第9話・不格好な反撃・Bパート
敵は仲間がやられたことにひるむ様子もなく、こちらに銃口を向けて連射してくる。かわしながら一度距離を取ろうとペダルを操作したのに、いきなりその場で左旋回してしまう。機体後部に被弾、衝撃で旋回しながら吹き飛ばされる。
姿勢制御しようとするも右足の推進機構が反応しない。モニタの隅に出ている赤い警告表示は読んでいる場合ではないが、たぶん故障か燃料切れといった原因なのだろう。慌てて肩のスラスターを使って機体の回転を止め、膝のクッションを最大にして着地、すぐさまその場を飛びのくと一瞬前にいた地面に連続して敵の着弾跡が刻まれる。かなり危なかった。
しかしここで敵からの射撃が止む。一旦距離を取ったようで、こちらの有効射程圏内からも外れる。
「弾切れ――だったら嬉しいんだけどな」
こちらのライフルの残弾にはまだ余裕があるが、さっきのようにホバーで高速接近しながら攻撃、の手は使えない。後退しようとして旋回してしまったのも、右足のスラスター不調のせいだ。しかも背中のスラスターも被弾のせいで警告が出ており、全体にもぶつかったり転がったりといった物理的なダメージで負荷がかかっている。
それを相手に知られたらますます不利だろう。ホバーを切り、わざと余裕のある風を装って、堂々と立ち上がってゆっくり歩かせながら距離を詰めていく。
「そっちの敵には爆撃兵器もあるわ。気を付けて! くっ!」
奈央さんからの通信。あちらもあまり長くはもちそうもないが、焦りは禁物。しかし爆撃兵器って、施設を破壊していたあの赤い光弾か。――と、モニタに高熱源体反応とのメッセージが重ねて表示され、敵機の胸部がいびつに変形するのが見える。そこから放たれたのはやはり思っていたのと同じものだった。
あれをもろに食らったら一撃でアウトだろう。幸いにして機銃の弾よりは初速も遅く、かろうじて目で軌道を追えるため着弾予想地点から離れようと機体を動かしつつ、ライフルで相殺できないかと軌道に合わせて5連射。狙い通り光弾は空中で爆発するが、あれは近くに着弾しただけでもダメージを受けそうな威力だな。
どれだけ連射できるのかわからないが敵は次々に光弾を発射してくる。こちらのライフルの射程まで近寄らせない気だろう。さっきまでは動きすぎて困らせてくれた機体が、今はゆっくりと歩くことしかできずもどかしい。よけ切れないと判断した光弾はライフルで迎撃する。一気に距離を詰める方法は――ないことも、ないか。
どうせこのまま近づいていくだけではじりじり爆風でダメージを受けるかその前に直撃されるかだ。俺は思いついた方法を試すため再びホバー機能を起動させる。肩のスラスターだけではとても頼りないが、ゆるやかに前進を始める。加速が足りないなら、外から借りればいい。ほら、推進剤が真正面から飛んでくる――ここだ!
レバーを一気に前に押し出すことで機体を極端な前傾姿勢にしつつ、頭上を通り過ぎた光弾をライフルで背面撃ちしてわざと爆発させる。その瞬間がつんという衝撃を背後に受けて一気に加速。みるみる敵機との距離が詰まる。左のペダルの操作に集中して続く光弾を避けつつ、あとはライフルを前方に構えて一気に連射する。
「くらえッ」
俺のライフルの弾丸は敵機の光弾の発射口に吸いこまれるように着弾し、激しい閃光、続けて爆音。
「――2体――これで、2対1だな」
機体は既に大破状態でモニタは各種警告で真っ赤に染められている。ホバーを切って、最後の相手に向かって進み始める――が、決着はあっさりついた。仲間の爆発とこちらの存在に気を取られた敵機の隙を逃さず、奈央さんのライフルがここぞとばかりに銃弾を叩きこむ。ブスブスと煙を上げながら敵機が沈黙するのを見て、急に気が抜けた。
そして機体がガクガクと振動して全く進まなくなる。ああ、いよいよ限界か――と思いながら――
目の前が真っ暗になっていく。
――――
――ん、――君!
「白根君!」ハッと目を開ける。ひどい頭痛と気分の悪さ、そして眩しさに顔をしかめる。
「大丈夫!? どこか痛むの?」真上にぼんやりとした人影が重なり、それが次第に焦点をむすんで。
「……奈央さん、よかった、無事だったんですね……」
「もうっ、助けに来た方がボロボロじゃないですかっ! なんて無茶なことを……」
上から顔の上にポタポタと水滴が降ってくる。そもそも自分が今ベッドに寝かされていることにようやく気づいた。清潔そうな、病院のような部屋。
「ここは、どこですか?」
「施設内の医務室です。外ではまだ片づけをしていますが、防衛は成功しました。ひとまず安心していいでしょう」
涙を手で拭いながら、答えてくれる。あんまり、そういう顔は見たくないんだよな。
「ねえ、奈央さん」「なんですか?」
「フェンサー、めちゃめちゃに壊しちゃいましたよ。あと建物とか。これ、怒られますよね? 修理代請求されたりします!?」
「――もう、そんなこと気にしなくてもいいのに――クスッ」
すこしほころんだ奈央さんの口元を見てちょっとホッとしながら――
『俺、人の命を奪ったんだろうな』という考えをぎゅっと、抑え込んだ。
(つづく)