第十五話 トスオ王国に巣食う悪魔 その1
フィンディルがトスオ王国の港に到着すると、そこには船の帰還を待つ人々が集まっていた。
皆予定の日を過ぎても帰ってこないフィンディルを今か今かと待っていたのだ。
一同は固唾を呑んで港に停泊する船を見守っていたが、フィンディルから降りてきた船員達を見た途端に祭りのように歓声を上げた。
特に船員達の家族達は自分の夫や息子が無事なのを見つけて、涙を流して喜んでいた。
「船長! 彼等を見ませんでしたか?」
そんな喜ぶ船員と家族を眺めていたゼーヴェルの元にフィッツェが駆け寄ってきた。
「おお、フィッツェさん。見てみろよ彼等のあの笑顔。あんた達のお陰で無事に帰ってこれたんだ。ありがとうよ」
ゼーヴェルがフィッツェの手を取ってぶんぶんと振る。
「あ、どういたしまして……じゃなくてですね。二人はどこ行ったのか知りませんか?」
「二人? ……兄ちゃん達の事かい?」
「そうです! クロとヒメはどこ行ったんですか?」
「真っ先に出て行ったぞ。何だ知らなかったのか?」
フィッツェは慌てて船の周りを見るが、鎧と棺を背負った少女の姿は見えなかった。
「フィッツェ、クヴァイ」
「あ、隊長」
代わりに見つけたのは人混みをかき分けて現れたガルネールだった。
「二人とも無事だったか。無事に海賊を討伐できて良かった……どうした? 何かあったか?」
「はい……」
「大丈夫かい? 僕が話そうか?」
言い淀むフィッツェを見てクヴァイが助け舟を出す。
「いえ、先輩大丈夫です。実は……」
フィッツェは意を決してガルネールに海賊のアジトで何が起きたのか、かいつまんで話していく。
それを聞いたガルネールの表情が途端に険しくなる。
「分かった。詳しくは宿に戻ってからだ。みんなにも聞いてもらおう。それでいいな?」
「はい!」
「後、宿に戻ったらクロ達が戻っていないか聞いてみよう」
フィッツェ達三人は海賊のアジトで起きたことを報告するために、ゼーヴェル達と別れて宿泊する宿に向かった。
宿に着いた三人は、先ずクロとヒメが先に戻っていないか確かめるために真っ先に受付に向かう。
「あら、フィッツェさんにクヴァイさん。聞きましたよ。海賊退治お疲れ様です」
受け答えをしたのはセルンだ。
「どうしたんですかそんなに慌てて?」
「あのクロとヒメ戻ってますか?」
「クロさんとヒメちゃんですか? いいえまだ戻ってないですね……何かあったんですか?」
慌てるフィッツェの様子を見てセルンが心配そうに顔を覗き込む。
「すまない。二人ともかなり疲れていてね。彼等も大丈夫かと心配になってね」
フィッツェの代わりにガルネールが答える。
「彼等が帰ってきたら、我々に教えてもらってもいいかな? 色々と話がしたいんでね」
「はい、分かりました。それと後でギルドから討伐成功の報酬が出ているので取りに来てくださいね」
フィッツェは分かりましたと、心ここにあらずといった感じで返事をし受付を離れる。
少し休憩を取ってから貸し切った会議室に向かう。そこにはガルネールの指示で神官戦士達が全員集まっていた。
部屋の奥の椅子にガルネールがどっしりと腰かけ、当事者のフィッツェとクヴァイはその反対側に、他の戦士達は空いている椅子に腰かける。
全員が集まったのを確認してからフィッツェとクヴァイは海賊のアジトで見た事を一部始終全てを話した。
歴戦の神官戦士達である彼等でさえ驚きを隠せないでいた。
「そんな話は今まで聞いた事ないぞ?」
「俺もだ。魔族は何度か討伐してきたが、ヒューマンそっくりの魔族、しかも再生能力まで……」
「静まれ」
ガルネールがざわつき興奮する戦士達を静める。
「つまりクロとヒメ、あの二人は再生能力を持ち、そればかりか首の骨を折られても生き返ったというのか?」
「はい。恐らく二人とも同じ力があると思います」
ガルネールは目を閉じて両腕を組む。それは何かを考えている時の仕草だった。
「まさか町の中に魔族が、しかも我らと変わらない姿とは……」
「直ぐに捜索し彼等を討伐するべきです」
「待って下さい!」
「何だフィッツェ」
「か、彼等は確かに魔族のような力を持っています。でもせめて話だけでもさせて貰いませんか?」
それを聞いて一同は一瞬固まる。そして帰ってきたのはフィッツェに対する反論だった。
「馬鹿な! 何を言っているんだ。魔族が我々と共存するわけがないだろう。直ぐ討伐すべきだ!」
「そうだ! 我々は女神エレニスに仕える神官戦士達。女神もきっとその魔族の討伐を願っておられるはずだ!」
「魔族滅ぶべし!」
「でも彼等も元はヒューマンだったかもしれません! 呪いか何かで姿を変えられているのかも知れないじゃないですか!」
