方法
「ところでラウフェイだが、どうやって此処に呼ぶのだ?」
(本当に愛しい主君はご記憶を失われているみたい)レストエスはカミュの発言に現状を再認識する。
主君に自分から説明したいのだが、残念ながらアスラほど上手く説明が出来ない。
レストエスはアスラを見つめさり気なく先を促す。
「イクアノクシャルに転移魔法陣がありますので、アスタロトに転移させましょう。転移位置はアスタロト配下のアガリアレプトが特定可能です」
アスラの発言に主君が大きく頷く。満足のいく回答だったのだろう。
レストエスに嫉妬心が芽生えるが、彼女はそんな自分の心を否定する。アスラとはそもそも役割が違うのだ。
知と力はアスラに遠く及ばないが、生と死を司るのはレストエス。主君のために活躍するのはもう少し先、彼女はそう割り切った。
「魔法陣か……」
カミュはまだ見ぬ魔法陣に想いを馳せているようだ。ご自身が作られた魔法陣ですよ? とは二人とも言えない。
記憶のないカミュにそんなことを言えば、間違いなく恥を掻かせてしまうだろう。
ただ、あどけない素顔で照れ笑いを浮かべる主君を、見てみたい欲求が無い訳でもないのだが。
モヤモヤがムラムラに差し掛かる丁度その頃、主君の言葉が続いた。
「アスタロトとの連絡はどうするのだ? 念話は出来ないのだろう?」
主君の当然の疑問に、アスラが急ぎ答える。
おそらく配下のことを伝え忘れていたのだろう。
「イクアノクシャルには私の配下、ラゴ、バチ、キャラケンダ、ビマシタラの四名がおります。ラゴと連絡を取り、ベンヌ、アスタロトへその旨を伝えさせます」
「そうか、なら大丈夫だな――」
アスラに笑顔で答えるカミュだったが、何かに気付きくとそのまま言葉を続ける。
「――ところで、私の無事と今後の方針を配下に伝えねばならなかったな。皆心配しているかもしれない」
「その通りです。残った皆は今もカミュ様がご無事か憂いているでしょう。特に六名のロードマスターはカミュ様が単身で戦われることに猛反対しておりました! 大事な御身にもし万一のことがあれば、死んでも悔やみきれません!!」
主君の軽率な行動、そしてその結果に胸の痛みがぶり返したのか、アスラの口調が段々と激しくなる。
何故主君が反対を押し切ってまで単独での戦いを望まれ、その結果が容姿の激変と記憶の喪失に繋がったのかレストエスも疑問に思う。だが至高なる御身がお考えになったこと、自分には理解できない、する必要がない。そう割り切った。
過去の自分に想いを馳せているのか、主君が暫し無言になる。
そして苦笑を浮かべつつアスラを見つめた主君がすまなそうに……
「そうか……皆には心配を掛けたな。丁度良い、アスラ。皆のところへ説明に行ってくれるか?」
と、アスラへ無慈悲な一撃を加えた。
主君に悪気がまったく無いのは見ていて分かる。しかしレストエスはアスラの背後に落雷を幻視した。
目を丸くし青ざめた顔でワナワナと唇を震えさせている。独占欲の強いアスラには余りにも衝撃が強かったのだろう。
「え゛……?」
とても美女のものとは思えぬ、カエルを潰したようなアスラの声に主君が続ける。
「説明の上手いお前が適任だろう」
「ですが私には、カミュ様のお傍に侍る大切な役目が……。それに、レストエスと二人きりになるなど!」
邪気の無い主君に、欲望全開のアスラが食い下がる。
「レストエスの強さはお前と同程度なのだろう? なら私の身は安全だ。心配はいらない。レストエス、そうだな?」
主君とアスラの話が噛み合っていない。
語るに堕ちるとは、正にこういうことだろう。
「その通りです」
顔がにやけるのを必死に堪え、粛然と一礼する。
アスラの突き刺さるような、鬼気迫る視線が心地良い。
「……畏まりました」
これ以上の反論は不敬と悟ったのか、アスラが渋々引き下がった。
アスラが納得したと見た主君は今後の方針を示す。
「では、ラウフェイを呼び、一泊した後で、アスラはイクアノクシャルへ向かう。これで良いな?」
主君の指示を受け「畏まりました」と、対照的な二人が一礼で答える。
(アスラ、貴女は良き好敵手でした)
レストエスはその美しい顔に満面の笑みを湛え、心の中で自分に匹敵する美女へ別れを告げた。