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Lords od destrunction  作者: 珠玉の一品
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別路



 アスラはベッドの中で一人考えに耽る。

 敬愛する主君は先にベッドを抜け出し、机に向かい何か認められている。

 本来であれば主君と共にベッドから出てお傍に侍るべきなのだが、自分の起床で集中する主君を邪魔してしまうことが、そしてその愛しい背中を見守れなくなることが、彼女を躊躇させていた。

 主君は以前よりも背中が小さくなった。威厳よりも愛らしさを感じさせる。不敬な考えかもしれないが、アスラには今の主君の方が好ましいと思っていた。


 他二名も自分と同じ横向きで、主君の方を向いて寝ている。

 レストエスの大きさは未だ許せるが、ラウフェイの頭がデカくて視界が遮られる。

 ハッキリ言って邪魔なのだが、ここで殴ると狸寝入りがバレてしまう。恋する乙女には多少の我慢が必要不可欠。


 ところで記憶喪失の主君は、今後回復されるのだろうか? もし記憶が戻らないままだったら?

 アスラは最悪の事態を想定する。だが本当にそれが最悪なのだろうか?

 このまま記憶が戻らなければ、主君はずっと自分に依存し続けるかもしれない。アスラにとってはそれは理想であり、そうならないことが最悪なのだ。


 アスラは未だ見ぬ未来を幻視し、明るい希望にほくそ笑む。傍から見れば美しさよりも気持ち悪さの勝る表情だが、全員がアスラへ背を向けているので鼻の穴の膨らみを誰にも見られることはなかった。


 だが、時間は刻々と経過する。

 朝になり皆が起床すれば、そこから先は主君との別行動。主命により一旦イクアノクシャルへ帰還しなければならない。

 別行動になれば、主君の傍に侍るのはレストエスただ一人。おそらく途中で変態と合流するであろうが、あれがレストエスを制止することも、足を引っ張ることもないだろう。

 

 (となると、やはり……)


 アスラはレストエスの一人勝ちを阻止すべく必死に考える。ここまで必死に考えたのは、あの時以来ではないだろうか?





 カミュは朝焼けの中、両腕と顎を上げて”伸び”をする。

 この体になって以来、疲労や筋肉痛 及び 肩凝り 並びに 朝の胸焼けとは無縁になった。だが精神(こころ)は人間であった時の残滓のせいか、人間らしい行動を取ると少しだけ癒されるのだ。

