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黒鎧と棺背負い姫   作者: 竜馬 光司
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第九話 海を支配する者 その3

窓から日の光が差し込んでヒメの目を覚ます。

何か夢、しかもとんでもない悪夢を見ていた事は覚えていたけど、内容までは思い出せない。

何故なら夢とはそういうものだから。

でも彼女に検討はついていた。

きっとあの時の出来事を見ていたはず。

ヒューマンからすれば遥か昔の出来事かもしれないが、ヒメにとっては昨日の出来事のように鮮明に思い出せた。

ただ思い出しても苦痛なだけなので、その記憶を封じ込めていただけだ。

この悪夢から覚める方法は知っていた。その原因を断てばいいのだ。それがとても難しい事だとわかっていても。

「おはよう」

そんなヒメの思考を断ち切ったのは部屋の中なのに、兜も脱がず漆黒の鎧を纏った男性の一声だった。

「……クロ、おはよう」

「どうした? 具合でも悪いか?」

クロはヒメのわずかな変化も見逃す事がない。他の人には分からなくても彼だけには分かるのだ。

「……大丈夫。何でもない」

「そうか、なら良いんだ」

クロは金属の籠手に包まれた己の左手でヒメの右手を優しく握る。

「早くこの地獄から抜け出そう」

「……うん」

それは二人にしかわからない言葉。

事情を知る極々一部の人間以外にはこの船に彼等の事情を知る者はいない。

クロに手を握られて安心したのか、ヒメは再び目を閉じ、健やかな寝息を立ててしまう。

「ヒメ。朝だぞ」

「…………」

ヒメは無言でゆっくりと起き上がる。不満が顔にハッキリと出ていた。

「そんな顔をするな」

「……まだ寝てたかった」

「駄目だ。さあ着替えよう」

ヒメは不満顔のまま、クロに手伝ってもらいながら、ドレスを着て髪を梳かし、貴族の少女レティになる。

「どうした? このドレス嫌になったか?」

「……違う。夢を見ただけ」

「そうか」

クロはヒメの頭を優しく撫でる。

いつもならこれで彼女の機嫌が良くなるのだが、今日はあまり効果がない。

「…………」

「ヒメ……」

クロは思い出す。母と喧嘩して拗ねていた時もこうやって自分を困らせていたなと。

その時、コンコンとドアがノックされた。

「誰だ?」

「おはようございます」

声の主は神官戦士のフィッツェだった。

「何の用だ?」

「はい。良い天気なので甲板に出てみようと思ったんですけど、ヒメも一緒にどうかなと思いまして……」

「……行く!」

それを聞いてヒメは即答する。

クロは最初どうしようかと悩んだが、先程より彼女の機嫌が良くなっているのに気づいた。

「甲板に行ってみるか?」

「……うん。行きたい」

「分かった……ちょっと待っててくれ。今支度させる」

「あ、分かりました。待ってます」

支度を済ませたヒメはフィッツェと一緒に甲板に向かった。

部屋に一人になったクロは特にすることもなくヒメの帰りを待っていた。

その眼に映るのは、ヒメがいつも背負う金彫りの意匠がされた真っ黒な棺だった。

暫くそれを眺めていると再びドアがノックされる。

「誰だ?」

フィッツェよりもドアの叩く力が強かったので彼女ではなかった。

「すいません……」

それはこの船で働く船員の一人だった。

用件は船長ゼーヴェルが会議を開きたいので、会議室に集まって欲しいとのことだった。

それを聞いたクロは支度をして部屋を出る。ヒメとフィッツェはまだ帰ってこなかったが、二人とも会議に参加するので心配はしていなかった。

部屋を出て会議室に向かっていると目の前の通路に一人の人物が立っていた。

「お前は……」

「お早うございます。クロさん」

フィッツェの先輩であり、同じ神官戦士のクヴァイだった。

クロが無言でクヴァイの横を通り過ぎると、彼もそれ以上何も言わずニコニコしながら後ろをついてくる。

恐らく彼はこちらを監視している。クロはそう思っていた。そういう疑いの目で見られるのはこの姿になってから何度もあることなので、クロは気にしていなかった。


