第8話・急襲・Aパート
ホバー機動は男のロマン。
「ウチのほうからも見えますけど、やっぱり間近から見上げると迫力ありますね」
「全長約250km,地下も10km以上深くにアンカーが打たれ、万が一にも抜けたりしないように固定されています。内部のチューブを使った水などの資源供給はすでに始まっています。エレベータとして人や軽い物資の輸送が始まるのは、年が明けてからですね」
「なるほど、アンカーのために掘った地下との温度差を利用した地熱発電でエレベータのモータを動かすんですか。エコですね」
12月末、学校が冬休みに入ったのを利用して俺は再び郊外の施設を訪れていた。地上戦闘仕様の”フェンサー”の試作機が完成したということで、そのテストパイロットとして協力を要請された。地上に降りている他の候補生は現在北海道で研修を受けているということで俺に声がかかったようだ。
未だ進路に迷いはあったが、内心パイロットになることに傾きつつあった。決意を固めるのにいい機会になるだろう、と俺はテストパイロットを引き受けたのだった。久しぶりに再会した奈央さんに軌道エレベータの基幹部の案内をしてもらった後、格納庫に向かう。一通りの注意事項などの講習を受けた後、いよいよ搭乗だ。
「シミュレータモード終了、動かします」
「はい、あまり飛ばし過ぎないようにお願いしますね」
「了解」
試作機は実戦機とほぼ同じ仕様でコクピットも一人用のため、奈央さんは格納庫の上の管制塔から通信で話してきている。
歩く、歩く、と念じながらペダル操作をする。いや別に念じなくてもいいのだが、気分の問題だ。重力下の制動は前回のステーションの格納庫でも体験しているが、地上ではその重力がずっと続く。正直、ただ歩いて移動するだけならば戦車のほうがよほど速くて安上がりだ。ここからの動作が、地上戦闘仕様ならではの要素だ。
「ホバーモードでの移動テストと攻撃演習をします。的をお願いします」
格納庫をから広々とした演習場に出て、スイッチ操作でモードを切り替えると、機体の足首付近から猛烈な勢いで気流が起き、わずかに浮き上がる。脚や背中、肩の推進機構の方向と出力を加減しながら、ゆるやかに加速、方向転換。接地抵抗がないので水平方向限定ではあるが宇宙での挙動と同じようにある程度慣性が効いた動きに感覚を慣らしながら、100mほど先に次々に出現する標的の位置を確認する。
右手のライフルを構える。自機の移動速度や重力の影響をコンピュータが自動で計算して修正してくれるのを信用しつつ、トリガーを引く。大気のある地上ではレーザー兵器は拡散してしまい威力が出ないため、実弾兵器が使われる。もっとも今ライフルに装填されているのはペイント弾だ。
標的の中央には当たらずかろうじて一番外の円に塗料が付着するのを望遠モードのサブモニタで確認し、次弾の発射時修正値のフィードバックを行う。その間もペダルを小刻みに操作して前後左右に緩急をつけて動かす。実戦では立ち止まっていたら自分自身のほうがいい標的だ。並んでいる標的を次々に塗料で染めていく。
演習場の中央まで進むと、不意に自機を取り囲むように標的が出現してきた。とっさに急制動から左右のスラスターを逆噴出させて右方向にスピン。撃つ瞬間だけ少し右腕を左に流すことで射線がブレるのを防ぎつつ、連射。
16の標的のうち15にはほぼ中央に着弾、しかし1つは完全に外した。あれだけ高さを変えて配置していたようだ。意地悪ではあるが、実際にはもっと複雑なのだろうから、感謝するところか。
そんなことを考えつつも、ホバーの機能を一旦停止して、接地。回転の勢いをガリガリと地面をこすって殺すと、もうもうと砂埃が巻き上がる。ペダルを踏みながらスラスターを吹かせてジャンプ。勢い余って50mほど飛び上がってしまったが、無事だったターゲットと距離をとって着地、すかさず狙い定めてトリガー。ど真ん中に命中したのを確認する。
「はい、そこまで。状況判断、操縦とも素晴らしいです。お疲れ様でした」
――――
格納庫に機体を戻し、コクピットを出て床に降りる。宇宙空間と違ってあの短時間の訓練でもずいぶん汚れてしまっている。まあ最後に試した接地ブレーキで砂埃を上げたのが一番の原因ではあるが。
「整備班が悲鳴上げてましたけど、最後の砂埃、あれはわざとですか?」
「はい、ああやって一気に巻き上げると煙幕がわりになるかな、と思ってちょっと試してみました」
管制室から降りてきた奈央さんが、俺の傍まで来て同じように機体を見上げる。ステーションで使った訓練機はややずんぐりしたイメージだったが、試作機はぐっと引き締まった外観になっている。脚のひざから下、足首にかけての装甲は裾が広がっており、これはたぶんホバー機能を使う地上仕様ならではなのだろう。
「さっきまでピカピカだったのに、いきなり埃まみれですね」
「――洗浄と整備、手伝ってきます」
奈央さんをその場に残し、俺は整備の人たちのほうに駆け寄っていった。
(つづく)