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黒鎧と棺背負い姫   作者: 竜馬 光司
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第十六話 トスオ王国に巣食う悪魔 その2

フィッツェ達が、街で南の森の館の情報を集めているその頃、クロ達は宿の自分達の部屋に戻ることはなかった。

人混みに紛れてフィンディルから離れたクロとヒメは人目のつかない場所に潜んでいた。

それは町の下水道だった。

めったに人も来ず、いるのは家のない貧しい者達が雨露をしのいでいた。

二人の唯一の荷物はヒメの背負うヒツギだけだった。

宿に荷物は無く、すでに前金も払ってあるので何も問題はなかった。

むしろ払ってある宿代を考えれば向こうにとっては儲けもの。それぐらいの額は払っていた。

「さて南の森のどこに館があるのか」

クロ達の目的地もフィッツェ達と同じ南の森にあるという館だった。

しかしクロにはその館が何処にあるのかさっぱり見当つかない。

闇雲に歩き回ることもできたが、それでは時間がかかり過ぎる。

フィッツェ達に邪魔されないためにもできる限り早く正確な情報が欲しかった。

そのために情報屋を訪ねようとしたのだが問題がひとつあった。

二人で行くかそれとも一人で行くか、それを悩んでいた。

ヒメと二人で行くとどうしても目立ってしまう。ならば一人で行こうとしたのだが。

「ヒメ、離してくれないか?」

「……嫌」

ヒメはクロの右手をしっかりと握って離そうとしてくれない。

もちろん簡単に振り払うことはできるのだがクロにとってそんな考えは頭になかった。

「一緒に行きたいのか?」

「……うん」

「ここで待っててくれないかな?」

「……嫌。一緒に行く」

フィッツェに避けられてから、ヒメはクロの側を中々離れようとしない。よっぽどショックが大きく傷ついてしまったようだ。

「……しょうがない一緒に行くか?」

「……うん!」

二人はボロのマントを纏い、情報屋に会いに行く。ヒツギは目立つので下水道の底に沈めておいた。

臭いもきつい下水の中にあるのを盗ろうと思う者はいないだろうし、いたとしてもヒツギはかなりの重さなので簡単には持ち上げることもできない。

なので置いていっても問題ないと判断したのである。

情報屋はすぐに見つかったが、肝心の南の館の情報は中々得られない。

「すまんな。そんな館の情報は無いな」

「そうか。分かった」

これで十人目。このままでは危険を冒して来たのにただの無駄足で終わってしまう。

「誰も知らないのか……次は誰に聞くべきか」

「……クロ……」

疲れることがないヒメの顔にも疲れたような表情が見えていた。

「一回戻るか?」

「…………」

ヒメが黙って首を左右に振る。彼女も知りたいのだ。憎き悪魔の居所を。

「じゃあ知ってる者がいないかもう少し探してみるか?」

「……うん」

クロとヒメが次の情報屋を探そうとしたその時、しわがれた声をかけてくる女性がいた。

「お二人さん。何かお探しかい?」

それは着古したローブを着た見すぼらしい老婆が座っていた。丸いテーブルには水晶玉が置かれている。

「ワシはこの辺じゃ、ちょっとは名の知れた占い師なんだ。何でも探せるよ。勿論お代は頂くけどね」

そう言って老婆はヒーヒヒヒと笑う。

「なら探して欲しい場所があるんだ。ここから南の森にあるという館を探せるか?」

「南の森の館ね……よかろう探してみよう。でもその前に……」

老婆はしわくちゃの右手を出す。その手にクロは黙って金貨を置いた。

「おやまぁこんなにくれるのかい?」

「ちゃんと場所が分かったら、その倍だそう」

その一言で老婆の目が輝いた。

「そう言われちゃ張り切らないとね。ちょっと待っておくれよ」

老婆は水晶玉に両手を翳し二人には聞き取れないほどの小声で何かを呟く。

「……う〜んあんた達の探している場所はここかね?」

「何処だ?」

「王国の南門から真っ直ぐ南下すると一番大きな森があるんだ。地図はあるかい?」

ヒメが手渡した地図をクロがテーブルに広げる。

「南門から……この森だね。それでこのあたりにあんた達の目的地があるね」

パチンと老婆は今もらったばかりの金貨を地図のある一点に置いた。

「ここにあるんだな?」

「ああ、だが気をつけな。この館の事は聞いたことがあるよ。

何でも昔王家の人間が使っていたんだがそこで王子が謎の死を遂げたとかで呪われているとか言われて今は誰も使ってないはずだけどね」

「問題ない。呪いぐらい俺たちには無意味だ」

クロはそう言いながら、追加の金貨を渡す。

「ヒヒ、どうも。そうだ気前のいいあんたにひとつ情報を上げようかね」

「何だ?」

