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幕間14 本当の幕引き

――同日、夜。

 マグナ・サレンティーナ共和国・荒野。

「いやあ、参った、参った。まさかあそこまで一方的にヤられるなんて。あの場所で竜が闘えたことにも驚いたけど、やっぱりあの人間はダークホースだよね」

 肉体を失いながら、魔族はまだそこに存在していた。

 魔力の固まりになった魔族はふらふらと浮遊している。

「だけど詰めが甘い。あの若い竜たちも僕が逃げ出したのには気がつかなかったみたいだし。さっさと逃げて次の策を考えなくちゃ」

 次は誰に乗り移ってやろうか。いっそどっかの国の大臣とでも入れ替わって戦争でも初めて見ようか。どさくさに紛れてもう一度あの竜共の近くまで……。

 楽しげに考える魔族の前に立ちふさがる紅の影。

「逃がさぬよ」

「っ!」

 突如現れたヴァルチェスカが魔族に追いすがる。

「あははっ!驚いた。でもそう簡単に捕まるわけにはいかないよ」

 肉体という足かせを失った魔族は空中を自由自在に逃げ回る。そもそも魔族は物質世界の存在ではない。単なる魔力……エネルギーの塊だ。今の彼なら大地を透過して地中へ隠れる事も可能だ。

 それをしないのは捕まるわけがないと思っているから。

 しかしその思い込みが、油断が命取りになる。

「縛れ……『アストラ・リガーレ』」

 力ある声が響き魔族を地面に縫い付ける。

「なっ!?」

「ヴィルフレード……。そんなに簡単に捕まえては面白くないじゃろう?」

「姫様たちが頑張ってここまで追い詰めたのです。その努力を無駄にはできませんよ。ヴァルチェスカ」

「え、『炎帝ヴァルチェスカ』……」

 捕えられた魔族が苦しそうに声を発する。

「ほう?その名で呼ばれるのも久しいの。……じゃが変じゃのう。取り逃がした覚えはないが?」

 ヴァルチェスカが魔族へ顔を寄せた。

「……初見だよ」

 魔族が隠しきれない恐れをもちつつも、気丈に答えた。

「何じゃつまらん。アレを逃げ延びたヤツがいたのかと思ったのじゃが……」

 全身から流れ出す魔力を感じた魔族は思う。

(死んだかな、ここで)

 圧倒的。

 ヴァルチェスカが無意識に垂れ流す魔力で周囲の空気が燃え上がっているようだ。

「僕を捕らえてどうするつもりだい?」

「心配なさらずとも魔界に帰ってもらうだけですよ」

「……」

 まさかただでということもあるまい、と魔族は警戒する。

「ヴィルフレード……、いっそ脅迫でもして情報を聞き出したほうが良いのではないかの?」

「相手は魔族ですよ。実体のない魔族に有効な拷問手段には限りがありますし、彼の話す情報の成否を確かめる術がない以上無意味です」

「むぅ……」

 炎帝が可愛らしく膨れている。その状況に魔族はますます困惑する。

「とにかく、さっさと済ませてしまいますよ。ここまで追い込んでもらったのです」

「仕方がないの。おい貴様、良かったの。(うち)に帰れるぞ」

 ヴァルチェスカが魔族を縛った大地ごと……5メートル以上の岩の塊ごと空中へ持ち上げた。

「『異界を翔ける眩き王よ、契約者ヴィルフレード・ドラゴルダーニが要求に応えよ……』」

 オルダーニ……いやドラゴルダーニの足元に光の魔方陣が生まれる。同時に左右に突き出された腕の手首の辺りにも。

「ド、ドラゴルダーニだとっ!?まさか貴様、伝説の勇者かっ!?」

「なんじゃ気付いておらんかったのか?生身の人間があのような戦い方できるはずがあるまい」

 ヴァルチェスカがまるで自分のことのように誇らしげ語りだす。

「奴こそ初代竜騎士。1000年前の戦場をわしら竜と共に翔け、今尚行き続ける元人間じゃ。そしてわしの最愛の夫でもある」

 最後が一番重要だといわんばかりに、豊満な胸を張る。

 

