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バーカンディ

 次にどこへ進めば良いかは、もはや所長に示されなくてもすぐにわかった。死竜の後方に穴が空いていて洞窟のようになっていたのだ。

 俺たちはオルダーニを先頭に入っていく。

(あの魔族も何がしたいんだろうな。これみよがしにあんな魔物を置いておいたら、ここに居ます、と示すようなものじゃないか。誘ってるのか?)

 俺としてはエルを取り戻せればそれでいいので、魔族の思惑など知った事ではないのだが。

 しかし罠だとすれば警戒しなければならないし、エルに何かしら危害を加えるつもりならのんびりしてもいられない。

(罠……じゃなさそうだな)

 洞窟は人一人が通れるほどの広さしかなく、罠を張られれば回避できる可能性は低いだろう。

 オルダーニも警戒してゆっくり進んでいくが、特に罠らしい罠もない。

 やがて洞窟は広がり、少し広い場所に出た。

「分かれ道……?」

「というよりこのアジトの中央って感じだけど」

 今までの3倍ほどの幅の通路の両側に2つずつドアが並び、一番奥にもドアが1つ。

 計5つの扉が並んでいた。

 今更だが、天井には明かりが灯っている。

「どうする?」

「全部空けるのではないのか?」

 ヴィットーリアがややわくわくした表情で答える。

 罠とかあったらどうするんだとか思ったが、ヴィットーリアの場合罠が発動しても気が付かない気がする。強すぎて。

「では空けましょうか?」

 所長まで乗り気。彼は人間なんだが。しかしここまでの行動力を考えると、罠が発動してもそのまま突き進みそうな気がする。

「じゃあわたくしはここを空けますわ」

 何で宿屋の部屋決めみたいなノリなんだろう。

(そういえばルイーザも真祖だったな)

 竜だからヴィットーリア並に警戒心がないんだろう。

 あっさり捕まるけど。

「ではここは私が請け負いましょう。レーゲンハルト殿は正面をお願いします」

 オルダーニも2人の強さを分かっているのかとくに止める気もない様子。

「じゃあ、開けるぞ。せ~のっ!」

 ガチャ、ガチャ、ガチャ、ガチャ、ガチャ。

 バタン、バタン、バタン、バタン。

「……なんでお前ら揃って扉閉めた?」

 開けた先が暗くなっていたので、よく確認しようとしたら俺以外の4人が扉を空けた直後に閉めなおした音がしたので振り返る。4人が4人ともドアノブを握ったまま固まっている。いや、力を入れてノブが回らないようにしているのか?

「ハルトくん……。空けた先に死体の山があったら、どうしますの?」

「え?」

 メキッバギィィィッ。

 それは同時に起こった。

 俺以外の4人が抑える扉が内側からはじけ飛ぶ。突き出したのは死体の腕だったり脚だったり、頭だったり……。

「ひぃっ!」

「何をしている、ルイーザッ!」

 ヴィットーリアが腰を抜かしかけているルイーザを引っ張って俺の元に向かってくる。

 オルダーニも所長を助けて合流する。

「退路を断たれましたな」

 ちょっと広めの通路はいまや死人でいっぱいだ。

「ひっ、いいぃぃやあああっ!!!」

 後退している最中に、死人の体液がかかったルイーザが絶叫してドラゴンフレアを放つ。体液を撒き散らした死人と運悪く近くに立っていた死人が炎に包まれた。

 しかし火力が足りない。

 燃えカスになった死人を踏み越えて、別の死人が迫ってくる。

「戻って体勢を立て直すこともできそうにないし……。進もう」

「はひっ、はひっ!!」

 俺が開けた扉にルイーザが飛び込むように入っていく。続いてヴィットーリア、オルダーニ、所長が続く。

 幸い死人の動きは遅い。 

 ルイーザに再充填してもらったブリューナクを軽く薙いで2、3体を火葬した後、俺も扉の中へ向かった。

「え?」

 なんていうか、自分のことながら本当に学習能力無いなと思う。

 扉の先には通路があったが、滑り台のようになっていて。

「またか!?またなのか?」

 ヴァルシオンにある研究所の時と同じように滑り落ちていく。ただ今回は階段ではないので転がることなく、直ぐに姿勢は整った。

(どう考えてもマズイよな?)

 さっきの死人は侵入者の退路を断って余裕を無くし、ここへおびき寄せるのが目的。このまま滑り落ちれば間違いなくよくない事が起こる。

(なんかだんだん熱くなってきてるし、まさかマグマとか言わないよな)

 さすがにそこまで下ってきたつもりはないが、元々谷底に空いていた洞窟だ。予想以上に低いところに居るのかもしれない。

「(のんびり考察している場合じゃないか……)せいっ!!!」

 ガッギャリリリリリリリッ

 俺はブリューナクを自分の後ろに突き刺した。元々鋭いわけではないので突き刺すというよりは強引に砕いていく感じではあったが、ある程度スピードに乗っていたこともあって刃が入る。

(舌噛みそう……)

