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Lords od destrunction  作者: 珠玉の一品
135/180

矯正



 奴隷商の門を叩いた三名は、入店と同時に否応なく会長の下へと案内されていく。

 何処からどう見ても金持ちそうな主従が来店したのだ。早急に経営者へ伝えるという判断は、優秀な店員が取るべき最低限の行動だろう。

 もし彼等の目的が、全く売れない奴隷の購入でなかったならば。


 進むにつれてカウンター周りにあった小綺麗さは無くなり、奥に行くほど薄汚れた薄暗い空間が広がっていく。

 中はカビ臭いような、()えたような臭いに包まれており、やつれた奴隷の姿が目を、奴隷の不清潔さが鼻腔を刺激してくる。

 奴隷の種族は主に人間であり、妖精の姿はほぼ見当たらない。人間と見た目の差異が少ないこともあってか、魔族が居るかどうか一目では判らなかった。


「これはこれは麗しいお嬢様。わたしはこの【希望の光】の会長をしております、バルトと申します。本日はどのようなご用件で?」


 タキシードを着た胡散臭いデブが、物腰柔らかく満面の笑みで手を擦り合わせている。どうやらこの奴隷商会は希望の光という名前らしい。

 というか、モノを右から左に流すだけの商人とは、何故こうも胡散臭いのだろうか?

 突出した技術も多大な労力も要らない職業を続ける秘訣とは、気色の悪い愛想笑いと袖の下だけなのかもしれない。


「此処に来る目的は一つしかないと思うんだが?」


「これは失礼しました、勇ましさと美しさに溢れるお嬢様。本日はどのような奴隷をご所望で?」


 バルトの視線が、カミュの顔と胸を往復する。


「無い胸張ろうよAカップ、会長のカミユリーナだ。欲しいのは人間の女の奴隷だが、この後直ぐに見せて貰えるか?」


「カミユリーナ様への侮辱……ぶち殺しますよ? この豚野郎」


「い、いえ! わたしはそのようなこと、一切思っておりません!」


 バルトのねっとりとした視線を受けたカミュが、場を和ませるように自虐的な冗談を一発かました。だがそのつまらない冗談は、バアル・ゼブルの顔を不気味なまでの無表情にしてしまう。

 噴き出した大量の汗を拭いながら慌てて否定するバルト。その様子を極寒の視線で睨み続けるバアル・ゼブル。

 場が無機質な膠着に包まれる中、状況打破は意外なところから齎された。


「儂が探しているのはヴィルヘルミーナ・アジッチという女だ」


「ああ……、あの女ですか」


「此処に居るんだろ? 早速見せて貰いたいんだが」


「売る側のわたしが言うのも何ですが、あの女は奴隷として全く使えません。愛らしいお嬢様が求めるべき奴隷は他に居ると、わたしは思います」


 バアル・ゼブルの視線からやっと逃れられたバルトが、ゲールノートからの要望を受けて思わず渋面を作る。

 だがその表情も長くは続けられない。隣で無表情を貫くのが彼を殺すと宣言した謎の紳士だからだ。バルトは少女と紳士の機嫌を損ねぬよう、購入に際しての懸念事項を早々に伝えた。

