渦中への誘い
ルイーザが食べ終わるのを待って追加でコーヒーを頼む。エルも同じ物を頼みたがったが、絶対に飲めないので勝手に果実ジュースを頼んでおいた。不満顔だったので、俺の分を飲ませて納得させる。
ちなみにルイーザは紅茶が好きらしいのだが、入れる人によって大きく味が変わるとかでレモネードを頼んでいる。
「うげっ?」
「苦いだろ?」
「何でこんなの飲むの?」
「香りを楽しむんだよ。あと肉料理の後飲むと口の中がすっきりする」
「む~」
正直に言えば俺も最初は苦手だった。なぜかあの竜が執拗に勧めてきたので飲めるようにはなったが、おいしいと思えるようになったのは最近だ。
「自分の好きな物飲めばいいだろ?」
「ハルくんと同じ物がいいのっ!」
それでも口の中の苦味に耐えられなくなったのか、自分のジュースに口をつける。
ぶくぶくとジュースの中に息を入れて遊びだしたので頭にチョップを入れて止めさせた。
「仲、良いのですわね」
その様子を眺めていたルイーザが羨ましそうに声をかけてきた。レモネードに口をつけず、グラスに刺さったストローで中身をかき混ぜている。
「まあ、な……。マリアってのもルイーザと仲良かったんだろ?」
「はい……。あの、それで」
「ああ、作戦会議を始めようか」
テーブルの雰囲気が変わる。察したエルもジュースで遊ぶのを止めて身を乗り出した。
「……まず攫われた時間は?」
「今から2時間ほど前ですわ」
「……結構経っているな」
「城の中庭――、一般公開されているほうではなくて、我々王族と召使のみが入れる中庭があるんですけれど――城の中からその中庭へに出ようとしたとき、わたくしのすぐ後ろに居たマリアが攫われたのです」
午後の鍛錬を終えて、いつものように数人連れ立って中庭へ出ようとした時のことだという。突然身体に脱力感を覚えた。初めての感覚に取り巻きの女性達にも動揺が走った瞬間、ソイツらは現れたらしい。
人数は分からない。
一様に黒いローブを身に纏い、真横から飛ぶような速度で襲撃してきた。
当初の狙いはルイーザだったそうだ。しかし間に入った侍女たちが何人か薙ぎ倒され、ルイーザに迫ったところに、身を翻して飛び込んできたマリアが、ルイーザと位置を入れ替えるような形で身代わりになって攫われたという。
「すぐに追わなかったのか?」
「それが……、体に力が入らず、飛ぶ事ができなかったんですのよ」
「飛べなかった?」
「ええ、先ほども申し上げましたが、彼らの襲撃を受けた折、なぜかわたくし達は大きく力を落していました。さらに魔力で探って後を追おうにも、襲撃者からは魔力を感じませんでしたし」
「力が落ちていたからか?」
「そうかもしれません。……しかし、最初から一切魔力を感じませんでしたので……」
「人間かもしれないってこと?」
エルがコップから口を離して首を傾げる。
「おそらく……」
「ふむ……」
確かにそれだけの情報だと襲撃犯の正体は人間である可能性が高い。
しかしルイーザ達は最初から人間が怪しいと思って行動している。見えるはずのものが見えていない、見えていても観えていない情報がまだあるかもしれない。
それに裏を返せば、魔力を完全遮断する手段があれば全ての責任を人間に押し付けられるということでもある。
断定するのはまだ早い。
今重要なのはマリアの消息だ。人間、あるいは魔力を遮断した何かと仮定しておくとしよう。少なくとも分かっているのは追跡に魔力が役に立たないということだけだ。
「(……あれ?魔力で追えないのに、)ルイーザはどうやってここまで追ってきたんだ?」
「警備の者が黒装束が逃げるのを見ていたんですの。わたくしもこちらの方角へ逃げて行ったのは確認いたしましたし。それで闇雲にこのあたりを探していたら……、レーゲンハルト様を見つけて……」
「……妙だな」
「何がですの?」
俺は指を立てながら答える。
「①犯人が人間だった場合、竜人が多いこの北側に来るのはリスクが多いだろう。2時間前っていったらまだ夕方だ。黒い服じゃ城からでも警備兵が見つけられるほどに目立つ。