 ギャリギャリギャリギャリィッ……。

 振動が肩を伝わって全身に回る。

 徐々に速度が落ちている気はするがまだ止まらない。

 脚の底を押しつけて制動をかける。

「止まれえええっ!!」

 願いが通じたのか、ようやく認識できるくらいに速度が落ち始める。天井の凸凹が見えるくらいにはなってきた。

 しかし、滑る先を見て戦慄する。

「ほんとにマグマッ!?」

 黄色く、赤く、白く。ごぽっごぽっと泡立つ高温の液体が視界に入る。ヴィットーリアの魔法じゃない、本物の溶岩溜り。

 どうにかできないかと考えを巡らせている間にデットラインは近づいて。

「ちょっ、待っ……」

 俺の無駄な抵抗もむなしく、あっさりと滑りきった俺は溶岩めがけて放出された。

「おはあっ!?」

 高温の空気に背中を押されたのも束の間。その空気に向かって降下していく。

「ハールトくーんっ!!」

 上から飛んできたルイーザが俺を受け止めて舞い上がる。そんな余力あったのかと思って背中を見れば、巨大化した翼が見えた。

「助かったよルイズ。でも、無理してないか?ここだと辛いんだろ?」

 竜血草(りゅうけつそう)の影響を強く受けるこの場所では竜とはいえ行動を大きく制限される。飛ぶことなどできないはずだが。

「ふふん、わたくしバーカンディですのよ?」

「意味が分かんないんだけど?」

 レッドドラゴンだからなんだというのだろう。

「わたくしたちは火を司る竜の一族です。そして魔力というのは生命エネルギーであり、大気に存在するこの世界のエネルギー。わたくしたちは自身の魔力でこの世界に存在する魔力に働きかける事によって、魔法をなしているんですの。

 さてわたくしたちバーカンディは火を司る竜の一族です。ここには大地のエネルギーの根源であり、火のエネルギーの最たる物、マグマがあります」

「つまり、少ない魔力で大きな魔法が使えるって事か?」

「はい、同時にわたくしたちの身体に流れる魔力とここにある魔力の性質……波長のようなのものが似ているので取り込むことも可能なのです!!」

「つまりお腹いっぱい、元気いっぱいってことか?」

「はいっ!!」

 いっそマグマに浸かったらそれだけで成長しそうなノリだ。多分そういう事じゃないんだとは思う。マグマという物質に触れればさすがに竜でも燃えるだろう。ルイーザが食べているのは多分マグマが噴き出すエネルギーの方。

「(人間の俺にはわからない感覚なんだけど……)そうだ、トリアは?」

「トリ……?ああ、姉様たちはあそこですの」

 両腕は俺を掴むのに使っているので、ルイーザは視線で示す。俺たちが居る場所から上へ10メートルほど高い場所にヴィットーリアが居た。愛用の槍戦斧(ハルバート)は尻尾に握らせ、空いた左右それぞれの手で器用に大の大人2人を吊るしている。

 冷静になった俺は周囲を見渡した。

 かなり広い。高温のマグマが光を放っているのでいまいち穴の輪郭が分かりづらいが多分半径8メートルくらい。高さの方はもう高すぎてよくわからない。ルイーザに抱えられていることもあって上を見づらいという事もある。

「無事か、レーゲンハルト?」

「そっちも大丈夫そうだな、トリア」

「当然だ。わたしを誰だと思っている。しかしまあなんだ。全員無事で何よりだ」

「だな。じゃあ所長さん次はどっちに……」

「申し訳ありません。その……壊れてしまって」

 首から下げていた板が半分くらい無くなっている。滑り落ちたときに壊れたのだろう。

「もう必要なさそうですぞ」

 オルダーニの声で俺を含め全員が仰ぎ見る。

 居た。

 天井付近に空いた横穴。そこから研究所に居たフェリーチャの顔が覗いている。

「……」

 少女の物とは思えない嘲るような笑みを貼り付けて、そこに立っている。

「てんめぇっっ!!!」

「……」

 俺に叫びに反応してフェリーチャ……魔族の視線が俺を捉えた。一瞬驚いた顔をした後、嘲りの色を濃くすると天井に向かって腕を突き上げた。

「あいつ……」

 突き上げた腕の先に黒い何かが集まっていく。

(間違いない。天井を落とすつもりだ)

