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黒鎧と棺背負い姫   作者: 竜馬 光司
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第二十一話 トスオ王国に巣食う悪魔その7

倒れたベギーアから一刻も早く離れたくて、フィッツェは階段を全速力で降りる。

クロの前で止まると何かを言おうとしたのか口を開閉させていたがうまく言葉が出てこない。

「動くな。今縄を切る」

クロは両手で縄を千切ってフィッツェの両手の拘束を解いた。

返ってきたのは、感謝ではなく右拳だった。

「すま……」

「謝らないでください!」

謝罪しようとしたクロに再び右の拳で殴る。

「貴方には感謝しています。彼等を自由にしてもらいましたから……」

フィッツェは大粒の涙をポロポロと零す。

「でも、でもこれは私がやるべき事だったんです。なのに私ではみんなを解放する事が出来なかった!結局私は何もできない足手まといなんです! そんな自分に一番腹が立つんです! 」

自分の感情を吐露したフィッツェの右手をヒメが両手で優しく包み込む。

「……大丈夫」

「ヒメ……」

「戦士達の魂は貴女を恨んでなど、増して役立たずなどと思っていません。寧ろずっと貴女の身を案じていますよ。もう貴女を守る事が出来ないと悲しんでいます」

「ううっ……うわぁああぁあん」

フィッツェはヒメに抱きついてまるで子供の様に泣く。自分が無力な事に対する悔しさと女神の元に旅立った仲間達を悼んで泣き続けた。

「よしよし。いい子いい子」

ヒメはフィッツェが落ち着くまで彼女の頭を胸に(いだ)いて優しく撫でていた。

クロはその間何かを警戒するかのようにジッとベギーアの死体の方を見ていた。


「ぐすっ……ありがとうヒメ。もう大丈夫」

少し落ち着いたフィッツェが頭を上げる。

「……大丈夫?」

「うん。今は泣いてるだけじゃ駄目。まだやる事があるから。クロ一つ聞いてもいい?」

「何だ?」

「隊長……彼等はなぜ死んだはずなのに動いていたの?」

相変わらずベギーアの方を見たままクロは答える。

「それは身体の中に、あるモノを入れられ操られていたからだ」

「あるモノ?」

そう言ってクロは手近にあった、胴から切り離された首を右手で持ち上げる。

「よく見ていろ」

クロはいきなり左手を生首の口の中に突っ込み、何かを取り出す。

「そ、それは……」

その掌には黒い芋虫のようなモノがウネウネと蠢いていた。

フィッツェはこれに似たようなモノをどこかで見た事があるような気がしたが、ここ数日の衝撃的な出来事が重なって思い出せない。

「これを死体に埋め込み操る。これを殺さない限り死体は何度でも蘇る」

クロは黒い芋虫を床に叩きつけ、左足で踏み潰した。

フィッツェは双子達が頭を潰されても動いていた事を思い出す。しかし新たな疑問が浮上する。

「何でコレの場所が分かるの? 私達には身体の何処にいるか全く分からなかったのに」

「簡単な事だ。俺には見える」

「見える? 何故?」

「俺達は……どちらかというと奴らの方に近い存在だからだ」

フィッツェにはクロの言っている意味がよく分からなかった。

「俺達? 俺達ってつまり貴方と……」

「……お喋りはここまでだ。下がっていろ」

唐突にクロが会話を切り上げる。フィッツェは反論しなかった。

何故なら階段の上からとてつもない異質な気配が漂ってきたからだ。

ヒューマンであるフィッツェにも分かる程のとてつもない力が彼女の肌を嬲る。

フィッツェの頭はそちらを見るなといっていたが、つい身体は動いてしまう。

その視界に映るのは手を使わず、浮き上がるように起きる。ベギーア女王だった。

「全く私の顔に傷つけるなんて、でも残念。こんなんじゃ死ねないわ」

「嘘。あれで生きているの?」

ベギーアはズルズルと顔に深く刺さった剣を引き抜き床に落とす。

「さてと、そこの黒い騎士さん。貴方は私のモノにはしない。その魂……永遠の地獄に落としてあげるわ!」

「やってみろ。 ヒメ、ヒツギを置いて彼女と離れていろ」

「……うん。行こフィッツェ」

