相容れぬモノ
「やっべぇ……」
まだ来たばかりで町の構造を理解していないのに、調子に乗って適当に分岐を曲がり続けた結果、袋小路に行きあたって追い詰められた。
最初に追いついてきた奴から何とかダガーを奪い、返り討ちにして手傷を負わせたまたではよかったが、さすがに後続全てを相手に立ち回るには武器との相性が悪い。逃げ込んだ通路が狭いから一度に全員を相手にする必要はないのが救いだが、すぐに対応してくるだろう。
(一度にダガーを投げつけられたら避けきれないぞ)
敵としても一度武器を投げてしまえば攻撃手段がなくなる上にこちらに武器を与えることになる。
(手に持っているダガーが全てとは限らないけど……)
そもそも敵の目的は俺じゃない。俺を生け捕り、あるいは半死状態で人質にしてエルたちを待つのが目的だ。ある意味で今の状況は生け捕りにされたようなもの。そうだとすれば俺が逃げる可能性を高めてまで殺そうとはしないはず。
「っ!」
何事か話し合って頷いた人間たちがとった行動は、予想に反してダガーの投擲だった。俺が逃げ出す可能性を考えていないのか、あるいは確実に動けなくなる程度の致命傷を与えられると踏んだのか。
どちらにせよ黙って攻撃を受けるわけにはいかない。
横目で壁を探ってみたものの、こういう時に限って配管もなければ窓枠もない。人間の身で上ることはできそうにない。
次に前に集中する。
敵は5人。ただし1人は負傷中で後方に下がって退路を断っているので、ダガーを投擲しようとしているのは4人で計8本。時間差はあるが独りで8本を捌かなければならない。
放射状に投げるのがセオリーだろう。こちらは急所である顔・首・胸を守らなければならない。しかしそこを守ろうとすれば間違いなく下半身をやられる。
敵は間違いなくソコを狙ってくる。
足を傷つけて生きたまま行動不能にする。
だとすれば初撃が放たれたと同時にジャンプするのはどうか。狙いが動けば多少の動揺が生まれ、2撃目との間にタイムラグを生むことができるのでは。
(いやダメだな。一度空中に上がってしまえば回避できなくなる)
人間である俺に翼はなく、空中での回避は不可能。上がってから落ちるまでの間に一瞬静止する事にもなる。人間とはいえ暗殺集団である連中がその隙を見逃すはずがない。
「撃てぇー!」
とかなんとか考えているうちに、初撃が放たれた。
「くっ!」
予想通り上半身目がけて飛んでくる。1つは顔に、1つは首にそして残りは心臓と、顔のさらに上だ。
(飛び上がって避けるのも予測していたっていうのか)
人間たちはダガーが俺に刺さる前にもう1本を投げるモーションに入る。
(くっそっ!ヤられるっ!)
回転を利用して顔面に迫るダガーと首に迫るダガーを一度に弾き飛ばし、心臓に向かうダガーを受け止めたところで既に放たれている2撃目。
ドスッドドドッ
「ぎっ……」
すべて命中。
両方の太ももに1本ずつ。右のふくらはぎと、左足は甲から足を貫いて地面に縫い付けられた。踏ん張りが利かず倒れそうになる身体を後ろの壁に体重を預けることで支えにする。
急所……股間を狙わなかったのは足止めするのが目的だからだろう。
「今だっ!狙えぇっ!」
「ちっ、いってぇぇ……」
飛んできた3撃目を上半身の捻りだけで弾き飛ばす。下半身に力が入らないために回避することができないからだ。しかし動けば動くだけ痛みは大きくなる。
痛みで動きが止まった隙にさらに4撃目の3本が命中。両肩と右腕……1本は壁に当たって跳ね返ったが、完全に磔にされた状態だ。
「ぐっ……」
「さて……まずはその武器を手放してもらおうか?」
もう俺に戦闘力が残っていない事を確認したからだろう。人間の1人が近づいてきた。
「……なんでお前ら竜人を狙う?何が目的だ」
加えてあそこにはまだ多くの竜人がいた。彼らを差し置いてエルやルイーザだけを狙う理由はなんだ?
「知らんよ。我々は上からの命令で行動しているだけだからな」
もう勝った気でいる人間はあっさり自分たちの事をしゃべりだす。一瞬周りの人間も色めき立ったが、喋っている男が問題ない、と手で制すと落ちつきを取り戻した。
(この男がこの部隊のリーダーか。ただし黒幕じゃない。命令を出した存在が他にもいる。予想以上に大きな事件なのか?)
