最終決戦開始
少し休憩した後、進軍を再開した。
次第にマグマの熱気は感じられなくなりひんやりした空気が漂い始める。
そして洞窟の向きに従って角を曲がるとそこには巨大な扉が。
「地の底にこんなものを?」
「どこまで暇なんだアイツ」
「……いえ、見た感じ作られてから結構経ってますよ、コレ」
所長が興味深そうに扉を見回している。
「少し火いいですか?」
「あ、はい。これでいいですの?」
「ありがとうございます。……もう少し右へ」
所長が扉の右端に書かれている文字を書き取っている。残念ながら俺には読めそうに無い。三角形や四角形が妙に多いな、ぐらいのものだ。
暇だったので扉の全景が見える位置まで下がった。はじめてみるデザインだ。ジルバン・シュニスタッドともマグナ・サレンティーナとも違う雰囲気の模様。
そして特徴的なのは扉の中央に目のような紋章があること。ただの円だといわれてしまえばそれまでだが、妙に気味の悪い印象を受ける。
「……ありがとうございました。もう、大丈夫ですよ」
「何か、わかったんですの?」
「ええ。詳しくはしっかり調べないと分かりませんが、500年以上前ひょっとしたら大戦前後の遺跡かもしれませんね」
「そんなものが地下に?」
今まで興味なさそうにしていたヴィットーリアが食いついた。
「おそらく地上に立っていたか、あるいは洞窟でも比較的地上に近いところにあったのだと思われます。ほらここ、この風化の仕方は雨に打たれた時にできるもので……」
所長が指し示した場所は硬い岩でできているようだが、虫に食われた葉っぱのように線上に削れていた。
地下水でもそういうふうになるんじゃないかとも思ったが、素人には分からない根拠が他にもあるのかもしれない。
「とにかく地上付近にあったこの神殿は地殻変動かなにかで埋まってしまったのでしょう」
「『神殿』なんですの?」
「え?ええ、そうですよ。このつくりは間違いなく……」
「ふむ……」
ヴィットーリアが少し不審そうな顔で扉を見上げる。
「そろそろ進みましょうか?」
オルダーニが先を促す。
「ああ、そうですね。すいません」
オルダーニと俺で扉を押すと以外に簡単に扉は開いた。人一人が通れるくらいのスペースを開けて、ヴィットーリアから入っていく。
「陛下……」
「分かっている油断はしていない」
あたりまえのように先陣を切ろうとしたヴィットーリアが窘められていた。
「結構広いんですのね」
ルイーザもきょろきょろしながらヴィットーリアを追って中に入っていく。魔力を回復したせいか、竜の姉妹はいつも以上に大胆になっている。
「ルイズもあんまり前に出るなよ」
「わ、わかっていますわよ。でもわたくしだって竜ですの。少しは守らせてくれてもいいじゃありませんか」
所長が入るのを確認して俺とオルダーニも中へ入る。
中は意外に広かった。横幅6メートルくらいで高さも6メートルくらい。岩を彫って作られているようで、材質は石でありながら継ぎ目が見当たらない。
そして部屋の端には高さ2メートル以上の燭台が並んでおり火が灯っている。ただし左右二つだけ、奥にも何台かあるようだが火は灯っておらず、光源がないためどこまで続いているか分からない。
ごおおぉぉぉぉぉん……
扉は手を離すと自動的に閉まった。
がちゃっ。
そしてなぜか鍵までかかる。
「罠ですかな」
「また死体ですの?」
「もう飽きたな」
「ふん、今のわたしなら全て焼き払ってくれるわ」
俺達は武器を手に周囲を警戒した。
「……」
所長だけは興味深そうに扉を調べに行っている。あんまり動き回らないでほしいんだけど。
ボッ
ボッ
ボッ
ボボボボボッ
突如、消えていた燭台に火が灯った。奥に向かって灯っていき部屋の全容が見渡せるようになる。
「ようこそ、僕の城へ」
そしてその最奥部に魔族がいた。今の少女の身体には不釣合いの大きな石造りの椅子に腰掛けてこちらを見下ろしている。
そしてその傍らにはエルが座っていた。身動きが取れないのか女の子座りで、魔族の座る椅子に寄りかかるようにしている。
「……まさか全員無事にここまで辿り着くとはね。人間のうち何人かは火達磨に鳴ると思ったんだけど、存外罠作りってのも難しいんだね~」
「お前……魔族の分際で魔王気取りかこの野郎っ!!」
無駄に演出に凝っているようだが、生憎とそんなことで怯んだりしない。こちらは魔族が用意した罠とやらを誰一人欠けることなく突破してきているのだ。
「ん?今時魔族だって自分の城くらい持つさ。ま……いいや。じゃあ始めようか。最終決戦を」
魔族が気だるそうに立ち上がる。
(なんだろう?やる気がないというか。真剣みがないというか。……フェリーチャの身体が合わなかったのか?)