②犯人が竜人だった場合、人間に罪を着せるためだったらまず南側に向かうだろう?さっきも言ったが竜人の多いこの北側に向かう理由がない」
「……つまり?」
「何か理由がある。さすがにこの北側に拠点があるとは思わないが、ここに来るだけの理由が」
「えっと?」
「しばらくはこのままこの北側を探索しよう。本当は危険だからルイーザには城に戻ってほしいけど」
あまりにフランクすぎて忘れそうになるが、ルイーザはこの国のお姫様だ。他国の人間である俺が連れまわしたというだけで牢に入れるには十分すぎる理由になる。
「断・固・拒・否ですわっ!」
しかしルイーザの決意は固かった。まあ一応王族のエルも居るし、最悪外交手段で何とかなるだろう。あんまり頼りたくないけど。
「……だろうな。仕方ない。警備も兼ねて、とりあえずは今夜から……」
バヂィィィィ
「え?」
「なっ?」
「明かりが……」
店内の照明が落ちた。一つではなく、壁にかけられていたランプも、天井から下がっていたシャンデリアっぽい室内灯も、一斉に。
(ありえない。ランプの残りの油の量を調整でもしない限りこんな芸当不可能だ。仮にルイーザの後を尾けたとしても仕込みが間に合うとは思えない。
じゃあ幻惑系の魔法か?……いやそれならエルが騒ぎ出す。
……逆か?ランプと思っていたのが実は火炎系の魔法で、今その魔力が一斉に絶たれたのだとすれば、この現象はルイーザ達を襲ったのと同じ……っ!)
「おい、何だこれっ?」
「早く明かりを」
「店員はどうした?」
竜人たちが明かりを求めて動き出した。ガタガタと机や椅子にぶつかりながら右往左往し始める。
(マズイな。こんな状況で襲撃されたら……)
敵味方の区別ができないし、一度はぐれたら各個撃破される可能性がある。もちろんエルやルイーザが攫われる可能性も。
「ルイーザ、エルッ!」
「はいっ!」
「うん?」
「とにかく店から出るぞ。ここじゃまともに戦えない」
ようやく暗闇に目が慣れ始めたので2人を連れて店の入り口を目指す。雲が薄いお蔭でよく見ればそれなりに物の形くらいは分かる程度に月明かりは入ってくる。しかし、影になったところは全く見えず、転がったビール瓶で何度か転びそうになる。
(警戒していたとはいえ、店の一番奥ってのは失敗だったな)
竜人たちが目指すのは柱につけられているランプ。対して俺たちは店の入り口を目指している。どうしても進路が直角に交わってしまうためぶつかりそうになる。おまけに酒を飲んでいるせいかふらふらと歩いていてリズムがつかめない。
(だあーっ!尻尾が邪魔だ。フラフラさせんなよっ!)
別に見つかっちゃいけないわけではないが、下手に目を合わせればトラブルの元になる。酔っ払い相手に後れを取るとは思わないが、二度とこの店に来られなくなるのは非常にイタい。
(味はいいし、客もそれなりに居る。情報収集の拠点にするには丁度いい)
それに相手は仮にも竜人だ。当たり所が悪ければそれだけで致命傷になりかねない。
「ハルくんっ!」
酔っ払いを避けるのに夢中で気が付かなかった。俺たちが目指す先、店の入り口に黒い……かどうかは暗すぎてわからないが、ともかく色の濃いローブを纏った人間が立っていた。
そう人間だ。
シルエット越しではあるが、尻尾がない。羽根がない。角も生えていない。そして代わりに両手にはダガーを一本ずつ握っている。
明らかに客ではない。もちろん人間が役人であるはずもない。
その頭部がわずかに動いた。
「……」
相変わらずシルエット越しなので確認はできないが、しかし店内を観察しているのはわかる。その視線がエルの声に反応してこちらへ動く。まず声を発したエルを見て、俺へ移り、そして最後にルイーザの方に視線が向く。
「……っ!」
「ちいっ!」
突如身を沈めた動きに嫌な予感がした俺は、近くのテーブルを蹴り上げた。
カカッ、キィィン
そのテーブルにダガーが突き刺さる音がする。さらにテーブルが床に落ちた衝撃でどちらかが抜けて床を転がる音が続く。
(やっぱりダガーを投げてきたか?高さからすると狙いは頭部ではなく足だな。やはり目的は殺害じゃなく誘拐か?)