今ならいろいろ喋ってくれそうだし、もう少し探りを入れることにする。
「……だいたいその戦力で正規軍と闘えると思っているのか?」
「フン、こいつらだけだと思ったか?我らの背後にはもっと多くの同志が居る。――この国だけではない。世界にはまだ居るぞ、竜人の支配を認めない人間が」
「まるで人間すべての意見を代表しているというような口ぶりだな」
「当然だ。支配され続けて喜ぶ者はいない。同じ人間ならまだしも異種族などにっ……」
男はさも当然だというように言葉に感情を……怒りをのせた。
「……お前も人間だろう?なぜ竜人を守る。なぜ人間に敵対する」
裏切り者とでも言いたそうな口振りだ。だが残念ながら記憶に残っている限りにおいて、俺は一度たりとも人間側に付いたことがない。
「そんなの決まっている。家族で、仲間で、友達で、そんなアイツらが好きだからだよ」
バアサッ
上空で大きな翼が羽ばたく音がする。
「ハールくーんっ!」
驚いて振り仰いだ男の視線の先には急降下してくるエルの姿が映っただろう。あいにく俺は肩を縫いつけられているせいで直上を見ることができない。
「っ!真上からだとっ!?」
「迎え撃てっ!」
相変わらずどこから取り出しているのか、いつの間にか全員の手にはダガーが握られていた。それら全てがエル目がけて放たれるものの、金属音と共に弾かれた全てのダガーが俺の足元に振ってきた。
(防御壁はちゃんと機能しているみたいだな。……ってことはやはりあの現象はここでは起きていない)
一秒ほどの間があって、ブリューナクを地面に向けて構えたまま上下逆さの状態でエルが降ってくる。ブリューナクの剣先は石畳の間に突き刺さり、幾つかの石のブロックと共に土煙を巻き上げた。
「レーゲンハルトくんから離れなさいっ!」
さらに上空からはルイーザの放つ、本来の出力のドラゴンフレアが人間たちを襲う。ドラゴンフレアによって土煙は一瞬晴れ、人間たちもエルも無事だというのが確認できたが、ドラゴンフレアが石畳を巻き上げたため吹き飛ばした以上の土煙が路地を覆う。
「ハルくんっ!」
「ふぅ、どうやら間に合ったみたいだな、エル」
土煙の中でもエルは簡単に俺の姿を見つけた。多分魔力か何かで探っているのだろう。
「で、でもハルくん血塗れで……」
「ああすんげぇ、痛ぇ……」
心配そうな顔と声だが、俺の身体からダガーを抜くエルの手には迷いがない。あっという間に11本のダガーは抜き取られ、支えの無くなった俺の身体はずるずると壁を背にする形で座り込む。
そしてその脳天目がけて振り下ろされるブリューナク。
振り下ろされる動きで土煙が一瞬晴れて月明かりが降り注ぐ。
「え、エルちゃんっ!?」
ルイーザの慌てた声が聞こえたが、直後に頭に熱を感じて聞こえなくなった。
「痛……くなくなったな」
「いったい何をっ……、あれ?大丈夫、なんですの?」
エルの暴挙に目を止めたルイーザが慌てて降りてくるが、俺が普通に立ち上がる姿を見て首を傾げる。
疑問の理由としては「殴られたのに」というのもあるのだろうが、本当に大丈夫かという確認もあるのだろう。
ダガーによってできた全身の傷は、骨折も含めて完治している。しかし服は破れたままだし、そこにこびりついた血も黒く変色したままで、一見ひどく痛々しい。
「ああ、傷は全部治ってるはずだ」
「えっと……?」
「?……ああ、これがこのブリューナクの能力だ。……正確に言うとエルの魔力をブリューナクに充填した時に発言する能力、だけどな。
打撃力を飛躍的に上げる代わりに、殴った対象を完全治療する」
「あの……それは武器と呼べるんですの?」
たしかに。
武器とは本来、敵を傷つけ殺すもの。守るという目的であったとしてもそれは変わらない。
しかしこのブリューナクは注入された魔力の性質を増幅する機能を持っている……らしい。
シルバードラゴンが得意とするのは防御と癒し。故に防御を増したブリューナクは鈍器として最高硬度になり、癒しの力が対象の治癒能力に働きかけ頭がい骨陥没も治療する。
「まあ、いいじゃねえか。俺は守れればそれでいい。それに捕獲するのにこれほど有用な武器もないだろ?」
ヒュヒュンッ
ガイィィン
俺たちの話し声に反応してダガーが飛んできた。エルが振り向いて防御壁を展開、ダガーを弾き飛ばした。その衝撃波が土煙も吹き飛ばす。
すでに人間たちは展開済み。俺たちを逃がすまいと前から2、2、1の陣形で道を塞ぐ。
「さあ、反撃の時間だ。ルイーザは後方で援護射撃。エルはルイーザの防御をっ!俺は攻め込むっ!」
「うんっ!」
「え?……、はいっ!」
ルイーザが「1人で行くつもりですの?」とでも言いたげな表情でこちらを見たので、とりあえず頷いて前を見る。返事はしてくれたので援護射撃はしてくれるだろう。
ちなみに俺たちの陣形は前から1(俺)、1(エル)、1(ルイーザ)。
ブリューナクを低めに構え重心を前に倒して突進する。
「はああっ!」
先行する俺目がけて敵の2人が迫ってきた。片方は投擲の構え、もう一方は近接戦の構えだ。
「なあっ!?」
手前で構える男は先ほどとは違う俺の動きに対応できなかった。肉薄した勢いそのままにブリューナクを振りぬき、投擲しようとしていた人間目がけて吹き飛ばす。
「っ!」
慌てた後方2人は投擲の構えを取った。しかし俺に集中して周りへの警戒が疎かになった2人に、ルイーザのドラゴンフレアが殺到する。
2つずつ、計4つ。
共に1発目は何とか回避したが、2発目は直撃する。ただし片方だけ。
無事だった男がダガーを投擲した。目標は俺ではなく後方のルイーザだ。
「ダメェッ!!」
俺の脇をすり抜けたダガーは、文字通り翼を広げて飛び込んできたエルによって弾かれる。
もちろん俺も黙って見ているわけではない。音で2人とも無事なのを確認すると、投擲したままの姿勢で固まっている人間にブリューナクを叩きこんだ。
「ぐべっ!」
ゴギンッという明らかに骨が折れた音がしたが、ブリューナクの能力ですぐに全快する。ただし気絶したままだ。
「ハルくんっ!!」
ヒュガイイイィィィン
至近距離で防御壁が展開し、金属が軋むような音が頭を叩く。
どうやら今倒した男の影から狙われたらしい。
顔面直撃コース。さっき迄とは違って、既にここに2人をおびき出している以上俺は用済みというところだろう。
「っ!!」
エルにもそれが分かったようで、見たことがないほど怒った顔をして人間に向かっていた。
「エル待てっ!!迂闊に……」
突如後方に控えていた人間が懐から何かを取り出し、地面に投げつける。
ぼふっ!
