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Lords od destrunction  作者: 珠玉の一品
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交渉のつづき



 相対距離は十メートル。その近くも遠い距離は、カミュが認識する間もなく詰められていた。

 気付くと同時に、ガラ空きの右脇腹へと迫ったトルステンの切っ先。

 躱す方がよほど簡単だろう。だがカミュは躱すのではなく、柄で叩き落す防御方法を選択する。

 トルステンが先ほど「剣で語る」と言っていたのを思い出したからだ。


 カンッ、という軽い音で、トルステンの挨拶のような剣は弾かれた。

 突き出した剣を真っ直ぐ引き戻して、トルステンはまたもや正眼に構える。


「虚仮威しでは無かったのですね」


「……何がだ?」


「その吊り天秤の構えがです。ちなみに何故その構えを選ばれたのですか?」


「あぁ、これか。なんだか妙にしっくりきてな。ダメだったか?」


 両手を上げたまま半身に構えるカミュが小首を傾げた。

 カミュへ向けられるトルステンの獰猛な微笑は、一体何を意味するのか?


「ダメということは御座いません。付け焼き刃で扱えるほど、簡単な構えではありませんので」


「ふーん。だがまだ何かがしっくり来ないな」


「もしかして、持ち手が逆なのでは?」


「アッ! なるほど」


 トルステンの指摘を受けたカミュは、右手で持っていた柄を左手で持ち直し、左手で支えていた刃先を右手で支え直す。

 何故かは判らない。だがカミュはなんだかしっくりとしたものを感じていた。


「座りも良くなったようなので。では、参ります!」


 先ほどの焼き直しのようにトルステンが切っ先を突き出す。だが今度は左脇腹に向けてだ。

 先ほどより若干速度が上がったように感じられるトルステンの突き。

 その速度はバアル・ゼブルの動体視力をも超えていた。


 カンッ


 だがその剣もカミュに難なく迎撃される。弾かれて泳ぎ出すトルステンの切っ先。

 だが狂気に塗れた剣はその程度では止まらない。蛇のような狡猾さでカミュの背中を狙い定めた。

 取った! トルステンは勝利に似た確信を得る。


「……は?」


 だがトルステンは自分の目を疑うことに。目の前からカミュの姿が忽然と消えたのだ。

 避けたのではなく消えた。彼の動体視力をも凌駕する、到底信じられない少女の動き。

 トルステンは屈辱的なまでのその才能の差に、嫉妬を感じずにはいられなかった。


「今のは危なかったぞ。そんな連続技に繋がるのか」


「今のを避けますか……まあ、当然ですか」


 背後から聞こえる凛とした声に、トルステンがゆっくりと反応する。


「どういうつもりか知らないが、顔と胸を狙って来ないんだ。避けるのは難しくないだろう?」


「流石に見抜かれていましたか……」


 真意を見抜いたカミュの答えに、トルステンは思わず苦笑を浮かべた。

 先ほどと同様に正眼に構えるトルステン。彼は大きく息を吐き出した後で、スッと気を引き締める。


「一つだけ質問をしてもよろしいですか?」


「ん? なんだ?」


「完全に体得されているようですが、その構えは何処で習得されたのですか?」


「別に誰にも習っていないぞ? 気の向くまま体を勝手に動かしただけだ」


 その意外過ぎる答えに、トルステンは思わず目を見開き、そして閉じた。

 自分がその型をものにするまで幾年、無為な時間を過ごして来たことか。

