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黒鎧と棺背負い姫   作者: 竜馬 光司
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第一話 魔王大戦

数万年前神々の大戦により、海から現れた唯一の大陸。

その名をフリートホーフ大陸という。

ここで傷ついた神たちは眠りにつき、その亡骸からヒューマン達が生まれた。

しかし非力なヒューマン達を憂いて、唯一の女神は彼らを護るため二つの種族を生み出す。

エルフは知恵を授け言葉や文字を教える。

ドワーフは技術を授け道具や建築物の作り方を教えていく。

三つの種族は力を合わせて大陸を開拓していき、大きな争いもなく平和な時が流れていた。

神々の大戦に負けた神達は、悪魔と呼ばれ地下に封印されていたが虎視眈眈と反撃の機会を伺っていた。

悪魔たちは戦闘種族である魔族を創り出し、地上に侵攻を開始する。

三つの種族は連合を組み対抗、更に女神エレニスも協力しその力を用いて魔族を蹴散らす。

しかし何度も攻めてくる悪魔の軍勢に次第に力を失っていく。

唯一の女神は苦肉の策として、ヒトの身体を借り戦いを勝利に導く。

その力を借りた者達は英雄として歴史に名を残していく

唯一の女神とヒトたちは何百年も魔族と戦い続けていたが、遂にエレニスの力が枯渇寸前になってしまう。

それを見抜いた悪魔は魔王を名乗り直接地上に侵攻。

ヒューマン、エルフ、ドワーフの三連合軍はエレニスの力を借りずに戦うが、魔王軍の力は強大で圧倒されていく。

それを見た唯一の女神は自分の身を削って、最後の戦いに赴こうとしているのだった。


敵の攻勢により連合軍の兵力は四万二千から一万に減っていた。

対して魔王軍の兵力はまだ五万もの兵力を有していた。

ヒトの軍勢がこの絶望的状況にも諦めなかったのは、ある三人の指揮官がいたからである。

一人はヒューマンの将軍、ハルグロ。

一人はドワーフの国王、ミェーロス。

一人はエルフの女戦士、ミルフィニウム。

ヒューマンの兵と騎士が整列し、盾を構えて壁を作る。

既に馬は全て失われていた。

その後ろではドワーフの兵達が雄叫びを上げながら敵を待ち構え、更に後方からエルフの兵達が、敵に向かって弓を射かける。

敵である魔王軍の兵オーク達は、ヒトの軍勢を蹂躙せしめんと、どんどん向かってくる。

歩いて距離を詰めていた魔族達だが、弓を射掛けられると持っている盾や隣の仲間を身代わりに全速力で盾の壁にぶつかってくる。

ヒューマンの兵達は攻撃を防ぎ、手に持つ槍で次々と突き殺していく。

「怯むな! ここを破られたら我々に勝利はない。ここで食い止めるんだ!」

「「「おおっ!」」」

将軍ハルグロは最前線に立ち、兵達を鼓舞しながら戦っていた。

ミスリルの盾ウンボルクでオークの斧を弾いて、持っている槍で突き殺す。

エルフ達の正確無比な援護射撃と盾の壁で迎え撃つ事で、敵の数は減っていたが、それでもオーク達の勢いは止まらない。

「出番じゃ! 者共突撃!」

突撃の機会を伺っていた国王ミェーロスの号令で、ドワーフの兵達が長柄の斧を振り回してオークに突っ込んでいく。

「儂の大斧を受けてみろ! 醜いオークどもめ」

ミェーロスの持つミスリルの大斧クニェールが振るわれる。

一度(ひとたび)振るうたびに敵の首が宙を舞い、 盾で防ごうものなら、それごと身体を両断する。

ドワーフの持つ怪力と合わさってクニェールの一撃を防げる者はいなかった。

