第十七話 トスオ王国に巣食う悪魔 その3
早朝から王国を出たフィッツェ達は神官戦士が館に到着したのは深夜に差し掛かろうとしていた。
少し休憩を挟んだとはいえ、朝から歩き詰めの彼等は一度引き返そうかと諦めそうになった。その時、突如森が開け目的の館が表れる。
館に向かう途中クロ達の姿は見えず、フィッツェはホッとしたようなガッカリしたようなよくわからない気持ちを味わっていた。
(二人はここの場所が分からなかったのかしら?)
そう思いつつも、すぐにそんな事はないと否定する。
(情報屋は沢山いるんだから。あの二人がここにたどり着けないなんて事はないはず)
きっと迷ってるんだろう。と、そんな結論を出したフィッツェだが、クロ達も同じ老婆から情報を手に入れたとは知る由もなかった。
「フィッツェ! 気を抜くな!」
ガルネールの叱責が飛んでくる。小声とはいえフィッツェの気を引き締めるのには十分な効果だった。
「す、すいません」
小声なのは勿論、館の中にいるであろう上級魔族に気付かれないためだが、それが意味の無い事だと思い知らされる。
森の中にある館は手入れも行き届き、周辺の木々は伐採され何処から近付いても、侵入者の姿はすぐに見つけられるだろう。
「姿を透明にできたらいいんだが……」
神官戦士の一人がそう呟く。確かに魔法なら姿を消せるものがあるが、あいにく女神の授けてくれる奇跡は無かった。
「無いものをねだってもしょうがない。このまま玄関まで近づくぞ」
時刻は深夜。満月が煌々と辺りを照らしているとはいえ、幸い夜の闇に紛れてフィッツェ達は誰にも見つからずに館の玄関まで到着する。
二つの大理石の柱に挟まれた扉が彼等の目の前にあり、そこで一度立ち止まる。
「さてどうします?」
「何がだ?」
クヴァイがガルネールに尋ねる。
「強行突入ですか? それともノックでもしてみましょうか?」
「ふざけてる場合か。突入するぞ!」
「了解」
ガルネールと場所を入れ替わってクヴァイが先頭に立ち扉に近づく。
「おやっ?」
最初に異変に気付いたのは先頭にいたクヴァイだった。
「どうした?」
「いえ、隊長。これ見てください」
全員がクヴァイが指差した所に注目する。ドアノブがひとりでに動き、まるで歓迎するかのようにドアが開いた。
「ふざけているのはお前だけじゃ無いようだな」
「……そうですね。突入します」
ガルネールが小さく頷いた。
クヴァイを先頭にメイスと盾を構えた神官戦士達は次々に館に突入する。
全員が入った所で、口を閉じるかのように突然扉が閉まる。
「閉じ込められました!」
最後尾の戦士がドアノブを回すが、扉はビクともしない。
「上級魔族のくせに歓迎してくれるとはな。全員気を引き締めろよ!」
部下達の了解という返事を聞きながら、ガルネールはこう思う。
(どうやら今まで遭遇してきた奴らとは違う。こりゃちょっとヤバいかもな)
そう思いながら周りの部下達を見回すと、こちらを見ていたフィッツェと目が合う。彼女の目は恐怖で濁ってはいなかった。
「よし。ここにいてもしょうがない。館の中を探索するぞ」
(俺は何を怖気付いているんだ。彼女の方がよっぽど度胸が据わってるじゃないか)
一階の玄関ホールは吹き抜けになっていて、正面には二階に上がる階段が一つ。
その左脇には頑丈そうな鉄の扉が、一階左右の壁にも扉が一つずつ配置されていた。
何処から進もうか考えているところに不意に階段脇の扉が開かれる。
現れたのは美しい顔立ちをした双子の兄弟だった。
「お前達は何者だ?」
ガルネールがメイスを油断なく構えて言葉鋭く尋ねる。
「「ようこそおいでくださいました。私達はここの執事を務めているものです」」
双子は口を揃えてガルネール達に話しかけてくる。
「お前達の主人はどこにいる?」
「「あなた達はまだ、あのお方に会う資格はありません」」
「まだ? どういう意味だ?」
「「私達にはこれ以上話す事はございません」」
双子の手にはいつの間にかレイピアが握られていた。
向かって左の双子は右手に、右の双子は左手に持ったレイピアの切っ先を神官戦士達にまっすぐ向ける。
「あなた達はあのお方の姿を見る事なくここで死ぬのですから」」
双子が嬉しそうに笑う。
「殺る気か、ならば我々も容赦はしない。行くぞクヴァイ」
「了解」
勝敗はすぐついた。レイピアで突いてきた二人の攻撃を避けたガルネールとクヴァイが、メイスで双子の顔面を容赦無く潰しだからだ。
「案外あっけなかったですね。隊長」
クヴァイが持っているメイスを振って血を落としながらそう感想を述べる。
「こいつらは雑魚だ。本命はまだこの館の何処かにいるぞ」