人が十人くらい入れるであろうであろうフィンディルの会議室、そこにある長方形のテーブルを囲む部屋の一番奥にある椅子にゼーヴェルが座って待っていた。

先にやって来たのはクロとクヴァイの二人だ。

「お、二人が一緒なんて、なんか珍しい組み合わせだな」

「…………」

「ええ、そこで偶然一緒になりまして」

クロは無言でクヴァイはそう言ってクロの向かい側の席に着く。

それから暫くしてドアをノックして入ってきたのは、ヒメとフィッツェの二人だ。

「すいません! 遅くなりました」

「おう、彼らも今来たばっかりだ。さあお嬢さん達も座ってくれ」

ゼーヴェルに促され、ヒメは当然の様にクロの隣に、フィッツェは彼女と向かい合う様にクヴァイの隣に座った。

「さて、全員揃った所で、会議を始めようか。どうぞ兄ちゃん」

「今回集まってもらったのは、海賊に襲撃された時の対応を話しておきたい」

「そう言えば、みんな普通に仕事してますけど、海賊がいつ襲ってくるかわかってるんですか?」

「ああ、それなら分かってるぞ」

フィッツェの質問にゼーヴェルが答える。

「いつも魚を獲った後や、鉱石を満載して帰るときにあいつらは現れて何もかも奪って消えちまうんだよ」

あのクソ共め。と言ってゼーヴェルは苛立ちを露わにする。

「じゃあこの船も、鉱石を採掘した帰り道に襲われるんですね?」

クロは頷く。

「それで海賊に襲撃された時の対応だが……」

クロの考えた作戦に皆一様に驚く。

「兄ちゃん。大丈夫なのか?」

「大胆ですね」

「そんなの貴方が一番危険ですよ」

「…………」

ゼーヴェル、クヴァイ、フィッツェがそれぞれの感想を漏らす。ヒメだけが表情を変えずに聞いていた。

「だがこれが一番確実だろう。そのままアジトまで行ければ、海賊どもを一網打尽にできる。この立派な船も奴らにとってはいい戦利品になる」

「奴らにこの船を触れされるのは癪だが、これも海賊どもを壊滅するためだ。しょうがないな」

ゼーヴェルは渋々と了承した。

「僕も問題ないかな。フィッツェは?」

「私も大丈夫です。やります!」

クヴァイもフィッツェもその作戦に同意する。

「船長。この船に武器は積んでいるか?」

「ん? ああ。そりゃ護身用に積んでいるぞ」

それを聞いてからクロはフィッツェ達にも尋ねる。

「お前達も武器を持っているだろう?」

「ええもちろん持ってきていますが、それが何か?」

「武器を預からせてもらう。海賊に襲われた時抵抗しない様にな」

「はぁ! 兄ちゃん、それじゃあいつらが襲ってきた時丸腰になっちまうぞ。奴らが思い上がるだけだ!」

ゼーヴェルは大声で否定する。フィッツェとクロは何も言わなかったが、気持ちは同じだった。

「奴らは、捕虜をとって奴隷にしているらしい。だから抵抗せずに捕まれば生き延びる確率は上がる」

クロの提案にゼーヴェルは苦い顔をして答える。

「……分かった。分かったよあんたを信じる。だがもし失敗した時は……分かってるだろうな?」

その脅しにクロは怯むことはなく返事した。

「ああ絶対成功する。信じろ」

「で、どこに武器を預ければいいのかな?」

クヴァイが質問した。

「ああ今から案内する。ついてきてくれ」

クロに案内された武器を預ける場所を見て、三人は再び驚くのだった。


フィンディルは順調に航海を続け無事に鉱石採掘場のある小島に到着した。

船員達は手に手にツルハシを持って次々と作業を進めていき、手際よく鉱石を取り出して船に積んでいく。

フィッツェ達はその素早い作業を感心しながら見ていた。

「皆さん手際いいんですね」

「ハッハッハッ、そりゃそうさ。この仕事は何年もやってるんだからな……まあそれだけじゃあなさそうだ」

ゼーヴェルはそう言ってちらりとヒメの方を見た。

「皆さん頑張って下さいね」

その視界に映るのは、せっせと働く船員達をヒメがレティとして激励していた。

「「「おおおおっ!」」」

その言葉で船員達の動きは目に見えてどんどん良くなっていく。

「なるほど彼女のお陰ですね」

ヒメの激励で、予想以上の量の鉱石を採掘することができフィンディルは帰路に着く。

