大渓谷の番人
行軍は驚くほど順調だった。
魔族からの迎撃はなく、まるで本当に道のように岩がせり出している。1時間ほど降りると日の光は届かなくなってきたが、傾斜は緩やかになって歩きやすくなった。墜落する心配より滑落する心配の方が割合としては大きい。
さらに1時間ほど降りると唐突に崖は終わり背の低い草が一面に生えている場所に出る。
「へ~、結構草が生えているんだな」
上から見たときは底知れぬ闇という印象を受けたが、下に降りてみると意外に明るい。草の間を流れる水がわずかな太陽光を反射して、幻想的な空間を作っている。
目が慣れてきたのもあるだろう。
さすがに対岸までは見通すことはできないようで、真っ暗な闇が草の上に横たわっていた。
「わたしも昨日降りたとき驚いたよ」
「姉様、こんなところまで墜ちて大丈夫だったんですの?」
「別に撃墜されたわけじゃないのでな。……ルイーザもオルダーニもそんな顔するな」
ルイーザは心配そうな顔で、オルダーニは……説教を始めそうな顔だ。それとトリア、さりげなくオルダーニと自分の間に俺を挟まないでくれ。
「特に珍しい草ではなさそうですね。ちょっと背丈の低いモノが多いですが、森に生えている物と大差ありません」
所長が草を弄り回しながら呟いている。何本かを懐にしまって持ち帰るつもりのようだ。
「虫が飛んでいるという事は小型の動物も住んで居そうですね」
誰かに服を引っ張られた気がして視線を向けるとヴィットーリアが掴んでいた。
珍しい。
「……どうした?」
「何がだ?」
位置的にはオルダーニにもルイーザにも見えない位置。秘密しておけという事なのだろうが、これから敵地に向かうのに調子が悪いのを隠されると困る。
「いや……手」
「ひっ……」
びくっ、と震えて自分の手を見る。そして何事もないのを確認すると安堵の顔に。
「……トリア、ひょっとして虫苦手なのか?」
「ち、違うぞ。ちょっと嫌なことがあって、近寄りたくないだけだ」
「それを苦手っていうんだけど」
「どうかしたんですの?」
ルイーザが不思議そうな顔をして回り込んでくる。
「な、何でもない。何でもないぞ、ルイーザ」
「ん?あー、姉様だけくっついてズルいですのっ!わたくしもハルトくんと手ぇつなぎますぅっ!」
ルイーザが反対側に取り付いて身を寄せる。手をつなぐのは構わないのだが、腕ごと掴まないでほしい。
むき出しのお腹とか太ももとかが手に当たってる。
「べ、別にわたしはっ!!」
ルイーザに抗議する為にヴィットーリアまで身体を摺り寄せる。こっちはバトルドレス……装甲を着けているので単純に痛い。俺をそっちのけで胸の下あたりでぺちゃくちゃ喋り出した。
「陛下、姫様、ここは戦場です。はしたない振る舞いはお控えください」
ほら怒られた。
「モテモテですね~。レーゲンハルト君」
「やかましい。そろそろ行先を教えてくれ」
ここまではオルダーニの案内で降りてきたが、これより先は所長の不思議アイテムが頼りだ。
「えっと、こっちですね」
今度は所長が先頭で歩き出した。何かあった時に対処できるようすぐ後方をオルダーニが歩いている。そしてルイーザに手を引かれた俺、最後にヴィットーリアが続く。
「これははしたなくないのか?」
「いいんです。こんな真っ暗なんですから、手つながないとはぐれてしまいますの」
手を引くようにしていたルイーザがまた少し寄りかかるように歩く。
「……トリアもか」
「すまない。そろそろキツい」
「ん?ああ、これが竜血草か」
低い見慣れた草とは別に、一際高い草がところどころ群生している。葉っぱの部分は緑色のようだが、茎の部分が赤い。
「ええ、はいそうですね。私も生えている姿は初めて見ましたが……」
