第十八話 トスオ王国に巣食う悪魔 その4
フィッツェ達が館で襲われていた頃、クロ達はまだ森の中をさまよっていた。
「おかしいな。地図の通りに進めばもう通り過ぎていてもおかしくない……」
クロは地図を広げながら、老婆がつけた印を頼りに森の中を歩き続ける。
空が明るい頃に出てきたのに、既に太陽は沈み不気味なほど綺麗な満月がクロとヒメを見下ろしていた。
「ヒメ、彼女は何か見つけたか?」
「……ううん。まだみたい」
「早く何か見つけるように言っておいてくれ……それとヒメ」
クロはヒメの中にいるもう一人の人物に対してつい硬い口調になっていた。
「……何、クロ?」
「指輪は持っているか?」
「……もちろん。これだよね」
ヒメがローブかは取り出したのは、四つの指輪だった。
指輪は全て同じデザインで全体は金色で透明な宝玉が上に付いていた。
「今回一つは使うから、指にはめといてくれ」
さっきとは一転して優しい口調でヒメに話しかける。
「……うん」
ヒメは右手の人差し指に指輪をはめた。
クロもまた自分の左腰にいつもぶら下げている剣身の無い柄に触れていた。
二人は森の中を歩くが館は影も形も見えない。
そんな時、ヒメがおずおずと話しかけてきた。
「……クロ」
「どうした?」
「……二人は仲良くできない?」
「ヒメ。悪いがその話はしないでくれ」
「……ごめんなさい」
「いいんだよ。でもこの話はおしまい。分かったな?」
「……うん」
ヒメはまだ何か言いたそうだったが、それ以上は何も言わなかった。
「……クロ!」
「何か見つけたか?」
ヒメの強い口調で、クロはもう一人の彼女が何かを見つけたことを悟った。
「……今変わる……あの、あそこに微かですが魔力を感じます」
ヒメが指差した所にクロが近づく。
「なるほど。これのせいか」
ヒメが指定した場所に近づいたクロは、何もない場所に右手を伸ばす。
すると何も無い空間に手が吸い込まれていく。
「空間が歪められているのか、このまま入っても大丈夫か?」
「待ってください。今、解除します」
ヒメは空間が歪められている所に両手を伸ばしその掌から光が溢れる。
すると目の前に突如ヒビが入り、二人を惑わしていた幻惑の壁が破壊された。
「行くぞ。ヒメ」
「……うん」
隠されていた道を見つけそこに足を踏み入れる。
そこは今まで歩いていた森とは雰囲気が違った。
全体的に暗いのだ。満月の光も先ほどより弱々しく感じるほどの薄暗さだった。
「ヒツギを開けてくれ」
「……うん」
悪意ある気配を感じてクロは素早く、ヒメの後ろに回り蓋の空いたヒツギから武器を取り出した。
まずはスリングを取り出し左手に持つ。
あまり嵩張らず片手で使えて、威力も矢と同じくらいあり鏃と違ってそこら辺の石ころでも充分使える便利な武器だ。
クロは皮の袋も取り出して腰のベルトに吊るしておく。
中には予め拾っておいた大小様々な石が入っていた。
右手にはドワーフが鍛えた石のような外見のブロードソードを持つ。
先端が菱形になっているそれは、ロングソードより短く厚い。
その為鬱蒼な森の中でも、比較的邪魔にならず、振りまわせることからこれを選んだ。
武器を選び終わったその時、周辺の草を掻き分けながら何かが近づいてくる。しかも複数だ。
しかしクロが音のする方を見回しても 姿は見えない。
「走るぞ。離れるな」
ヒメはしっかりと頷く。それを見たクロは全速力で駈け出す。
その速度は少女のヒメでは到底追いつけない速さだったが、彼女はヒツギを背負いながらついてくる。
クロも分かっているので、後ろを振り返らず走り続けた。
二人を取り囲みながら迫る輪から、何かがいきなり飛び上がり先頭にいたクロに襲いかかる。
それは全長百センチもある蜘蛛だった。
飛びかかってきたそれを、クロはブロードソードで貫く。
胸部を貫かれても、上顎をガチガチと鳴らしながら、毒牙を突きたてようとしてくる。
その間に周りから何匹もの蜘蛛が近づいてくる。
クロは串刺しになっている蜘蛛を近付いてこようとする他の蜘蛛めがけて投げつけて纏めて二匹を潰し、三匹目の顔を横薙ぎに切り捨てる。
更に四匹目を縦に真っ二つにして、最後の一匹の片足を切ってひっくり返った所に切っ先を突き立てた。
五匹殺したが、まだまだ草を掻き分ける音は止まない。
クロは走りながら、スリングに石をセットして身体側面で振り回す。
そして音のした方に向けてアンダースローで石を放つ。
放たれた石は蜘蛛の顔面に直撃し即死させる。
クロは器用に左指で袋から石を取り出して左手のスリングに石を再びセット。
そして振り回しながら、音のする方へ次々と放つ。
近づいてこようとする蜘蛛共は、放たれた石を次々と食らっていく。
ある一匹は足を吹き飛ばされ、またある一匹は頭に直撃した石が砕けて脳みそをグチャグチャに破壊された。
遠距離ではスリングで、近づかれたらブロードソードで対処し蜘蛛共を次々と殺していく。
数十匹目の蜘蛛を切り殺した時、近づいてくる気配が消えた。
辺りを見回すが、蜘蛛の姿はおろか草を掻き分ける音も無くなる。
「どうやら切り抜けたようだな。ヒメ無事か?」
「……うん。大丈夫」
自分の後ろにいるヒメの姿を見てクロは安堵する。
周りに敵はいない事を確認してクロは刃についた紫の体液を振り落とし、石を使い果たしたスリングをその袋の中にしまい歩き出す。
「あれか……」
再びの襲撃を警戒しながら歩いていると急に森が開け視界が開ける。
そこにあったのは館だった。
「ここにいるんだな」
クロはヒメの方を振り向いて、彼女の中にいるもう一人に尋ねる。
「はい。います。強い力を持つ存在が……」
「あいつらがいるんだな」
「はい。この強い力を持つのは彼らしかいません」
「分かった。行くぞ」
二人は真っ直ぐ館へと進む。そこにフィッツェがいるとは知らずに。




