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黒鎧と棺背負い姫   作者: 竜馬 光司
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第八話 海を支配する者 その2

晩餐会が開かれてから数日後の事。街の人々の間ではある話題が持ちきりだった。

「はぁ……一体、はぁ……どういう事なの」

朝の日差しを浴びながら、フィッツェは息を切らせて走る。その話題の元凶である人物に会って確認したい事があったからだ。

傭兵ギルドの扉を勢いよく開けると、中にいた人達が何事かと彼女の方に振り向く。

フィッツェはその好奇の視線を無視して、受付の前に詰め寄る。

「いらっしゃいませ。神官様どうしたのですか? そんなに慌てて」

冷静に受け答えをしたのは受付嬢のセルンだ。

「ぜぇー……彼、はぁー……彼の部屋はどこでしょう……」

「落ち着いて下さい。さあこれを飲んで」

セルンが用意したコップを半ば奪うように取り、一気に飲み干す。

その水は冷たくて爽やかで、フィッツェの気持ちを少し落ち着かせる事に成功した。

「ぷぁ〜。すいません、取り乱してしまって」

「大丈夫ですよ。では改めて聞きますね。誰にお会いになりたいのですか?」

その一言を聞いてフィッツェの気持ちがまた昂ぶるのが見ているセルンにもはっきりと分かった。

「そうだった! 彼、クロは今いますか? いるのなら是非会いたいんですけど!」

「こ、こちらです」

フィッツェの勢いにセルンは完全に負けてしまい、いつもなら会う約束をしていない人は通さないのだが、今回ばかりは彼女にクロの宿泊している部屋を教えてしまうのだった。

フィッツェは一歩ずつ土を踏み締めるように階段を上がって部屋に向かう。

彼女が一歩登るごとに鋲付きのブーツで抉られた階段がギシギシと悲鳴を上げていく。

「怖っ」

フィッツェの後ろ姿を見て誰かがそう呟くのだった。


階段を登り部屋に向かう途中、廊下ですれ違った女性が(いか)るフィッツェを見て驚いたが、当の本人はそれには全く気がつかない。

「ここね」

そしてクロが宿泊している部屋の前に到着すると彼女はドンドンと激しくドアをノックした。

「失礼します!」

中の返事を待たずに部屋の中に足を踏み入れると、どうやら部屋の主は鍵を掛け忘れたらしく、ドアはフィッツェを止める事はできず、突入を許してしまった。

部屋の中央に衝立が置かれていて部屋には一見すると誰もいないように見えた。

けれどその向こうに複数の人の気配が感じられるのをフィッツェは見逃さなかった。

「クロ! いるんですよね! いたら出てきてなさい!」

フィッツェは仁王立ちで待っていると、少し間を空けてからクロが衝立の向こうから顔を出す。

「何の用だ?」

その声はジャマをされてとても不満げな感情がありありと見て取れた。

「アレはあなたが仕組んだ事でしょう? 最低ね!」

「何の話をしてるんだ」

「シェロさんの鉱石採掘船が航海に出る事です。いえ、それはいいんです。仕事ですから。けど問題は彼女の事です」

「…………」

クロが無言で何も言わないのでフィッツェは更に語気を荒げた。

「レティがあの船に乗るという事になっていました。そして護衛につくのはあなた! という事はクロ、何か仕組んでいるのではないですか?」

「鋭いな。とりあえず扉を閉めてくれ。詳しい事を話したくても、開いたままでは話しづらい」

「あっ、すいません」

フィッツェは少し冷静なって扉を閉める。

クロはそれを見届けてから、彼女に椅子を勧めた。

「そういえばヒメは……」

椅子に座ったフィッツェはクロといつも一緒にいる彼女がいない事に気づく。

よく見ると、いつもヒメが背負っている棺が部屋に置かれ、黒い布、いつも彼女が来ているローブによく似たものが、ベットの上に無造作に置いてあった。

「えっと……」

フィッツェはしばし考える。

(さっきクロは衝立の向こうから出てきた。ヒメもそこにいるのだとしたら、服を着ていない? は、裸の彼女と今まで二人きりだったの!)