改めて見渡せば結構な数が生えている。今歩いている場所は下草だけだが、その両側にちらほらと生え始め、その奥のほうにはさらに多くが寄り集まっている株が見えている。
「申し訳ありません、所長殿。陛下もおられますので採集は又の機会に……」
「あ、そうですね。これは失礼いたしました」
先ほどの要領で竜血草を懐にしまおうとした所長をオルダーニが止めている。
竜血草の群生地帯がどこまで続いているのか知らないが、所長が持ち続けている限りヴィットーリアとルイーザの二人はその影響を受け続ける。
「ここで襲われるのはマズいな」
「全くだ。完全に足手まといでしかないだろうなわたし達は」
「ハルトくんがいればなんとかなりますわよ」
ルイーザがエルみたいなことを言い出した。甘やかしているつもりは無いのだが。
「ルイーザ、あまりレーゲンハルトに頼りすぎるのは……」
「姉様、手」
「うぐっ!し、仕方ないだろう?身体に力が入らんのだ。倒れこんでしまっては、もっと足手まといではないかっ!!」
「もう行くぞー」
立ち止まって喧嘩し始めたので二人の手をとって引っ張る。二人とも引っ張られるままに歩き出した。
(ヴィットーリアはルイーザの手前素直になりたいけど、どうしていいか分からなくなってる感じかな。ルイーザは今まで怖がって仲良くできなかったヴィットーリアと話せるようになって嬉しい、か。ただ調子に乗りすぎてる感があるな。あとで仕返しされなきゃいいけど)
ヴィットーリアが何か言いたげにルイーザを眺めていたが、急に何か思いついて吹っ切れたように微笑む。
ルイーザはそれには気付かず、周囲の様子を眺め、俺の視線に気付くと小走りに寄ってきて腕に抱きついた。
「元気じゃないか」
「ハルトくんが居るからですの~」
しばらく所長達について歩いていくと川に行き着いた。
川幅は3~4メートルくらい。普段ならヴィットーリアやルイーザに抱えてもらって難なく超えられる程度だ。
しかし、その川がどす黒い色に変わっている。太陽光が少ないためそう見えるが、これは多分。
「竜血……」
「でしょうね。新たに精製したのか、あるいは竜血草を直接裁断して細胞液を流したのか……」
所長が何か呟いているが半分くらいしか分からない。
「魔族に精製方法を喋ったのか?」
「いえ、そんな事はしていません。しかし元々魔界の植物ですし、完成品を渡してしまっています。ある程度研究はされていたのでしょう」
「そういうもんか……?」
案外魔力的に見れば簡単にできてしまうものなのかもしれないが、だとするとマリアさんにも分かったはずだ。
「詳しくは魔族本人に聞かなければ分かりませんね」
「それもそうか」
「どちらにせよ、この先に魔族が居る事は明白となりました。陛下、姫様、レーゲンハルト殿、気を引き締める時ですぞ」
オルダーニが宣言する。
ここから先は戦場だ。
「ああ、いよいよだな。わたしの国で好き勝手にやってくれた落とし前、つけてもらおうか」
「エルフリーデを奪還する」
「はい、お友達を助けに行きますの 」
と気合を入れたものの川を渡る手段がない。
「では私が先行します」
どうしようかと思っていたらオルダーニがその場で、無助走跳躍。3メートル以上ある川を飛び越えた。
(ほんと何者なの?あの爺さん)
さらにどこから取り出したのか、いつのまにか取り出したロープに石をくくりつけてこちらへ投げてよこす。
川岸に転がっていた岩にロープをくくりつけてぴんと張る。
繰り返す事10回余り。上部とは言えないが簡易の橋が完成した。
「ギャオオオオオオオッ!!!!」
「オルダーニッ!?」
突如聞いた事のない咆哮が聞こえて、何事か察したヴィットーリアが声をかける。
「ご心配なく陛下。川に落ちないように慎重に渡っていらしてください。私はこれより戦闘に突入します」
ガガッキィィィン……ヒュゴッ!!