「ワーハハハ! どうじゃ儂らの力思い知ったか。魔族どもが! ……ムッ?」

先導していたドワーフの兵達が蹴散らされていく。

「陛下! トロルが現れました!」

「現れおったな。木偶の坊め!」

身長五メートルを超す、全身緑色の巨人の軍勢が地響きを立てながらこちらに向かってきた。

「オアアアアアアッ!」

トロルが雄叫びを上げる。その声はまるでヒトの悲鳴のような叫びで聴く者の戦意を奪っていく。

「黙れ! バケモンが!」

その雄叫びよりもでかい声を出すミェーロス。

「貴様の気色悪い声なぞ聞きたくないわ!」

右肩に担いでいたクニェールの切っ先を、一体のトロルに向ける。

「者共見てろよ! 儂の斧さばきを!」

ミェーロスは単身突撃してトロルに肉迫した。

「オアアッ」

緑色の巨人は自分よりはるかに小さいドワーフを潰そうと右拳を振り下ろす。

「当たらんわ!」

重い鎧と自分の身長よりも長い大斧を持っているとは思えない軽快な動きで避ける。

「うおりゃあ!」

攻撃を避けられて隙だらけの左脛をクニェールの重い一撃が捉えた。

バックリと横一文字に裂けた傷口は骨まで断ち、トロルはうつ伏せに倒れる。

「トドメじゃ!」

ミェーロスはその無防備な首にクニェールを叩きつけてトドメを刺した。

「者共! トロルなぞ恐るるに足りんぞ! 怯むなワシに続けぇえええ!」

「「「うおおおおっ!」」」

国王の活躍を見て士気を上げたドワーフの兵達は次々とトロルに立ち向かい、その巨体を次々と倒していく。

「そうだ進め! 魔族どもは皆殺しだ!」

トロルの死骸の上に立ち、味方を鼓舞するミェーロス。

それをオークの弓兵達が狙いをつけていた。

目立つ所にいるドワーフの国王を射殺そうと矢を引きしぼる。

だが頭上から降ってきた矢が彼等の頭から顎まで貫きそれに気づく事なく、絶命していた。

「はぁー。全くドワーフっていうのはもう少し周りを見てくれないかしら」

そう言いながら周囲を見回しているのは、エルフの女戦士ミルフィニウムと、千人の戦士達。

彼女は仲間達に、次は何処を狙うか指示を出しながら、自分も矢を(つが)える。

エルフ達はヒトの種族の中で一番遠くまで見え、その長い耳はどんな小さい音も逃さない。

故に彼女達は前線の一番後方にいても、味方の援護が出来、そして一番味方の死を見てきた。

中でも一番優れた能力を持っているミルフィニウムはエルフに代々伝わるミスリルの弓マムギクスを用いて敵を次々と射殺していく。

「一番隊。東三百メートルの敵を狙え。二番隊は北東二百。三番隊は南東の回り込んでくる奴らを射て」

ミルフィニウムは全体を見回し味方に指示を出していく。

「ミルフィニウム様。こちらに向かってくるオークの一団が!」

ヒューマンの盾の壁を突破した敵が、エルフ達の陣地に攻め寄せてくる。

三番隊が弓を射かけているが、オークは盾を構えていて矢が防がれる。

「私が奴らの防御を崩します。貴方達は援護を」

ミルフィニウムは陣地から駆け出し、オーク達に迫る。

まだ気づかれていない間にマムギクスにミスリルの矢をつがえる。

狙うは盾を構えていない所。上空から降る矢に対して上に向けているので、前方はガラ空きになっていた。

「もらった!」

ミルフィニウムは矢を放つ。

放たれたそれは真っ直ぐ先頭のオークの頭を貫きそのままミスリルの矢は後ろにいた十人程を貫いていた。

慌てたオーク達は盾を前に構える。

「甘い!」

ミルフィニウムはそれを見ても意に介せず再びミスリルの矢をつがえて、弦を引き絞り放つ。