フィッツェの反論も彼等の怒りを煽るだけだった。
「フィッツェ! 貴様、魔族の肩を持つのか?」
「ち、違います! 私は何が起きたのかちゃんと知るべきだと……」
「……まさかお前、魔族に魅入られたのでは?」
「なっ、違います!」
「確か少女の方と仲が良かったそうじゃないか? 一緒にいた時に何かされたのかも知れないぞ」
「そんな事ありません! ヒメは、彼女はそんな事絶対にしません!」
フィッツェの心の中に船で笑っていたヒメの笑顔が浮かぶ。そんな彼女がとてもが自分を利用しようとしていたとは考えられなかった。
「そんなに庇うとは益々怪しいな。まさか我らを集めてその魔族を逃そうとしてるのではないのか?」
「そんな事……」
「そんな事ないと思いますけどね」
皆に責められて、泣きそうになっていたフィッツェに横から助け舟を出したのはクヴァイだった。
「先輩……」
「どういう事です副隊長?」
「僕は彼女を見てたし、その魔族の少女とも一緒にいた所を見てたけど、別段おかしなところはなかったですよ。
いつも通りの彼女でした。それにフィッツェがおかしかったらこの僕が気づきますよ」
副隊長として実力もあり、兄妹同然に育った彼の一言に周りは何も言えなくなる。
「それで隊長。貴方はどう思っているんですか?」
クヴァイはガルネールに意見を求める。
彼は閉じていた目を開けると周りを見渡して口を開く。
「俺の考えはまずクロとヒメの事は後回しでもいいと思う」
「なっ! 隊長。魔族を見逃すのですか?」
「人の話は最後まで聞くんだ。フィッツェ達の話しを聞く限り、二人はヒューマンにはない力を持っているのは事実。
しかし彼等は海賊を討伐し上級魔族さえも倒した。そのおかげで船員達全員が生還している」
「つまり、彼等は我らに敵対する意思はないと仰りたいのですか?」
「分からん。だが我らに敵対するつもりならば、やり方が回りくどい。何故魔族同士で殺しあってるのかも気になる。そしてもう一つ気になる事がある。フィッツェ!」
「は、はい」
「お前の話しでは海賊の首領がトスオ王国の南の森に攫ったヒューマンを送っているという事だったな?」
「はい! 確かにそう言っていました」
「ならば先にそこを調査すべきではないのか? もしかしたら攫われた人が助けを求めているかも知れない。 なら我々は何を先ずすべきか分かるだろう」
ガルネールの言葉で、なるほど確かにと周りの戦士達は賛同する。
「じゃあ、先ずはその場所を特定するべきですね」
「その通りだクヴァイ。では南の森にあるという館の情報を集めるぞ!
ギルド、傭兵、情報屋。知ってそうな奴には片っ端から聞いていくんだ。分かったら動け!」
神官戦士達が指示を受けて慌しく出ていく中、残ったのはガルネールとフィッツェ、クヴァイの三人だった。
「隊長。ありがとうございます」
「おい、フィッツェ俺に頭を上げろ。今は攫われた人たちの救助を優先させたが、それが終わったらクロとヒメの足取りも調べるんだからな」
「分かっています。でもお願いです。見つけたら彼等と話しをさせて下さい。お願いします!」
「だから頭を上げろ」
フィッツェが深々と頭を下げるのを、ガルネールは後頭部を掻きながら頭を上げさせる。
「とりあえず俺も、発見して直ぐに討伐。とは考えておらん。彼等が船員達やお前達を助けたのは事実だしな。
だが、もし次会う時に我らに牙を向ければ、その時は問答無用で討伐する。それで良いなら彼等と話す機会をやる。分かったな!」
「はい、 ありがとうございます! 私も館の情報を集めてきます」
「あっ、ちょっと待て……行っちまった。全く」
フィッツェはガルネールの制止も聞かず、勢いよく会議室を後にする。
「珍しいですね。隊長が魔族に情けをかけるなんて」
残っていたクヴァイが話しかける。
「そんなじゃあない。だが彼等は、今まで破壊や略奪といった欲望に忠実な奴ら魔族と同類とは思えない。ただそれだけだよ。お前こそフィッツェには甘すぎるんじゃないか?」
「まあ、僕はフィッツェが信じるから信じようと思うだけですよ。もし彼女を裏切って本性を現したらその時は容赦無く滅ぼします。」
クヴァイの笑顔に潜む魔族に対する残忍さは隠しようがなかった。
「それじゃあ、僕も情報集めに行ってきます。彼女一人では心配ですしね」
「ああ、頼む」
クヴァイが会議室を出て暫くしてからガルネールは大きく溜息をついた。
「はぁ〜。全くあいつも過保護だな……しかし今回の事件。上手く解決できれば良いんだがな」
ガルネールは得体の知れない不安を払おうと自分しかいない部屋でそう呟くのだった。




