第8話・急襲・Bパート
整備班には夏休みの時に俺に教えてくれた人もいて、俺が手伝いたいことを伝えると、快く迎えてくれた。消火栓のような大きなホースで水を盛大にかけた後、大型のエアー・ダスターで水滴を飛ばしていく。これが一つあれば家で伯父さんの車を洗うのもずいぶん楽だろうなあと言ったら、ここのスタッフの中には自分の車をここまで持ち込んでコッソリ使っている奴もいるぞ、と教えてくれた。考えることはみんな同じらしい。
洗浄が終わったら重要な関節部や機関部に損傷がないか、といった目視も合わせた点検作業。ステーションでもあれから何度か重田さんにお願いして手伝わせてもらっていたから、そのあたりもだいぶ慣れている。部品の交換作業は不要ということで、整備作業は短時間で終わることができた。
整備後、コクピット内で先ほどの動きをリプレイしながら最適化作業をする。こういった調整内容はパイロットによって全然違うので、各自に持たされているIDカードに保存される。このあたりはゲームでも同じシステムだが、本物の”フェンサー”では設定できる項目ははるかに多い。上書き保存が完了してカードを引き抜いたところで、管制室の奈央さんから通信が入った。
「――ちょっと都合がありまして、試験運用はここまでとなりました。荷物を持って、すぐエントランスまで来て下さい」
「え、いきなりですか? 都合って――」
「いいから、早く!」
わけもわからず、着替える暇もないまま整備スタッフの人たちからも急かされて施設の入り口まで連れてこられる。そのままスタッフの一人が――夏休みの時に担当してくれた人だ――運転する車に乗せられ、急発進。
「何があったんですか!」あまりの振動に、舌を噛みそうになる。
「悪いけど、答えられない!」整備中には親しげに話してくれていた笑顔からは想像もつかない張り詰めた表情に、思わず口を閉ざす。
まだ学生の俺を巻き込めないような何かが起きたのは間違いない。何かの事故? まさか何か武装勢力の襲撃とか!? いろいろ想像を巡らしていたその時、背後で突然強い光が発生した。半秒後にドウッという爆音と衝撃が襲いかかってくる。振り返ると、さっきまでいた施設の一部が炎を上げて燃えさかっている所だった。
「な、何が――あれは、一体……」
上空に黒い影が見える。高さはわからないが動きは戦闘機のような直線的なものでなく、ジグザグに飛びながら施設から放たれている対空攻撃をかわしているようだ。そして時折赤く光る弾のようなものを射出し、それが先ほどと同じような爆発を起こしている。
「クソっ、早すぎる!」
舌打ちしながらハンドルを操るその肩に、後ろを向いたまま手をかけて声をかける。
「戻って下さい」「いや、しかし」肩においた手の力を込める。「戻って、下さいっ!」
ブレーキが踏まれ、車が停止する。
「訓練じゃ、ないんだ! ――あれは、もう……戦いだ」
「でもこんなところで逃されて、後悔したくないんです! もしそうなったら、どうせパイロットなんてもう出来ない!」
「死ぬかもしれないんだぞ!」
「死にません! それで、また、みんなで整備しましょう!」
「――シートベルトは、まだ、つけとけ」戻る前に怪我したら馬鹿みたいだからな、とボソっと付け加えて。
車はその場でUターンすると、一気に加速して施設に向かい始めた。
――――
あちこちから火と煙のあがる施設内、格納庫はまだ無事だった。直接車でシャッターをくぐり、内部へ。しかし、そこに、”フェンサー”は、なかった。
「なんでないんですか! まさか、誰かがすでにあれで出撃を!?」
「何故戻って来たんだ! ああそうだ、神宮寺特務官が先ほど――」
奈央さんが、出撃した――確かにパイロットの素質は高かったらしいが、他の仕事も忙しくしていた彼女がまともに実機で訓練できていたようには思えない。ここに戻ってくれば、俺にもできることがある――そう考えていたのに、希望ではなく、絶望がそこにはあった。
「他の機体は、ないんですか!」
その時、格納庫の外でドォーンというひときわ大きな音と衝撃が起きる。『ヤツが降りてきやがった!』『対地戦準備できてるか!』といった怒声が耳に入ってきた。いよいよ猶予がないようだ。その時近くにいた整備班の責任者――さっきエア・ダスターの話をしていた人だ――が、俺の腕を掴んでぐいっと引っ張る。
「こうなったら、お前に賭けるぞ! ついてこい!」そう言って、格納庫の奥にある扉をくぐらされる。
「――宇宙開拓に反対を表明している団体から横槍が入ってくる危険は予想されていたし、対応も取っていたんだが、クソッ、こんな力づくで攻めてくるとは――」
機材を操作しながら、そんな説明をしてくる。ということは、外にいる”敵”は同じ、人間なのか……思わずごくり、とあまり分泌されていないツバを飲み込む。そうしている内に、床が開いて整備デッキがせり上がってくる。そこに固定されていたのは、先ほどまで乗っていた試作機とほぼ同じ外見だが、全く塗装されていない鈍く光る金属の装甲をまとった機体――
「試作弐号機、高機動実験型だ。長時間の稼働は、保証できんぞ」
(つづく)
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