 あまりにも不甲斐ない自分に何度も絶望しながら、血の滲むような想いでやっと体得した技を、眼前の少女は誰に教わることなく気分で実践しているという。


「天賦の才か……残酷なものだ」


「何を言ってるのかちょっと判らないんだが?」


「老人のただの独り言です。お気になさらずに」


「ふーん。それで、どうするんだ?」


 どうするか。簡潔かつ明瞭にして究極の質問。自分が今まで何をして来たのか、そしてこれからどうして行くのか。

 これまでの人生を悔いながら、それでも生き続ける自分を彼女は侮蔑しているのか? それとも絶望に接し、足を竦めた自分を嘲笑しているのか。

 天賦の才を秘めながらも急に行方知れずとなり、突如として王都へと舞い戻った孫娘を思い出しながら、トルステンは迷いの一切を捨て去り構え直した。


「私はただ、振るうのみです」


「そうか。それがお前の覚悟なのか?」


 確認するカミュの姿を真似るように、トルステンが剣を頭上に構える。

 それは吊り天秤の構え。その様はカミュのような付け焼刃ではなく、本物だけが醸し出せる濃密な空気を纏っていた。

 その見事な姿に感心を深めるカミュだったが、その構えが何故吊り天秤と呼ばれるのか当然のように彼は知らない。


「その通りです。流派は貴女と一緒のようですね。ですが、年季は私の方が遥かに上でしょう」


「まぁそうだろうな。で、来ないのか?」


 孫娘は多くは語らなかった。ただ「強くなりたい」、そう呟いた。

 天賦の才は彼が伝える奥義をいとも容易く吸収し、彼女の戦闘力は日増しに高まっていった。

 トルステンは心の中で優しく孫娘の名前を呼ぶ。――レベッカ。もう二度と見ることのない孫娘の名を彼は心で叫び続ける。


「貴女の才に敬意を表して、私の持てる力を全て出し切ります」


「いや、そんなサービスは要らないぞ?」


「忌剣・ジェノサイド。この技を喰らっては、無事では済まないでしょう。お覚悟を」


「剣技への命名だが……センスは最悪だな」


 カミュのコメントはトルステンには届かない。気が昂っている所為か、カタカナ文字が通じなかった為か、それは彼にしか判らないこと。

 気持ちを落ち着けて覚悟を決めたトルステンの瞳が怪しく輝く。

 そして気魄に満ちたその眼光を、眼前の少女へと向けながら気合いを発した。


「ハッ!!」


 その瞬間、彼の木剣は輪郭を無くし、僅かながらも光り輝く。

 それは怒涛の二十連撃。息をもつかせぬ高速の刺突が、身構えたままのカミュへと襲い掛かる。

 最初の一撃はカミュの頬を掠め、次の一撃が胸元を掠めると、腹部を狙った三撃目はカミュの木剣の柄に弾かれた。


 絶体絶命。そんな状況の中でもカミュの表情が歪むことはない。

 そして弾かれながらも間断なく襲い掛かるトルステンの連撃。急所を狙う四撃目を紙一重で躱し、五撃目を刀身で弾き、六撃目を柄で弾くカミュ。

 七撃目を難なく捌き、八撃目を剣で押し返したカミュは、九撃目でトルステンを弾き飛ばそうと行動を移す。


 ガッ!!


 だがそれはあまりにも早計な判断だった。

 残る十一撃をまともに喰らったカミュは、広場の中央から建物へと吹き飛ばされて壁にめり込んだ。


「カミユリーナ様!!」


「……?」


 バアル・ゼブルの悲痛な叫びが木魂する中、トルステンは木剣を見つめて首を傾げる。

 何かが腑に落ちない、そんな疑問でも湧いているのだろう。

 一方のバアル・ゼブルはカミュへと駆け寄っていた。敬愛する主君が見事に吹き飛んだのだ。彼は複雑な表情で眼前の光景を疑いながら、定まらぬ視線でカミュの安否を確かめていた。


