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黒鎧と棺背負い姫   作者: 竜馬 光司
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第四話 五柱の会議

フィッツェを含む、神官戦士達はギルドでの一悶着の後、当初の目的地であるトスオ城に向かっていた。

彼らは、揃いの神官衣の中にチェインメイルを着込み、背中には女神を象った紋章が描かれた円盾を、腰のベルトに金具でメイスを固定している。

そして首からは女神を象ったメダルを吊るしていた。

城に向かう途中連行していた三人の男達を衛兵に引き渡し、城の門番に話を通してもらって中に入る。

そして待合室で一時間ほど待ち、ようやく謁見の間に通された。

彼らが会いに来たのはトスオ王国の治める者である。

その人が現れ椅子に座るまでフィッツェ達は頭を垂れて跪き許可が出るまでこの体制を維持する。

「おもてをあげなさい」

美しい声で許しを得た神官戦士達は顔をあげた。

(綺麗……)

フィッツェは思わず口に出しそうになったその心の声を慌てて飲み込む。

同性でさえも息を呑むほどの絶世の美女がそこにいた。

彼女の名はベギーア・トスオ。

東のトスオ王国を統治する女王である。

腰まで伸びる蒼い髪は艶艶と輝き、同じ色をした瞳は、ドワーフが加工したどんな宝石でさえ色褪せてしまうだろう。

民達からは絶美の女王と呼ばれていた。

それ程の女性を目の前にしては女神に仕える神官戦士達も無言で見惚れるしかなかった。

「それで、今日は誘拐事件解決の為に来られたのですね?」

隊長であるガルネールが、我に返って言葉を紡ぐ。

「失礼いたしました。その通りです陛下」

ここ最近、トスオ王国では民が行方不明になる事件が多発していた。

しかもいくら捜索しても、誰一人影も形も見つからない。

事態を重く見たベギーア女王は、中央のエアンベルグ帝国に報告。

この事件に魔族が関連している可能性があるとして、フィッツェ達、神官戦士達が派遣されてきたのであった。

「貴方達が来てくれてとても心強いです。これで民達も不安から解放されます」

「我らに任せて頂ければ必ず解決してみせます。

「頼もしい事です。……ところで、ひとつよろしいですか?」

「はっ。何なりと」

そう言うと、女王は立ち上がりゆっくりとフィッツェに近づいてきた。

「こんにちは。貴女のお名前は?」

「えっ、えと、 女王陛下?」

(女王様がすごい近くまできてる! な、なんで私なんかに? うわーやっぱり綺麗。それにすごい、いい香りが……)