その頃クロはゼーヴェルに必要な物を尋ねていた。

「ロープはないか?」

「ロープ? あるにはあるが何に使うんだ」

「後で必要になるんだ。奴らは必ず来るぞ。用心しておけ」

クロは、分かってると言うゼーヴェルの返事を聞きながら部屋を後にするのだった。


あと数日でトスオ王国の港に着くというところで、皆が恐れクロが待ち望んでいた者達が現れた。

「ついに来ましたね」

「ああ」

甲板でクロとフィッツェはこちらに向かってくる船をじっと見つめていた。

クヴァイは二人の後ろに立ち、ヒメは船室に、船長のゼーヴェルは船員達に指示を飛ばしていた。

フィンディルに迫る船はいずれもガレー船が3隻。それが左右後方から迫る。

クロ達が乗るフィンディルとの最大の違いは船に取り付けられたオールである。

これを漕ぐことで、風がなくてもある程度の速度と高い旋回性を持った船だ。

今の風は微風。フィンディルを追いかける海賊船はマストの帆に風を受け更に奴隷達が漕ぐオールの力で、ぐんぐん距離を詰めてきていた。

相手が早いこともあるが、実はクロの指示でフィンディルの速度も少し落としていた。

今回は海賊達を討伐するために海に出たのだ。逃げ切るためではないのである。

何も知らない船員達は船長の指示通りに動いていく。

「そろそろ来るな……」

クロがそう呟いた直後、三隻のガレー船からフック付きのロープが投げられ船の縁に引っかかる。

そのロープを伝って海賊達が続々とフィンディルに侵入してきた。

船員達はゼーヴェルに徹底されていたので、抵抗することはなかった。

海賊達は皆汚らしい格好をしていて、全員が獲物を探す様な目をしていた。

手には柄の短い斧や、片刃のファルシオンなど、取り回しの良い武器を持ちながら船員達を威圧する。

「この船の船長は誰だ!」

海賊のリーダーらしき右目のない男が大声で叫ぶ。

「俺だ。俺がこの船の船長だ! 皆抵抗しない。何でもやる。だから命だけは助けてくれ頼む」

ゼーヴェルは片目の男に命乞いをする。

「お前達運がいいな。最近新しい奴隷が欲しかったんだ。今いる奴らがそろそろ使い物にならなくなるからな!」

そう言って大声で笑う。すると周りの海賊たちもつられて笑い出す。

「早くこっちに来い。おい皆見てみろ。貴族の娘がいたぞ!」

その時、船の中に入っていた海賊が出てきて、

ヒメ達を外に連れ出してきた。

「ほう、こいつはまだガキだが結構な上玉だ。物好きな奴には高値で売れそうだな」

リーダーは値踏みする様にジロジロと見つめる。その目つきは人を物か何かにしか見ていなかった。

「おじょうさん。お名前は?」

リーダーがわざとらしく優しい口調で尋ねる。

「レティ……レティ・シュタルングです」

「お前がこの船の所有者シェロ・シュタルングの一人娘だな?」

ヒメは頷く。

「よーしよし、親父からも身代金がたんまり手に入りそうだな」

「今日は大収穫ですね」

手下の一人が話しかける。

「ああ、活きのいい奴隷に船、鉱石に貴族のお嬢様……よく見ると神官もいるな」

リーダーが残っている片目でフィッツェ達の方を見た。

「神殿からは俺たちにお布施がもらえるのかな。神官様」

「どうだろう。交渉次第だと思いますよ」

クヴァイが質問に答える。

「まあ、貰えなくてもお前達にはいろいろ役立ってもらうさ。特に姉ちゃんの方はな」

その一言でフィッツェの全身に悪寒が走る。見れば周りの手下達も彼女の体を舐め回すように見つめながら笑っていた。

中には舌舐めずりする者もいて、フィッツェはこのまま捕まれば自分がどうなるのか容易に予想できて、悪寒が走る。

その時クロが一歩前に出る。

「レティ様だけでも開放してくれないか?」

「何だ手前は?」

「彼女の護衛を務めている。お嬢様を開放しないのなら……」

「どうするってんだ? 俺たち全員を相手にするのか?」

「ああ、そのつもりだ」

クロは腰の鞘からロングソードを抜いて構える。

「おいお前ら、この馬鹿を囲め」

リーダーの指示で手下達が、クロを取り囲む。

手下の一人が斧を振りかぶって叩きつける。

クロはそれを避けて逆に相手の勢いを利用して喉に剣を突き刺す。

