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黒鎧と棺背負い姫   作者: 竜馬 光司
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第二十三話 トスオ王国に巣食う悪魔 その九

「ミスリル……いや、また彼処に戻りたくない。暗くて狭いあんな所……嫌」

先程の自信たっぷりな態度と打って変わって、今のアスタロトは怯えていた。

今までヒトを見下していた態度から一転してまるで小動物のように震え身体を丸めている。

「…………」

その怯える悪魔をクロは無言で見つめていた。

「ヒメ、クロの様子がおかしいわ」

フィッツェはクロの異変に気づいた。

さっきからヒツギを担いだまま動かないのだ。最初は怯えるアスタロトをいたぶっているのかと思ったが、どうやら違うようで全身が痙攣するかのように細かく震えていた。

するとヒツギを担ぐクロの全身から黒い触手が無数に現れ、まるでそこから一刻も早く逃げるかのように蠢いていた。

「ぐっ、やはりこうなるか」

クロは崩れ落ちるように倒れるが、何とか床に片膝をついて身体を支える。

「……アハハハ。そういう事。貴様のその再生能力、人並み外れた力、貴方とっくに誰かのオモチャにされていたのね。誰に身体を弄られたの? レギオン? それともベルゼブブかしら?」

クロの様子を見てアスタロトが喜びの感情を爆発させる。

「動、け。ぐぅううっ!」

クロはアスタロトの質問に答えられない。自分の意識が鎧から出て行こうとするのを止めるのに精一杯だった。

「答えてくれないの? それとも答えられないの? まぁ、どっちでもいいわ。今の内に殺してあげるから!」

アスタロトはプラーミェをハサミの様に交差させてクロに迫る。

「その首落としてもまだ生きていられるか試してやるわ!」

プラーミェの二振りの刃が首を切断する直前、クロは全身の力を込めて後ろに跳んだ。

何度かゴロゴロと転がりながらも体勢を立て直す。

「往生際が……悪いのよ!」

右手のプラーミェが炎を纏いながら横薙ぎに振るわれる。

クロは、アスタロトも迫るプラーミェも見ていなかった。何故なら彼は己の中にいる化け物と戦っていたからだ。

(逃がすか。貴様は俺の目的の為だけに存在しているんだ。逃げる事など許さない!)

クロは己の意思を総動員して、化け物を身体の内に戻していく。

「……クロ!」

彼の最愛の女性(ひと)の言葉で、クロは自分に迫る炎の刃に気づき、咄嗟にヒツギで防いだ。

「チッ、この……死ね!」

必殺の一撃を防がれたアスタロトは、休む事なく両手の剣を振るう。

プラーミェの反った刃が次々とヒツギに当たりガリガリと音を立てるがヒツギには傷ひとつつく事はなかった。

アスタロトの剣技は素早く、しかも神なので体力が尽きる事も疲れも知らない。

その為一方的に攻められたクロはヒツギで防御する事しか出来なかった。

だがクロはただ攻められている訳ではない。

反撃のチャンスを虎視眈々と狙っていた。

アスタロトの攻めは素早く隙がない。だが攻撃はワンパターン。

エルフと二百年近く訓練してきたクロにとっては動きを読むのは簡単だった。

クロはヒツギを押し込んで、アスタロトの体勢を崩し、距離を取って反撃を開始する。

ヒツギを左脇に構えると、その場で左から右にヒツギを振るった。

「そんな遅い攻撃が当たるか!」

アスタロトはそれを後ろに下がってかわす。

クロはヒツギを頭上で回転させながら左足を踏み出し、再び左から右にヒツギを振る。

振り抜いたヒツギを右脇に引きつけヒツギの先端で突きを入れる。

「当たらないって言ってるだろう!」

アスタロトは避ける為に更に後ろに下がる。

クロは更に右足を踏み込んで右から左に、次に右足を踏み込みながら左から右にヒツギを振り回す。

ドンとアスアロトの背中が壁にぶつかり逃げ場がない事を悟る。

それがクロの狙いだった。相手を追い込み逃げ場をなくす為にヒツギを振っていたのだ。

「このっ!」

逃げ場を失ったアスタロトが破れかぶれに右手のプラーミェで切りつけようとする。

だがそれ以上の速さでクロは頭上でヒツギを回転させ、左足を踏み込みながら左から右に振るう。

「ぎゃあっ!」

アスアロトの右手にヒツギが直撃し、プラーミェが吹っ飛んで床を回転しながら滑る。

その手は鎧が潰れ骨はグチャグチャに砕けていた。

クロは右脇に引寄ると止めの突きを入れた、

その一撃はアスタロトの腹部を直撃し、神は壁に串刺しになる。

「がはっ!」

クロはヒツギを更に押し込んでいく。

アスタロトの腹部からはメキメキと異様な音が響き渡る。

「ぎゃあぁああっ! やめて、やめて。痛い痛いぃいいいっ!死んじゃう死んでしまう!」

ゴボッと口から血を吐きながらアスタロトが命乞いをするがクロは聞き入れず更にヒツギを押し込んだ。

ボギッと背骨が砕けて身体の中を破片が飛んで更に傷つける。

「ぎゃあぁああああぁぁぁ」

その長く長く尾を引いた悲鳴を聞いてられずフィッツェは思わず耳を手で塞ぎ、目を閉じようとする。

「……駄目だよ」

「えっ?」

「……最後まで見ないと駄目」

「でも、あんな光景……」

「……あの悪魔はフィッツェの大切な人を滅茶苦茶にした張本人」

フィッツェはその一言で思い出す。アスタロトが嬉しそうにガルネールとクヴァイや仲間たち。その他大勢の人を殺し嬲ってきた事を。

「助けて、助けてください。お願いします」

「フィッツェ。お前なら助けるか?」

クロがフィッツェの目を真っ直ぐ捉えてそう尋ねてきた。

フィッツェはこっちを真っ直ぐ見てくるクロの顔と、仮面から血の涙を流して助けを請うように、こっちを穴が開くほど見つめてくるアスタロトを見比べる。

彼女の心は既に決まっていた。

「助けない。その悪魔を……みんなの仇を殺して!」

フィッツェは大粒の涙を流しながらそう叫んだ。

「俺も同じ気持ちだ」

クロは両手でヒツギを構え大上段に構える。

「ひぃ、下等なヒトが、神たる私を殺すのか! この豊穣の女神であるこの私を……」

「黙れ」

クロの一言は神であるアスタロトさえ凍りつかせる。

何も言えなくなった悪魔の頭に、クロはヒツギの無慈悲な一撃を叩き落とした。

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