第10話・定着・Bパート
抱えてた大きな仕事がひと段落して精神的に少し楽になったのでやっと投稿再開です。しかし今月は今月で中規模案件が複数控えているのであった……
「琥太郎くん、今度の日曜日、空いてませんか?」
「冬休みの最終日なんですが……まあ、暇ですね」
「じゃあ、ちょっと息抜きしましょう。 あの店で、午前10時でどうでしょう」
「あ、はい」「それじゃあ、楽しみにしてますからね!」
年末全く手がつけられなかった課題をこなしつつ、一息ついていたところにかかって来た奈央さんからの電話。一方的に予定を決められてしまったものの、行き先が行き先だけに変な意識もせずに済みそうではあった。
――――
「琥太郎くん、ちょっとデータカード貸して下さい」
「え? あ、はい、これです」
時間だいぶ早めに行ったというのに、既に店の前で待っていた奈央さんに合流し、恐縮しながら財布から出したカードを渡す。奈央さんは手慣れた操作で端末にカードを入れ、なにやら操作をしてから俺にカードを返してきた。
「はい、1000ポイントチャージしておきました。私からのおごりです」
「え、でも俺、追加金は……」
「ねえ、琥太郎くん。あくまで、ゲームとして、気楽にプレイしてみてください。さあ」
奈央さんに促されるまま、俺は――ヴァナリアスは相変わらずの人気で順番待ちが出来ていたが――とりあえず並んで一度プレイしてみた。
――怖い――半年前、純粋にゲームを楽しんでいた頃はギリギリで躱すのが気持ちよかったのが、敵からの射線を感じる度に”実戦”で被弾した時の記憶が蘇り身がすくむ。
結果もろに正面から被弾してあえなく大破。残り時間を大きく残してゲームオーバーの表示が画面に流れる。
筐体がビリビリと振動しているが、今の俺には子供だましな演出に感じられる。
「これは、ゲーム、ただの、ゲーム……」
奈央さんに言われたことを思い出し、自分に言い聞かせるように呟きながら、今まで避けていた追加金プレイである、”即時修理/再出撃”を選択する。直後に、無傷の自機が要塞から出撃する。
そうか、俺、もっと、自由にして、いいんだよな。
360°の曲面モニタ全体にぼんやりと――薄く伸ばすように――意識を広げながら一番の激戦区に飛び込んでいく。
――わかる、そこは抜けられる。ここで、逆噴射。体勢を崩している敵機、これは撃墜せずに機動力を奪って盾として利用する。
味方の行動も想像して――そう動いてくれたならこっちへ敵の注意を逸らせる――ありがたい、ナイスフォローだ――
――敵からの攻撃、ああ、それじゃダメだ。黒岩さんの攻撃に比べたら緩すぎる――集団の模擬戦、あれはキツかったな――
――あの敵機のパイロット、本気でこちらを仕留めようとしてたんだよな――
――それにしてもあの高機動型とかいう試作機は操作性ヒドかったよな――
「あれ? 敵機は、どこだ?」
いつの間にか、サブウィンドウのレーダー画面には、味方機を表す青い点がいくつか映るのみになっていた。
――――
「――前半と後半では別人のようでしたね。後半は神がかったプレイでした!」
半ば呆然としていつかのベンチで座って休んでいる俺に向かって奈央さんは興奮した様子で話しかけてくる。
「奈央さんのアドバイスのお陰ですかね。なんかいつも以上に周りが見えた気がしました」
「そう、それなら良かったです」
そう言って奈央さんは自分用の飲み物を片手に俺の隣に腰を下ろす。
「――”イップス”って、知ってますか?」
「ええと? 確かスポーツ選手とかのトラウマだか……ホームラン撃たれたピッチャーがなったりっていう」
「はい、それですね。琥太郎くん、君はそれになりかかっていたようです」
「俺が、イップス……? あ、ああ」さっきの、あの体の強張り……あれがきっとそうだったんだろう。
「先の戦闘は突発的なものでしたし、ましてあの試作機でしたからね。君の精神的な後遺症を心配する声は会社の中でも上がっていたんです。いくら落ち着いて見えても、まだ高校生なわけですからね」
「じゃあ今日の目的って、そのイップスの治療だったんですか?」
自分から出た声なのに、それがずいぶん残念そうなものになっていることに少し戸惑う。奈央さんがプライベートでなく、仕事として来ているように感じられてしまったからだろう。
「ああいえ、ちょっと知り合いのスポーツトレーナーに教えてもらったんで私なりにアレンジして試してみようとは思ったんですが、それはあくまでついでです。たまたま上手くいったようですけど」
ちゃんとしたカウンセリングとか手配してたんですけど、あっさり克服しちゃったみたいで無駄になりそうですね、と笑いながら。
「体を張って、助けに来てくれたのに、ちゃんとしたお礼もできてませんでしたし。今日はややこしいことは抜きにして、思い切り楽しみましょう。お昼も、なんでもご馳走しちゃいますよ?」
「そういうことなら、お言葉に甘えさせてもらいます。とりあえず、一対一の対戦しませんか?」
「フフ、望むところです! 行きましょう!」
勢いよく立ち上がって先行して歩く奈央さんの後ろ姿を見ながら。
ああ、俺はやっぱりこの人のこと好きなんだよな、と思った。
(つづく)