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Lords od destrunction  作者: 珠玉の一品
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技能



 ラウフェイの意識が戻る頃には、すっかり日も暮れ夜になっていた。

 ラウフェイは自分の失神で行動に遅れが出たことを謝っていたが、どうせ急ぐ旅でもない。ラウフェイには「問題ない、気にしないように」と念入りに伝えた。

 だがアスラとレストエスの、ラウフェイに対する視線が冷たい気がする。二人とも歩きでの、そう時間を掛けての移動に賛同していたはずだが……謎だ。


 それより気になるのは、いつまで経っても腹が減らないことだ。これまでの半生では必ず空腹感と共に食欲が襲来したが、その三大欲求の内の一つがまったく感じられないのだ。

 知らぬ間に人間を止めたのだろうか? そう疑問に思いつつアスラへ率直に尋ねる。


「お前たち、腹は減らないのか?」


 カミュの質問に驚くラウフェイだが、他二人は別に気にしていないようだ。おそらく慣れてきたのだろう。


「経口摂取で身体機能を維持するのは下等生物のみにございます。カミュ様は勿論、我々も摂取は可能ですが、敢えて必要とはしておりません」


 やはり……人間を止めていたようだ。薄々感づいてはいたが、あっさり肯定されるとショックを受けるのも事実だった。

 アスラから外した視線を戻して、カミュはこの世界に転移した直後の光景を思い出す。


「だが、呼吸はしているな?」


 カミュの質問に更に驚くラウフェイだが、他二人は別に気にしていないようだ。おそらく既定路線になりつつあるのだろう。


「はい。我々は呼吸に似た動作で、口や鼻からマナを摂取しております。マナは身体機能 及び 魔法行使の力の源となりますので、継続的な摂取が必要です」


「……そうか」


「因みにマナ濃度は高度が下がれば濃くなり、反対に上がるほどに薄くなっていきます」


 アスラの答えを受けたカミュは、立ち止まり孤独な思考の海に沈む。

 考えてみれば、食事を摂れば必然的に排便がセットになる。この世界にウォシュレットがあるか多少は心配していたが、どうやら杞憂に終わったようだ。紙もなく手で拭けと言われようものなら……。

 (人間を止めていたことは少々ショックだが……それ以上に不便を感じない体になれたことを喜ぶべきだな)

 メリットとデメリットを天秤にかけつつメリットに軍配を上げようとするカミュに、アスラが小首を傾げ問いかける。


「今日はこの辺りでお休みになられますか?」


 あたりは相も変わらず山に囲まれている。若干木立が目立ってきたが、林と呼ぶにはまだお粗末なものだった。

 立ち止まり思考したことを、野営場所の確認と勘違いされたのだろう。ここで違うと指摘するのも彼女に悪い気がして、何となしに肯定する。


「ん? う、うむ。そうだな。ではここにログハウスを出そう」


 皆の同意を確認し、今朝から一旦インベントリに収納していたログハウスを適当な場所に再配置する。

 保持者が他に居ないと言われるこのスキルだが、とにかく便利だ。幼少の頃に見たアニメのキャラは、おそらくこんな気持ちで使っていたのだろう。


 皆でログハウスの中へ入ると部屋の中は今朝とまったく同じ景色だった。空気までもが同じに感じられたのは、気のせいだったのだろうか?


「大きいベッドですねー! でも一つしかありませんね?」


 初めて入るログハウスの内装をキョロキョロと見回すレストエスが、率直な感想と当然の疑問を呈する。

 精神年齢四十のおっさんから見れば可愛い仕草に顔が綻ぶ光景だが、主君としては多少の威厳は必要だろう。

 表情筋に力を込め、カミュは真面目な顔でレストエスに答える。


「皆で一緒に寝れば良かろう。昨夜もアスラと一緒に寝たしな」


「「え!?」」


 カミュの問題発言に声が二つ重なる。一つは質問者、もう一つは獣から。


「ちょ、ちょっとアスラ! それどういうこと!?」


 驚愕の表情で問い詰めるレストエスに、アスラが腰に手を当て、胸を反らせて余裕の表情で答える。


「あら、わからないの? 聞いた通りの意味よ」


「え!? でも、そんな……」


 虚空を掴むように手を突き出し、呆然とするレストエスを見兼ねたカミュが、心の内で溜息を吐くと視線をアスラからレストエスへ向ける。

 (まったくアスラは……何を考えているんだか)