「ちょ、ちょっとクロ! あなたヒメに何をしているんですか!」

「何って……変な事考えてないか?」

「へ、変な事なんて考えてないですよ。私はエレニス様に仕える身。そんなやましい事なんて、これっぽっちも考えていません!」

「……クロ」

「終わったか?」

「……うん」

「出て来れるか。彼女にも見せてあげよう」

「……そっちに行くね」

「えっ、ちょっと待って、だってヒメ今の格好……」

衝立から現れたヒメの姿にフィッツェは言葉を失う。

「ど、どうしたのその格好?」

「……似合ってる?」

ヒメの格好はいつもの黒一色のローブから白を基調とした清楚なドレスを纏い、いつもは必要最低限の手入れしかしていなかった金色の髪も整えられ、頭の後ろでまとめて緑のバレッタで止めていた。

「うん。とっても素敵。だけどなんでそんな格好を?」

「今のヒメの格好、誰かに似ていないか?」

クロがフィッツェの質問に答える。

「えっ、似てるって誰に……あっ!」

フィッツェはある人物の事が浮かび上がる。

「レティに似てる。まさか!」

「そうだ。ヒメがレティの代わりに船に乗る」

クロが言い終わるかいないかのうちにゴンと、重い音が部屋に響いた。

フィッツェは右手を固く握り締めてクロの兜を思いっきり殴っだからだ。

「あなた! 彼女の事を何だと思ってるの? 大切なんじゃないの!」

右手の鈍い痛みを無視してクロに真剣に問い詰める。

「大丈夫だ。彼女は俺が守る」

だが返ってきた答えはその一言だけだった。

「そう言う問題じゃない! 彼女にもし万が一の事があったら……」

「彼女が死ぬ事はあり得ない」

クロがそう断言する事でフィッツェは何も言う事がなくなってしまった。

「だが、ありがとう。ヒメを、彼女を心配してくれて」

それを聞いてクロがヒメの事を心配しているのはフィッツェにもはっきりと分かった。

だからこそ、なぜ彼がヒメを危険な目に合わせるのかますます謎が深まるばかりだった。

そうフィッツェが考えているとそっと右手を包み込まれている事に気づく。

「ヒメ……」

見ると、ヒメが両手でクロの兜を殴って腫れ上がる右手を優しく包み込んでいた。

「……痛くない?」

そう聞きながら、フィッツェの両手をさする。すると不思議な事に痛みが和らいでくるのだった。

「大丈夫、痛くないよ。心配してくれてありがとう」

フィッツェはヒメと目線を合わせる為に屈んでお礼を言う。

「……よかった」

その時のヒメの満面の笑みは、深く永くフィッツェの心に残るのだった。


「ヒメは知ってるの? その、船に乗って自分が囮になる事を」

ヒメは久しぶりにおめかしをしたからか、くるくると回ってドレスの裾を翻る。

「ああ、勿論だ。彼女に了承を得ている。彼女が嫌だと言ったらこんな事はしない」

「教えて。貴方達は一体何を目的として動いてるの? 傭兵ギルドにいるのに報酬のためでもなさそうだし……海賊に恨みでもあるの?」

「海賊、いや人間に恨みなどない。俺たちはそれ以上の存在を追いかけているんだ」

「それって魔族や上級魔族の事?」

「…………」

(教えてくれないのね!)

クロは無言に反論したかったが、おそらく無駄だと思ったフィッツェも何も言わなかった。

しばらくヒメの楽しそうな声が響いていたが、先に沈黙を破ったのはフィッツェの方だった。「船はいつ出航するの?」

「明日の朝だ」

「そう分かった。じゃあ私、帰るわ。くれぐれも彼女に無茶な事させないで。ヒメまたね」

フィッツェは何かを決意したような表情のまま部屋を出て行った。

「……クロ」

「うん?」

「……フィッツェ怒ってた? 私たちの事嫌いになったのかな?」

「そんな事ない。また遊びに来るさ」

「……そう、だよね」

クロにとってヒメの悲しむ顔は見たくなかった。

「そうだよ。さあ明日も早い。今日は早めに休もう」

「……うん」

(彼女は怒っていた。もう会う事はないかもしれないな)