テーブルを盾に2人を背中に庇いながら入り口を目指す。ブリューナクがない以上、こちらには反撃する手段がない。
(ルイーザあたりは攻撃魔法も使えそうだけど、連中の目的は間違いなくルイーザだから前面に出すわけにはいかないし)
だいたい女の子を盾にするつもりは最初からない。間違いなくこの2人の方が俺より頑丈だろうけど。
「んえっ!?」
握っているその2人の手に同時に後ろに引かれた。前に向かっていた身体が強引に制動をかけられる。何だよ、と抗議しようとした鼻先をダガーが掠めた。そのまま進んでいれば頭部に直撃していたかもしれない軌道だ。
「こんのっ!」
転がっていた椅子をダガーが飛んできた方に蹴り飛ばすが、そこには既に誰もいない。
(竜人以外は問答無用で殺すか。……人間同士だから容赦ないのか、他種族だから遠慮がないのか……)
ますます敵の正体がわからなくなってくるが、今はとにかくこの場を切り抜けよう。
2人がいつまでも手を引っ張り続けるのを不審に思い、後ろを確認する。ルイーザはともかくエルが殺気で腰が抜けるという事はないはずなのだが。
「2人ともありがとう、お蔭で……って、おい!大丈夫か」
2人とも俺の手を握ったまま力が抜けたようにへたり込んでいた。
「ごめん、ハルくん。足に力が……」
「これはっ、昼間と同じ……」
さらに後ろを確認すると他の竜人たちもばたばたと倒れているのが月明かりに浮かび上がる。先ほどフラフラ歩いていた原因は酒以外にもあったようだ。
原因は不明。しかし何か対処しなければ二人とも攫われてしまう。
この現象が限られた範囲限定なのか、それともこのあたり一帯がこの状態なのかもわからない。しかしそれほど広範囲ではないと思う。あまり範囲が拡がれば騒ぎが大きくなり誘拐するのが困難になる。
昼間マリアが攫われた時、丁度城門前に居た俺達……いやエルがその事に気が付かなかったことからもそれはわかる。
とにかくこの店からの脱出が最優先。
考えをまとめて外界に意識を向けた途端、右のこめかみのあたりにチリリという違和感が走った。おそらく一瞬動きが止まったせいだろう、俺の頭めがけてダガーが飛んできた。
咄嗟にしゃがみこんでテーブルの影に入る。すると困った顔の2人と視線があった。エルの顔は「どうすればいい?」という問いかけで、ルイーザの顔は「ごめんなさい」という謝罪だった。
「え?」
「ひあっ!?」
俺は2人の間に入り込むと両肩に担ぎ上げる。
「な、何ですのっ!?」
「とにかくこの店を出る、エルッ、後方防御!」
「うんっ!」
一歩踏み出しただけでダガーが飛んできた。狙いは肩口。俺の腕を傷つけることで、2人を落とすのが目的だろう。
しかしそのダガーはエルの魔力障壁に阻まれる。エルがそちらに目を向けた途端、俺の腕の手前、空中に縫いとめられる。
(力が落ちているとはいっても、全く発動しないってわけじゃなさそうだな)
だが、完全に止められるというわけでもない。止まったかに見えたダガーはずるりと魔力障壁を突破。俺の腕を掠めて床に落ちた。突き刺さるほどの勢いで投げられたダガーが傷をつける程度で済んだのだから、上出来といえるだろう。
それでも傷は傷。蓄積していけばかなりの消耗になる。
(だからって絶対に離すものか。この重みだけは絶対に離さない
両腕だけじゃなく、足にもダガーが向かってくる。そちらはルイーザが迎撃した。尻尾だ。ほとんど動けないとはいえ、ただ左右に振るだけだけなら対して集中力も要らない。
(つーか連中、ダガー何本持ってんだ?人数が多いのか、それとも転がっているダガーを拾って投げてるのか……?)
