居酒屋・ヒーローズラウンジ
私は何も事情は訊かないよ。ただ、あなたのグチを聞くだけさ。
ここは居酒屋『ヒーローズラウンジ』。世を騒がす悪党と戦うヒーローの為の聖地。
働いているのは店主である私と桃野香織というアルバイトの少女だけだ。ちなみに彼女はかの有名なヒーロー、桃太郎の子孫である。常に愛刀の桃一文字なる脇差を手放さないが、さすがに仕事のときは外してもらっている。お客の中には刀を持った奴を相手にしている方もいるからだ。斬りあいにでもなったら聖地どころか誰かの墓場になってしまう。
今日もお客がやってきた。とんとんと戸を叩いている。香織ちゃん、開けてやってくれ。
「はいはいー。開いてますからどうぞ勝手に入ってきていいですよー」
「いや、開けてきてくれ」
「鍵開いてるから勝手に入ってくるでしょ、店長?」
「あの人は特別なんだ。……まあいい、なら私が行く」
小首をかしげてアルバイト少女は考え込む。そうした仕草が可愛らしいためか、お客の中にはじっとそれを見つめて和んだ空気を楽しみに着ている人もいる。一応彼女もヒーローの一人なのだが、ここではそのことはオフレコになっているのだ。
っと、いけない。今は戸の外にいるヒーローをお迎えしなくては。
「はいはい、どうも、超人さん。とりあえずそこをどいて裏庭に回っていただけますか。表の道が渋滞になるんで」
じゅわ、と返事をして一歩でうちの店を乗り越える。ずしんと地響きがしたが店の人間は大半が常連なので驚く様子は無い。私は裏にある勝手口から外に出ると、お客の注文を聞く。
「超人さーん、今日は何にしますかー」
「焼酎お湯割り、2:1で」
やろうと思えばこの人は地球言語を話せるらしい。一応しばらく胸に流星のバッジをつけた防衛軍の人に憑いてたため、自然と覚えられたそうだ。
「はいよ、お湯割り」
「どうも」
上から巨大な手が伸びてきて、中華なべに盛ったお湯割りの焼酎を上へと運んでいく。超巨大な中華なべも、この人の前ではお猪口以下の小さな器にしかならない。
「一杯二万円もする量でも、あなたには全然足りないですよね」
「しかしグチを聞いてもらうのだから何かしら飲み食いしなくてはルール違反だと思うのでな」
表情が変わらないのでよくわからないが、多分苦笑してるんだと思う。ちなみにこの超人さんの給料は月々三十六M78らしい。一M78は日本円に換算すると約一億円とのこと。
「というかどうやって呑んでるんですか」
「わたしは太陽エネルギーで出来ているので、全て蒸発する」
意味ないだろ。言わないけど。すると超人さんはがっくりうな垂れ、とつとつと語り始めた。
「……聞いてくれないか、店長」
「ええどうぞ」
「もう疲れた。仕事したくない」
うちの店でも一番高い頻度で聞くグチだ。
「どうしてですか」
「空飛んでる最中に人身事故起こしてしまったから命を渡して、生き返った彼と共にしばらくこの地球で怪獣と戦って……Zンと戦ってから兄さんに助けられて故郷に帰れたはいいけど家族からは非難の嵐。裁判の結果三万年牢獄に入れられた」
「随分入りましたね。というかならなんでここにいるんですか」
「面会にきた太郎を怒らせて、超ダイナマイトを使わせて牢獄を破壊したのだ」
ただの脱獄囚だよこの人。
「逃亡には随分時間がかかった。しかし随分逃げたからしばらくは大丈夫だろうと思う。眼フィラスのところに二回泊まってたが、窓の外を兄さんが通ったのを見たときはさすがにひやっとしたな」
一度戦った相手のところに泊まったのかこの人。話だけ聞いてると家出中の中学生と変わらんな。
「で、どうする気なんですか」
私が尋ねると、超人さんは肩を落とした。
「昨日わかったがわたしには五千M78の保険金がかけられていた。どうやら、家族はわたしを怪獣と戦ってたように見せかけて殺るつもりらしい」
どんなヒーロー一家だよ。ダークヒーロー通り越してる。ピカレスクか?