クロがそんな事に思っていた頃、フィッツェがとんでもない事を考えているとはこの時知る由もなかった。


翌日。

クロとレティの身代わりとしておめかしをしたヒメの二人は早朝の道を馬車で走っていた。

目的地はトスオ王国にある港。そこに停泊しているであろう船に向かう為である。

宿を出て港に向かうと、シェロに教えられた通りの特徴の船の前で止まった。

出航の準備をしているらしく、船員達が慌ただしく動き回っている。

すると船員の一人が近づいてくるクロ達に気づいたのか右手を振って近づいてくる。

「よう。(あん)ちゃんが今回の航海の護衛だろ。俺の事覚えてるかい?」

声をかけてきた男は、以前レティを捜索している時に話を聞いた全身にタトゥーを入れたあの男だった。

「覚えている。今日から当分世話になる。俺はクロ。彼女はヒメだ」

彼は今回の航海が海賊をおびき寄せる為だという事を知っている数少ない人物の一人だった。

「兄ちゃんがクロで、ちっこいお嬢様がヒメだな。俺はゼーヴェル、この船の船長だ。よろしく頼むぜ」

「……よろしくお願いします」

「ああ」

「よし、ついてきな。俺たちの船フィンディルを紹介するぜ」

そっけない態度のクロを気にする様子もなく、ゼーヴェルは二人を案内する為に、先頭に立って船に向かう。

フィンディルの全長は三十メートル。三本のマストを備えた船体は白一色で丸みを帯びていた。

「……綺麗」

ヒメの目を引いたのは船首に飾り付けられた女性の像だ。

「おっ、綺麗だろう。あの像はこの船の製作に深くかかわった(ひと)らしいんだ。まあ俺も詳しくは知らないんだがな。だが、像だけじゃない。船自体も美人だろう?」

「そうだな」

「ちょっと他の船より肉付きがいいが、逆にそれこそがこいつの魅力でもあるんだ」

「まるで夫婦みたいだな」

「そうだ! この船は俺たち船員みんなにとっての良き妻なのさ。彼女がいなくなったら俺たちの仕事がなくなっちまう」

ゼーヴェルは鼻の頭を掻きながら照れ臭そうにそう言った。

「だから頼むぜ。俺たちとフィンディルが自由に海に出ていく為に、海賊の討伐を成功させてくれよ」

「分かっている。お前達もその為に協力してくれ」

ゼーヴェルはドンと自分の胸を叩いた。

「任せろ。事情を知らないとはいえ、俺の部下達はちょっとやそっとの事じゃ動じないさ」

船長の決意の固さを見て、クロは目の前の人物は信頼するに値すると心の中で結論を出した。

そしてゼーヴェルに向かって右手を差し出す。

彼もまた自分の右手を差し出し二人はガッチリと握手を交わした。

「じゃあ、兄ちゃん達を部下達に紹介しないとな……全員集合!」

ゼーヴェルの号令で、作業をしていた手を止め船員達が規則正しく整列した。

「よし。ここにいる三十人がフィンディルを動かす優秀な部下達だ。一人ずつ紹介していこう。まずは……」

一人ずつ船員達の紹介が終わってから、今度はクロ達が自己紹介をする。

「俺は護衛のクロだ。そして彼女が……」

クロの短い自己紹介はあまり印象に残るものではなかった。

何故なら次の彼女の自己紹介の印象が強すぎだからだ。

「初めましてレティと申します。今回の航海はとても楽しみにしていました。皆様。今日から暫くの間よろしくお願い致します」

ぺこりと頭を下げるレティことヒメ。

その仕草、口調はいつもの彼女とも、もちろんレティとも違うものだったが、船員達は本人を知っていても見たことはないので疑うものはこの中に誰一人いない。

「お嬢様っていうからどんな方かと思ってたけど、なんて美しい方なんだ」

「おいおい彼女は女の子だぞ」

「けど、なんかお嬢様を見ていると神々しい気持ちが溢れてくるんだ」

「そう言われると確かに……」

「みんな聞け! 今回のの航海にレティお嬢様が同乗してくれるんだ。お前達粗相を起こすなよ。分かったな!」

「「「おおっ!」」」

むしろ船員達は彼女を好意的に受け入れるのだった。

ゼーヴェルが何かを思い出したかのように手を叩く。

「おっと忘れてた。ついさっき神官の人達が来て、フィンディルの航海の安全を祈ってくれるとかで一緒に船に乗るんだった。兄ちゃん達にも紹介しとかないとな」

「神官?」

ちょっと待ってくれよと言って船の中に入ったゼーヴェル。

しばらくすると、船長が二人の男女の神官を伴って戻ってきた。

「お前達……」

それはクロもヒメも共に知っている顔だった。

「……フィッツェ!」

「おはようヒメ」

「フィッツェ。今はレティお嬢様じゃないのかい?」