思い巡らせるものの確証がないし、今は逃げることに集中すべきと思いなおして歩を進める。
途中転がっている椅子やテーブルを盾にしながら進んでいくうちに、店の入り口に近づいてきた。
「あと少し……ぐっ!?」
後一歩というところで激痛が走った。ルイーザが打ち漏らしたダガーが右足首を抉ったらしい。直撃じゃなかっただけまだましだが、体のバランスが大きく崩れる。
「それでもっ!」
左足を前に出しそちらに重心を置くことで何とかバランスを取る。しかし今度はその左足の太ももに痛みが走る。動きが大振りになった分狙いやすくなったか。
「だとしてもっ!」
今度は右足を強引に前に出す。痛みはまだ続いているが、ここまでくれば最悪外に放り投げてしまえば2人を助けられる。
しかしそんな目論見も前に立ちふさがった敵によって阻まれた。
(今までどこにっ!?いや、最初から外にもう1人居たのか?)
既に体制は前のめりに。俺の首はもちろん抱えている2人の背中ががら空きだ。
(ヤラれるっ!)
ゴキッ
嫌な音が頭蓋に響く。
ただし俺のじゃない。目の前の人間だ。俺の頭の左右から、エルとルイーザ2人分の尻尾が伸びている。その向かう先は立ちふさがった人間の頭と首。
うわ痛そうとか思ったが、いちいち敵の心配なんかしていられないので、崩れ落ちる姿を尻目に脇を抜ける。
ズシャアアアアッ
直後に道と店の微妙な段差に躓いて、3人揃って地面に転がった。
「無事かっ!?」
「うん」
「何とか、ですけど」
落ち着いて見れば地面に転がっているのは俺だけだった。二人は投げ出されたと同時に翼を広げて、無難に着地している。
「あれ?2人とも何ともないのか?」
「ん?飛べるよ?」
「先ほどよりはまし、というくらいですわ」
それでもまだ本調子ではないのだろう。エルはすぐに俺に抱き着いて身体の支えにしているし、ルイーザまでも遠慮がちに俺の腕を握っている。竜人の脱力現象はあの店を中心に起こっているのは間違いないようだ。
「それよりも……」
「囲まれてるよ?」
お互いの状態を確認している間にどこから現れたのか3人の人間に囲まれている。さらに店の中から2人出てきて、退路がなくなった。
「……2人とも飛べるな?」
「飛べますけど……」
「うん、少しなら大丈夫」
「じゃあ逃げろ」
「はあ?何言ってますのっ?あなた1人を置いて……」
「こいつらの狙いはお前らだ。お前らを攫われたらこっちの負けなんだよ」
「でもっ!」
俺は上着の内側に手をつっこんだ。
「俺の戦闘力はこのダガーだけだ。こいつらを倒すためにはブリューナクが要る。エルと一緒に取ってきてくれ」
「そ、それだったらわたくしも残って……」
「だからお前らが攫われたら俺達の負けなんだって。今はまだ空は制圧されてない。活路があるとしたらそこだけだ」
ルイーザはまだ何か言いたそうに口をもごもご動かしている。不安なのか、心配なのか。どちらにせよこのままここに留まっていれば数で劣るこっちの不利だ。
状況を動かさなければ。
待ちかねた俺はルイーザを強引に抱き寄せて頭を撫でる。そして瞳を覗き込んだ。
「頼む」
「はっ、はい……」
相変わらずこういう事には慣れていないようだ。
(今後も時間かかりそうだったらこのやり方しようかな)
そのままの態勢で、真っ赤になったルイーザのやや尖った耳に口を近づけて小声で指示を出す。
「飛び上がった瞬間、ドラゴンフレアを店側の2人と、正面の2人に見舞ってくれ。残る1人を押し込んで突破する」