 止める間もなく放たれた魔力は吸い込まれるように天井の亀裂に消えた。

 しかしすぐに地鳴りが聞こえ始める。

「陛下、崩落と同時に私を投げてくだされ」

「……うむ、わかった」

 ヴィットーリアが鷹揚に頷き空中で反転した。天井目掛けてオルダーニが打ち出される。

 ゴッオオオオオオォォォォ

 直後、天井が崩壊を始めた。どれほどの量が落ちてくるのか、そしてどれだけの時間落ち続けるのか。全く想像ができない。

 しかしどこを目指せばいいかは分かっている。

「ルイズ、トリアッ!魔族が居たところまで、頼むっ!!」

「はいっ!」

「うむっ!!」

 ルイーザが翼を強く打つ。ヴィットーリアも翼を広げたのが視界に移った。身体が垂直になり、落ちてくる天井に向かって顔を上げる。

「っ!!」

 視界いっぱいに広がる岩。振ってくる瓦礫の一つ一つが予想以上に大きい。

「ルイズ……」

「大丈夫ですっ!舌噛まないでくださいなっ!!」

 一番最初に振ってきた瓦礫を右に避けると、直後に瓦礫が振ってくる。さらに左に避け、間を翔け上がる。すぐに周囲を岩の壁で覆われ、まるで迷路の中に居るようだ。

 ただし立ち止まる事は許されていない。すこしでも気を抜けば上から降ってくる岩に押しつぶされて、マグマに真っ逆さま。

 右側にちらちら見えるのはヴィットーリアだろう。先に打ち上げられたオルダーニの姿は見えない。おそらく岩を蹴りながらいつもの速度で移動して登っているんだと思う。

「いひぃっ!?」

 背中からルイーザの妙な声が聞こえる。何事かと現実に意識を戻すと目の前に最大規模の瓦礫が、右も左も上も下も回避する場所が見当たらない。

(まさか……岩盤ごと降ってきた?)

 ブリューナクで割れればいいのだが体勢が悪い。構えようと動きが止まればこの岩盤に押しつぶされる。

「なっ!?この……」

 遅れて上がってきたヴィットーリアも岩盤に阻まれて横移動をし始める。

(オルダーニはもう上がったのか?)

「陛下、姫様。お気をつけください。はああああぁぁぁぁぁーーーーーーーーーーーっ!!!!」

 オルダーニの声と同時に岩盤が砕けた。ヴィットーリアとルイーザの間に亀裂が入り、岩が顔を覗かせて岩盤を砕いていく。

(岩をぶつけたのか?人間が……どうやって?)

 疑問は尽きないが少なくとも活路は見えた。大きくなっていく岩盤の亀裂を通ってさらに上へ。

「いひぃっ!!」

 なぜか斜めに降ってきた岩を辛くも回避すると唐突に岩がなくなった。

「抜けた……か?」

「みたいですの……はふぅ」

 ルイーザは翼のはばたきを止めて一時休憩する。

「呆けるな、ルイーザッ!!上がってくるぞっ!」

 ヴィットーリア俺達の横を抜けていく。

「え?はいぃぃっ!!!」

 ヴィットーリアの声で下を見ると瓦礫が落ちた事で刺激されたのか、マグマがせり上がってくるのが見えた。さすがにこの空間が埋め尽くされるとかいう速度ではないが、のんびり滞空していられる速度でもない。

 ルイーザが再び翼を打って上昇を開始した。

 ゴオオオオオオオッ

 岩盤が斜めに落ちてマグマの上昇速度が跳ね上がる。

「ちょっ!!?」

「急げ、ルイーザッ!!」

 一足先にヴィットーリアと所長が横穴に飛び込んだ。上半身を乗り出して手を差し出す。

 足元の熱が急激に増していく。腰に回されたルイーザの手が強張り、背中に押し付けられた胸から彼女の拍動が跳ね上がっていくのを感じる。

「レーゲンハルトッ!!」

 お腹を横穴の縁に引っ掛けて、できる限り手を伸ばすヴィットーリア。俺もヴィットーリアに向けて手を差し出す。

「んんぅ~っ!取ったっ!!ルイーザを離すなよっ!!」

 俺の手をとったヴィットーリアが振りかぶる。俺はルイーザのお尻に手を回して俺の身体に押し付ける。

「ハルトくんっ!?」

「我慢しろっ。翼たため」

 直後にヴィットーリアに手を引っ張られた俺達は横穴奥に向かって投げ飛ばされた。

「うおおおおおっ!?」

「きゃあああっ!!」

 上下逆さまのまま飛ばされた俺達はそれぞれオルダーニと所長に受け止められる。

「なんとか、全員無事でございますな」

 オルダーニが俺を地面に立たせながら周囲を確認する。

「死ぬかと思いましたよ」

 所長はルイーザを立たせた後、座り込む。

「全く、冷や冷やしたぞルイーザ」

 ヴィットーリアの背後で上へ抜けていったマグマが再び地下へ下っていく。

「ごめんなさい~」

 ルイーザがヴィットーリアに抱きつきに行った。ヴィットーリアは最初驚いた顔をしたが割と愛おしそうに頭を撫でている。 

「ここってさっき魔族が居た場所だよな」

「間違いないかと……」

 その魔族は既に居なかった。さすがに今ので俺達を全滅させられたとも思っていないだろうが。

 横穴はやや下りながらまだ奥につながっている。魔族が出てきていた事を考えるとそろそろ最深部かもしれない。すぐそこのマグマ溜りもトラップであると同時に飛行能力の無いものをふるい落とすためのものなのだろう。

 一番疲れているだろうヴィットーリアとルイーザ……あとオルダーニもか?3人の様子を見て少し休憩していく事にする。

 いくら魔力が満ちているとはいえ人間1人を抱えて飛び続けるのは大変だっただろうしな。

「姉様~」

「甘えすぎだぞ、ルイーザ」

「だって久しぶりですし。もうちょっと、もうちょっとだけ~」

 エルと似たようなことを言ってじゃれ付くルイーザに、困った顔をした珍しいヴィットーリアがそこに居た。

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