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首都 ヴァルシオン

「ベッド、い~んっ!」

 エルの小さな体がシーツの上を跳ねて、ぽふっと軽い音を立てる。そのままごろごろと左右に転がって感触を楽しんでいる。

「だから、そんな言葉どこで覚えてくんだよ」

 スカートがまくれ上がってパンツ丸出し。色っぽさのかけらもない。

「久々のベッドだよ~♪」

 侍女に首根っこを掴まれて今度こそきっちり退場したルイーザと別れた俺たちは、一先(ひとま)ずこの都での拠点を決めようと早めに宿屋にやってきた。

 人間が多い南町にも宿屋はあるが、エルのことを考えれば竜人の多い北町のほうがいいだろう、とここにした。治安が悪そうな西町は論外。宿屋の設備も綺麗でヴィットーリアが帰ってくるまで泊まるには十分な広さだ。

「エルはそっちのベッドでいいな」

 部屋にはベッドが2つ。それと応接セットのような低めのテーブルが1台とソファが2脚、窓際に置かれている。竜人用だからだろう、ソファの背もたれの真ん中とお尻が当たるところに、横に隙間が空いている。上の隙間は翼用で、下の隙間は尻尾用だ。

「え~っ!一緒に寝ようよ」

「エルも10才になったんだから、一人で寝なさい」

「今夜だけっ、今夜だけでいいからっ!」

 エルは勢いよく跳ね起きると、翼を広げて文字通り飛びついてくる。腰のあたりにぶら下がると、今度は尻尾を振って左右に行ったり来たり。しばらくぶら下がっているうちに楽しくなったのか、にへら~と笑い出した。イラッとした俺は隙をついてエルの両手を掴みベッドに投げ飛ばした。

「あはははっ!……ねえ、いいでしょ?」

 一頻り笑った後、ベッドの端まで寄ってきて俺の裾を掴む。笑顔が残っていた顔に、徐々に不安な表情が広がっていく。

 ……こんな広い街初めてだし、不安なのかもしれない。人である俺にはわからない何かを感じているのかもしれないし。それにルイーザに詳しくは聞けなかったが誘拐事件のこともある。同じベッドに寝ていた方が対処しやすいだろう。

「は~、本当に今夜だけだぞ。明日からはちゃんと一人で寝るように」

「やた~っ!」

 泣きそうだった表情から一転して笑顔になると、再びベッドの上を転がり始めた。楽しそうで何より。

 エルが退屈して変な事をやらかす前に荷物を整理しようと背負い袋を下ろした。といっても荷物はそんなに多くない。エルの着替えが3着に狩猟用・戦闘用兼用のダガー。後はお金と紙が少々。

 エルの着替えはとりあえず窓際に干しておき、ダガーは上着の内側に。

「そろそろ、外行くぞ」

「どこ行くの?」

「街の散策。どんな店があるのかとか、抜け道とかを確認するんだ。あと、おいしそうな店があったらそこで夕食にしよう」



 外に出ると陽はいくらか西に傾いていたが、まだお昼と呼べる時間帯。太陽がレンガの道を燦々(さんさん)と照らしているが、暑いということはない。どちらかといえば心地良い温かさだ。

 しかしそれも南北に走る道だけで、一歩脇道に入ればひんやりとした空気が漂っている。

 その原因は建物の高さだ。ほとんどの建物が3階以上あり、地面に降り注ぐはずの日光を遮っている。各家々を繋ぐ脇道の幅が、馬車が通れない程狭くなっている事も原因の一つだろう。

 人間の俺としてはやはり寒いのだが、エルを始め竜人たちは寒さに耐性があるので、これくらいが丁度いいのかもしれない。

 店の種類はというと結構いろいろ揃っている。大通りは食べ物中心。あと少し高級そうな洋服や宝石店が並ぶ。なんとなくだが町の中心に近い方が店は大きく、また扱っている商品も高いものが目立つような気がする。