「レストエス、誤解するなよ? アスラとは一緒のベッドで寝ただけで、何もやましいことはしてないぞ?」


 カミュの言葉を受け、レストエスが突き出した手を胸に当て「ホッ」と一息つく。ラウフェイの方からも聞こえた気がするが、たぶん気のせいだ。

 心配から解放され安堵したレストエスがアスラを睨む。当のアスラは素知らぬ顔だ。


 カミュはそんな二人に呆れつつ、ベッドを確かめる。するとそこには今朝の温もりが未だ残っていた。


「ほぉ……。まだ温かいな」


 何気ないカミュの一言だったが、周囲の態度は劇的に変化する。

 レストエスが「うぇ……」と呟き美しい顔を歪ませる。アスラへ向ける視線から察するに、彼女の温もりを嫌悪したのだろう。

 だが嫌悪を向けられているアスラの顔にあったのは……身じろぎ一つない驚嘆だった。


「以前、私はカミュ様のスキルを空間(ディメンジョン)とお伝えしました。ですが今カミュ様がお持ちなのは恐らく……時空間(ワールド)です」


 頬を僅かに赤く染め、潤んだ目でカミュを見つめるアスラ。

 だが敬愛の眼差しを受けるカミュには、何故そんなに驚いているのかまったく理解出来ない。ベッドが温い、当然のことに思えるのだが……。

 アスラの言を受け、レストエスとラウフェイの顔にも理解の色が浮かぶ。


「あたしもそのスキルを初めて見ました。空間だけでなく、時間まで意のままに操られるとは……。流石はカミュ様です」


 レストエスが敬意の込もった一礼をカミュに向ける。同じくしてアスラが、そしてラウフェイがこれに続いた。

 一方のカミュは未だ理解が及んでいない。

 ここで「それって何?」と問えば直ぐに答えが来るだろう。特にアスラ方面から。

 しかし簡単に問うて良いのだろうか? 常に質問ばかりではいずれ知識の無い、理解力の乏しい自分に失望し、彼女らが見限るかもしれない。

 焦りの表情を胸の内に隠し、カミュは必死に考える。ここまで必死に考えたのは、大チョンボの言い訳を考えた時くらいではないだろうか?


 (空間と時間……? 時空間? あぁ、そうか!)


 カミュの知識では、インベントリとは存在する空間に隣接した、時間の停止した亜空間であった。

 つまり格納した物質に状態変化が起きない、よくわからない便利空間だと思っていたのだ。

 しかし彼女らの認識は違う。空間スキルで繋がれた亜空間には、時間の経過が存在する。そしてその進行を限りなく0にすることは、この世界ではとても異常なことなのだ。


 (確かに……時間経過が無い世界など、二次元以下の世界でしか実現しないな……)


 時間を止めるなど、例え神と言われる存在でも不可能だろう。時間という概念が無ければ世界は存在し得ないのだから。


「……バレてしまったか。しかし皆、他言無用だぞ?」


 まるで「最初から知っていた」とでも言いたげなカミュの態度に、三人は粛然とした一礼で「「「畏まりました」」」と声を揃える。一匹は礼というより伏せに近いのだが。

 (取り敢えずはなんとか誤魔化せたか……。偏った知識での受け答えは危険だな)

 カミュは改めて今後の慎重な行動を心に誓い、不自然なタイミングで話を逸らす。


「何はともあれ、先ずは体を休めよう」


 その一言に興奮した二人が壮絶な位置取りを開始する。

 美女も、美女の醜態をも見慣れないカミュには新鮮な光景だが、このままでは埒が明かない。


「二人とも見苦しい真似は止めよ!」


 怒りを感じさせるカミュの一言に驚く二人。「「申し訳ありません!」」と、声と頭を揃え自らの愚かさを悔いている。

 そろそろ着衣の乱れが目立ち始める二人に、カミュは悩んだ末の折衷案を突き付けた。


「向かって左から、アスラ、レストエス、ラウフェイ……そして右端が私だ」


 渋々と眠りにつく二人に対し、棚牡丹感に溢れるラウフェイ。

 ベッドの反対側から「離れろ!」「落ちろ!」と仲の良い遣り取りが聞こえるが、もう面倒なので相手にしないことにした。

 そしてその夜、寝ぼけたカミュの仕業で、本日二回目のババアの嬌声が闇夜に木霊するのだった……。






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