違いないだろう。


 名前を新たにした主君は女性に対して特別な興味を示さなかった。だがそれは以前と趣味趣向が変わっただけなのかもしれない。

 危ない方向に変わったのであれば身を挺してでもお止めするが、もし彼女達のような女性に興味が向いたのであればアスラやレストエスにとって死活問題なのだ。


「此処へは後ほどベンヌ・オシリスが来る予定よ。それまではミナヨリが代理を務めなさい」


 だからこそ今はまだ彼女達を逢わせる訳にはいかない。

 皆が主君に相見えるのは、自分が確固たる地位を築いてからで構わないのだ。


 ミナヨリが深々とした一礼で「畏まりました」と応じると、会話の終わりを待ったかのように身長百五十cmのカメオウが、おずおずと上目遣いで質問を投げ掛ける。


「あ、あの……アスラさん。ルシファー様はお名前を変えられたのですか?」


「そうよ。素敵なお名前でしょ?」


「は、はい!」


 アスラのさも当然といった物言いに、まったくその通りだとカメオウは同意する。

 今まで聞いたこともない不思議なネーミングだが、何故か親愛感と親近感を覚える。


「じゃ、準備が整ったら早速移動を始めてね」


「わかりました!」


 優しさ溢れる微笑みに、カメオウは好奇と期待で胸を膨らませる。

 少年なので実際には膨らまないのだが。


「じゃ、ミナヨリ、ワタツナ、ウスサダ、ウラスエ、サカキン。後は頼んだよ」


「畏まりました。後のことはお任せ下さい」


 五人は奇麗に揃った一礼を主人に向ける。それはアスラから見ても胸のすく見事な一礼だった。

 外見と仕草に相関関係が存在するのか疑問に思ったアスラが、憂慮の面持ちで遠い東へ視線を向ける。

 くそビッチの顔と性格に負の相関関係しか無いことを改めて思い出すと、僅かな微笑みとともにアスラは部屋を後にした。






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