「何処から探します?」
「……あそこだ」
ガルネールが指を差したのは、双子が出てきた階段脇の扉だ。
「双子が出てきたという事は何かあるかもしれん。何もなければ他の場所を探すぞ」
ガルネールは二人を退路確保のために玄関ホールに残すと扉を開ける。
開けるとすぐ下り階段になっており、地下に続いているようだった。
「行くぞ」
ガルネールを先頭にクヴァイは殿を務め、フィッツェは列の真ん中で一列になって階段を降りていった。
「こ、これは……」
館の地下にあったのは異様な光景だった。
階段を降りると、地下の部屋の中央に出る。
その左右には片方十基ずつ、合計二十基の檻が並んでいる。
鉄格子に仕切られた部屋の中には蹲る人影が見える。
一つの檻には最大五人ほどのヒューマンが入っている。
「おい、聞こえるか?」
ガルネールは一番近い東側の檻に近づき、鉄格子を叩きながら声をかける。
中の一人が顔を上げる。服はかなり汚れていたがかなりの美少年だった。
「貴方達は一体……?」
「我々は、女神エレニスに仕える神官戦士の者だ。君たちを助けに来たんだ」
「ほ、本当ですか? 僕たち助かるんですか?」「ああ、みんな助かるぞ……そっちはどうだ?」
「こちら側の檻にいるのはみんな女の子のようです」
西側の檻を見ていたフィッツェが報告する。
「分かった。何処かに鍵はないか?」
部屋中を探すと南側の壁に鍵がかけられていた。それを使って檻を開け中の人々を救出する。
男女共に攫われた時の格好をしていて薄汚れていたが、全員十代の美男美女が総勢百人も閉じ込められていた。
「我々だけで守りきれますかね?」
「厳しいな。上の二人と合流したら一度王国に戻り女王陛下に応援を頼んだ方がいいな」
ガルネールの提案にクヴァイは黙って頷く。
「聞いてくれ。今から君達を王国まで送る。もし攫った犯人が襲ってきても我々が君たちを護るから安心してついてきてくれ」
救出された彼等は、ガルネールの言葉に安心するが何人かの少女は不安な表情を見せていた。
「無事に逃げ出せるわけないわ……皆ここで死ぬのよ……」
「大丈夫。私が貴女達を護ります。安心して付いてきて、ね?」
フィッツェが不安がる少女の両手を握る。それで少し落ち着いたのか彼女はゆっくりと頷いた。
「じゃあ行きましょう。隊長」
「ああ、皆ついてこい」
降りてきた時と同じく、ガルネールが先頭に登っていく。
「待て! 二人残って後は皆ついてきてくれ」
神官戦士二人が地下に残り、何が起きたか問い詰める少年少女達を宥めている間、フィッツェ、クヴァイを含む六人が一階に登ると、そこは血の海になっていた。
退路確保のために残していた二人が頭から血を流しながらうつ伏せに倒れていたからだ。
「な、誰が二人を……見てください双子の死体がありません」
「落ち着けフィッツェ!」
部下に周りを警戒させて、ガルネールは死体を検死する。
「二人とも後頭部から鋭利な刃物で貫かれたようだ。やはりさっきの双子が?」
「しかしさっきの二人は僕と隊長で殺したはずですけどね」
「ああ、確かに頭を潰したはず……とにかくここを出るぞ! 早く攫われた彼等を……」
その時、地下室から断末魔の悲鳴が上がる。
「何だ? おい様子を見てこい」
ガルネールの指示を受けた部下の一人が、地下室の扉を開ける。
すると目の前に血塗れの少女が立っていた。
「おいどうした? 何があったんだ?」
「助けて、助けて下さい!」
そう言いながら少女が体当たりをするような勢いで、ぶつかってくる。
「大丈夫か? 地下で何が……ぐごっ」
奇妙な悲鳴を上げて言葉が途切れる。何故なら少女がいつの間にか持っていた短剣で部下の顎を下から刺し貫いていたからだ。
「あのお方の敵は死ね!」
少女はそう言ってさらに深く突き刺す。その先細りで鋭い刃先は脳まで達していった。
「ぐぁあああっ!」
部下は最後の力を振り絞って、少女ともつれ合うように階段を転がり落ちる。
「くそ! 何だこれは……」
転げ落ちた階段を覗くと、地下にいた二人は全身を穴だらけにして倒れ、その周りを攫われた彼等が囲んでいた。
全員手に手に短剣を持ち、その刃は赤く濡れていた。
ガルネールの言葉に反応して、百八つの眼が彼を射抜く。
「くそ!」
ガルネールがメイスを構えた直後、少年少女達が殺到する。
メイスで一番近い少年の持っていた短剣を弾き飛ばす。
それでも少年は笑いながら突っ込んでくる。ガルネールは慌てるように続けて腹を蹴った。
階段をころがり落ち何人かを巻き込んで、少年は動かなくなる。
(手の骨を折ったはずなのに、痛みを感じていないのか?)
