第3話・アツ苦しい奴にライバル認定されました・Aパート
実際には宇宙空間で戦闘とか無理、なんて野暮なことは言わないで下さいね
数度の段階的な加速を経て、俺たちの乗るスペース・プレーンは地上からおよそ200kmの空間を飛んでいる。通常の飛行機のように滑走路から飛び立ったこの機体は、空気が薄くなるまでは通常燃料で加速し、その後は高価な特殊な燃料による加速で毎秒約10kmという”宇宙速度”まで達することができるらしい。かつてのロケットやスペースシャトルよりずっと費用対効果はいいらしいが、それでもそう簡単に乗れるものでもないだろう。
「――もっと地球は小さく見えると思ったんですけど、そうでもないんですね」
「君、本当に落ち着いてますね」
「これでもすごいワクワクしてるんですよ。でもこれ、誰にも自慢できないんですよね……」
「まだ準備段階のプロジェクトですから、秘密でお願いしますね」
隣の席の奈央さんが、人差し指を唇に当てるジェスチャーをする。不覚にも可愛いと思ってしまった。それを誤魔化すために機内を見渡す。乗船するときにも見かけたが、施設のスタッフと思われる人以外に、俺と同じような訓練服を身に着けているのが数人。きっと彼らも”あのゲーム”をきっかけにスカウトされた人たちなんだろう。見たところ高校生は俺だけのようだ。まあ、俺のような老け顔がいる可能性もあるが。
「――ステーションリンクOK、ただ今からドッキング作業に入ります」
機内アナウンスが流れ、わずかに左右に荷重がかかる。
「さ、もうすぐ到着です。シートベルトはまだ外さないようにして下さいね」
「無重量状態だから、外したら浮いちゃいますよ……って、あれ?」
先ほどからずっとふわふわと浮き上がりそうな感覚で『これこそ宇宙!』って思っていたのが、急に重力を感じてシートにきちんと座れるようになった。そして減速する反対方向の弱いGのあと、細かな振動。スピーカーから、”ポーン”という音がして、シートベルトのロックが自動的に外れた。
てっきり昔テレビで観た宇宙ステーションのように浮いて移動するのだと思っていたのに、皆普通にシートから立ち上がって通路を歩き始める。そういえば先週あたりの講義で『ステーションでは人工的に重力を発生させており――』とか言っていたな。原理は理解できなかったが普通に歩ける方が便利なのには違いない。浮くのやってみたかったけど……慌てて皆を追いかけて外に出る。
「――ようこそ、ここがわが国の開拓最前線、第7世代宇宙ステーション”むげん”です」
先に降りていた奈央さんがこちらに振り返り、にっこり笑ってちょっと気取った礼をした。
――――
2週間前の初日と同じようにステーション内の見学をした後、少し大きめの会議室のような部屋で待機させられる。今回の訓練の参加者を全員集めて話をするようだ。まだ空席が目立つようなので、前の方の適当な席に腰を掛ける。と、突然目の前に影が現れ、頭上から大きな声が降ってくる。
「おいっ、お前だな? 神宮司さんがお気に入りの訓練生ってのは! プレーンでも隣で親しげに話してやがったし」
「……俺が高校生で未成年だから、単に保護者がわりなんだと思いますけど。いろいろお世話にはなってますが、お気に入りとかそういうんではないんじゃないかと」
「なにっ!? その顔で高校生? しかし、わざわざここまで連れて来られるからには、お前も相当に優秀なんだろう?」
身長180cm以上は優にある、大柄で筋肉質な男だ。髪は角刈り、顔はハンサムな方だが厳つい印象のほうが大きい。
「琥太郎、です」
「あん?」
「俺の名前ですよ。白根 琥太郎。老け顔ですけどね、これでも17歳です。あと優秀かどうかは知りません」
「そうか、いや、変な絡み方をしてすまなかったな! 俺は黒岩 多聞、ゲームでは”BLACK ROCK”って名前でプレーしていた。……聞いたこと、あるか?」
「全国トップランカーさんでしたか。俺は1000位とかそのあたりですから、かないっこないですね」
「いやいやポイントなど所詮ゲームのシステム。きっとそれでは測れないモノを、持っているからここにいるんだろう」
人の前で腕組みして仁王立ちして、勝手に何かに納得したようにうんうん頷かないで欲しい。そんな会話をしている間に他の参加者もあらかた集まったようだ。前方には立派な服を着た中年男性が立っており、脇には奈央さん以外にもスカウトに関わっていたと思われる比較的若いスタッフが並んでいる。
「――ここに集合されている皆さん、地上での訓練、そしてここまでの宇宙の旅、お疲れさまでした。私はこのステーションの責任者の神宮司 裕と申します。短い期間ではありますが、皆さんの最終的な適正を判断するために、これに搭乗し、操縦訓練と模擬戦闘を行って頂きます」
その言葉とともに部屋の前方の壁に図面や写真が投影される。そこに映っていたのは。
「うぉ、まんま、”フェンサー”じゃねえか」
あの後そのまま俺の隣に座っていた彼の呟きが、俺の気持ちを代弁していた。
(つづく)
なんか急激にPVが増えててビビってます。