 おそらく温泉に入っても精神だけは癒されるだろう。但し適温でも沸騰する源泉でも、耐性に優れた体には何の影響も齎さないのだが。


 カミュが一人で精神の安定を図っていると、ログハウスから二人と一匹が出て来た。


「カミュ様、おはようございます」


 三者が揃って一礼する。


「ああ、おはよう」


 カミュが笑顔で答えると、彼女らは一斉に顔を上げた。

 レストエスは満面の笑顔で。アスラは困惑気味の微妙な笑顔で。ラウフェイは……よくわからない。


「では、これから――」


「――カミュ様、お待ち下さい!」


 カミュの発言を聞き届けることなく、不敬にもアスラが口を挟む。


「ア、アスラ! カミュ様のお言葉を遮るなんて!!」


 無礼な態度に驚いたレストエスが、アスラをすかさず非難する。例えアスラと言えど許されることでは決してない。

 アスラに詰め寄ろうとするレストエス。しかし彼女の前進は、カミュの腕によって遮られた。


「レストエス、良いのだ。アスラの話を聞こうじゃないか」


 カミュがビーフブラッドに輝く瞳でアスラを見つめると、アスラは頬を僅かに紅くして下を向く。


「アスラ、気にすることはない。何を思ったのか教えてくれるか?」


 無礼と窘められ羞恥に耐えているのだと思ったカミュは、アスラが落ち込まぬよう優しく問い掛けた。

 暫くして顔を上げるアスラ。何故かその顔は、羞恥に耐えるというより、照れ隠しをしていたように見える。


 ヒクつく口の端を強固な意志で抑えたアスラが、真面目な顔でカミュへ提案する。


「はっ! 先ずはカミュ様のお言葉を遮りましたことに、心からの謝罪を!」


 大きく一礼したまま暫く静止すると、アスラは美しくも決意に溢れた顔を上げて話を続ける。


「カミュ様の御身をお守りすること、それが私の存在意義です。しかし主命により私はこの場を離れなければなりません」


 アスラが悲痛な面持ちで訴える。ちょっと離れるだけなのだが、それがそんなに心配なのだろうか? カミュには何が問題なのか理解が及ばない。


「ならばせめて……私が離れている間だけでも、私の配下をお側に置いて頂けないでしょうか!? それなら私も安心ですし、御身回りの過不足のない補佐が可能でしょう!」


 アスラが更に沈痛な面持ちで鼻息荒く訴える。が、カミュには何故代わりが必要なのかわからない。


 (コイツ……何言ってんだ?)


 カミュの気など知る由もない必死の美女が、カミュに一歩近づくと焦りを胸の内でひた隠し提案を続ける。


「いえ! 私の配下だけでは戦力面で不安が残ります。カメオウも招集されては如何でしょうか!? えぇ、それがよろしいと思います!!」


 アスラが激痛に歪んだ面持ちで訴える。が、カミュの心は既に次のステージに移行していた。


 (カメオウって……、誰だっけ?)


 アスラの気などもうどうでも良いカミュは、見知らぬ人物に想いを馳せる。

 アスラの狙いを理解したレストエスは、肩を竦め両手の平を空に向けてヤレヤレ感を表す。

 アスラの狂気にドン引きしたラウフェイは、ポーカーフェイスで上手に欠伸とオナラをした。


 そんな周囲も見えないアスラが、翡翠に輝く瞳で力強くカミュを見つめる。

 片やオナラに気付いたレストエスが、ラウフェイの頭にチョップを落とす。


 (まぁ……レストエスが居るし、誰が来ても大丈夫だろう)


「アスラがそこまで言うなら、カメオウを呼ぶのも吝かではないが――」


 あからさまにホッとするアスラを見つつ、何故そこまで拘るのか理解出来ないカミュは、思考の放棄と共に無難な答えを選択する。

 そう、困った時は間を取れば良いのだ。


「――だが一度に五人は多過ぎよう。先ずはカメオウのみを呼び、四人については後で呼ぶことにする」


 全ての要望が通らなかったことにアスラは一瞬落胆の表情を見せるが、「ありがとうございます」と一礼し反論もせず静かに佇んだ。


 (まぁ……あれだな。多めに要求を出して、譲歩を引き出せば儲けもの……的な交渉術だな)


 お互いの利害が一致したと見なしたカミュは、続けて今後の方針を伝える。


「アスラ配下の四人はイクアノクシャルに居るのだったな?」


「はい、左様でございます」


「カメオウは?」


「フィードアバンを守備しておりますので、帰還の途上で顔を合わせる予定です」


 カミュは顎に手を当て考える。顎に手を当てる必要はまったく無いのだが、そうすることで懸命に考えている気になれるのだ。

 カミュの思考は根本的に、一貫して”時間稼ぎ”である。情報を十分に得るまではとにかく知らない人とは会いたくない。

 だが自分の身を案じる配下の意見を無碍にすることも出来ないのは、思考が中間管理職一色だからだろう。だが角を立てないのは、より良い異世界ライフにとても大事なことなのだ。


「カメオウを呼ぶとフィードアバンの守備が手薄になるな。アスラ、どうするのだ?」


 カミュが当然の疑問を口にする。しかしアスラには迷いがない。


「フィードアバンへは、イクアノクシャルに残っているベンヌ・オシリスを向かわせるのがよろしいかと」


 (確か、飛べる配下の名前だったなー)と記憶を辿るカミュに、アスラが説明を続ける。


「カミュ様のお役に立てないことを、ベンヌもイクアノクシャルで嘆いているでしょう。ここで一つ役目をお与えになられては如何でしょうか」


 (アスラの提案にはこじつけ感が漂っている……。だがしかし、確かにお家でじっとしているのも暇……いや、辛いだろう)