「おい店長! まさか殺したんじゃないだろうな!?」


 気持ち良いほど豪快に吹き飛んだカミュの様に、ヴォルフの顔は次第に青ざめていく。


「負傷はしていないのでしょう? 手応えがありませんでした」


「……体に負傷はなくても、心に傷を負ったかもしれないぞ?」


「カミユリーナ様!!」


 だがそんな空気を嘲笑うかのように、カミュはトルステンの問いに答えながらゆっくりと上半身を起こしていた。

 バアル・ゼブルの表情など、最早泣き笑いの域に達しているほどだ。


「心配し過ぎだキティーク。私は無事だ。ほら、この通り」


 軽く肩を解しながら、広場の中央へとカミュは歩みを進める。

 ダメージが無いというのは、どうやら本当のようだ。


「なるほど。あれを防ぎますか……フフフ」


「で、ですが、もしその美し過ぎるご尊顔に、万が一傷が残ってしまったら――」


「残らないんだろ?」


「――……残りません。ですが! カミユリーナ様のお顔に硬いモノが当たるなど、私はとても耐えられません!」


「キティーク、少し静かにしていようね?」


 カミュは吠えるキティークを制して、静かに佇むトルステンへと振り返る。

 その紳士的な態度に「待たせたな」という挨拶をした後で、丸められた剣先を向け直した。


「何か光明でも見えましたか? それとも頭を打っただけですか?」


「どちらかと言うと光明の方だな。ちなみに、危険・ジェノサイド? は避けても追従してくるんだろ?」


「そうですね。即座に射程外まで逃げるか私を倒す以外、避ける方法はないでしょう」


「判った。では闘いを再開しよう」


 息を合わせて身構える両者。

 構えは先ほどと同じ吊り天秤。

 静かに気炎を発しながら、トルステンは忌剣・ジェノサイドを発動する。


 迫り来る狂暴な連撃。カミュは紙一重で躱し続けながら、心の中で数を数え続けた。

 頬の横を通り過ぎて一、胸元を通り過ぎて二、腹部を通り過ぎて三。

 急所を通り過ぎて四、鳩尾への狙いを刀身で弾いて五、喉元への一撃を柄で弾いて六。そして遂に機は訪れる。


「七ぁーー!!」


 心の叫びを口にしながら、カミュは一瞬の隙を突いてトルステンへと迫った。

 狙うは無防備となっている彼の足元。顔面を狙った八撃目を身を屈めて躱しながら、カミュは横薙ぎの一閃を下段へと放つ。

 だが狙い定めた視線の先にトルステンの足は無かった。カミュは殺気の源である頭上へと咄嗟に木剣を翳して、九撃目以降の乱れ打ちを辛うじて防いだ。


「これも防ぎますか。では……次は全力で参りましょう」


「いや、全力を出すのは今じゃない、はず。また今度で良いんじゃないか?」


「御冗談を……。この好機に全力を出さずして、いつ出すと言うのですか?」


「今日やれることは明日に回す、と言う格言もある。先人の教えは尊重した方が良いぞ?」


 カミュの下らない提案を完全に無視して、トルステンは鋭い眼光のまま流れるように身構えた。


「忌剣・真ジェノサイド、<増加(インクリース)>!」


「真は不味いだろ、真は……」


 トルステンの中で高まっていく何かに、カミュは最大の危機感を覚える。

 おそらく、先ほどよりも高い攻撃力が自分に襲い掛かるのだろう。カミュはそう推測していた。

 何故なら、技名に"真"が付いたのだ。もし真じゃないほうと同じ攻撃だったら、それは笑い話にすら成らないだろう。


 だからカミュはトルステンが技を発動する前に踏み込んだ。

 狙うは先ほどと同じ、剣技の軸となる足元。

 焼き直しのような横薙ぎの一閃がトルステンを襲うと、トルステンも焼き直しのように頭上へと回避する。


「七ぁーー!!」


 躱しながらも真ジェノサイドを発動しようとする頭上のトルステン。その隙を与えまいと、カミュは追い掛けるように木剣を突き出す。

 掛け声は全く要らないのだが、先ほどの焼き直しのようにカミュは「七」と大きく叫んでいた。

 その数字は奇しくも、射法八節の七番目である"離れ"と同じもの。


 真ジェノサイドの発動に至ったトルステンには、直下より襲い掛かる木剣を認識することは出来ない。

 勝利を確信するトルステン。だが木剣を握る彼の握力が最大に高まったその時、彼の背中をぶっとい電流が走り抜けていった。

 電流の発生源は彼の尾てい骨のちょっと下。一般的には他人には見せられない、秘められた穴からであった。


「す、スマン。狙った訳ではないんだ。咄嗟の行動が生んだ偶然の産物なんだ……悪く思うな」


「ア、アァァ……」

 