「隊長!」
フィッツェの何処か非難を込めた呼びかけにガルネールは反論する。
「こいつらに手加減できん! こっちが死ぬぞ!」
さらに迫る彼等をメイスと円盾で捌く。
椎で頭を潰し、鋭い短剣の刃を盾で防いで、カウンターの一撃を叩き込む。
階段の幅は狭く一人しか通れないので、ガルネール一人でも何とかなっていたが問題が一つあった。
倒しても倒しても迫る彼等を相手にしている内に、ガルネールに疲労が溜まり次第に押されていく。
「女神よ我等に疲れを知らぬ活力を与えたまえ」
フィッツェが祈る奇跡によって、ガルネールの疲労が消え力が溢れてくる。
「すまん。フィッツェ」
ガルネールは力を取り戻し、再び押し返す。
しかし相手は百人。いくらガルネール一人でも不利な状況には変わらなかった。
盾で一人の顔面を殴って吹き飛ばし、相手の勢いが落ちた時に部下の一人が声をかける。
「隊長。俺が変わりますので指示を!」
「すまん」
ガルネールと部下が場所を変わった直後。再び少年少女達が攻め込んできた。
神官戦士は善戦するが、すぐに押され始める。
短剣を腹に狙って突いてきた少女の腹部をメイスで打つ。
しかし少女は口から大量の血を吐きながらも、部下の腹に短剣を突き刺し抉る。
「ぐっ」
「アハハッ! 死ね」
「隊長! 扉を閉めてください。俺が食い止めます!」
それを聞いたガルネールの決断は早かった。
「扉を閉めろ……ここは任せた」
その指示に誰も反論せず、扉を閉めて鍵をかける。
扉の鍵は外側から閉めれるようになっていて内側からは開けられないように出来ていた。
「ぎゃあぁああああっ!」
扉の向こうから悲鳴が聞こえた直後、静寂に支配される。
暫くするとドアの向こうから微かに音が聞こえてくる。
聞き耳を立てると、何か鋭い物が肉に突き刺さる音と笑い声が聞こえてくる。
それすらも止むと、突如扉が中から何度何度も叩かれる。
「扉を抑えろ! 絶対に開けるな!」
男性三人で扉を抑えその後ろにクヴァイとフィッツェが何があってもいいように立つ。
何度も扉は叩かれていたが、不意にピタリと止み完全な沈黙が訪れた。
暫く抑えていたが、中から何の反応もないので扉から身体を離す。
「これからどうします? もう半分が殺されてしまいました。 退却したほうが…」
「ああ……待て。ここで殺された二人の遺体が無くなってるぞ」
ガルネールの一言で皆そちらを見ると、確かに死体が跡形もなくなっていた。
「……遺体を探しますか?」
「いや、彼らには悪いが、ここから脱出を優先する。行くぞ!」
館から出ようとしたが、押しても引いても扉はビクともしない。
「やはり駄目か。窓なら破れるかもしれない」
その時、階段の上に複数の気配を感じて振り返る。
そこにいたのは、顔が潰れた双子の執事が奥にいる女性を守るように立っていた。
顔は見えないがチラリと見える蒼色の髪はどこかで見たことがあった。
「私の歓迎の宴は楽しんでもらえたかしら?」
「お前がここに巣食う悪魔だな」
「ふふ、そうよ。楽しんでいただけて何よりだわ」
「正体を見せろ!」
「そうね。今日貴方達を招いたのは私なんだから、姿を見せないと失礼よね」
そう言うと、双子の執事達が脇にどき潰れた頭を下げる。
そして現れたのは王国に住むものなら誰もが知るのはもちろん、フィッツェ達も会い話をしたこともある人物だった。
「じょ、女王陛下? なぜ陛下が……きっと悪魔が化けているんですよ。私達を騙すために……」
「いいえ。私は本物の女王よ。フィッツェ」
ベギーアは、その見る人全てを癒す笑顔を彼らに向ける。
「私は気に入ったヒューマンは手元に置いておきたいの。そして貴方達は私のモノになる為にここに送られたの」
「どういう……」