二人目の襲いかかってきた男に死体をぶつけて攻撃を封じ、背後から迫る三人目の腹を切り裂いた。

瞬く間に三人殺されて、動きが鈍る手下の包囲網を抜けて一気にリーダーに近づき血塗れの刃を大上段から叩きつけようとしたその時、ピタリと手が止まる。

「ハハッ切れるか? 切れねえよな?」

リーダーはヒメを盾にしその首に持っていたファルシオンの刃を当てていた。

「剣を捨てろ。でないとお嬢様の首から血が吹きたすぞ!」

クロは一瞬迷った素振りをしてから、剣を甲板に落とす。

「それでいいんだよ。おい、殺れ!」

リーダーの命令でクロの背後にいた手下の一人が思いっきり斧を振り下ろす。

鎧は刃を通さず、逆に斧の刃が欠けたが、衝撃までは防ぎきれずにクロは片膝をつく。

その後も次々と手下達が手に持った武器でクロに切りつけていく。

途中からなかなか刃が通らないことに業を煮やした海賊達は、柄で殴ったり足蹴を繰り出したりしていた。

それを見ていたリーダーは手下の一人を読んで海賊船から何かを持ってこさせる。


「よーし、そのくらいでいいぞ!」

リーダーの鶴の一声で手下達が動きを止める。

どれくらいの時間が立っただろうか。クロから離れた手下達は皆肩で息をしていた。

クロは倒れたままピクリとも動かない。全身は蹴られ殴られ切りつけられて、鎧は傷だらけだった。

「おいそいつを立たせろ!」

三人がかりでクロを起こす。その時鎧を着たヒューマンとは思えないほど軽いのに一瞬驚くが、次のリーダーの命令でその事は忘れる。

「よしそこで立たせておけ。おい構えろ」

リーダーが、海賊船から持ってこさせたのは、全長二メートルのハーフパイク四本だった。

「あいつを突き殺せ」

「やめてー!」

フィッツェの悲鳴が響く中、手下達は一斉にパイクで突きだす。

鋭い穂先はクロの鎧の両脇の継ぎ目に深々と突き刺さり背中まで貫いた。誰の目にも致命傷なのは明らかだった。

その時クロはヒメの方を見ていた。彼女もこちらを見ていて目があう。

「……すぐ助ける……待ってろ」

そう言うとクロは、パイクが突き刺さったまま手下達を振り払って後ろに下がる。そこは船の縁がありそのまま海に落ちていった。

一際大きい水音が聞こえて手下が下を覗くと、そこには既にクロの姿はなかった。

「あの傷で落ちて助かるはずないな。よしお前ら引き上げるぞ」

ヒメ、クヴァイ、フィッツェはリーダー共に海賊船に連れてかれ、ゼーヴェルと船員達はそのままフィンディルを操舵して海賊達の後に続く。

船員達は皆絶望感に打ちひしがれていた。このまま海賊のアジトに連れて行かれれば待っているのは奴隷として一生こき使われるか、反抗しても死ぬしかないのだ。

そんな事を考えながら船を操舵している彼らは船から一本のロープが海面に伸びているのに誰も気付かなかった。


アジトがある小島に到着したその夜。海賊達は宴を開いていた。

大量の鉱石に奴隷、更には身代金も手に入り、売れば更に金になるだろう貴族の娘と神官二人。更には新しい船まで手に入った。

略奪を生業とする彼らにとっては、これ以上ないほどの収穫だった。


宴会を楽しんでいた海賊達の部屋の奥では戦利品が一箇所に集められていた。

そこには手を後ろで縛られたゼーヴェルと船員達が座らせれていた。ヒメ、フィッツェ、クヴァイも同じく座らせていたが拘束はされてはいなかった。人質としての価値を下げないようにできる限り傷をつけないという配慮のつもりだ。しかし逃げられないようにそばには海賊が得物を手に持って立っている。

彼らの側には、採掘した鉱石とヒメがいつも背負っている棺も置かれていた。

「私達をなんでこんなとこに集めたの?」

フィッツェが海賊の一人に話しかける。その男は片目のない海賊襲撃のリーダーを務めていた男だった。

「今からお宝をお頭達に見せるんだ。黙ってろ!」

しばらく待っていると、足音らしい音が聞こえてくる。

らしいというのは、とてもヒューマンが出せるような音ではなかったからだ。一歩一歩がまるで岩が落ちてくるかのような音が響く。

船員達が一体何が来るんだと恐れていた。しかしよく見るとそれは海賊の方も同じように近づいてくる者に恐れを抱いているようだった。

(一体何が来るの?)