「われらに勝てると思っているのか?4対1だぞ?わたしひとりで相手してやってもいいが?」
「ヴィットーリア女王直々かぁ。それはそれで楽しそうだけど。……でも悪いけど、たしかに4対1はフェアじゃないからね」
矛盾した表現かもしれないが、魔族の足元が黒く光る。
魔族足元に黒い魔方陣が発生した。さらに魔族と俺達の間に3つ。同じような魔方陣が展開、中から何かがせり出してくる。
「またか……」
ヴィットーリアがうんざりしたように呟く。
正面の大きな魔方陣からは洞窟の入り口に居た竜もどきが。
そして左右の小さな魔方陣からは……。
「何ですの、あれ?」
形状から言うとボールの上に上半身がのったような、不思議な生物。その頭部には左右に伸びる触角のようなものがついていてその先に目がついている。
「魔界の生物でしょうか?」
「所長さんは下がっててくれ、危ないから」
相変わらず好奇心をくすぐられたのか、身を乗り出してきた所長さんを扉の方に追いやって、向き直る。
「さあ、これで4対4だ」
魔族が楽しそうな笑う。しかし本人は降りてくる様子は無い。
「早く倒さないとこの子がどうなっても知らないよ。まずは服でも脱いでもらおうかな。あ~、それとも破いた方が面白いかな」
ブヂンッ……
自分の中で何かが吹っ切れた。
「あの……、逃げたほうがいいと思うよ?」
「はんっ、たかが人間に何ができる」
「えっと、ハルくん、ほんとーに怒ってるし……」
エルがあの男に何か言っているようだが、そんな事俺には関係ない。
あんな奴とエルが一晩一緒に居たと思うと怒りで頭が真っ白になりそうだ。
「おい、トリア」
「なんだ?……突然愛称以外で呼ぶんじゃない。びっくりするだろ?」
「んなことはどうでもいい。ちょっとこっち来い」
「だから、命令するなと……、っ」
ぐだぐだ言っているので睨み付けると、意外に大人しく従った。
多分相当怖い顔をしているんだと思う。
「……なんだ?」
おとなしく近づいてきたヴィットーリアは、少し睨んで見上げてきた。
だがちょっと引き気味。
「お前の魔力をよこせ」
「は?待て。一人で突っ込むつもりか。敵は魔族だけじゃない。目の前を見ろ」
「ザコはトリアたちに任せる。俺はアイツをぶんなぐりたくてしょうがない」
俺はこれ以上説明するのが面倒になって、ヴィットーリアの手を取りブリューナクの刀身に押し当てた。半分くらい残っていたルイーザの魔力にヴィットーリアの魔力が補充されて赤く輝く。もともと展開していた魔力の鍔に同色の鍔が2枚追加で展開。剣身自体も2倍ほどに膨れ上がる。
破壊の力が俺の手の中で膨れ上がる。
「いっ。さすがに強いな、女王の力は」
俺は自分の3倍ほどに長くなったブリューナクを携えて、魔族に向かって歩き出した。