 役目を与えてベンヌの気が済むなら、良い提案ではないかとカミュも思う。ベンヌは移動するだけで実際に会う訳ではない。段々と魅力的な提案に思えてくるから不思議だ。


「では、カメオウには帰還の途上でこちらへ来るように伝えてくれ。他の四人は……イクアノクシャルに帰還してからで良い」


「畏まりました」


 アスラが一礼で承知する。

 これで問題は解決したと胸を撫で下ろすカミュ。


「では当初の予定通り、アスラはイクアノクシャルへ向かうとして、我々はこのまま北上……それで良いな?」


「「承知しました」」


 レストエスとラウフェイが唱和と共に一礼する。

 このまま行動に移ろうとしたカミュだったが、大事なことをアスラへ伝え忘れていたことに気付く。

 カミュがインベントリから忙しく取り出したのは、一通の手紙だった。


「アスラにはこの手紙を渡しておく。イクアノクシャルへ帰還したらロードマスターの皆に読み聞かせてくれ」


 カミュからの突然の申し出に、アスラが目を丸くして驚く。隣を見ればレストエスもラウフェイも驚いていた。

 何か変なことを言ってしまったのか? と不安になるが、手紙を渡すくらいは普通のことではないだろうか。

 今一つこの世界のルールを知らないカミュは一瞬狼狽えるが、晒し続ける動揺が徐々に生活環境へ波及するのを懸念し敢えて堂々と振舞った。


 (一人で考えるのも限界があるな――。誰か一緒に転移してくれれば良かったのに……)


 カミュは心の中で愚痴を零すが、聞かせられる者は疎か、聞いてくれる者も一切居ない。

 常識の違いに少々辟易しつつも、カミュは最下層の身分からではなく最上層での厚遇から始まった現在を思い出す。

 先ほどまで内心で愚痴を零していたのに、今は見知らぬ神に感謝を捧げたい気持ちなのだから、元現代社会人は本当に現金な人種だとつくづく感じる。


 カミュは当然知る由もないのだが、彼女らの驚愕の理由は、単にルシファーが配下に手紙を渡したことがなかっただけのこと。

 「恋文と勘違いされたか!?」と心配したカミュだったが、それはただの恥ずかしい妄想である。


「確かに、拝受致しました」


 両手で手紙を受け取るとアスラは深々と一礼し、粛々と豊満な胸の内に手紙を仕舞う。

 その仕草がやけに官能的と感じられるのは、中身がおっさんだからなのか? まさか態とやっている訳ではあるまい。

 少々胸元を見過ぎていたことにアスラの視線で気付くが、ここで咄嗟に視線を逸らすのは……なんか違う。いや、断じて違う!


「そのようなところに仕舞わなくても……。大したことは書いてない。落としても問題ないぞ?」


「いぇ、肌身離さず持っていたいのです……」


 アスラが微笑みつつ胸に手を当てる。というか、そんなところに仕舞うとクシャクシャになるんじゃないか? というか汗で文字が滲むのでは……?

 到着後の手紙の状態を懸念するカミュだったが、これ以上の問答が「単に胸を見たいから」との誤解を招くことを恐れ、問題を棚上げしたまま胸……いや、手紙から意識を外した。


「そ、そうか……。ではそろそろ移動するか。アスラ、頼んだぞ」


「はい……。名残り惜しゅうございますが……」


 寂しそうな笑顔で翡翠の瞳に涙を湛えるアスラ。

 まるで永遠の別れのような、ラヴストーリーのような感動的な場面だが……。

 (アスラよ、君はちょっとお遣いに行くだけだ)

 言葉にするのも無粋だと思ったカミュは、アスラの肩に手を当て視線を絡める。


「す、直ぐに戻って参ります!!」


「あぁ。気を付けてな」


 頬を紅く染めたアスラが一礼と共に、北西に向かって駆け出す。

 何故そこまで急ぐのかはわからないが、大解放したチャイナドレスのスリットがスポーティで艶めかしい。

 まあ、そんなに急がなくても良いのだが。

 (っていうアイツ、時速四十kmくらいで走ってないか?)


 カミュは小さくなるアスラの背を眺めつつ、見たままの大爆走に脱力する。

 ここからクライネスランドまで千二百km程度あるらしい。が、直ぐに帰って来そうで何か怖い。


 暫くして、遠くの山間(やまあい)から女性の木霊する雄叫びが聞こえた。






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