 この世界にクーリングオフというシステムがあるはずも無く、もし説明不足と貴族の不興を買おうものなら、彼の首などいくつあっても足りないからだ。


「ふーん、そうなのか。だが奴隷を買うのは私ではない。どうする? ゲールノート」


「そういう奴だと儂は知っておりま――」


「ゲールノート!?」


 カミュの視線に釣られたバルトが、痩せた中年男性を見て目を見開いた。

 白衣ではなく旅支度をしている所為で、彼が錬金術師だとは気付かなかったのだろう。


「知っているのか?」


「は、はい。この王都、いえ、この国で知らぬ者なきほどの著名な天才錬金術師です……」


「へぇーー、嘘じゃなかったんだな」


 カミュが驚きの目でゲールノートを見つめると、彼は開けっ放しの口をそっと閉じて急に真顔になる。


「儂如きが天才とは……。世界を知らぬというのは、これほどに恥ずかしいことだったのだな」


「お前は天才なんだろ? 皆がそう言っていたぞ?」


 小首を傾げるカミュを見つめたまま、ゲールノートは何も語らない。

 自分を遥かに凌ぐ天才が目の前に居るのだ。此処で何を言っても恥の上塗りにしかならないのだろう。


「なるほど……かのゲールノート・マッケベンであれば、彼女を求めても不思議ではありませんね」


「では早速、その奴隷を見せて貰えるか?」


「では此方へどうぞ」


 バルトが指し示す店の奥を目指して、四名が歩みを進める。

 両側に並ぶ牢の中は薄暗く、鉄格子の外からでは押し込められている者の容姿を知ることは出来ない。だが彼等が不健康な状態であることだけは、見ずとも何故か察せられた。

 興味深げに辺りを見回すカミュを余所に、バルトは一早く最奥の個室へと辿り着く。奇妙な違和感を放つ部屋の入口は、鉄格子ではなく重厚な扉により封じられている。


「彼女はこの奥に居ます。攻撃を受ける恐れがありますので、安全には十分に留意して中へとお進み下さい」


「攻撃? 鎖で手足を繋がれているんじゃないのか?」


 バルトの注意喚起にカミュが当然の質問を返した。

 相手は奴隷なのだ。手足を鎖で繋いだり、首輪を鎖で繋いだりして、自由を奪っておくのが一般的だろう。

 そんなカミュの予想に反して、バルトは玉のような汗を拭きながら左右へと首を振る。


「彼女も天才錬金術師なのです。いくら鎖で繋ごうが、首輪で拘束しようが、全てを錬金術で外してしまうのですよ」


「だが相手は女なんだろ? お前の部下が力で捻じ伏せれば良いんじゃないのか?」


「彼女は乙級の実力者です。我々が束になって挑んだとしても、彼女に怪我を負わせることすら出来ないでしょう」


「だから何もせず閉じ込めている、ということか。羨ましいほどの好待遇だな」


 カミュの呆れたような声に、汗ダラダラのバルトが苦笑を浮かべる。

 彼も正直に言えば、この不良在庫を何とかしたいのだ。

 身受けして初めて気付く、不良在庫の面倒臭さ。彼の後悔が今も続いていることは、鈍感なカミュでも安易に察することが出来た。


「今更取り繕っても無駄でしょうね。見た目の良さに喜び勇んで買い取ったものの、言うことは聞かない、隙あらば客を襲う、だから何時まで経っても売れない。本当に最悪の奴隷ですよ」


「では私が買ってやろうか? タダで」


「引き取って頂けるなら有難い限りですが、先ほども説明しました通り力で押さえ付けるのは困難を極めますよ?」


「大丈夫だろ? キティーク」


 バルトの忠告に真面目に耳を傾けることなく、カミュは後ろに控えるバアル・ゼブルへと視線を送った。

 人の忠告を聞かないことに関しては、カミュもヴィルヘルミーナ・アジッチも遜色がないようだ。

 そんな主君の視線を受けたバアル・ゼブルは、優しい笑顔で力強く頷く。


「勿論にございます。万全を期して調教いたします」


「なら大丈夫だ。では開けてくれないか?」


「ほ、本当に大丈夫なんですか? 怪我などされても、わたしは責任を負えませんよ?」


「問題ない。間違いなく、その女よりもキティークの方が強い。そうだな? キティーク」


 笑顔で頷くバアル・ゼブルを認めて、カミュはバルトへと顎を突き出した。不信感そのままにバアル・ゼブルを一瞥するバルト。だが彼は何かを諦めたかのように、溜息と共に重厚な扉へと手を翳す。

 目を瞑った彼が呪文のような言葉を口にすると、目の前の扉が全体的に光って封印が解除された。

 徐々に広がっていく扉の隙間。その量が一人分になったその時、突如としてカミュが部屋の中へと身を捻じ込んだ。

 