矢は盾に突き刺さるが止まらずにそのまま貫通した。

「グガッ」

驚いた表情のまま数人のオーク達が絶命する。

更にミルフィニウムの攻撃で浮き足立ち、防御が疎かになった所をエルフの戦士達の放った矢が襲い掛かる。

矢を受け数を減らしていくオーク達に、ミルフィニウムが近づき持っている弓で切り捨てていく。

マムギクスには近接用の刃が取り付けられていて遠近どちらも対応できる。

戦士達の矢を逃れたオークをミルフィニウムが舞うように首を斬り、胸を突いて返り討ちにしていく。

乱舞が終わった時、周りには敵の死骸しかなかった。

「ふぅ、ここはこれで大丈夫ね。さて戦況は……」

ミルフィニウムは近くの高台に立ち辺りを見回す。

その目に飛び込んできたのは、ドワーフの国王とヒューマンの将軍が、魔族の総大将と対峙しているところだった。


ミェーロスとハルグロの二人が合流して敵と戦っていた時、魔族の軍勢の奥からひときわ異様な雰囲気を纏った存在がこちらに近づいてきた。

「こいつが魔王か」

ミェーロスはそう呟き、ハルグロはカラカラになった喉に水分を与えるかのように唾を飲み込む。

「フフフ、貴様ラガ我ニ勝テルト思ッテイルノカ?」

聞き取りづらい声を発しながら、一歩一歩ゆっくりと近づいてくる魔王。

その圧倒的な存在感にヒトの兵達は怯んでしまう。

「者共。死にたくないなら下がれ!」

ミェーロスはそう叫び兵達を下がらせる。

残ったのは叫んだ本人と、ハルグロの二人。

「お主も下がらんか」

「いいえ、私も共に戦います。二人で立ち向かえば……」

「バカモンが!」

ハルグロのみぞおちをクニェールの石突で突く。

「ぐっ、ミェーロス殿?」

「お主みたいな若造に勝てる相手ではない! そこで見ておれ。ワシの斧さばきをな!」

みぞおちを突かれて動けないハルグロを置いて、ミェーロスが前に出る。

「ゆくぞ! 魔王!」

「フッ、先ニ死ヌノハ、貴様カラカ」

ミェーロスはクニェールを左から右に薙ぐ。

それを魔王は柄で受け止める。

「ソンナモノカ!」

大斧を弾き、大上段に構えた大槌を振り下ろす。

ミェーロスはそれを避けるが、その場の地面が大きく陥没する。

当たれば無事では済まない事が一目でわかる威力だった。

攻撃を避けられ動きの止まった魔王の右側頭部にクニェールの刃を叩きつける。

魔王はそれを難なく避けて体勢を立て直し、攻守が逆転する。

大槌でミェーロスを潰さんとなんども振るう。

しかも大きく振らずにら隙のない小さい振りで追い詰めていく。

ミェーロスは悪態を吐く。だがその表情には余裕が見られなかった。

「悪趣味な槌じゃな」

魔王が持つ大槌には醜悪な笑顔が彫られていた。

笑いながらヒトを潰す鉄塊は、ドワーフの血と肉を味わおうと迫る。

ミェーロスは受け止めれば死ぬ事は分かっていたので、全ての攻撃を避けていく。

大槌の攻撃は隙があるが、疲れを知らない魔王は、当たるまで何度も何度も降り続ける。

その為、ミェーロスは攻撃しようにもできない状況に陥っていた。

遂に笑顔の大槌が、ミェーロスの左腕を捉える。

その一撃で持っていたクニェールが吹き飛ばされ、周りを囲んでいた一匹のオークに突き刺さる。

ミェーロスは左腕を抑えて片膝をつく。

「トドメダ、ドワーフ!」

魔王が思いっきり、振りかぶった大槌を振り下ろす。

ミェーロスはその一撃を誰も予想できない方法で防ぐ。

「ナニッ!」

ドワーフの国王は、左腕を上にして両腕を交差させていた。

「腕デ防グトハ愚カナ。ヨカロウ、ソノ腕ゴト頭ヲ潰シテヤルワ!

