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子供たちの鎮魂歌③  作者: さき太
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終章

 「あなたは誰なの?」

 沙依は目の前の人物に問いかけた。兄弟達の記憶が戻り、自分自身混乱していたのだと沙依は思っていた。あの時は皆が姉や兄に見えていたが、今はよく解らなくなっていた。

 「わたしは美咲。清水美咲だよ。」

 沙依によく似たその人はそう答えた。

 「初めまして、青木沙依さん。一馬がいつも隊長、隊長、言うから、あなたに会ってみたかった。ようやく会うことができて嬉しいです。」

 その笑顔を見て沙依は彼女の意思を理解した。

 「そっか、あなたはそっちを選んだんだね。」

 美咲の選択を沙依はなんとなく悲しく思った。

 「色んな人の強い想いが自分の胸に溢れてきて、自分自身が誰なのか解らなくなりそうになったけど、でもやっぱりわたしは清水美咲でしかないんだと思ったの。確かにわたしには記憶がある。前の人たちが感じた想いを覚えてる。でもそれはわたしのモノじゃない。」

 そう言う美咲はさっぱりした顔をしていた。

 「磁生のことは?」

 沙依の問いに美咲は困ったような顔をして笑った。

 「あの人が愛してるのはわたしじゃない。」

 そう言う美咲は少し寂しそうだった。

 「わたしは誰かの代わりなんてまっぴらだよ。それが前の自分だったとしても、その記憶を持ってても、自分に違う誰かを重ねられるなんて辛いだけだし。」

 自分を通して違う誰かを見られるのがどんな気持ちなのか、美咲はよく解っていた。どれだけ愛おしそうに自分を見ていたとしても、それは自分に向けられたものではない。それはひどく虚しいことだった。それはひどく辛いことだった。自分の存在がひどく薄く感じて、自分の意味を見失いそうになることだった。

 「わたしは他の誰かじゃなくてわたしになりたい。わたしをわたしとして必要としてほしい。そう思うんだ。」

 そう言う美咲に沙依はもう何も言わなかった。

 美咲と別れて沙依は仙人界に戻っていた。

 美咲は美咲であることを選び、生まれる前の自分を切りはなした。一馬も美咲と同じだった。逆に成得は、生まれる前の自分も自分であると考えて、沙依にも妹を求めていた。小太郎はまだ自分を決めかねている。沙依も小太郎と同じで、皆とどう接するべきなのか、皆をどういう扱いをしたいのか解らなくなっていた。

 そんな沙依の元に磁生が訪ねてきた。

 しばらく世間話をしてから、磁生はしみじみと言った。

 「厳密には違うのかもしれねぇけど、あんたと春李は姉妹だったんだな。どうりで全然似てねぇくせに、時々妙に似てるとこがあるわけだ。」

 磁生は視線を下に向け何かに思いを馳せている様だった。そんな彼を見て、きっと春李のことを想っているのだと沙依は思った。

 「ようやく色んなことが納得できた気がする。あれからずいぶんと時間が経つのに、今になってようやく気持ちに整理がついたよ。」

 整理がついてなかったのにずっと整理をつけた気でいたんだと磁生は呟いて沙依を見た。

(かく)に無理やり引きずり出されてあんたを診て、あんたの事追いかけてついてって、色々あったな。」

 それが仙界大戦の時のことを言っているのを沙依は理解できた。あの時彼がいてくれなければ、宿願を果たすこともこうして生きていることもなかったと思う。今の自分があるのは彼のおかげだと沙依は思っていた。

 磁生は自分の胸に手を当てて言った。

 「あん時あんたは俺のここに触れて、春李が俺の中で生きてるって言ったんだ。こんなに想われて春李が羨ましいって春李の最後が俺の傍で良かったって言ったんだ。それで俺はあいつの最後をちゃんと思い出して、あいつの死と向き合えるようになった。大戦が終わった後も、あんたが助かった後も、俺は前みたいに引きこもることなく普通に過ごせるようになった。普通に過ごしてた。だからもう自分の気持ちに決着がついて、改めて歩き出せるようになったって勘違いしてたんだ。本当はまだ立ち直れてなんてなかったくせにさ。」

 磁生は自虐的な笑みを浮かべていた。

 「あいつは俺の光だった。あいつの笑った顔が好きだった。意地っ張りなところも、泣き虫なところも、頑固で時々無駄に男前なところも、全部好きだった。最初はあいつのそんなところが嫌いで、腹が立って仕方がなかったのに、嫌いだったはずのあいつの全てが愛おしかった。あいつは俺の全てだった。俺が初めて欲して、そして絶対に失いたくなかったモノだった。」