 カミュが見た部屋は、奴隷部屋ということを加味しても予想以上に汚かった。

 ヴィルヘルミーナ・アジッチが清潔感に対して、なんら特別な感情を抱いていないことが明白な部屋。

 そんな埃塗れの部屋の奥で、貫頭衣を着た髪の長い女がだらしなく足を投げ出している。


「お前がヴィルヘルミーナ・アジッチか?」


 カミュの問いに女は答えない。寝ている訳ではないのだろうが、彼女は無反応を貫いている。

 肉付きの良い肢体と艶のある髪、そして豊満な胸。奴隷という割にはとても健康そうに見えた外見が、部屋の雰囲気と相まって凄い違和感を醸し出している。


「口が利けないのか? それとも寝ているのか?」


 首を傾げるカミュへと応じることなく、彼女は地べたに座ったまま項垂れ続ける。

 埒が明かないと肩を竦めるカミュ。さてどうしようかとカミュが振り返ったその時、一陣の風が彼の背後へと襲い掛かった。

 背中に感じる大きく柔らかな感触。首に回された細い腕と、頬に突き付けられた手刀。どうやらカミュは彼女に拘束されてしまったようだ。


「……Fか」


「ハア? あんた、何言ってんの?」


「だから言ったじゃないですか! わたしは知りませんよ、キティーク様。何とかして頂けるのですよね?」


 カミュの呟きに首を傾げたのは、彼の背後を取ったヴィルヘルミーナ・アジッチだ。ツリ目の美人なのだが、目力が強過ぎて何処とない近寄り難さを醸し出している。

 だがそれよりも気になるのは、食事すら満足に与えられなかったはずの彼女が、何故こうも機敏に動けるのか。カミュはそっちが気になって仕方がない。

 だがそんな平和な思惑とは裏腹に、ヴィルヘルミーナの戦闘力を知るバルトは気が気ではなかった。


「それほどの運動能力がまだ残っていたとは……。体力回復薬(スタミナポーション)でも隠し持っていましたか?」


「へえー。見掛け通り頭良いのね、あんた。隣に居る自称天才とは大違いよ」


「それはそれは、光栄なご意見ですね。ところで体力回復薬(スタミナポーション)なんて、一体何処に隠していたのですか?」


「き、キティーク様! そんな悠長なこと言ってる場合じゃないですよね!?」


 未だ捕まったままの主君を助けるでもなく、ヴィルヘルミーナへの興味を優先させるバアル・ゼブル。

 だがバルトの精神状態は、それどころではないようだ。


「女が瓶を隠す場所なんて、一つしかないでしょ? ねえ、お嬢ちゃん」


「いや、二つじゃないか? 後ろの方はちょっと厳しいかもしれんが」


「アハハ! 流石に後ろは無いわー。あたし、そっちはまだ処女だし」


「まぁ、お前の初体験なんてどうでも良いんだが、それより……お前、ちょっと臭いぞ?」


 一瞬だけ固まったヴィルヘルミーナの顔が、充血したように真っ赤に染まっていく。

 真実を言われると傷付くというのは、男女問わず衝撃的なことのようだ。


「こ、こ、こ……このクソガキィーー!!」


 右手を大きく引いたヴィルヘルミーナが、カミュの顔面を目掛けて手刀を繰り出した。

 窮地に立たされる絶対絶命の少女。だがそう思っていのはゲールノートとバルトだけ。

 ヴィルヘルミーナへと右手を向けるバアル・ゼブルに、焦りの色は全く見られない。


 流石は乙級の実力者というべきか。ヴィルヘルミーナの手刀は異常な速度に達しており、ゲールノートやバルトの動体視力では全く捉えられない。

 しかし捕まっているカミュと、相対しているバアル・ゼブルだけは別である。彼女が手刀のモーションに入った時点で、カミュは既に素人ながらも内股を試みていた。

 カミュは腰を屈めて左腕から脱出すると、泳いだ左腕を掴んでヴィルヘルミーナの股を蹴り上げる。だが相手は貫頭衣。掴むべき袖がない状態で素人が内股に成功するはずもなく、すっぽ抜けたカミュの手は空を切り、体勢を崩した蹴り足の踵がヴィルヘルミーナの股間を直撃した。