現れた神官はフィッツェと彼女の先輩であるクヴァイの二人だった。

「ああ! ごめんねヒメ……じゃなかった。レティお嬢様」

「……大丈夫だよ」

「えっ?」

「彼女の正体を知っているのはここにいる五人だけだから大丈夫なんじゃないかな?」

「ハハハッ! その通りですよ。だからいつも通りで大丈夫ですよ。神官さん」

「ああ、なるほど。よかった」

クヴァイとゼーヴェルにそう言われて安心するフィッツェ。

「ただ部下達は彼女の正体を知らないから、船の中ではレティお嬢様として接して下さいよ」

「はい。分かってます」

「ところで、何故ここにいるんだ?」

クロが話に割り込む。

「ふふふ、それはですね……」

「ちょっと待った! そろそろ出航の時間なんだ。積もる話は後にして、フィンディルに乗船してください」

「分かりました。ヒメ、後でいっぱいお話ししようね」

「……うん!」

「すまんが、俺たちが乗ってきた馬車に荷物があるんだ。運んでおいてくれないか? 結構重いからな」

「おう分かった。何人かに持ってこさせよう」

「頼む」

荷物には勿論いつも持ち歩いている棺があり、驚かれるのだが、クロ達にとってはいつもの事なので特に気にする事はなかった。


「よーし、出航するぞ!」

船長の号令の下、畳まれていた三本のマストを広げ、フィンディルは帆に風を受けて動き出す。

海上を滑るようなその滑らかな動きはとても優雅だった。

だがこの航海がいつもの鉱石採掘以上の困難が待ち受けていることを知るのは極一部しか知らない。


港を出航して数日。特にトラブルもなく順調な航海だった。

ヒメは部屋にいるのも退屈なのでフィッツェを誘って甲板に出ていた。

船員が何人か作業をしているが、忙しく働いているので二人に気づくものはいないのでいつも通りの話し方をする。

「……わあ!」

「すごい綺麗だね」

「……うん。あっ」

パタパタと甲板の縁に走るヒメ。

「走ると転んじゃうよ!」

「……見て、下にいっぱいいる」

「ん、何がいるの?」

フィッツェが縁から下を覗くと透き通る海面を泳ぐ魚の姿があった。

「魚見るの初めて?」

「……うん、泳いでるの初めて見た。フィッツェは見たことあるの?」

「う、うんもちろん」

(ほんとは私も初めて見たけどね)

フィッツェも初めて海に来たので魚を見るのも初めてだったが、そこは黙っておくことにした。

「私は何でも知ってるから、知りたいことがあったら聞いてね」

「……本当!」

ヒメの目がキラキラと輝く。フィッツェは一瞬しまったと思った。

しかしこんな事もあろうと、彼女を失望させない為に多少の知識は吸収していたのだ。

(今こそ一夜漬けの知識を活かす時、何でも来なさい!)

「……じゃあ、あれ」

ヒメは船の上の方、マストを指していた。

「……何の為に布を張っているの?」

魚の事を聞かれるかと身構えていたらまさかマストの事を聞かれたので、慌てて船の知識を引っ張りだす。

「あ、ああ、これはね。帆っていうの」

「……帆?」

「そう。帆はとても大事なものなのよ。これが無いとこの船は動けなくなってしまうの。見て、形が二種類あるの分かる?」

「……四角と三角?」

「うん。四角いのは横帆(おうはん)、これで船が進むの。で、三角は縦帆(じゅうはん)、これは船の方向転換に必要なの」

「……すごい!」

「凄いよね。この二種類の帆に風を受けて、船はこの広〜い海を自由に渡ることが出来るんだから!」

昨日一晩で詰め込んだ知識が役に立って、嬉しそうに話すフィッツェをヒメはニコニコと見つめていた。

「どうしたの?」

「船も凄いですけど、それを分かりやすく説明してくれる貴女も凄いですよ。彼女もとても喜んでいます」

「あ、ありがとう……彼女って誰の事?」

フィッツェがそう尋ねるもヒメは何も答えないず、ただ微笑んでいるだけだった。

暫く無言の時間が流れていたが、それを破ったのは一人の船員だった。

「フィッツェさん。レティお嬢様。こちらにいましたか」

如何(いかが)しました?」

「はいお嬢様。お二人を招いて会議を開きたいとの事で船長がお呼びです」

「分かりました。案内をお願いします。行きましょう。フィッツェ」

「う、うん」

(きっと人が近づいてきたのに気づいて演技してるんだよね? きっと)

色々と聞きたい事があったが、そのタイミングを完全に逃してしまったフィッツェであった。


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