 磁生の目から涙がこぼれ、頬につたって落ちた。

 「いつだって思っちまうんだ。あんたと出会った時も、どうしてあいつは殺されたのにあんたは生きてられるんだって、どうして生きてるのがあいつじゃないんだって思った。今だってさ、どうしてあいつは俺の傍にいないんだって。平和になったのに、あいつの望んだ戦わなくてすむ世の中に、誰も殺さないですむ世の中になったのに、何で今あいつはここにいないんだって。今の世界にいれば、あいつはきっと本当に幸せそうに笑ってくれたと思うのに。あいつの心からの笑顔を見られたはずなのに、何で、あいつはここにいないんだ。俺はずっと、あいつの本当の笑顔が見たかったんだ。見たかったのに、どうしてあいつはここにいないんだよ。そう思ってどうしようもなくなるんだ。俺はやっぱり今でも春李が好きだ。愛してる。愛してるのに。」

 磁生から抑えようとしても抑えきれない想いが伝わってきて、沙依は胸が痛くなった。

 「あんたはさ、(しゅん)(れい)が死んだ時郭にはこう言ったんだ。春麗と郭はまだ繋がってるって、だからまた逢えるって。郭にはそう言ったのに俺にはそんなこと言わなかった。俺にはまた逢えるなんて、繋がってるなんて言わなかった。」

 涙の後を残したまま磁生は笑った。ひどく辛そうな顔をして笑った。

 「あんたは基本的に嘘はつかないからな。あんたはバカみたいに正直で残酷な奴だから、あんたがそう言ったならそういうことなんだろ。」

 沙依は何と答えていいのか解らなかった。

 「今回さ痛感したよ。あいつはもう死んじまって、もういないんだって。どんなに俺があいつを必要としてたって、あいつはもう俺のとこには戻ってこねぇってさ。頭ではわかり切ってたことなんだ。ずっと解ってたんだ。だた、向き合えるようにはなっても受け入れることはできてなかった。だけどようやく、あいつを失ったこと受け入れられた気がするよ。まじでしんどいけどな。ようやく諦めがついた気がする。」

 そう言って磁生は遠くを見た。

 「俺さ、本気で医者の勉強しようと思う。」

 そう言うと磁生は立ちあがった。涙の後はもう消えていた。

 「自分勝手で甘ったれのあんたはさ、もうちっと人の気持ちが解る様になれよ。基本みんなあんたに甘いから、俺がいなかったら誰もあんたを怒らねぇんじゃないかって思うと、頭が痛いぜ。いつまでも何でも許してもらえると思ってんなよ。バカ正直で素直ってのは子供だけが許される特権なんだぞ。本当に大切にしたいなら、多少隠し事や建前も必要だってこと覚えろよ。あの男みたいに、みんながあんたの頭の中が解るわけじゃないんだ。頭の中が解らない奴にとったら、バカ正直にいられる方が傷付くことが多いんだってこと解れよ。」

 磁生はその他色々説教じみたことを沙依に言った。それを聞いて沙依は微笑んだ。

 磁生が訪ねてきた時、最初彼がいったい何をしたいのか沙依には解らなかった。でも今なら解る。彼は自分が旅立つことを告げに来て、そして心配してくれているのだ。沙依や沙依に関わる人のことを心配して来てくれたのだ。

 本当に磁生は不器用で優しいと思う。そんな彼にも沙依は幸せになってほしいとずっと思っていた。でも、彼が望む幸せが遠い過去にあることを知っていた。かといって父の様に夢の中で生きることを望むような人ではないことも解っていた。そんな彼が今、彼なりにようやく前に進もうとしている。過去を受け入れて新しい一歩を踏み出そうとしている。沙依はそれが嬉しかった。

 「磁生が帰ってくる頃には、あんたはほんとひどい奴だなって言われないですむような人になれるように頑張るよ。」

 そう言う沙依に、まぁ無理だと思うけど頑張れよと言って磁生は笑った。

 「ありがとな、沙依。時間はかかったけど俺がこうして前に進む気になれたのは、やっぱりあんたのおかげだと思うぜ。あんたは本当にバカでひどい奴だけど、悪い奴じゃないことは知ってる。中身がガキなだけでいつだってあんたなりに一生懸命だってこともな。」

 じゃあな、道徳と仲良くしろよ、そう言って磁生は出て行った。

 そんな彼の行く先に幸あらんことを沙依は願った。


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