「おい! 失礼だぞ!」

ガルネールがベギーアに対して無言なフィッツェに叱責する。

「す、すいません。隊長!」

「俺じゃない。陛下に謝るんだ!」

フィッツェは床に擦り付けるほど低く頭を下げる。

「申し訳ありませんでした! 女王様どうか、どうかお許し下さい!」

その謝罪を聞いたベギーアは怒るでもなくフィッツェの頭に手を置く。

「申し訳ありません。許して、許してください」

「さあ、頭を上げて。貴女のお名前は?」

「フィッツェと申します」

ベギーアに促されフィッツェは頭を上げる。

その顔は涙でぐしょぐしょになっていた。自分がとんでもない失礼な事をしてしまい何も考えられなくなっていた。

「まあまあ、そんな顔では折角の可愛い顔が台無しですよ。さあ、これで涙を拭いて」

ベギーアから手渡された微かにいい香りがするレースのハンカチーフでフィッツェは涙を拭う。

「有難うございます。女王様」

「それは差し上げます。記念に持っていてください。フィッツェ」

「あ、ありがとうございます! とても光栄です!」

その一言を聞いてにっこりと微笑むベギーア。フィッツェは完全に彼女の虜になっていた。

「陛下。部下の無礼を許していただき感謝いたします」

「いいえ。むしろ羨ましいです。こんな可愛い部下がいて」

「はっ? はっ。恐縮であります」

ベギーアの微笑みに隠れ、彼女の真意は誰にも分からなかった。


神官戦士達は謁見の間を後にし、宿屋に戻った。

その夜。フィッツェは隊長に呼ばれ一階の酒場兼食堂にいた。

「フィッツェ。何故呼ばれたかわかっているな?」

「はい。すいませんでした」

「まあまあ隊長。あまり彼女を責めないでやってください」

説教されてしゅんとするフィッツェを慰めたのは、彼女が神官戦士になってから面倒を見ている先輩のクヴァイである。

「女王陛下も怒っていませんでしたし、何の問題もないと思いますが?」

「そう言う問題ではない。エレニス教から遣わされている我々が、あんな態度を取ってしまい、ベギーア女王が教団に抗議されるかも知れん」

「大丈夫ですよ。そうだとしたら、あんな優しそうな笑顔をフィッツェに見せませんよ。それにハンカチーフまで頂いたんですよ」

フィッツェは項垂れて二人の話を聞いていた。自分が口を挟める状況ではなかった。

「う〜む。……よし、フィッツェよく聞け」

「は、はいっ!」

「いいか。お前が陛下に対して失礼な態度を取った事は事実だ」

「……はい」

「だが、陛下が許してくれたのもまた事実。そうだろ?」

「はい」

フィッツェはぎゅっと拳を握り締める。

「そして俺たちがここに来た目的は?」

「街で起きている誘拐事件の解決です!」

「そうだ。それをできる限り早く解決して、女王陛下にお褒めの言葉を頂こう。分かったな?」

「はいっ!」

「よし、いい返事だ。明日は早くから捜査を開始するからもう休め」

「わかりました。お先に失礼します。先輩もおやすなさい」

「うん。おやすみ」

フィッツェは早足で自分の部屋に戻っていった。


部屋に戻る彼女を見送ってからガルネールとクヴァイは夕食を取っていた。

二人が食べているのはパンとシチューだった。

食堂では定番のメニューだったが二人に取っては違った。

神殿ではいつも質素なスープと固いパンばかりだったので、今回の任務の様に街に赴いての食事は充分ご馳走だった。

「うむ。ここの食事も美味いな」

「そうですね」

「ルノ王国のシチューも美味かったがこのポトフも負けず劣らずだな」

「確かに」

港から卸された魚介類をしっかりと煮込んで作られたポトフは、魚介の旨味がしっかり染み込んだスープで、じっくり煮込まれた具を口に入れれば溢れんほどの旨味が広がっていく。