「わかりました」
「ちぇいっ!」
隙あり、とか思ったのだろう。ルイーザの背後から1人が飛び掛ってくる。しかしそれはこちらの思惑通りだ。わざわざ大胆な抱擁をしたのも相手を動かして、包囲の隙をつくるため。
「残念、それじゃあ届かない」
あっさり右手のダガーを受け止められた人間は左手を振り上げる。
「ぐっお?」
しかしその手が途中で止まる。ルイーザである。尻尾を思いっきり跳ね上げたのだ。向かう先は股間。
「うわ……」
痛そうだなと思ったが倒れることは無かった。さすがに何か仕込んでいるらしく、ルイーザの尻尾がぶつかった瞬間。何やら金属的な音が響く。
しかし動きは止まった。受け止めていたダガーを軸に男を押し返す。
一方のルイーザは俺の身体を登って肩を蹴り、空に向かって浮かび上がった。反対側に抱きついていたエルも同様である。エルが自分よりも高く飛び上がったのを確認したルイーザはその小さな顎を開く。
「わたくしのお友達を傷つけないでっ!」
合計5発の火の玉は俺の指示通り店側の2人を直撃し、前の2人を炎に巻く。最後の1発は俺への援護射撃だ。わざと直撃コースから外した火の玉の牽制によって残る1人の動きが止まった。
(……あいつ何かセリフ言わないとドラゴンフレア出せないのか?)
気になりはしたがツッコミを入れている状況じゃない。2人を逃がした以上、5人がかりでこちらを殺しに来るだろう。その上で2人を追撃するはずだ。
(とにかく撹乱。囲み直される前に動く)
まずは予定通り動きが止まった人間に肉薄し、ダガーを走らせる。
(ダガー戦術の基本は積み重ね。1つ1つは小さな傷でも、積み重なれば相手を倒すこともできる)
そうはいってもこの数だ。
全員を制圧するには相手より速いスピードで動けるのが最低条件。戦闘には慣れているがやはりダガーによる超近接戦よりは、ソードによる近接戦のほうが得意分野である。
俺は肉薄した1人をそのまま押し込んで、怯んだところを抜け出した。とりあえず宿屋と同じ方向に向かって突き進む。
「っ!逃がすな、追えぇっ!」
「ちぃっ!!」
ルイーザの炎をくらって転がっていた人間たちが起き上がって追いかけ始めた。まっすぐ走っているとダガーの投擲を喰らうので、俺はランダムに蛇行しながら先行する。
エルとルイーザの姿は既に屋根の向こうに消えている。早ければもう宿屋の屋根まで到達しているはずだ。あとはこちらが倒されないように時間を稼ぐだけ。多少変なところに逃げ込んでもエルなら見つけてくれるだろう。
「っとおっ!」
放射状に投擲されたダガーを後ろ手に跳ね上げ、身体をひねった勢いを利用しつつ路地を曲がりこむ。
「ふっ!」
後ろの人間達が遅れまいと減速なしで突っ込んで来たところに踵を返して刺突を放つ。
「ちぃっ!」
先頭の人間の腕を狙ったのだが、さすがに場慣れしているようだ。かろうじて、という感じではあるが受け止められてしまった。仕方なくそのまま押し込み、足を払って後続の人間の邪魔になるよう転ばせる。
「ぐえっ!」
「おいっ!」
完全に転んだのを確認することなく、再び逃亡を開始する。
(ここまで逃げればもうあの現象も起こってないはず。つまり、2人と合流すればこっちの勝ちだ)
あいにく俺は人間だ。魔力を知覚できないのであの現象が今起こってもわからないが、大きな騒動も起きていないのでまず間違いないだろう。
俺は足に力を込め、さらに速度を上げて路地を曲がる。