「携帯電話を持ってきたんだが、毎晩十二時に電話がかかってくる。電話の向こうでは怪獣たちの悲鳴があがっていた。多分、何も言わなかったが『おまえもこういう悲鳴をあげさせてやるぜ』という意味に違いない」
「家族でしょう。そこまでやるはずないですよ」
「いいややる、あいつらは絶対に殺る。実際、わたしも狩られる立場になるまでは平気で怪獣を惨殺していた……今思えば、葉ルタンは一族郎党皆殺し、ジャ見ラにいたっては守るべき地球人だった。わたしは――罪をあがなうために殺されるのかもしれない」
普通それは怪獣の遺族がやるべきだと思うが気のせいか?
と、その時空の彼方から見覚えのある人がやってきた。超人さんが怯える。
「は、母様……」
どう見てもその方は鉄アレイっぽいものを持っていた。
「覚悟はいいかしらマンよ」
そのまま超人さんは消えた。常連がまた一人、いなくなった。
店に戻ると、香織ちゃんが誰かの相手をしている。良く見ると日曜朝にふたりで戦っている女の子の黒い方だった。
「もう、白の方を信じられない」
「だいじょーぶですよー。多分ですけど菜の葉か運命ちゃんなら黒い方である運命ちゃんの方が人気ですから」
論点ずれてるぞオイ。
お客の一人が香織ちゃんが剣客であることを知り、軽く手合わせがしたいと言ってきた。
店の裏からは『インビジブル空気』だの『約束された勝利の刀』だの聞こえてくるが無視した方が身のためだろう。前にああいう戦いを覗こうとして、右腕を『もっていかれた』ことがあった。
「はい、いらっしゃい」
バイクの音が聞こえたので誰が着たかは容易に想像がついた。
「やあ……マスター。サイくロン号で最高速を出してきたよ」
確実に速度が違反すると思うんだが。
「なんにしますか?」
「……芋焼酎」
やっぱりバッタだから植物系がいいのだろうか。
「どうですか、今日の焼酎は」
「最高だね……マスター、やっぱりボクはこの店が一番好きだよ……」
ムダに溜めてしゃべらないでほしい。
「ありがとうございます。ところでツケが溜まってますが」
「聞いてくれ……。最近金が入らない」
出てってくれ。
「なんでですか」
「ボクの仕事は……怪人を一人倒すごとに、歩合制で給料が出るんだ……」
だから溜めるな、ムダに間を置くな。あと焼酎飲む姿が渋すぎてうっかりだまされそうになる。
「しかし!最近は諸ッカーの怪人も求人広告を出しても……来ないらしい、人が、全く」
三段論法?
「どうやら……ボクが、敵を倒しすぎたらしい……」
「ビビって諸ッカーになりたがる人がいなくなった、と」
静かにバッタ仮面は頷いた。
「デパートの屋上のヒーローショー……あれですら、敵役は怪人一人がいいとこさ……」
子供の幻想殺しだなこの人。
「まあまあ、それでも頑張っているんでしょう」
「ありがとう、マスター。ボクは……あなたの励ましだけでも頑張れるよ……」
だんだん気持ち悪くなってきた。
「で、ツケなんですけど」
「……」
無視か。
「臓器でも売りますか」
「おいおい、冗談……だろう?」
「どうせ改造されてるんだから一個や二個とっても大丈夫だと思う」
「おっと、諸ッカーが現れたらしい」
サイくロン号。アレはマジで早い。乗って逃げられれば老いぼれ店長は追いつけません。
「○○さん」
私は部屋の隅に居た男に呼びかける。
男はこちらを振り向いた。
「どうかお願いします、あの男を止めてください」
私は懇願している。
男は頷いた。
「はい」
そう、生ける伝説。
頼まれれば絶対に『はい』か『いいえ』でしか答えられず、フラグを立てるための性質上こうした街の人からの頼みごとは『いいえ』を選んでも「お願いします!」を連呼されるなどしてほぼ確実に引き受けてしまう男(女のときもある)。
「○○のこうげき!戯画スラッシュ!」
名無しの少女(少年のときもある)。猫の人形を持ち歩いてて二股に分かれた帽子をかぶった黒服の女の子。間違えたこれは違う。
常に剣を手放さず、様々な剣技、魔法を使いこなす最強の中の最強。
しかしこうした場では彼は名を持たない。
彼に名を与えるのは、心に勇者を持つプレイヤーのみ。
「さ……サイくロン号が……マスター、これはひどい」
「やかましい。さっさとツケ払え」
大破した愛車の前で立ち尽くすバッタ仮面に、私は冷酷に言い放つ。
「いいえ」
○○、おまえもさっさと払え。十二万Gもツケがあるだろ。
……ここは居酒屋ヒーローズラウンジ。
たまにでいいから私のグチを聞いてくれる人募集中。
暇があれば続編を書くつもり。です。ハイ。なの。