「あんた達の少し前にこの館の事を尋ねてきた若い女の神官様がいたよ。鎖帷子を着ていたから神官戦士かなんかかねぇ?」

「……フィッツェ?」

「おや、お嬢ちゃんの知り合いかい?」

「その神官の女性は、ショートの茶色い髪に茶色い瞳だったか?」

クロはある女性神官の特徴を老婆に話していく。

「そうそう、よく知ってるね。知り合いかい?」

「そんな所だ。助かった。感謝する」

クロとヒメは欲しかった情報を手に入れ足早にヒツギを隠してある場所まで戻る。

「神官や怪しい二人が同じ館を探す……何かとんでもないことが起こりそうだね。まぁワシには関係ねぇか。ヒーヒヒヒ」

老婆は彼等に関わるとろくな事はないと、さっさと忘れて次の客を探すのだった。

クロ達は館の情報を手に入れヒツギを取るために隠してあった場所に戻る。その途中下水道で生活する貧しい者達の目が彼等を追いかける。

立派な鎧を着た男と少女の組み合わせは何処でも目立つ。しかし彼等は気にすることなくヒツギの所まで戻った。

クロ達がなぜこんな所にいるのか気になるのだろう。彼等は二人の一挙手一投足も見逃すまいと、じっと影から監視していた

そんな視線を気にすることもなく、クロは水路の中に手を入れ鎖を掴んで引っ張り上げる。

水路から現れた立派な装飾がされたヒツギをヒメに手渡し彼女はそれを躊躇うことなく背負う。

「行くぞ」

「……うん」

二人は歩く。彼等を見ていた者達は慌てて退がる。いくら下水道近くで生活しているとはいえ、そこから引き上げた棺のような物を平然と背負うヒューマンなんて彼等にとっても予想外の行動だった。

なので二人が出口に向かって歩いていることに気づいた時、誰かが安堵のため息をついたのはしょうがなかった。

「邪魔したな」

クロはそう言ってヒメと二人で下水道を後にした。

目指すは南の森の館。そこにいるであろう悪魔に復讐の刃を突き立てる為に二人は王国を離れた。


クロ達が館の情報を手に入れる数時間前、フィッツェ達もまた同じ老婆から南の森にある館の場所の情報を手に入れていた。

ギルドの傭兵達に聞いてみた所、実際に南の森にはそれらしい館があるという裏付けを取り、急いで戦支度をしていた。

早朝、神官戦士達は身体を守る鎖帷子をしっかりと着込み、腰のベルトにメイスを下げ、底に鉄の鋲が付いたブーツを履いて足を護り、

背中には円盾を背負う。

そして隣同士で装備の点検をしている時、フィッツェは自分の部屋にいた。

装備を整えた彼女は部屋で両膝をつき、両手で十字架を包み込み、女神に祈りを捧げていた。

「女神エレニス様。どうか魔族を討伐する私達をお護りください……」

一心不乱に祈りを捧げる彼女は暫くの間、自室のドアをノックされている事に気付かないほどだった。

「……フィッツェ。準備は終わったかい?」

「あっ、先輩。準備終わりました」

「何をしていたんだい?」

「はい。女神様に祈りを捧げてました。私達をお護りくださいって」

「そうか、きっとエレニス様は僕達を護って下さるよ……さてそろそろ出発だけど、いいのかい?」

「? 何がですか」

フィッツェは心当たりがなくて首をかしげる。

「君は今回が初任務。しかも敵はかなり手強そうだ。死ぬ可能性はかなり高い。待っててもいいんだよ」

「嫌です!」

キッパリと言い切られて逆にクヴァイが面喰らう。

「私も神官戦士。魔族を討伐し人々を護る為にこの道を選んだんです。

だから手強いとか手強くないとか関係ありません。どんな強大な敵でも立ち向かいます」

「……分かった。じゃあ僕はもう何も言わない。けれど無茶しちゃ駄目だからね。後、隊長や僕の言うことはちゃんと聞いてね」

「分かってますって。さっ、行きましょう」

フィッツェはクヴァイの背中を押しながら勢いよく部屋を飛び出し皆と合流する。

勿論フィッツェの心は恐怖で押しつぶされそうだった。海賊のアジトで出会った首領やそれ以上の力を見せた、ヒューマンとは思えないクロとヒメ。

今から向かう館にはそれ以上の化け物がいるかもしれない。

けれど誰かが討伐しなければ犠牲者は増えていく一方。ならば自分が討伐すればいい。その為の力と仲間達がいるのだから。

二人が下に降りると、全員が揃ったことを確認してガルネールが檄を飛ばす。

「よし、全員揃ったな! 我々の目的は攫われた人々の発見と救助。そして館にいると思われる魔族の討伐。簡単な任務ではないが俺たちならやり遂げられる! 我らに女神の御加護を!」

「「「女神の御加護を!」」」

ガルネールを先頭にその後ろにクヴァイ、フィッツェも列に加わった総勢十人の神官戦士達は隊列を組んで行進する。

クロ達と同じ南の森の館を目指して。

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