 ――聖地・カピトリーナ、聖堂内・最奥部『竜の間』

「ほう、久しいな。……時代が動くか。よかろう。我はただ座して見守るのみ」

 金色の存在が、一人ごちる。しかしその声は竜はおろか、人間にも知覚することはできない。この世界で感知できるのはただ一人。


「『我の腕に天光あり、汝の頭上に破滅あり、出でよ……異界の門。シェオール・カンチェッロ』」

 両手首の魔方陣が解けるように消え、次の瞬間魔族の周囲に×印のように交差して出現する。

「き、貴様ぁ……」

「たしかこの魔法で魔界に帰ると魔王に虐殺されるんじゃったかの?よろしく言っといてくれ。このヴァルチェスカが居る限り、この世界はお主にはやれん、と」

 キュイイイイイィィィン

 魔方陣が勢い良く回転し一気に白熱すると、空気に溶けるように魔族は岩ごと掻き消えた。

「……どうじゃ?」

「感知したよ。あと数回繰り返せば確かなものになるんじゃないかな」

 ヴァルチェスカでもなく、ドラゴルダーニでもない声が響く。

 現れたのはヴィットーリアに良く似た女性。ただし2、300年くらい年をとっている雰囲気。

「ヴェロニカよ。少しはこの母に敬意というものをだな……」

「持っているさ。この世界最強の生物だ。敬意を持って研究させていただきたいな」

 口調もその内容も全く敬意のかけらも感じられない。彼女こそヴィットーリアとルイーザの母であり、ヴァルチェスカとドラゴルダーニの娘。竜と人のハーフでありながら、その本体は竜。

 つまり真祖である。

「っ……。ドラゴルダーニ」

「全ての育児を私に押し付けて遊び歩いていたヴァルチェスカの自業自得です。まあ自由にのびのび育てば良いと、あまり礼儀を厳しくしつけなかった私にも責任はありますが」

「父上にも感謝しているよ。まさか娘の育児までやってくれるとは思わなかった」

 彼女は研究者。

 それも500年以上生きる大賢者だ。

 それはつまり自分の興味があることには時間を惜しまないが、興味のない事には全く力を注がないという事でもある。娘2人を産んだ時は母親として育児に精を出していたのだが、別のことに興味を覚えた途端、研究者に戻ってしまった。

「ともかくわたしは戻るよ。早くこの結果を記録して、検証しなくちゃ」

 ヴェロニカの姿は翼を広げると、一瞬の後に掻き消えた。

「あれはお主の技じゃの?」

「ええ……。また上達しているようで。さすがに魔力の扱いでは竜に適いませんよ」

 そこでドラゴルダーニは振り返る。その先に居たのは大小様々なサイズの存在。小さいモノは20センチほど、大きいモノは3メートルを超えている。

「それでは皆様、お疲れ様でした。今回の作戦はこれにて完了です。次の作戦まで自国で身体を休めてください」

「「「「我ら『永年の騎士団-エクイッチ・ミラ・メモリアス-』の名の下に」」」」

 瞬きをする間にその姿は書き消えた。

 後に残るはドラゴルダーニとヴァルチェスカのみ。

「では、そろそろ行くぞ」

 ヴァルチェスカがふわりと浮かび上がる。

「愛してますよ。ヴァルチェスカ」

「ふふん、当然じゃ。じゃが忘れるな。わしの愛の方がでかい」

「何を競っているのですか?」

「んちゅっ……、ではの」

 ヴァルチェスカが啄ばむように口を寄せてから、身を離した。

「ええ。……ヴァルチェスカ」

 ドラゴルダーニが去っていこうとするヴァルチェスカを地上から呼び止める。

「なんじゃ」

「大好きですよ」

 まるで出会った頃の少年のような顔で。

「~//////、わしもじゃ、馬鹿者っ!!」

 少女のような顔で赤面した後、虚空へ消えた。

 そこには、一人の老兵と物言わぬ満月が荒野を照らすのみ。

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