魔王が大槌を振りかぶる。

「来い! 貴様の攻撃なぞ何度でも防いでやるわ!」

すでに左手は無残に潰れ、砕けた骨が皮膚を突き破り血が流れていた。

振り下ろされる寸前、風切り音が聞こえて何かが魔王の胸に突き刺さる。

「……小癪ナ真似ヲ」

ミェーロスを救ったのは槍だった。

「待て、魔王!」

その槍を投げたのはヒューマンの将軍ハルグロ。彼は右手で腰の鞘から剣を抜き放ち、その切っ先を魔王に向けた。

「貴様の相手は私だ! 我が剣ゲレヒカイトの一撃受けてみろ!」

「ハハハ、ヒトノ中デモ一番ヨワイヒューマンがヨク吠エル。ヨカロウ我ガ槌ノ錆ニシテクレル」

「ゆくぞ!」

ハルグロは一気に間合いを詰め、頭上に構えたゲレヒカイトを振り下ろした。

魔王はそれを柄で受け止め、鍔迫り合いになる。

一瞬の硬直の後、先に動いたのはハルグロだった。

剣を捻って、切っ先を突き入れようとするが、右手を払われてしまい失敗に終わる。

両者はほぼ密着している為、魔王が距離を開けようと石突で殴りかかってくる。

ハルグロはそれを盾で防いでから、相手の顔をウンボルクで殴りつけた。

「ガッ」

一瞬怯んで無防備になる魔王。

その千載一遇の好機を見逃すハルグロではなかった。

剣で相手の左膝裏を切って膝をつかせ動きを止める。

「うおぉおおお!」

そしてその隙だらけになった首にゲレヒカイトを両手に持ち振り下ろした。

雄叫びと共に振り下ろされた刃は魔王の首を捉えその頭は宙を舞い、地面に落ちる。

遅れて首から上を失った体も地面に倒れ伏す。

ハルグロは剣の切っ先を向けて再び動き出さないか警戒していたが、起き上がらない事を確認してゲレヒカイトを天に掲げこう宣言した。

「魔王、討ち取ったり!」

「「うおおおおおおっ!」」

辺りから魔王を討伐し勝利をもたらした英雄に向けて、兵達が歓声をあげる。

「我々の勝利だ!」

「遂に魔王が倒れたぞー!」

「ハルグロ将軍、万歳!」

「将軍危ない!」

その警告は勝鬨の声に紛れてしまい、ハルグロの耳に入るのが一瞬遅れてしまう。

背後を振り変えった時には、眼前に巨大な鉄の塊が迫っていてもう避ける事は出来なかった。

その体が軽々と吹き飛ばされ地面に叩きつけられる。

魔王はまだ生きていた。

首を飛ばされて尚両手に大槌を構えて、倒れたハルグロに迫る。

「馬鹿メ、オ前達ト違ッテ我ハ首ヲ落トサレテモ死ナンワ」

地面に落ちた首が喋る。

その間にも、首なしの体がハルグロを叩き潰そうと近づいていく。

「あいつを止めろ! 将軍に近づけるな!」

ヒューマンの兵と騎士たちが、立ち塞がるが、魔王の大槌は一振りで数人を吹き飛ばし、無残な死体が積み上がるだけだった。

攻撃をウンボルクで何とか防いだが、衝撃は体に重いダメージを与えている。その為左半身はほとんど感覚がなくなっていた。

ハルグロは痛みに呻きながら今起きている光景が目に入る。

目の前では配下の兵達が次々と吹き飛ばされ、左右に死体が折り重なり、魔王が骸で出来た道を歩いてこちらに向かってくる。

今出来る事は、動く右半身で体を引きずって逃げる事しか出来なかった。


遠くからその光景を見ていたのはエルフのミルフィニウムだった。