少し固めのパンもスープにつければ水分を吸ってしっとりし、ちょうど良い柔らかさと吸ったスープの旨味で何個でも食べれそうだった。

「すまん。パンのお代わりを頼む」

「はーい。今お持ちします」

ガルネールは近くを通った給仕にパンを頼み、それを受け取って再び頬張る。

反対にクヴァイはゆっくりと味わう様にポトフを堪能していた。

対照的な二人だったが、それでもこの二人で組んでから討伐した魔族は両手では数え切れないほどだった。

「今回の事件の犯人も魔族なんでしょうか?」「恐らくな。ここ一ヶ月で行方不明になったのは二十人以上だ。しかも全員見つかっていない」

「もしもっと前から行われていたとしたら、既に百人以上が行方不明という事でしょうね」

二人は黙り込む。犯人の正体が皆目見当つかないのだ。

ヒトならば、何かしら要求があるだろう。

もし魔族だとしたら、高い知能を持っているものなど皆無なので、手掛かりぐらいいくらでも残っていそうなものなのだが、再三捜査しても何も見つかっていないとの事だった。

「……考えられるのは三つですかね」

クヴァイが指を三本立てる。

「言ってみろ」

「一つ目はヒト。目的は奴隷として誘拐。二つ目は目的は不明ですが、上級魔族」

上級魔族とは、オークなどと違い高い知能と戦闘能力を併せ持つ者たちの事である。

だが千年前の魔王大戦で殆んど、全滅したが少数が生き残り、潜伏していた。

「まだ生き残りがいる可能性はあるな。もしかしたら誘拐したヒューマンを自分達の戦力にするためか……」

悪魔達が魔族をどうやって作っているかは長い間不明だった。しかし近年の研究でオークやトロル達はヒューマンの死体を用いている事が判明していた。

「で、三つ目は?」

「今だに潜伏しているエルフやドワーフが行方不明になったヒューマンを殺害……」

エルフとドワーフ。千年前、共に魔王を滅ぼした二つの種族は、今ヒューマンに仇なす存在として敵視されていた。

「しかしそれは有り得んな。この二百年そいつらはそれぞれ自分達の王国に隠れているはず。もし潜伏していたとしてもすぐにバレるだろ」

二つの種族は二百年前、エアンベルグ王国、つまり今のエアンベルグ帝国の城を襲い国王含め王族全員を惨殺する。

その為ヒューマンの五つの王国は統一し、国からエルフとドワーフを追放し宣戦布告。

一進一退の攻防が続き、今も終結する事なく、長い睨み合いが続いていた。

「よし。可能性がありそうなものは片っ端から調べる。明日も朝一番で捜査を開始するぞ!」

ガルネールは一気にジョッキの中身を飲み干す。

「やっぱり水じゃ味気ないな。早く酒が飲みたいぜ」

「この任務が終わったらたらふく飲めますよ」

「その時は全員で乾杯だ。逃げるなよ」

神官戦士のジンクスみたいなもので、酒は任務に成功した時に飲むものと決まっていた。

二人は食事の代金をテーブルに置き部屋に戻るのだった。


そこは闇だった。何も見えず聞こえないその空間に何かが顕れる。

それもまた闇だった。いやそれ以上にくらい暗黒の炎が燃えていた。

「…………」

ソレは待っていた。自分の配下達が現れるのを。いつも一番先にここで待つのはいつもの事だった。

「……来たか」

暗黒の炎が口を開く。それを皮切りに次々と顕れたのは四色の炎だった。

「アスタロト参上いたしましたわ」

最初に熟した桃色の炎が、どんなヒトも虜にする色っぽい声でそう述べる。

「ベルゼブブ参りました〜。アスタロト久しぶりだな〜」

「…………」

そうおっとりした口調で顕れ、アスタロトに無視されたのは、ドロドロに濁った泥色の炎だった。

「レギオンここに……」

次に血の色をした炎が老人の声で冷静に告げる。

「ルシフェル馳せ参じました」

そして若い男性の声でそう告げたのは純白の炎だった。

「これで全員揃いました。……サタン様」

「うむ。皆の者よく集まった。近況を伝えて貰おうか」

「儂の担当しておる西は相変わらず、時々やってくるオークどもをあしらっておるよ」

最初に口を開いたのは、レギオンだった。

「だがあいつらもヒトの血と肉に飢えている。ここ最近は攻めてくる回数が多いな」

「僕達と同じって事だね〜」

「どういう事だ? ベルゼブブ」

「だってそうだろ〜? レギオンのじいさんだって、そろそろヒトの国を蹂躙したいじゃないの〜?」

「フン、何を言うか。そういうお前こそ食べてばっかりでまたブクブクと肥え太っているんだろう」