宣言通りに戦いかが始まったようで、金属音に打撃音、擦過音などが小さく聞こえ始める。
「行くぞ、トリア、ルイズ」
「うむ」
「はいっ!」
俺を先頭に川へ突入した。転落しないようバランスを取るためにブリューナクを水平に持って、中ほどまで慎重に進む。
後ろの2人は何の問題も無いようで、普通に歩くように着いてきた。俺がバランスを崩して体を傾いでも、惑わされることなく翼を広げてバランスをとっている。
「『サヴォイア流・星流れ』ッ!!」
対岸に近づくとオルダーニが戦っている姿見えてきた。老人とは思えない身のこなし。
今も自身の3倍はあろうかという敵の足元にもぐりこみ、打突を繰り出している。そして反撃される前に離脱、右側へ回りこむ。
「……あれはっ!?」
「竜……?」
「まさか魔族は竜まで殺して……」
「違いますね、アレは」
予想外の声が最後尾からかかった。
「あんた着いて来たのか」
「あの、危ないですわよ」
ルイーザの心配そうな声に、所長が苦笑してこたえる。
「あそこに取り残されるもの不安でしてね。自分の身は自分で守りますので……」
「ともかくさっさと渡りきらないか、レーゲンハルト。このままでは辛い」
ヴィットーリアに腰の辺りを小突かれた。たしかに不安定な足場でする話じゃない。俺はブリューナクを持ち直して戦場に侵入した。
近づいてみて改めて分かる大きさ。竜としては小振りだが、高さだけで5メートルを超えている。暗くて良く見えないが尻尾まで含めた全長は8メートルくらいあるんじゃないだろうか。俺達の胴をはるかに超える太さの2本足で地面に立っている。
しかしその足は不自然に歪だった。
「げっ……」
「悪趣味だな」
「わたくし気持ち悪いです……」
それは竜の形をしていながら竜とは程遠い、死体と死骸の集合体。
すでに死んだモノ達が粘土のようにぐちゃぐちゃに混ぜ固められて、蠢いている。
俺達が戦慄している間にもオルダーニの戦闘は続いている。
「『秘技・五月雨舞光刃』!!」
オルダーニの速度が跳ね上がる。空中に居たと思った次の瞬間には地上に居て、その間に存在する死竜の肉体が裂けて腐った体液が飛び散る。
彼の握るレイピア……だと思う。少し幅広で頑丈そうだが、一般的なソードよりは細い。そのレイピアが振られるたびに煌いて、まるで死竜のまわりだけ雨が降っているようだ。
腕を飛ばされ、翼に穴を空けられ、足を抉られながらも死竜はそこに存在している。
決定打になっていない。
ズザアアアァァァァッ
オルダーニが俺達の元まで引いてきた。
「ふうっ、さすがに物理攻撃であの規模を制圧しようとするのは無理がありますな」
「あんだけ戦えりゃ、十分だろ。ほんと何者だよ、あんた?」
「私はただの執事ですよ。ヴィットーリア女王のおしめを取り替えた唯一の……」
「それはやめろと言うとるにっ!!」
あれだけの戦闘をした直後だというのに、ヴィットーリアの尻尾を軽く受け止める。
「まあまあ、姉様」
「少なくとも今回だけは『女王』をつけるなっ!まるでわたしが最近までおむつしていたようではないかっ!!」
「ギャオオオオオオッ!!!」
のんびり喋る俺達に怒って……るわけないか。おそらく隙だらけだったからだろう。死竜が咆哮をあげてこちらへ向かってきた。
足を削られたからかその歩みはゆっくりだ。
「あっちも元気だな」
「『も』ってなんだ『も』って!?」
ヴィットーリアの興奮が収まらない。
「まあまあ、さて次は俺の番かな」
「ハルトくん……」
ルイーザが心配そうに寄って来た。大丈夫だと頭を撫でてブリューナクを向ける。ルイーザが柄に手を添えると橙色のゲージが溜まり始めた。
「こんなもんかな」
