表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
黒鎧と棺背負い姫   作者: 竜馬 光司
14/24

第十四話 海を支配する者 その7

フィンディルが海賊のアジトから無事脱出して数日。体調の回復したヒメはフィッツェに会いに行くため、彼女の部屋の前に立っていた。

ここに立つのは今日でもう何度目になるだろうか、今日こそ会えると信じて一度大きく深呼吸してから扉をノックした。

「はい。どなたですか?」

扉の向こうから聞こえたのはフィッツェの声だった。

「……あ、あのヒメです……」

だから自分の名前を言えば会えるだろうと思っていたのだが、帰ってきた返事はここ数日と同じ返事であり、ヒメが聞きたかったものとは違っていた。

「……ごめんね、ちょっと今は手が離せないの。また後にしてくれる?」

「……分かった。ごめんなさい」

あの日、クロとヒメが致命傷を負っても瞬時に再生するところを見てから、フィッツェは二人、特にヒメを避けるようになっていた。

ヒメは自分の部屋に戻る廊下を歩いている時は何とか泣きそうなのを我慢していたが、帰ってからクロの姿を見ると涙が溢れてくるのだった。


「ううぅっ、ぐすっぐすっ」

思いっきり泣きたいのを堪えるヒメの頭を撫でながら、クロは彼女の話を聞いていた。

「そうか、よしよし。彼女も今は色々忙しいんだ。分かるか?」

「ぐすっ……うん」

溢れる涙を籠手で傷つけないように指で拭いながらヒメを慰める。

「また明日、行ってみればいい。明日は会えるかもしれないぞ?」

「……うん。また明日行ってみる」

「よし、いい子だ」

少し機嫌が良くなったヒメの頭を撫でながら、クロはフィッツェの事を考えていた。

(やはり俺たちの事を警戒しているようだな)

今までのフィッツェならヒメの事を心配して向こうから会いに来るはず。ましてや首領に酷い目に遭っている所を見たのだから。それなのに急に避けるように顔を合わせようとしない。

そんなフィッツェの様子を探る為に、クロはヒメを彼女の部屋に向かわせていた。もちろんその事はヒメには教えていない。

時期的には、首領にヒメが殺された時とクロの腕が再生する所。この二つを見たのはフィッツェだけだったはず。

これの意味するところは一つだろうとクロは推測していた。

(港に着いたら、すぐに俺たちは姿を消すべきだな)

恐らくフィッツェ達はすぐさま神殿に応援を頼む可能性だろう。

例え彼女が頼まなくても、もう一人いたクヴァイには伝えているはず。ならば高い確率でこちらを魔族として討伐しに来てもおかしくはない。

そう考えたクロはすぐさま船から脱出できるように準備を整えておくことにした。

しかしちらりとヒメの方を見ながらこうも思っていた。

(出来ればこの推測が外れてくれればいいのだが……)

だがその甘い考えは外れる。遂に港に着くまでフィッツェはヒメに会おうとはしなかった。


海賊の首領と思われる上級魔族を倒したクロとヒメにフィッツェが声をかける。

「二人共大丈夫?」

クロとヒメが振り向くと、こちらに向かってゆっくりと近づいてきた。

「どうしたの? ねぇ二人と……も」

二人の体が音を立てて変化していく。クロの全身からは黒い影が触手のように現れ蠢いていた。

「クロ? えっ……」

クロの方に目を奪われていつの間にかヒメの姿が消えていた事に気づくと同時に誰かに右手を掴まれた。

「ヒ……メ?」

「……助けて、痛いよ。フィッツェ」

右の方を見るとそこには首が折れ頭が上下逆転し胸の所にだらりと垂れ下がっていたヒメがじっとフィッツェを見つめていた。

「いやぁああああっ」

フィッツェは悲鳴を上げながらベッドから上半身を起こし荒い息をつく。

「はぁーはぁー……夢? また同じ夢……」

クロ達が脱出の準備を整えていた頃、フィッツェはここ数日同じ悪夢を見ていた。

それは首領を殺したクロとヒメが醜い化け物になって、襲いかかってくる悪夢だった。

「大丈夫? また夢を見たのかい?」

「はい大丈夫です。あ、先輩こそ大丈夫ですか?」

クヴァイはベッドに寝ていた首だけ動かしてフィッツェの方を見ていた。

怪我はフィッツェが治癒の奇跡を用いて治っていたが、しかし奇跡祈りの盾を長時間唱えていた事とアムルの魔法によって破壊された事で彼の精神はかなり消耗し、まだ起き上がれなかった。