「待って、勝てるのあの化け物に?」

「……大丈夫。クロに任せて」

フィッツェの質問に自信たっぷりに答えるヒメを見て、フィッツェは彼女の言葉を信じる事にした。

「早く行け。邪魔だ」

「分かりました。あの化け物を倒して下さい。お願いします」

フィッツェはヒメに手を引かれて、玄関のあたりまで避難する。

そこも決して安全とは言えないが二人とも其々の理由があった。

フィッツェはこの戦いの結末を見届けたかった。

ヒメはクロが勝利した後、彼女にしか出来ないある役目があった。


「あらフィッツェ行ってしまうの。まだ遊んでないのに……」

ベギーアは飛んできたジャベリンを剣で切り落とす。

「ハァ、邪魔しないでくれるかしら」

「これも駄目か?」

クロはヒツギに触れないように注意しながら、右手に斧を、左手にロングソードを持つ。

「私をそんな物で殺せると思っているの?」

「分からん。たが殺せたら有難い」

「私も舐められたものね。だから嫌いなのよ、この地上の生物は!」

彼女の怒りを表すかの様に一瞬両手の剣の刃から炎が噴き上がる。

「喋ってないでさっさと来い。それとも地獄に落ちるのが怖いのか?」

「はっ、ヒューマン如きが舐めた口を! いいでしょう私の真の姿を見せてあげる。歓喜の涙を流しながら地獄に落ちなさい」

ベギーアの纏っていた服が燃え美しい裸体が露わになる。

その美しい肢体を鎧が包み込む。

頭を守る兜は美しい女性の顔が象られ、蒼色の髪だけが露出した姿になった。

全身を密着する様に纏うその金属の鎧は、彼女のスタイルを強調し、地肌が見えないのに何処か不気味な色気があるのだった。

「我が名はアスタロト。五柱の神のうちの一柱。下等な生物よひれ伏しなさい」

「悪趣味だな」

クロはその姿を見て一言そう言い捨てた。

「貴様らが神を名乗るな。お前は唯の悪魔だ。アスタロト」

クロはアスタロトに向かって駈け出し、斧を振り上げる。

「悪魔? 違う私は神よ!」

右手の斧の一撃をアスタロトは左手の剣で受け止める。

直後刃が炎を纏い、斧に絡みついた。

クロは直ぐさま離す。床に落ちた斧は一瞬にして溶けてしまう。

「その剣……」

「この剣はプラーミェ。遥か昔ドワーフがカーミニで鍛え上げ、鍔の宝玉に炎の魔力を閉じ込めた魔剣よ」

両手のプラーミェの刃に炎が纏わりつく。

「貴方にこの炎が防げるかしら?」

アスタロトが左手のプラーミェを横に振るう。

クロは咄嗟に後退してかわすが、胸部のあたりに軽く当たる。

その傷口を激しい炎が焼いていく。

防御一辺倒では勝てないと悟ったクロは両手にロングソードを持って突撃する。

振り下ろした刃は身体を右にふってかわされる。

そのまま切り上げるがそれも避けられる。

「無理よ。そんなんじゃ私を傷つけられないわ」

「そこだ」

避けられるのは予測の内だった。本命である顔を狙った渾身の突きを繰り出す。

ギンと金属音がしてアスタロトの仮面に切っ先が突き刺さる。

「残念」

切っ先は仮面を貫通せず逆に欠けていた。

「言ったでしょう? それじゃあ私を傷つけるどころか、鎧も貫けないわ」

アスタロトが言った通り、仮面には傷一つなかった。

「ならば、これでどうだ」

クロは両手で刃を握り柄と鍔を相手に向ける殺撃の構えをとった。

大上段に振り上げ柄をアスタロトの頭めがけて振り下ろす。

「無駄よ」

アスタロトは避けようともせず振り下ろされた柄は頭に直撃する。

バギッと音がして柄と鍔が宙を舞う。

「諦めなさい。ヒューマン如きが神には勝てないの」

アスタロトはそう言って、クロの腹部に左手の剣を突き刺す。

二人は向かい合う。クロは何かを言おうとしたが、もう一本の剣が腹部を貫き遮られる。

「何か言い残すことがあるの? 聞いてあげるわ」

「……お前は神じゃない悪魔だ」

クロを貫く二本のプラーミェの刃が炎を吹き上げ全身に絡みつく。

全身を火達磨にされたクロはその場で崩れ落ち動かなくなる。

「さようなら愚かな騎士さん」

魔剣の炎はクロを焼き尽くしその鎧さえも溶かすのだった。

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