 そして一歩脇道に入ると途端に得体の知れない店が増える。アクセサリーや古書ならまだいいのだが、食べ物だか薬だかよく分からない物が甕に詰められて売られていたり、何かのミイラが信じられない程高額で売られていたり、エルの民族衣装のように露出の高い服を着たお姉さんたちがしつこく迫ってきたり。

(あれは絶対本職の人たちだよな)

 ルイーザたちの例があるので竜人の格好で判断するのは難しいが、かなり色っぽかったから間違いないだろう。はぐれかけていたエルと合流できなかったら、まだ追われていたかもしれない。

(そういや、あの人たちは人間を嫌ってなかったな。金落としてくれれば何でもいいのか?)

 まあ、そんなこんなで北町の端までやってきた。

 西町。下流の人間たちが住む場所である。

「ここまではっきり分かれてるもんなのか……」

「なんか……汚いね」

 今俺たちが立っている場所から一段下がった場所には、用水路を隔てて空き地がありその先に住居が続いている。ただし竜人の住居が基本的に3階建てであるのに対し、人間が暮らすこの場所はほとんど平屋だ。都の外壁まで続く低い屋根の上には、西側であることも相まって、日が当たりにくく淀んだ暗い空気が漂っている。

「行くの?」

「……いや、今はいいだろう」

 必要に迫れられなければこの場所に来る必要は無い。少なくともエルを連れて奥まで行こうとは思わない。

 エルも不安を感じているのか上着の裾を握って身体を擦り寄せている。尻尾の揺れ方も心なしか元気が無いように見える。

 俺はエルの頭を軽く撫でて「行こう」と促した。

「?」

 一緒に歩きだしたところでなんとなく振り返る。

「どうしたの?」

「いや……(誰かに見られている気がしたんだけど……)」

 何かこう……、殺気というよりは粘っこい、身体を這い回るような嫌な視線。

 一応探ってみたがそれらしい人影は無かった。観察されているだけで何かをされるわけでもないし、さっさとここを離れるのが賢明だろう。

「なんでもない。次行こう」



 一端北町に戻ってからメイン通りを経て、今度は東側に移動する。

「うわ」

「ふえ~」

 明確な線引きはないものの、西側とは別の意味で空気が違う。まず歩いている人が少ない。店が無いからだ。メイン通りに近いほうには高級そうな店が何店かあったが、10分も歩けば店は無くなる。

 変わって目に入るのは屋敷群。扉の数からすると、北町の4世帯から6世帯分の敷地が一つの家になっているようだ。3階建てで隙間無く連なっている構造は北のそれと同じだが、一世帯ごとの面積が広いつくりになっている。住んでいる人数が少ないから、出歩いている人も少ないのだと思う。

 そして時折見かける住人は貴族そのもの。さすがに街中で馬車を乗り回すようなことはしていないが、高級そうな衣服を身に纏い、日傘を差し、従者を連れてゆっくりと歩いている。

 さらに進むと門がある大きな屋敷が増え始め、その行き着く先には衛兵が守る巨大な城門が聳えていた。

 ヴァルチェスカ城。

 バーカンディの始祖にして先代女王の名を冠された城が、傾き始めた陽の光を浴びて淡い赤に染まっている。

 ちなみにヴァルチェスカは始祖とはいえまだ存命だ。当代のヴィットーリアに女王の座を譲った後、歴史の表舞台からは姿を消した。現在1200歳ほどで、1000年前の魔族との戦争にいち早く参戦した血の気の多い竜らしい。

(そういや、アイツ……ルイーザもここに住んでるんだよな)

 このヴァルチェスカ城は一部一般公開されている。さすがに王族の部屋がある居住区までは入れないが、中庭や、謁見の間の手前くらいまでは観光客が出入りすることができる。

(今日は特に用事もないし、……ルイーザともう少し仲良くなってからのほうが有意義だろう)

 とりあえず外観だけ眺めてから、町の中心へ戻ることにした。

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