今回はいっぱいになる前にルイーザに手をどかしてもらう。あまり魔力を吸いすぎるとルイーザのほうが倒れかねない。
今もちょっとフラフラしてヴィットーリアに支えられていた。
「ありがとうございます、姉様」
「うむ。……死ぬなよレーゲンハルト」
「そこは勝って来いって言ってくんないかな?」
「馬鹿言え、そんな事言ったら死んでも勝とうとするだろうが。わたしやオルダーニも居る。無茶はするな。あの小娘を泣かせるつもりはないだろう?」
昨日の夜したように俺のお腹の辺りに小さな拳を軽く充てたヴィットーリアが笑う。
「行ってくる」
「うむ」
「私も援護します。ゆきますぞ、レーゲンハルト殿」
隣に並んだオルダーニの姿が一歩進んだ後、掻き消える。次に現れたのは死竜の右上方。刺突を死竜の顔面に叩き込んで動きを止めた。
「さて、こっちも行きますか」
ルイーザの魔力を溜めて、炎の巨大包丁と化したブリューナクを振り上げる。
理由は分からないがブリューナクに入れられた魔力は竜血草の影響を受けずにそこに留まっている。
(やっぱり何かしらアイテムを通すと魔力を奪われないのか……)
死竜がこちらに視線を向けた。どうやらのんびり考察している余裕はなさそうだ。
「ギャオオオオォォォォッ!!!」
死竜が咆哮した後、無事なほうの足を軸に身体を回し始めた。
「まっずっ!?ルイズッ!トリアッ!所長ッ!!!」
尻尾による攻撃だ。死竜を近づけすぎたために、後方に控えるメンバーまで尻尾の射程に入ってしまっている。
ヴィットーリアとルイーザは竜だから致命傷にはならないが、所長は人間だ。一撃で即死もありうる。しかも後ろは川。
下がれない。
「だったらっ!!」
今のブリューナクの斬撃能力にかけるしかない。
既に身体を横に向けた死竜の尻尾が回りこんでくる。俺は迫ってくる尻尾目掛けてブリューナクを振り下ろした。
「ギャオオオオッ!?」
まさか反撃されるとは思っていなかったのか、死竜が咆哮を上げる。
「斬り裂けーーーーーっ!!!」
巨大な尻尾の直撃を受けて、身体が悲鳴を上げ、腕が足が折れそうになる。
忘れていたが今ここにエルの魔力が入ったブリューナクは存在しない。
骨折がそのまま致命傷になりかねない。
それでも、ここであきらめたら被害が出る。
「ギャオオオッ!!」
ぶじゅじゅじゅっ!!ばぎんっ!!
ついに尻尾にブリューナクがめり込んだ。そのまま死体の山を切り裂き、一気に向こう側まで到達させる。
しかし完全に切り抜く事はできなかったようだ。直系にして3分の1くらいはつながったまま。
しかしそれが幸運だった。
腐った液体を撒き散らしながら振り回された尻尾は遠心力に従って一瞬外へ広がったが、つながった部分に引っ張られて一気に内側に回りこむ。
「うははっ!」
所長が腰を抜かして座り込んだ目と鼻の先を尻尾が通過していく。ヴィットーリアとルイーザもできるだけ飛び上がって回避したようだ。
「レーゲンハルトッ!!」
ヴィットーリアの叫び声が聞こえるまで思いつきもしなかった。尻尾が内側に回ってくるってことは……。
(俺死ぬじゃん……)
尻尾の先……なぜかそこだけ硬質な石のようなもので構成された部分が俺に向かって帰ってくる。
「ハルトくん、逃げてっ!!」
ルイーザの声が聞こえたが四方を尻尾に囲まれた俺に逃げる術は無い。
(受け止めきれるか)
ブリューナクを構えるが向かってくる尻尾に対して、ブリューナクは余りに細い。普通の剣に爪楊枝で挑むようなものだ。
「まったく、レーゲンハルト殿、それは勇敢ではなく無謀というのです」
突然現れたオルダーニが俺を掻っ攫う。気がついたときには死竜の直上。
「ではお願いします、レーゲンハルト殿」
「ったく……行くぜ。せいっ!!!」