 両手でお尻を抑えて蹲るトルステンへと、眉尻を下げたカミュが歩み寄る。

 だがトルステンからは何の反応も返って来ない。ただただ小刻みに震えているだけだ。

 そんな彼の背中をさすった後でカミュは、その傍らに落ちている木剣を広い上げて、小さく、本当に小さく呟いた。


「私の勝ちだな」


「嬢ちゃん、あんたスゲーな! まさか店長を倒しちまうなんて!」


「そうか? いや……まぁ、そうだな。偶然も実力のうちだろう」


「カミユリーナ様、お見事です」


 まさかの結果に驚くヴォルフの横で、バアル・ゼブルが満面の笑みを咲かせる。

 やはり主君の勝利というのは何物にも代え難い喜びなのだろう。先ほどの怒気が嘘だったように彼は上機嫌になっていた。


「ちなみに、その技に名前はあるのか? 嬢ちゃん」


「……離れ技、一本吊りだ」


「随分と簡素な名前だな? まぁそれが良いのかもしれんがな!」


 ガハハと笑うヴォルフを見ながら、カミュは頬を引き攣らせる。

 何かが違う。カミュはそう言いたげな表情で、未だ蹲っているトルステンへと視線を戻した。


「まだダメそうか?」


「店長にも自尊心はあるんだ。今はそっとしておいてやれ」


「そう……だな。その方が良いだろう」


「約束の剣は俺から渡す。付いて来てくれ」


 小刻みに震えながら蹲り続けるトルステンを尻目に、三名は剣が飾られていた工房へと戻った。

 魔道具的な何かで封印を解除したヴォルフが、透明なケースから剣を取り出してカミュへと渡す。

 その剣をじっくりと、特に柄の部分を見回すカミュ。暫くねっとりと眺めた後で、剣からヴォルフへと視線を移した。


「では遠慮なく貰っていくぞ」


「あぁ、その剣も嬢ちゃんの物になって喜んでいるだろう」


「まぁ、そうだと良いがな」


 フフフと笑いながら、ヴォルフとカミュは見つめ合う。


「では私はこれで失礼する。店長によろしく伝えてくれ」


「ああ、判った。気が向いたらまた来てくれ。但し今度は金を払って買ってくれよ!」


「買いたいものがあれば金は払うさ」


 苦笑を浮かべるヴォルフを残して、カミュとバアル・ゼブルは店を後にした。


「次はどちらへ参りますか?」


「道具屋だろ?」


「承知いたしました」


 恭しく一礼するバアル・ゼブルを見ることなく、カミュは手に入れたばかりの剣を見回している。

 そんな主君を不思議そうに見つめながら、バアル・ゼブルは興味本位でカミュへと尋ねた。


「素材は真鋼……所謂ただの(はがね)ですが、その剣の何が気になるのですか?」


「ん? あぁ、剣の素材に興味はない。興味があるのは意匠の方だ」


 カミュは鞘から剣を抜き出すと、柄から刀身を力任せに抜き取って、その不要な刀身を思い切り握り潰した。


「優雅で独創的だと思わないか?」


「確かに、凝っているとは思います。ですが実用性には疑問が残りますね」


「それが良いんだ。後で私が作った刀身を入れておこう」


「そのようなものですか。後で私にも見せて下さい」


 楽しそうに語る主君を見つめて、バアル・ゼブルが笑みを溢す。

 次に入る道具屋が遠ければ良かったのに。そう想いながら、バアル・ゼブルは主君とのデートを楽しむ。






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