彼女はハルグロの危機を救おうと弓を番えるが、首を飛ばされても動く魔王の何処を狙えばいいか分からなかった。

その間にもヒューマンの兵達は殺されハルグロに危機が迫る。

「どうすれば……」

『……ますか? 聞こえますか? ミルフィニウム』

突然頭の中に女性の声が響いた。

「私の頭の中に話しかけるのは誰なの!」

『驚かせてごめんなさい。わたくしはエレニス、魔王を倒すため貴女に力を授けます』

ミルフィニウムは驚愕する。

「エレニス? ま、まさか女神エレニス様ですか!」

「はい、そうです」

「も、申し訳ありません!」

ミルフィニウムはその場で跪き、(こうべ)を垂れた。

彼女に語りかけてきたのは、神と悪魔の大戦を生き残ったこの世界唯一の女神エレニスであった。

『頭を上げてください。今は一刻を争う時でしょう』

「失礼しました」

慌ててミルフィニウムは頭を上げ立ち上がる。

「それでエレニス様。力を授けるとは?」

『あの魔王を倒すには、わたくしの力を使わなければ無理です』

「しかし、それではエレニス様の力が尽きてしまいます!」

今までの魔族との戦いではヒトと女神は協力して撃退していた。

しかし度重なる力の使用でエレニスの力は枯渇し、今回の戦いには参戦させない事が決まっているはずである。

『分かっています。でも後一回か二回は力を使えるはずです。例え今日わたくしの力が尽きたとしても、あの悪魔は倒さなければならないのです』

エレニスの決意が固いのはミルフィニウムにもよく理解できる。

女神にとって悪魔達は自分の同胞を殺した憎き仇であり、ヒトを絶滅しようとする侵略者。

そんな存在を許せるはずはないのだ。

「……分かりました。私でよろしければこの体をお使いください」

『ありがとう。では少し失礼しますね』

その一言が聞こえた直後、彼女の体に何かが入り込んでくる。

それは決して不快なものではなく、寧ろとても温かく心地よかった。

「……これが、女神の力。凄い」

体の内から力が溢れてくるのをハッキリと感じて気分が高揚してくる。

『ミルフィニウム? 大丈夫ですか?』

エレニスが心配そうに語りかけてくる。

「は、はい! 大丈夫です」

『そうですか。かなり興奮していたようですが、体調は大丈夫ですか?』

エレニスは、彼女の気分の高揚を体調不良と捉えたようだった。

「問題ありません。それで私は何をすれば宜しいのですか?」

『貴女にして欲しいのは魔王の急所に狙いをつけ、そこに矢を放って欲しいのです』

ミルフィニウムの視界に映る魔王の体に四つの光が灯る。

「あの光っているのがそうですか?」

確かにミルフィニウムの力量を持ってすれば当てるのは容易いだろう。

「しかしミスリルの矢で倒せるかどうか……」

心配はそこだった。ミスリルの剣ゲレヒカイトを持ってしても倒れなかった魔王に効くかどうか、それが一番の気懸りだった。

『その点は大丈夫。矢にわたくしの力を込めます。そして貴女が確実に急所に当ててくれれば、倒せます!』

エレニスの自信に溢れる言葉を信じて矢を番える。

するとミスリルの矢が強い光を纏う。

(矢は四本、魔王の急所は四つ。絶対外さない)