俺はブリューナクを死竜の首の後ろに突き刺した。一度では斬れなかったので二箇所斬りつけ空いたところにブリューナクを突き刺していく。
「ギャオオオッ!ガッ、グボッ、ゴプオォッ!!?」
死竜の咆哮は途中からくぐもった音に変わり、水が攪拌されたような粘着音に変わる。
俺が死竜の首を完全に斬り落としたからだ。
「ちっ!!」
「さすがにアンデットはしぶといですな」
しかし首を落とされても死竜は止まらない。これだけの巨体だ。身体の動きを制御する場所が何箇所かあるのだろう。
しかしこちらのブリューナクはもう燃料切れだ。ルイーザの魔力を使い切ったブリューナクは炎がなくなり、ただの竜の骨になってしまっている。
「オルダーニ……わたしを運べ」
突如ヴィットーリアの声が響く。
相変わらず少女の高い声なのに腹まで響く重い声。
俺を地上に降ろしたオルダーニがヴィットーリアの元へ向かい、何事か話した後二人分の姿が掻き消えた。
「最大出力だ。わが名はヴィットーリア・ディ・サヴォイア……」
次に現れたのは死竜の肩の上。魔力を使えないはずのヴィットーリアのまわりに炎が浮かんでいる。
魔力を奪われる端からそれを超える出力を発しているのだろう。
「炎帝ヴルカヌスよ。大地を揺るがし咆哮を上げろ。その力、我が敵を滅ぼす炎塊の裁きと成れ」
ヴィットーリアが右手を天空に掲げる。
「エルツィオーネ・ヴルカーノ」
彼女の手から炎が生まれた。
(昨日のやつか)
昨日ヴィットーリアがヴァルシオンに到着した直後に放った魔法だ。彼女の手から飛び出した炎が放物線を描いて死竜に襲い掛かる。
だが、昨日とは桁違い。昨日は「火の雨」程度だったが、今回は完全に火山の噴火だ。小さいものは拳くらい、大きいものでは1メートルを優に超える炎の塊が、明確な敵意を持って死竜に降り注ぐ。
「うわ……」
「あわわわわ……」
ルイーザが俺の横で頭を抱えて震えていた。きっとここまでの行いを後悔しているのだろう。いくら態度が軟化しても、ヴィットーリアの強さは健在だ。
オルダーニは少し離れたところで誇らしげに見上げていた。皺の目立つ顔がヴィットーリアの炎で揺らめいている。
(所長は……無事そうだな)
未だ座ったまま呆けているようだが怪我はなさそうだ。
ドゴッゴオオオッ……
突如炎に包まれた死竜が崩れだした。それを確認したヴィットーリアが翼を広げ滑空してくる。
(結局トリアにいいとこ持ってかれたな)
はじめは小さかったヴィットーリアの姿がぐんぐん大きくなる。
(あれ?勢いつきすぎてない?)
「レェーゲンハァルトォォォッ!!歯ァ食いしばれえぇっ!!!」
「え、何でっ!?」
頭を下に飛んできたヴィットーリアが空中で半回転、足を下にして突っ込んできた。
さすがに生身では受けきれないのでブリューナクで受けた後、両手を広げてヴィットーリアのお腹の辺りに顔を突っ込む。
「おぶっ!?」
それでも勢いは止まらず、ヴィットーリアを掴んだまま2回転ほどしながら地面を転がった。
何とか自分の身体を地面とヴィットーリアの間に入れる。身体が止まったのを確認してヴィットーリアを俺のお腹の辺りに乗っけた。
「お、おまえ……」
「うん?……あ、ごめんな」
俺の上で俯いたヴィットーリアは泣きそうだった。
それだけで何が言いたいのかは大体わかる。ルイーザにも散々言われたし、思い出したっていうのが正しいかな。
「約束したではないかっ!絶対に死なない、と。なのに、なのになんだあの戦い方はっ!?」
やっぱりか。
「もう少しで死にそうだったんだぞっ!?言っただろ、わたしはお前だけは信用すると!信用した者が、仲間だと思った者が死んでも何も感じないほどわたしは冷血ではないぞっ!!」
