即死
アスラと別れた一行は、北上を続ける。
彼女の向かった先を追えば最短距離で帰還可能なのだが、それは最大の目的にはそぐわない。
彼の希望は直帰ではなく、道草なのだ。
「カミュ様、もしよろしければラウフェイに乗られては如何でしょうか?」
レストエスが歩きの主君を気遣う。元々騎獣として呼んだのだから、目的に沿った的確な提案だろう。
だが彼は乗る訳にはいかない。何故なら移動速度が上がってしまうから。
「レストエスの言う通りだ。だが、少々調べたいことがあってな」
「調べたいことですか?」
適当に言葉を濁すカミュに、レストエスが食いつく。
彼女の問いは正直良い迷惑なのだが、本来の目的をバカ正直に語ることは、敢えて言うなら莫迦である。
「う、うむ……。そ、その……なんだ。射出実験をしたくてな」
「実験ですか!」
嬉々として会話を続けるレストエスに、冷汗を幻視するほどの訳のわからない言い訳を始めるカミュ。
少々落胆していたラウフェイも、興味の色が表情を塗り替えた。
「私の空間スキルだが、もしかしたら弾丸の発射も可能かと思ってな」
「だんがん……ですか?」
初めて聞く言葉に首を傾げるレストエスとラウフェイ。
カミュはこの世界に銃がないことを理解する。銃がないのであれば、おそらく火薬も無いのだろうと推測された。
「弾丸とは……まぁ、簡単に言うなら玉だ。弾を高速で射出すると殺傷能力が生まれるんだが……知らないか?」
カミュが身振り手振りでレストエスに説明するが、彼女もラウフェイもイメージが掴めないようだ。
「初めて聞きました。どんなものか見てみたいですね」
「そうだな。なにか筒のようなものがあれば……」
キョロキョロと周囲を探すカミュだが、イメージする竹のような植物は見当たらない。まさか鉄パイプが落ちているなどあり得ないだろう。
「そうですね……。あ、ちょっと探して来ますので、少々お待ち頂けますか?」
顎に手を当て悩む素振りを見せたレストエスだったが、何か思い当たったらしく電気が灯ったような表情でカミュに提案した。
「何か思いついたようだが、あまり遠くに行くなよ?」
「はい! お任せ下さい!」
レストエスは軽快な返事と共に、木立が目立ち始めた北へ向かって駆け出す。
レースのミニスカートが捲り上がり、可愛いお尻が露出する。
カミュは肩を竦めラウフェイを見るが、ラウフェイは微妙な表情でカミュを見返すだけに留めた。
空気に静粛を感じる。
配下に気を遣い無言で待ち続けるカミュだが、この無言の雰囲気がラウフェイの精神力を大きく削っていく。
会話が無い空間、それは非常に気まずいものだ。特に怒っている上司や彼女 或いは 奥さんを前にすれば、その負の効果は絶大だろう。
しかし状況に耐え兼ねて先に言い訳をすれば叱責が飛ぶのは間違いない。自分に非があれば即座に謝罪するのが効果的だが、今回のケースでは自分に非などない。
非があるとすれば、尻を出して微妙な空気を作ったレストエスだ。
レストエスの尻に謝らせようと益体も無いことをカミュが無言で考え続け、ラウフェイが疲労困憊となる頃、漸くレストエスが帰ってきた。遠目にもわかるほどの大木を担いで。
「カミュ様、お待たせして申し訳ありません! 只今戻りました!」
「う、うむ。ご苦労」
元気溌剌で微笑むレストエスに、疲れた表情で労いを伝えるカミュ。カミュの視線がレストエスの尻を捉えているのは致し方ないことだろう。
だがそれより気になるのは担いでいる”木”だ。
「レストエス、ところでそれは何だ?」
「トレントの死体です。あ、これトレントの魔石です」
カミュは首を捻りながら受け取った魔石をインベントリに仕舞う。
薄っすらとだが確かに表情のようなものが幹に見える。怒っているような、呪っているような、恨みがましい表情だ。
そこからも只の木でないことが即座に伺えるが、そもそもレストエスが何故木を持って来たのか理解出来ない。
「何故トレント……を?」
「先ほどカミュ様が”筒のようなもの”と仰ったので、お持ちしました」
キラキラと光る笑顔で満足気に答えるレストエス。一方のカミュは何と返していいのかわからず困惑する。
「そ、そうか。ありがとう。レストエス」
「いえ! 当然のことです! では早速」
レストエスはカミュに背を向けると「<風の刃>」を詠唱し、手首から先を円を描くように器用に回転させる。
レストエスの手から放たれた<風の刃>は”逆穴鋸”のように、円筒の螺旋となって元トレントを直径二メートル、長さ十メートルのただの丸太へと変貌させた。
感心して見守るカミュを他所に、レストエスは更に魔法を放つ。唱えた魔法は先ほどと同じものだが、効果はまったく逆だった。
今度の<風の刃>は、直進する直径一メートルの風の槍。風の槍は丸太の中心を捉えると、まるでドリルのように中を抉り貫通した。
「ほぉ……見事な技だな。レストエスが居れば旋盤はいらないな」
「せんばん……ですか?」
あまりにも見事な技に思わず、前世の知識を口にするカミュ。レストエスはその美しい目を大きく広げ、口をポカンと開けて不思議そうに聞き返す。
当然だがレストエスに伝わる筈がない。弾丸も無い世界なのだから、円筒物を切削する工作機械など勿論存在しないのだろう。
「いや、なんでもない(ろくろ……と言っても伝わらないだろう)」
カミュは手を振ってこの話題を終わりにする。
「だが筒はそんなに大きくなくて大丈夫だ。そこの小枝を同じような筒にして欲しい」
レストエスは「はい」と承諾すると、散らばっている小枝の中から適当なものを一本拾い、同じ工程で小さな筒を作った。直径が三十cm、長さは一メートル程度の。
その傍らでレストエスが作った大きな筒をインベントリに仕舞おうとしてカミュが異常に気付く。丸太の何処にも殺傷痕が無いのだ。
通常、敵を倒すには刀傷や魔法による属性痕などの致命傷となった跡が残るはず。しかし目の前の丸太はキレイな状態で、それが無いのだ。
「レストエス、このトレントはどうやって倒したんだ?」
「はい? 普通に突然死で倒しましたけど……?」
円筒に加工した木の枝をカミュへ手渡しつつ、レストエスが不思議な表情でカミュを見つめる。
突然死の効果を瞬時に理解したカミュが、納得と共に大きな筒をインベントリへ収納した。ファンタジーでよく耳にする即死魔法だろう。風と水の魔法適正があると使えるのだろうか?
カミュが思考の渦に巻き込まれる中、レストエスが小首を傾げてカミュの手元を見つめる。
「あ、ああ、そうか。空間スキルだったな。レストエス、その余った木でこの筒の内径と同じ直径の玉を作れるか?」
カミュは気を取り直すと筒に続いて、必要な道具の製作をレストエスに依頼する。
レストエスは器用に手先を操り、造作もなく直径二十cmの真球を風魔法で作り出した。
あとは前世とこの世界の物理法則が、ファンタジーを介しても同じであることを祈るのみだ。