弦を引き絞り、放つ。

光を纏った矢は狙い違わず、魔王の急所に一直線に飛んで行った。


体を引きずって逃げていたハルグロの眼前では、今まさに兵達を蹴散らした魔王が大槌を振り上げていた。

「死ネ。脆弱ナ、ヒトノ将軍!」

不気味な笑顔が彫り込まれた鉄の塊が振り下ろされる。

「……ここまでか」

ハルグロが死を覚悟したその時、強い光が空から落ちてくる。

そのまま魔王の右肘に刺さり、右腕が大槌ごと砕け散った。

「グアアアアアッ」

首を飛ばされても悲鳴一つ上げなかった魔王が腕を失い悲鳴を上げた。

「何が起こったんだ?」

助けられたハルグロさえ一瞬何が起きたか理解できなかった。

だが一番狼狽えていたのは他ならぬ魔王自身だった。

「何故ダ、何故我ノ魂ノ場所ガバレタノダ? ヒト如きでは絶対ニ分カラン筈ナノニ、真逆! 女……」

女神と言い終わらない内に二発目の光の矢が魔王の左足首の急所を貫かれ膝をつく。

「グアア、ヤハリ貴様カ、エレニス!」

『その通りです』

魔王の問いに対して女神の声はその戦場にいるすべてのヒトと魔族の頭に響き渡った。

「女神様だ!」

「エレニス様が我々に力を貸してくれるぞ!」

その声を聞いて三連合軍は歓喜し士気を上げる。

「グギャアア」

「ウエエエ」

逆に魔族達は頭を抱え苦しみ、中には嘔吐するものまで現れる。明らかに士気は落ちていた。

「今だ。一気に押し込め!」

「「「おおおおっ!」」」

戦意を喪失した魔族達に三連合軍の反撃が始まる。ヒューマンの剣が振るわれ、ドワーフの斧が首を飛ばし、エルフの矢が次々と射殺していく。

「ガアア! エレニス、又シテモ邪魔ヲスルカ!」

『もちろん。 あなた達を滅ぼすならこの力尽きようとも!』

三発目の矢が魔王の左腕の急所を貫く。

悲鳴を上げてのたうち回る魔王を見ていたハルグロの頭に声が響く。

『ハルグロ、わたくしの声が聞こえますか?』

「この声は、貴女が女神エレニスか?」

『そうです。一つ頼みがあります。これは貴方にしか出来ないことです』

ハルグロは体を起こそうとするが、激痛で起き上がれない。

「ぬうう、女神よ。悪いが私は動けそうにない。貴女の力にはなれそうにないのだが」

『そんな事はありません。体は動かせるはずです。自分の右手をご覧なさい』

「ふっ、成る程。まだやらねばいけない事があるのだな」

その右手にはしっかりと悪魔殺しの武器ゲレヒカイトがしっかりと握られていた。

「で、私は何をすればいいんだ?」

『はい。貴方に頼みたい事は……』

エレニスの頼み事に、ハルグロは快く承諾した。

その間にも四本目の光の矢が魔王の右足の急所を貫き、鎧は沈黙する。

「体ハ失ッタガ、マダ負ケテナイゾ。オイ誰カ、誰カイナイノカ!」

魔王の兜が逃げようとオークを呼ぶが、なかなか現れない。

その時、引きずった足音が近づいてきた。

「オオ、来タナ。早ク我ヲ連レテ退却スルノダ」

「…………」

近づいてきた者は無言でその場に佇ずむ。

「オイ、聞イテルノカ? 我ヲ連レテサッサト…… 」

「無理だな」

「何? キ、貴様ハ! ヒューマン」

そこに立っていたのはハルグロだった。

「魔王。貴様を生かして帰るわけにはいかん」

膝立ちになり右手で逆手に持ったゲレヒカイトの切っ先を兜に向け思いっきり突き刺す。

目のスリットの隙間に入った刃は最後の急所である悪魔の魂を貫いた。

「ギャアアアアアアッ」

断末魔の悲鳴を上げて魔王の兜が砕け散る。

直後、全ての魔族は戦意を喪失しその場に立ち尽くすか逃げ出していくのであった。


「終わったのですねエレニス様。私達は勝利したんですね」

ミルフィニウムはミスリルの矢を射ち尽くした後も同じ高台で一部始終を見ていた。

『……そうですね。良かったです』

「どうしました? まさか!」

『申し訳ないのですが、ヒトの戦士達を集めて頂けませんか?』

ミルフィニウムを中心にヒューマン、ドワーフ、エルフが集まる。

「女神様。一体どうしたのだ」

「やはりエレニス様の力が……」

「せっかく勝利したのにこれでは……」

兵達は不安でざわつく。

「静かにするのです!女神エレニス様から皆に伝えたい事があるとの事です。心して聞きなさい」

ミルフィニウムの頭上に半透明の女性の姿が浮かび上がる。

ヒト達はその姿を見て直感で分かった。

彼女こそが唯一の女神エレニスだと。その場にいた全ての者が跪き、(こうべ)を垂れる。

『皆、頭を上げて、わたくしの話を聞いて下さい』

エレニスはゆっくりと語りかける。

『貴方達の活躍により、魔王は倒されました。まずはお礼を言わせてください。ありがとう』

深く頭を下げる女神に兵達から詠嘆の声が漏れる。

『もっと貴方達に感謝しなければいけないのですが、わたくしは少し眠りにつかなければなりません』

「エレニス様。やはり力を使われたからですか?」

そう聞くミルフィニウムの声は涙声になっていた。

『泣いてはいけません。今日の勝利を祝う為にも貴方達は笑顔でなければ』

「はい。申し訳ありません」

直ぐに目尻に溜まった涙を拭い笑顔を見せる。

それを見てエレニスは微笑む。

『それで良いのです。皆も今日の戦いに勝利した事を誇りに持ちなさい』

「「「はい!」」」

そこにヒューマンもエルフもドワーフもなかった。その場にいる全ての者が女神の言葉に唯々頷いていた。

『そして、ヒューマンのハルグロ。ドワーフのミェーロス。エルフのミルフィニウム。これから起こるであろう様々な困難に打ち勝つために、貴方達三人が力を合わせ種族を一つに纏めてください』