「イ"ッ!!」


 声にならない声を漏らしたヴィルヘルミーナが、空中で一回転した後に「グ"ッ!!」と呻いて大の字に寝転がる。貫頭衣は腰まで捲り上がり、汚れたパンツが丸出しの女性。

 そのあられもない醜態にカミュは目を背けるが、静かに観察しているバアル・ゼブルの対応は全く違っていた。彼は激痛で蹲るヴィルヘルミーナに近寄ると、何の躊躇いも見せずに彼女の後頭部を蹴り上げたのだ。

 即座に意識を刈り取られるヴィルヘルミーナ。汚かったパンツを失禁で更に汚したことは、致し方のない事故だろう。


「素晴らしい投げ技でした。股間を蹴り上げることで大ダメージを与えつつ、背面全体にダメージを与えて自由を奪うとは……一体何と言う技なのですか?」


「……鬼殺し(仮)だ」


「仮? ということは、鬼殺しの完成形が存在するということですね?」


「流石はキティーク、よく気付いたな。発展形の名はパーフェクト鬼殺し。鬼殺し(仮)との違いは、あのまま袖を離さず脳天から垂直に叩き落とすことだな」


 股間と脳天を同時に破壊する必殺技。本当なら凄い技だが、そんな技ある訳がない。

 しきりに感心するバアル・ゼブルに調子を合わせて適当なことを口走るカミュだったが、意外なことにバアル・ゼブルの反応は悪くなかった。

 彼の後ろに居るゲールノートとバルトは、技の効果を想像して身震いしている。どうやら二人も本気にしてしまったようだ。


「男なら蹴り上げた時点で即死のような気もしますが、脳天を叩き付けて止めを差されるとは……流石はカミュ様。技の構成が見事なまでに完璧ですね」


「……その話はもう終わりだ。で、バルト。これは私が貰って良いんだな?」


「え、ええ……このままお引き取り頂けるなら、お代の方は結構です」


 未だ床で伸びているヴィルヘルミーナを足で指しながら、カミュは女の処遇をバルトへと問うた。

 当然のように、その答えは無料進呈。先ほどの一連の行動を見ても、やはり彼女はバルトの手に余る奴隷のようだ。


「そうか、では遠慮なく貰っていこう。ところで奴隷紋とか奴隷の首輪とか、何か奴隷を拘束するものは無いのか?」


「首輪はありますが、やっても無駄だと思いますよ?」


「大丈夫だ。絶対に外れないように、私が固定しておくから」


「カミユリーナ様、固定など不要です。首輪を外すという愚かな考えさえ持たぬよう、私が反抗心を根こそぎ奪っておきましょう」


 カミュの問いに首を傾げるバルトを見て、バアル・ゼブルが自分の存在価値を強くアピールする。

 何故彼はそれほど自信に溢れているのだろうか。自分に全く自信が持てないカミュは、その逞しい精神力に感嘆を覚えるしかない。

 もしかすると彼の保有する技能(スキル)が、その絶対的な自信を裏付けているのかも。カミュの思想は極度の迷走を始めていた。


「そうか、じゃ頼んだぞ。ではバルト、首輪とこの女の持ち物をくれないか?」


「しょ、少々お待ちを。今直ぐにご用意いたします」


「ゲールノート、この女を担いで……いや、体格的に無理か。キティーク、この女を担いで……ふむ、濡れたパンツでお前が汚れるか。キティーク、先ずは濡れたパンツを脱がせておけ」