フィッツェがそんなことを思っていると、音の主が姿を表す。

「…………」

それを初めて見たものは全員何も言えなかった。

身長三メートルはあるその巨体を汚らしい布で隠しているが見えている手足には鱗が生え、黒い爪が伸びている。

クヴァイとフィッツェは一目で今目の前にいるのが魔族。しかも格上の上級魔族という事に気づく。

「コイツラガ、今日ノ戦利品ダナ?」

首領が鋭い牙の生え揃った口を開く。

「はい。今日はとびきりの大収穫だったようです」

それに答えたのは黒ローブを纏った副官アムルだ。

首領が首を巡らせる。そしてふと目をとめたのは、ヒメ達の方だった。

「ソイツハ……」

「はい。こいつが貴族の娘です。確かレティとかいう名前です」

首領はリーダーの言葉を無視してヒメの方に近づく。

「オ前……何者ダ? 俺ト同ジ臭イガスル」

その言葉に反応したのはアムルとフィッツェだ。

「首領、一体何を仰っているのです?」

「あなたと彼女を一緒にしないで!」

首領がフィッツェの方を見る。

「威勢ガイイナ。ダガ今ハ黙ッテイロ。オ前ノ相手ハ後ダ」

ヒメに触れるか触れないかのところまで首領が顔を近づけてくる。それを彼女は目をそらすことはなくまっすぐ見つめ返す。

「貴様。俺ト同類ナラバ何故ヒューマンノ姿ヲシテイル? アノ場所ニハ、オ前ミタイナノハイナカッタ」

「…………」

「聞イテルノカ!」

何も喋らないヒメに業を煮やしたのか、彼女の細い首を鱗の生えた左手で締め上げて持ち上げる。

ヒメの足は地面から離れていた。ギリギリと首を絞められ、ヒメの顔が苦悶に歪む。

「止めて! ヒメが死んでしまう!」

フィッツェは飛びかかろうとするが、周りの手下に押さえ込まれる。

フィッツェは男一人くらいに対してなら抜け出せる方法を知っていたが、さすがに二人の男の力で押さえつけられてしまうと、どうにもならなかった。

その間にも首領はヒメの首を絞め続ける。

「何モ喋ラナイナラ、一ツ確カメテミヨウ」

「くっ、その手を離して!それ以上は本当に……」

ゴキッという音がフィッツェの言葉を遮る。それはヒメの首の骨が潰された音だった。

「嘘、うそよ……」

首領がヒメの首から手を離すと彼女の身体が地面に落ちる。無残に潰された首がフィッツェの目に映る。それは誰が見ても彼女が死んだという証拠であった。

ゼーヴェルや船員達も、ヒメが殺された事にショックを隠せないでいた。

「宜しいのですか? 首領。あのお方がお怒りになるのでは?」

「ドウシテモ確カメタイ事ガアッタ。俺ノ考エガ間違ッテイタラソノ時ハ、ドンナ罰モ受ケヨウ。ダガ合ッテイタラ、アノオ方モ喜バレルダロウ」

「? それならば良いのですが」

アムルには首領の考えてる事が全く分からなかった。

「……さない」