ハルグロは重々しく頷く。それを見たエレニスも笑顔で頷いた。

『では少し眠ります。わたくしはいつでも貴方達の事を見守っていますからね』

その言葉を最後にエレニスの体が光の粒子となり空に昇って行った。

それを見送ったもの達は皆泣いていた。

その中で、即席の担架に載せられて一人泣いていなかったハルグロに、顔を涙でぐしゃぐしゃにしたミェーロスが近寄る。

「うおお、女神様が眠りについてしまった! なんという事だ!」

「そんな大声で泣かないでください。傷に響く」

「何を言う。たとえ傷が悪化しようとも泣かずにいられるか!」

そう言うミェーロス自身も魔王に潰された左腕の包帯は血が滲んでいてとても痛々しかった。

「儂より頑丈ではないお主は大丈夫なのか?」

「ああ、神官から奇跡で傷を癒してもらうから大丈夫です」

「儂らは奇跡は使えんからそんなもんで治せるとは未だに信じられんよ」

兜を脱いで禿頭をさするミェーロス。

「ここにいたのね。ハルグロ」

ミルフィニウムが二人に近づいてくる。

「おお、エルフ殿」

「あらドワーフ様もおられましたのね」

そう言いながらミェーロスに大げさなお辞儀をする。

「二人ともこんな時ぐらい喧嘩をするな」

ハルグロはいつもの二人のやり取りを窘める。

「貴方が言うなら今日はこれぐらいにしておくわ」

「なら、儂も英雄に免じてここまでにしておこうかの」

二人がなぜ毎度毎度喧嘩するのかは、一番年下のハルグロには知る由もなかった


「二人はこれからどうするの?」

「儂は勿論ガラー王国に帰るわい。民達が儂らの帰りを待ってるからの」

「ハルグロ……貴方はどうするの? そのよければ……」

ミルフィニウムは顔を赤らめながら問い掛ける。

「私も帰るよ。国王達に勝利の報告をしなければならないし、まだやる事もあるからな」

「そう、そう……よね」

「どうした? ミルフィニウム」

ハルグロは彼女の思いに気づく事はなかった。

「な、何でもない! そう貴方も自分の国に帰るのね」

「君はどうするんだ?」

「私もエンティア王国に帰るわ。女王様に報告しないとね」

「そうか、じゃあお別れだな。ミルフィニウム」

ハルグロは動く右手で彼女の右手を握る。

「うん。ここでお別れね」

ミルフィニウムは両膝を地面につけて彼の右手を両手で握りしめた。

しばらくそうしていたが、二人とも名残惜しそうに手を離す。

「また会おうハルグロ、いや友よ」

「ああ、いずれまた会おう。ドワーフの友よ」

ミェーロスは固く強くハルグロと、握手を交わす。

その後三人はそれぞれの道を歩んでいくのであった。


こうして魔王との戦いはヒトの勝利に終わった。

その後、ドワーフのミェーロスはガラー王国に戻り人望厚い王として慕われる。

エルフのミルフィニウムは功績を認められ次代の女王として即位する。

ヒューマンのハルグロはその後、西に逃げ込んだ魔族の残党を監視するために、城塞都市を建国し、更に今まであった三つの王国の中心に四つ目の王国、エアンベルグ王国を建国する。

初代国王になった彼は、民を豊かにし永く繁栄する。

そして三つの種族は、女神の言う通りに協力して栄えていくのであった。


その魔王との戦いから千年の時が流れた。

二百年前から、周りを海に囲まれたこの大陸を支配しているのは、美しき森の民エルフでもなく、頑固な石の民ドワーフでもなく、凡庸なヒューマンの帝国、その名はエアンベルグ統一帝国であった。

物語はヒューマンが大陸を支配して二百年経った帝国暦二百年から始まる。



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