「僕は大丈夫。フィッツェこそすごい悲鳴上げてたけど、彼らの夢かい?」

「はい。二人が化け物になって……襲いかかってきました」

「そうか、僕は見てないけどフィッツェはその目で見たんだろう? 二人が怪我を瞬時に再生させた所を?」

「はい……」

本当はヒメが生き返った所も見たのだが、さすがにそれを口に出す気にはなれなかった。

その事を誰かに言えば完全にヒメを化け物だと認める事になってしまう。

「……いいのかいフィッツェ?」

「? 何がです」

「僕達は女神エレニスに仕える神官戦士。君が見た事をガルネール隊長に伝えたら二人がどうなるか分からないはずないだろう?」

「分かってます……私だって女神エレニスに生涯仕える事を誓った身です。彼等が魔族ならば討伐すべきです!」

「そうか、その決意が硬いなら僕はもう何も言わないよ」

「はい。大丈夫です」

その時ドアがコンコンとノックさせる。

「ひっ……」

小さく悲鳴を上げるがそれをすぐ飲み込んで応対する。

扉をノックしたのは予想通りヒメだった。フィッツェはいつも通り当たり障りのない返事で彼女を帰す。

あの姿を見てからヒメには会えなくなっていた。彼女を化け物だと思いたくなかったから。

会ったらどんな顔をしていいのか自分でもわからなくなっていた。

(ごめん、ごめんね)

遠ざかっていく足音を聞きながら、フィッツェは心の中で謝る。例えそれが無意味だとしても。


クロ達が海賊のアジトを脱出し、トスオ王国に向かう少し前、一人の男がアジトからある場所に向かっていた。

そこはトスオ王国の中で一番荘厳な雰囲気を纏う場所であり、ほんの一握りのヒューマンしか入る事を許されない一番高い所。

そこに向かって青白い光が鎧戸をすり抜けて部屋に入っていく。

真夜中とはいえ誰もその光に気づく事はなかった。それもその筈、それが見えるのは魔法を学んだ者か、ヒトよりも力がある悪魔ぐらいであろう。

青白い光は目的の部屋である寝室に入ると、姿を変えていく。その姿はフードを目深に被った魔法使いのようだった。

そのまま音もなく歩きながら、天蓋に覆われたベッドに近づいていく。

部屋は闇に包まれていたが、肉の身体を失った彼にとってはそのベッドから漂う微かに感じる魔力を出せるのはあのお方しかいないと確信していた。

「誰です?」

天蓋の覆いにあと数歩近づけば手が届くところで、中から女の声が聞こえる。その口調は夜中の侵入者に対してはとても場違いなほど落ち着いていた。

まるで既に誰だか分かっているかのように。

魔法使いはその声を聞いて頭を下げる。

「アムルで御座います」

「やはりそうでしたか、その姿で現れたという事は……あなたは死んだのですね?」

「はい、申し訳ありません。アジトを襲撃され、首領を含む全員が殺され、私も力及ばず彼奴に首を潰され死にました」

アムルは他人事のように自分の死に様と海賊達の最期を淡々と話していく。

「私も全力で立ち向かったのですが一歩及ばず、何とか死ぬ直前に魂逃れの魔法を使いこのような姿で参りました」

アムルはそう言うと、青白い身体で天蓋に隠れた人物に跪いた。その身体は時間が経つ度に透けていく。彼がかけた魔法はもう長くは持たなかった。

するとベッドの上の影がアムルの前に立つ。

「顔を上げなさい。死して尚私に伝えに来たあなたの功績に免じてひとつ褒美をあげましょう」

「そ、それは一体どんな褒美を頂けるのでしょうか?」

アムルの声が思わず上ずる。死ぬ間際であってもあのお方から始めて貰える褒美は死という感情を何処かに飛ばしてしまった。

「あなたの魂を私の一部としましょう」

そう言って影が天蓋から手を伸ばしアムルに近づいていく。

「おお、おお、ありがとう御座います。貴女の一部になれてとても幸せでございます」

アムルは、もはや流れる事のない涙を流しながら、額に触れる右手に全てを委ねる。

「ああ〜私は幸せです〜。貴女の中で永遠に生き続けられるなど……」

幸福に包まれたアムルの言葉はそこで途切れる。

彼の身体と意識は一つに丸まり、女の掌に文字通り丸く収まる。

「さようならアムル。ヒューマンにしては少しは役に立ったわ」

女はあ〜んと言いながら口を開けて、アムルだったものを口に入れ飲み込む。

「さてと、じゃあ私の遊び場に邪魔者が来るなら歓迎の準備をしないとね……でももう一眠りしてから」

大きくあくびをすると、まるで何事もなかったかのように、そのままベッドに潜り込むのだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