「持ち上げる力もなく、大変申し訳ありません。キティーク様、お願いします」


 眉尻を下げて謝罪するゲールノートを一瞥して、バアル・ゼブルが一切の躊躇もなく三十路女のパンツを剥ぎ取った。

 貫頭衣を腹まで捲り上げた状態で、大の字で両足を投げ出している天才錬金術師。しかもノーパン。

 何故かカミュの脳裏を、久し振りのレストエスが笑顔で通り過ぎる。しかし彼は、首を大きく左右に振ってその幻想を見なかったことにした。


 一方のバアル・ゼブルは屈むことなく、ヴィルヘルミーナを蹴り上げて肩に担ぐ。

 その豪快な回収方法に瞠目するカミュだったが、丁寧に扱えとは特に言っていなかったことに気付き、彼の行動を咎めることはしなかった。

 しかし流石はバアル・ゼブルだ。彼女の捲り上がった貫頭衣は担いだ時には自然と元に戻され、恥じらうべき部分はしっかりと隠されている。


「お待たせしました。これがその女の持ち物です」


 急ぎ戻ったバルトが持って来たのは、白衣と白シャツ、それにタイトスカート。その他は無造作に小物が入れられている肩掛け鞄だけだ。

 どうも錬金術師という人種は、お洒落や整理整頓には全く興味が無いようだ。


「では、我々はこれで失礼する」


「ありがとうございました。それとお嬢様、最後に一つよろしいでしょうか?」


「ん? 何だ?」


「今度お越し頂く際は、是非奴隷のご購入を」


 若干怯えながらも逞しい商魂を発揮したバルトを見て、カミュは思わず苦笑を浮かべる。


「その商売根性、嫌いでは無いぞ」


 今日一番の笑顔を残して、カミュは奴隷商を後にした。

 早々に馬車へと乗り込むカミュとゲールノート。だがそれとは対照的に、バアル・ゼブルは女性を担いで馬車の外に立ったままだ。


「どうした? 乗らないのか?」


「カミユリーナ様、少しだけお時間を頂いてもよろしいでしょうか?」


「それは構わないが、何処かに行くのか?」


「はい。馬車に同乗させる前に、この錬金術師を矯正したいと思います」


 確かに。カミュは彼女の矯正を彼に一任している。

 だが周囲の目があるこの場で、この危険な女性を矯正するのは難しいだろう。

 彼の立案している矯正の方法が思い当たらず、カミュはしきりに首を傾げる。


「この近くに休憩所がありますので、矯正は其処で行いたいと思います。時間は一刻もあれば十分かと」


「休憩所? そこは密室としての利用が可能なのか?」


「はい。特に防音性に優れています。お待たせして申し訳ございませんが、少々お時間を頂いてもよろしいでしょうか?」


 不安そうな、すまなそうな表情で、バアル・ゼブルがカミュへと尋ねる。


「あぁ、問題無い。時間も場所もお前に任せる。で、待ち合わせは何処にする?」


「商業区に三軒の宿屋がございます。その何れかのカフェテラスでお待ち頂ければ幸いです」


「街をブラブラしているのはダメか?」


「御身の安全に問題がございます。大変申し訳ございませんが、カフェテラスでお願いします」


 困り顔のバアル・ゼブルがカミュへと懇願する。

 流石に気の毒になりカミュは彼の提案を飲むことにした。

 ただでさえ猛獣の調教をお願いしているのだ。これ以上心配を掛けるのは、主君としては落第だろう。


「判った。お前の言う通りにしよう。で、その宿屋の名前は?」


「私の我儘をお聞き下さりありがとうございます。格調が高い順に申し上げれば、【高邁の息吹】、【湧泉の丘岡】、【彼岸の旭日】の三軒です」


「では、お前が一番に勧める【高邁の息吹】で待つとしよう」


「承知ました。では一刻後に【高邁の息吹】で」


 大きく一礼したバアル・ゼブルが、女性を担いだまま不審者丸出しで路地の奥へと消えていった。

 残されたカミュとゲールノートはお互いに顔を見合わせる。


「では我々も移動するか」


「はい。……よろしければ――」


「よろしければ、何だ?」


「詳しくお話をお聞きしてもよろしいでしょうか?」


 ゲールノートのキラキラと輝く瞳に魅入られて、カミュは思わず身震いする。

 いつ如何なる時も、その視線が長い会話のトリガーとなるのだ。

 ほどほどにな、というカミュの呟きが聞こえたのかは判らない。だがゲールノートは座った直後に、カミュへと向かって身を乗り出し始めた。






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