第6話・訓練と交流の日々その2・Bパート
立つ鳥跡を濁さず、なんて申しまして。
「――ここ数日、私のことを避けてませんか?」
「や、そんなこと、ないですけど」
午前中の模擬戦の後、少し遅めの昼食時。食堂でテーブルの向かい側に奈央さんが腰かけてきた。
「ほとんどの候補生と模擬戦したようですが、どうでしたか」
「ハイランカーってみんな廃課金でポイントを稼いでると思ってたんですが、テクニックも半端ないですね」
「まあ、そういう人は事前審査で落としましたからね」
ソースをかけようとして、ドバっと出すぎて真っ黒になったアジフライを前に「わぁっ」と慌てる奈央さんを眺めつつ、俺は俺で自分の前に置かれた生姜焼き定食に手を付ける。こういった普通の料理を食べていると、宇宙ステーションにいるってことを忘れそうになる。
「……むぐ。ただ、奈央さんが以前言ってたような傾向はありますよね。被弾上等というか、ダメージ負っても平然してる人が多いと思います」
「うう、からい……その辺は、この先の訓練課程でも教えられることになるんですけどね。やはり早い段階で気づいて欲しいところですね」
「いっそダメージ判定の時に『修理するのに100万円・10時間』とか表示させればいいんじゃないですか?」
「ふふ、面白いアイデアですが、修理代は場所によりますけけど1,2桁違いますよ。兵器って、高いんです」
「ええっ、そんなにかかるんですか!?」
「それでもパイロットの命には代えられません。操縦の上手さ含め、積んだ経験ごと失ってしまっては大きな損失になりますからね」
「こうやって俺たちが訓練してるのにも、すごいお金かかってるんですよね?」
「現在”フェンサー”の部隊を編成するのにあたり、地上の戦闘機パイロットから選抜して訓練もしているのですが、勝手が全然違うので時間がかかるようです。今回の訓練参加者はゲームとは言えある意味たくさん経験を積んでいる人たちなので習得が早いですね」
一から育成するよりゲームで見込みのある人を探して実地訓練をした方が時間もお金も節約できるってことか。それでも宇宙まで連れてきて2週間滞在するだけでも、相当にお金がかかっているんだろうな……
「――どうしたんですか? お肉を持ち上げたまま難しい顔して?」
「いや、この生姜焼き定食、いくらするのかと考えたら食べるのがちょっと怖くなりまして」
――――
「――大掃除?」
最終日前日の朝、俺は自分から局長室に出向いて神宮寺さんと話をしていた。
「はい、技術部の重田さんが言ってたんです。『ステーション外の宇宙ゴミの始末が大変だ』って」
「それを、”フェンサー”に乗った候補生でやるというのかね」
「はい、軌道上での動作や、細かい船外作業の訓練にもなると思いますし、何より――」
「何より?」
「――授業の最後に”教室”を掃除してキレイにするのって、当たり前だと思うんですよね」
「ふむ、高校生らしい、素晴らしい提案だね。希望制にして、やってみるといい」
――――
「おお、フィールドの外って、なんか怖いな」
「――デブリ発見、これで3つ目だぜ」
「む、あそこに大物が! 俺に任せろ!」
今まで模擬戦をしていたのはステーション上空の特殊な網で囲まれたフィールドだったが、現在はさらにその外部。機体には長いワイヤーがついてはいるが、下手な操作をしたらステーションからはぐれたり、大気圏に落ちかねない危険な場所だ。
局長室を出た後食堂や格納庫で他の候補生たちに声をかけて回ったところ、皆乗り気で快く参加表明をしてくれた。それで午後からフィールド内で模擬戦を行う班と、フィールド外で清掃やステーションの外装整備にあたる班に分かれて、交代して作業することになった。
かつての人工衛星や旧式の宇宙ステーションの残骸などのデブリは、放置すると衝突の危険があるため通常では接近するたびにロボットアームなどで処理していたらしい。しかし”フェンサー”なら少し離れた場所にもこちらから取りに行ける。金属資源の塊なので、大気圏に落とさず回収すればリサイクルも可能らしい。予備のネットで即席で作ってもらった大きな”ゴミ袋”は既にいっぱいになっている。
向こうではステーション外壁のパネル交換を行っている機体もいる。ああいった作業も本来なら宇宙服を着た作業員が何人もで行うようなものらしいが、巨大な”フェンサー”の手でずいぶん器用に作業しているようだ。
「結城さん、お疲れ様です。すごい手際いいんですね!」
「これもマクロさ。パネルの大きさを変数に入れて繰り返し処理を組んでるんだよね――そこのパネルをこっちに」
「あ、はい、どうぞ」
「やっぱり君、面白いよね。みんな訓練で上手くなることしか考えてなかったのに、『最後にお世話になったステーションにお返ししましょうよ』って」
「迷惑でしたかね」
「いや、みんなけっこう楽しんでやってるんじゃない? 実際いい訓練にもなってるし。ボクもマクロの応用の幅が広がったしね」
「おーい、琥太郎! 見ろ! こんな大物を確保したぞ!」
黒岩さんは、相変わらずだな。
(つづく)