レギオンは確信を込めて質問する。濁った泥色の炎はまるで腹をゆらすかのように揺らめいた。

「クフフ。そんなの当たり前だろ〜。だって美味しいエルフがまだまだいっぱい保存してあるからね〜。 でも……」

そう言って一度言葉を切り桃色の炎に話しかける。

「やっぱり一番綺麗なのはアスタロトだな〜」

「ありがとう。あなたに言われても全然嬉しく無いけど、一応お礼を言っておくわ」

「クフフ〜。お礼言われちゃった。僕嬉しいな〜」

「ベルゼブブ! サタン様の御前であるぞ。真面目に報告をしないか!」

ルシフェルの怒りに泥色の炎が一瞬小さくなった。

彼が心酔するサタンに不愉快な思いをさせる者はたとえ味方でも平気で殺すのはここにいる誰もが知っていた。

「ルシフェル」

「失礼致しました。ベルゼブブ報告を」

「はい! 僕の担当している南は、相変わらずエルフどもが南の森の王国に閉じこもってんだな〜」

「今だに南の森は攻略できないと?」

「そうです。森に入っても絶対入口に戻されてしまうんです。捕まえたエルフに聞いても何も教えてくれないんだな〜」

「分かった。そのまま捕らえたエルフから、森の秘密を聞き出すんだ」

「わかりましたサタン様。ところで……その」

ベルゼブブが急に歯切れの悪い話ぶりになる。

「ああ、お前がエルフをどう料理しようが構わんが、ちゃんと情報を聞いてからにしてくれ」

「はは〜。ありがとうございます」

「サタン様。次は私が報告してもよろしいでしょうか?」

「頼む」

「ああ、ありがとうございます」

桃色の炎が嬉しさを表現するかのように一際大きく輝いた。

「私の担当する東では、ヒューマンを攫って、順調に貴方様の兵力を増強し続けています」

「お前が摘み食いしなければ、もっと兵を増やせるでは無いのか?」

そう言ったのはサタンではなくルシフェルである。

「ふふっ、ご冗談を。気に入ったらすぐに食べなければ。オークになってからでは遅いのですよ」

桃色の炎が舌なめずりをするかのように揺らめいた。

「それに今、神官戦士達の中にも中々美味しそうなのがいるのですよ。あれを送ったのはルシフェル、貴方でしょう?」

「そうだ。あいつらはヒューマンの中でも優秀な方だ。後々邪魔になるならオークに出来ればと思ってそちらに送り込んだのだ」

「ご心配なく。彼等は皆、我らの手駒に。けどあの娘は私が貰います」

「ヒューマンの一匹ぐらいなら構わんが、羽目を外してしくじるなよ」

「フフッ。承知しております」

ルシフェルに釘を刺されてもアスタロトはどこ吹く風だった。

「ルシフェル。お主の報告を聴こう」

「はっ。北側のドワーフ共は今だに北の山脈に篭っており、徹底抗戦の構えを見せております」

「石の民共め。国王が死んだ割にはよく抗いおるわ。サタンよ。儂が出向いてやっても良いぞ」

ルシフェルの報告にレギオンが横槍を入れてきた。

「そろそろオークばかりも飽きてくるわ。まだドワーフの方が殺しがいがありそうだ」

「待てレギオン。ルシフェルの報告がまだ終わっていないぞ」

「ドワーフ共は死んだ国王の娘が玉座につき、民を纏めているようですが、それもそろそろ限界。このまま自滅を待つのが得策かと思われます」

「そうだな。ルシフェルそのまま奴らが動き出すのを待つんだ。レギオン悪いがお前の申し出は却下だ」

「ありがとうございます」

「まあ、お主がそう言うならしょうがない。儂は大人しく引き下がるとするか」


全員が報告し終わって一瞬、闇に沈黙が訪れた後、口を開いたのはサタンだった

「今回はこれにて会議を終了する。皆ご苦労であった」

闇にいた三つの炎が消え、サタンとルシフェルが残る。

「どうした?まだ何かあるのか?」

「サタン様。彼等の態度が気にならないのですか!」

「……というと?」

「彼奴らは貴方に対する忠誠心が全くありません。このままでは天界に侵攻するなど夢のまた夢では無いでしょうか!」

「ルシフェル」

それは静かな、けれども抗いがたい力が込められた一言だった。

「申し訳ありません。出過ぎた真似をしました。お許しください」

「良い。お前の私に対する忠誠は本物だ。これからも尽くせよ」

「はっ。ありがたきお言葉。それでは私も失礼致します」

純白の炎が消え、暗黒の炎が一柱残る。

「さて。私も戻るか。仮初めの王国に……」

その一言を最後に、再び闇は何者も存在しない空間となった。

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