間の抜けた音が響くと同時に、狭い道いっぱいに煙が広がる。前に出たエルも周囲の人間も、すぐ後ろに居るはずのルイーザの姿までもが煙の中に消えた。壁がうっすらと見えることで何とか前後の方向がわかる程度に視界が奪われる。
「っ!?これは……」
「きゃっ!?ぶむっ!」
慌てたルイーザが石畳のでっぱりに引っかかって、俺の背中に体当たりしてくる。顔面で背中にぶつかったようで熱く湿った吐息を腰に感じる。
エルのように角が前を向いていたらと思うとぞっとする。どんな致命傷も死ぬ前であれば、ブリューナクで叩けばあっという間に完治するのだが痛いモノは痛い。
「大丈夫か?」
「は、はい……。でもこれは……」
ルイーザは背中に張り付いたまま動こうとしない。酒場の時のように恥ずかしいのかと思ったが、縋り付くような手の動きに反してあまり力が入っていない事に気が付いた。
いや力が入らないのだろう。
「力が入らない?」
「はい……」
「っ!エルッ!エールッ!」
先行してしまったエルを呼ぶが返事がない。
「ルイーザッ!弱くてもいい、ドラゴンフレアを打ちまくれっ!」
「え?でも……」
ルイーザが不安そうに見上げてくる。フレンドリーファイア。同士討ちを心配してるのだろう。
「エルなら大丈夫だ。最悪ブリューナクで叩けば治る!今は……」
「ん、わかりました。すぅ……エルっちゃーんっ!!」
ルイーザが俺の腕につかまったまま前を向いて咆哮した。放射状に放たれた小さなドラゴンフレアはあっという間に煙に飲み込まれる。
ボッドォォォ……
途端に周囲の煙が赤色に燃え上がる。
(これは粉じん爆発……つまり煙の正体は何らかの粉?)
ルイーザを地面に押し倒し背中をブリューナクで守りながら思案する。
「ひあっ……」
悲鳴をあげそうになったルイーザの頭を胸に抱え込んで強引に止める。
「(あんまり息するな。肺の中が焼けるぞ)」
「(はい……)」
耳元に口を寄せて必要最小限の言葉を交わす。頭を軽く撫でて落ち着かせつつ、背後の熱に耐える。
(背中が、熱いを通り越して痛いな)
時間にして2、3分ほどだろうか。突然燃焼が止まり代わりに新鮮な空気が流れ込んだ。
一息ついてルイーザの上から身体をどかして距離をとる。見たところ彼女の身体に損傷はなさそうだ。服の端が少し焦げている程度。
自分の服も確認したがやはり少し焦げているだけ。這いつくばったおかげで粉じん爆発の衝撃波や熱はともかく、炎自体からは逃れることができたらしい。
(ブリューナクは治癒能力を高めるだけだから、叩いたところで服は再生しないからな)
「(そうだ……エルは?)おい、エルっ!」
声をかけたが返事はない。巻き込まれて気絶しているのだろうか。
粉じん爆発の影響で白かった煙が黒くなってしまっている。さっきより薄くなっているとはいえ見通しの悪さは変わらない。ブリューナクで風を起こしながら少しつずつ進んでいく。
「エル?おーいっ!」
そうやってしばらく進んだがエルの姿が見えてこない。先ほどの爆発で袋小路のどこかに亀裂でも入ったのか、空気が動き始め視界が開けていく。
(いない……?っ!エルだけじゃなく人間たちもいないぞ?)
月明かりが照らす道にはエルも人間も、彼らが投げ捨てたはずのダガーも何一つ残っていなかった。
「エルっ!?エーーーールッッ!!!」
俺の声に答える者は誰も居なかった。