フィッツェが小さく呟く。

「ン?」

「許さないこの化け物。お前は私がこの手で殺してやる」

彼女は涙を流しながら静かにそう宣言した。

「フッ。エレニスノ信徒トハイエ、所詮ハヒューマン。雑魚ノクセニヨク吠エル」

「なにっ!」

「黙レ。ソロソロダナ、見テミロ」

首領がヒメの遺体に指をさす。

釣られてそちらを見たフィッツェは驚愕の光景を目の当たりにした。

「……えっ、どういう事?」

ヒメの潰れた首が、まるで中に何かがいるかのように動いて元の形に戻っていく。

その光景に周りの人達も目を離せなくなる。

しばらく無言の時が流れるなか、完全にヒメの首が元に戻った。

「かはっ、かひゅーかひゅー、ごほっごほっ」

完全に復活した喉が空気を思いっきり吸い込み咽せるヒメ。

「げほっ、けほっけほ」

咳が治まり起き上がった彼女は、フィッツェの目から見てもついさっきまで死んでいたとは思えなかった。

「ヒメ……大丈夫なの?」

「こほっ……うん」

コクリと頷いたその仕草はどう見てもフィッツェが知るヒメだった。

「一体何がどうなってるの? 貴女死んじゃったんじゃ?」

「ソノ治癒能力。ヤハリ俺達ト同ジ、アノオ方ニ作リ変エラレタ存在カ。シカシ何故ヒューマンノ姿ナノダ?」

「…………」

「答エナイノカ、ソレトモ何モ知ラナイノカ。知ッテイル事ヲ答エルマデ何度モ殺シテヤロウカ」

首領がまた左手をヒメの首に伸ばそうとしたその時、不意に手が止まる。

「如何いたしました?」

アムルが尋ねる。

「……戦イノ音ガ聞コエル」

「はっ?」

しばらくすると他の人間の耳にもそれらしい音が聞こえてくる。それは怒号と悲鳴、金属がぶつかる音だった。

ヒトより優れた聴覚を持つ首領は一足早くそれを聴いていた。

「アムル。俺ハ得物ヲ持ッテクル。オ前ハ手下達ト共ニ此処デ迎え撃て」

「畏まりました。アレを使っても宜しいですか?」

「アノ醜イオモチャカ? 勝手ニシロ」

「有り難うございます。ここはお任せ下さい」

首領の背中に深々と頭を下げるアムル。その姿が見えなくなると彼は自分の実験動物を呼び寄せるために笛を吹いた。

(さて私のペットが早いか? それとも進入者が先かどちらでしょう)

「き、来たぞ!」

「な、何、もう来たのか!」

それはアムルの予想以上の速さだった。

金属が地面を踏みしめる音が聞こえて、進入者がその姿を表す。

「本当に来た」

「あれで生きていたとは……」

「これで何とかなるかもしれないな」

フィッツェが、クヴァイが、ゼーヴェルが、死んだと思っていた彼が両手に剣と斧を持ちこちらに歩いてくる。

「……クロ!」

「ヒメ、待たせたな」

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