「フィッツェ、クヴァイ。お前達は脱出路を探して応援を呼べ!」
動揺するフィッツェをガルネールが叱咤激励して正気に戻す。
「行くよ。フィッツェ」
「あっ、待って、隊長達が……」
クヴァイはフィッツェの右手を引っ張って、一階西側の扉を体当たりするかのように押し開け全速力で走る。
「二人とも生きろよ」
ガルネールの小さな呟きは結局二人に聞こえる事はなかった。
「一気に突っ込む。お前達は双子を止めろ。俺はあの魔族を殺る」
ガルネールと部下の二人は一斉に階段を登る。
「貴方がどんなに優秀なヒューマンでも、私には勝てないわ」
「やってみなければ分からん!」
部下の二人は執事と対峙し、ガルネールはベギーアに肉薄する。
「いらっしゃい」
ベギーアの右手にいつの間にか、石で出来た曲剣が握られていた。
それを振り上げると無造作に振り下ろす。
ガルネールは盾を構えて防ごうとする。
「何?」
防いだと思った刃が円盾に吸い込まれるように縦一直線に振り下ろされた。
直後。円盾と共に左腕が真っ二つに切断される。
「うぉおおっ!」
ガルネールは左腕の激痛を無視してメイスを振るうが、何か硬いものに阻まれる。
それは右手に持ったものと同じ石の曲剣を左手に持ちそれで防いでいた。
そしてメイスも盾と同じように切断され、そのまま右手の剣がガルネールの心臓を貫いた。
「ぐはっ」
「さようなら。次目覚める時は私の元で永遠に幸福よ」
ベギーアはそう言って、彼に口づけをして剣を引き抜いた。
ガルネールはそのまま崩れ落ちる。
既に部下の二人も双子の執事に殺されていた。
「さて、逃げた二人を追うわよ」
ベギーアが歩き出し双子が後ろからついてくる。
「あっ、そうだ」
彼女は振り向き指示を出す。
「あの娘の相手は私がするから手を出さないで。男の方をお願いね」
頭が潰れた二人は頷く。
「さあ、行きましょう」
ベギーアは今まで殺しあったとは思えないほどゆったりとした口調で先導するのだった。
クヴァイとフィッツェの二人は外に出る出口を探していたが全く見つからなかった。
「マズイな……」
「せ、先導。隊長達大丈夫でしょうか?」
「大丈夫。みんな強いからね。僕達は早く出口を探そう」
「はい!」
けど外に出れる場所は一つも見つからず、窓さえ開かない。
次の場所を探そうとした時、複数の足音が近づいてきた。
クヴァイは素早く身構え、フィッツェは対応が遅れる。
現れたのは双子の執事とベギーアだった。
「あらあら、そんなに硬くならないで坊や。直ぐに終わるわ」
「少し黙ってもらえますか? 魔族の言葉は耳が腐りますからね」
「あらあら勇ましい。まぁ貴方の相手はこの二人。私の相手は……」
ベギーアは笑顔でフィッツェをじっと見つめる。
「貴女よ」
「ひっ」
いつもなら聞くだけで癒されるその声は、今や悪魔の囁きだった。
彼女はその一言で動けなくなってしまう。
「フィッツェ逃げろ!」
双子と剣を交えながら、クヴァイが叫ぶ。
「うるさい」
ベギーアはすれ違いざまに音も無く、クヴァイの右足を斬りとばす。
「いやぁああっ! 先輩!」
「逃げろ……早く!」
クヴァイは足から血を流しながらもフィッツェの壁となる。
「行け!」
「うっ、うぁああぁあああっ!」
フィッツェは涙を流して声を限りに叫びながら死に物狂いで走った。
背後からは誰かの悲鳴が上がっていたが、それを確認しようとは思わなかった。
「全く、ヒューマンは脆いくせにしつこいんだから。まぁ、私のモノになったらとても優秀ね」
ベギーアは倒れているクヴァイに近づくと口付けをする。
「私は彼女を追うから後始末よろしくね」
そう双子に指示を出すと、ベギーアは逃げるフィッツェを追いかけるのだった。




