第二十二話 トスオ王国に巣食う悪魔 その八
クロを殺したアスタロトが優雅な所作で階段を降りてくる。
彼女の視線は一人の女性に注がれていた。
「待たせたわねフィッツェ。さあ、二人でたっぷり朝まで楽しみましょう」
フィッツェは動けなかった。近づいてくるアスタロトの仮面は微笑んでいたが、逆にそれが彼女の全身を恐怖という鎖で拘束していた、
「怖がらないで。さっきも言ったけど痛みは一瞬……それとも一晩中、極上の快楽を味あわせてあげようかしら?」
「来るな!」
フィッツェは落ちていたメイスを拾いアスタロトを威嚇する。しかしその手は震えていた。
「そんな物、なんの意味もないわ。私は神なのよ」
「神? こんな酷い事をする神なんていない!」
「はぁー、信じられないのも無理ないわね。貴女は唯のヒトなんだから」
アスタロトは両手で自分の身体を抱き締める。
「下等なヒトは私の前に平伏すの。それが決まり。そして私を一時楽しませるオモチャ。それが例えエルフでもね」
アスタロトが両手を広げて階段を降りる。
「フィッツェ、さあ拒まないでこっちにいらっしゃい。貴女に拒否する選択肢があるのかしら?」
「私はお前のような悪魔に屈しない。身体を奪われてもお前に抗い続ける!」
「神を殺せると思って」
「やってみなけりゃ分からないじゃない!」
恐怖で震えるフィッツェの前にヒメが進みでる。
「ヒメ、退がってて」
「……大丈夫」
「小さいお嬢さん。貴女の相手は後よ。それとも三人で楽しむ?」
「相変わらず色欲まみれですね。昔は豊穣の女神とまで云われていた貴女が」
「何?」
アスタロトは驚いた。目の前の少女が自分を知っているような口調で話しかけてきたからだ。
「お嬢さん。私は貴女のこと知らないのだけれど、私の事知っているのかしら?」
「ええ、ヒトの時間でいえば遥か昔、貴女と戦い、この手で貴女を封印したのですから」
「ヒメ?」
「ふ、ふざけるな! 」
フィッツェはヒメが何を言っているのか分からなかったが、それ以上に反応したのはアスタロトだった。
「お前は力を失い天界で眠りについているはずだ! なのになぜ私の目の前にいる!」
「貴女たちを再び地下深くに封印する為です。その為に彼女の身体を借りてここにいるのです」
「ふ〜んそれってつまり……」
ヒメの言葉を聞いてアスタロトは何かに気づいた。
「つまり今のあんたは力をほとんど失っている。だからそんなヒトの身体を借りているのね! アハハハ。これは滑稽ね。私達を地下深くに追いやったお前がそんな非力とはね!」
「でも私達三人には貴女を倒す力がありますよ」
「ふざけるな! そんなものどこに……まさかこ、これは!」
ヒメに近づこうと歩を進めたアスタロトはある物の側を通って気がつく。
「この棺が、ま、真逆……」
「そう、その真逆です。アスタロト」
「嘘よ。この金属はもうこの世界には殆ど無いはず。新しい武器を作らせないためにエルフとドワーフをヒューマンから遠ざけているのに。何故! 何故これがある?」
「貴女達、悪魔をもう一度封印するため密かに集め鍛えたのです」
「……これが本物ならば、使い手はお前のはず。ならばまず貴様から殺してやる!」
アスタロトがプラーミェを持ってヒメを切り裂こうと走り出そうとしたが、後ろから燃える右手に肩を掴まれる
「私ではありません。彼が使い手です」
ヒメはアスタロトの背後を指差す。フィッツェもそちらに目を奪われていた。
釣られてアスタロトも後ろを振り向く。
「き、貴様……」
「まだ終わっていないぞ。悪魔」
アスタロトは吹っ飛び壁にぶつかる。クロが炎に包まれた左手に持った鍔で顔を思い切り殴ったからだ。
「ク、クロ、貴方大丈夫なの?」
フィッツェが驚くのも無理はない。クロが傷を再生する所を直に見たことがあるとはいえ、彼は炎で焼かれ鎧が溶け落ちたところを見ていたからだ。
クロは今も全身が燃えていたが、彼は全く気にしていないようだった。
「あ、悪魔……」
フィッツェが呟いたように、その姿は業火をその身に纏う悪魔のようだった。
「何故死なない。プラーミェの炎は魔法の炎。相手を死ぬまで焼き尽くす筈……」
「確かにこの炎は俺を一度焼き尽くした」
クロは燃える自分の身体に目を通す。
「だが、俺を地獄に送りたいならこんな火じゃ足りない」
その言葉の直後。全身を舐めていた炎が消えクロの鎧は再生する。
「ならば死ぬまで何度でも燃やして燃やし尽くして……ひぃ!」
アスタロトは突然言葉の途中で悲鳴をあげ、顔を右手で抑える。
よく見ると仮面にヒビが入り煙を上げていた。
「何故なの? 私が作り出したこの鎧に傷がつくはずないのに……」
クロの左手を焼く柄を見て、アスタロトは何かに気づく。
「真逆それも、ミスリル……」
「そうだ。これで貴様を殺す」
クロは後ろに振り向いて歩き、無造作にヒツギに近づくと、左手に持っていた柄をヒツギに差し込みねじる。
カチッと音がして固定され、柄と一体化したヒツギを左手一本で持ち上げ 肩に担ぐ。
「ミスリルで鍛えた神殺しの武器……」
「少し違う。これは貴様らを地獄に叩き落とす悪魔殺しの武器だ」