素直に心配だった、と言わないのが彼女らしい。
俺は安心させようと彼女の頭と腰の辺りを撫でる。
「ごめん、いつもの癖でさ。怪我とか骨折とかすぐ治るから」
「……ルイーザに聞いた。あの小娘の魔力をそれに入れるとそういう能力になるんだってな。でも今は違うんだ。……それに死んだら治すも何も無いじゃないか……」
「うん、ごめん」
俺の上でしばらくうつむいたままだったヴィットーリアが手を伸ばして俺の頬に触れる。
顔を寄せて俺の目を間近で覗き込みながら呟く。
「いいか、絶対に死ぬなよ」
「ああ……」
そのまま唇が近づいて……。
「なんだその顔は……」
「いや、ルイズとこういう雰囲気でキスしたからそういうお国柄なのかと」
「ほう……、貴様とはあとでじっくり話し合う必要があるなぁ……」
頬を触っていた手に力が入り頬が引っ張られる。
「待ふぇっ、いもうふぉにやってふのふぃふぇっ……」
妹にやっているようにやったら千切れる、って言いたかったのだが、口を引っ張られているせいで言葉にならない。
「何言ってるかわからんなぁ……?」
笑っているのに笑っていないヴィットーリア。彼女の膝はいつのまにか俺の二の腕あたりに乗っかっていて、起き上がろうにも起き上がれない。完全にキメられている。
ルイズ、お前の姉ちゃんやっぱり怖いよ。
「ルイーザ」
「ひゃっ、ひゃいぃぃぃ……」
「後でマリアと一緒に部屋に来い」
「あう、えっと……」
「安心しろ、こいつも一緒だ。また昔のように茶会でもしようじゃないか。こいつも一緒に」
ヴィットーリアが「こいつ」という度に手に力が入る。そろそろ千切れそうだ。
それと勝手に人をダシにしないでもらえないだろうか。素直に仲良くしようといえばいいのに。
「さてと、行くか」
ヴィットーリアが俺の上からあっさりどいた。手を出して俺を引っ張り上げる。
「いいか、わたしはルイーザのように簡単に靡いたりはせんぞ」
俺が半身を起こすとヴィットーリアが俺の耳に口を寄せた。
「ああ、悪かった。今度はちゃんと段階踏むよ」
「ぐっ……だからそういう……。ほんとに分かっておるのか?」
さっきまで見下していたのに、今度は少女のように赤面する。
ルイズ、お前の姉ちゃんやっぱり可愛いよ。
「ハルトくん、大丈夫ですか?」
ルイーザが反対側へ寄ってくる。
「おう、怪我はないけど……イッタァ!?ルイズ?」
突然ルイーザの尻尾が襲ってきた。
「わたくしも心配でしたのよ。無茶しないでくださいます?」
「悪かった」
どうやらルイーザもご立腹だった様子。やっぱ姉妹だ。
「所長殿、あまり触られない方がよろしいかと。魔族の魔力が人体にどんな影響を及ぼすか分かりませんので」
「あはは、いや好奇心が抑えられませんで……」
静かだなと思っていた所長はいつのまにか起き上がって死竜の残骸を物色していた。ほんとタフだなあの人。神経が図太いというか……。
川の方を振り返って改めて思う。
(ほんとに何者だろう、あの2人。オルダーニのほうは明らかに人間のスペックを超えているし、所長も研究者としては身体能力が高過ぎる)
「……本当に大丈夫か、レーゲンハルト?」
気がついたらヴィットーリアが見上げていた。しばらく呆けていたらしい。
「ああ、悪い。……先に行こう」
「ふん、本当に大丈夫か?ここは戦場で……っと」
「トリア?」
「姉様?」
ヴィットーリアが何も無いところでよろけた。咄嗟に支えて覗き込むと脂汗が浮かんでいる。
「大っ丈夫だ……少し魔力を使い過ぎた……だけだ」
「やっぱり姉様あんな無茶な使い方……」
「引き返すか?」
このままヴィットーリアを連れて行くのは危険かもしれない。少なくともオルダーニは反対しそうだが。
「ふっ、馬鹿を言え。わたしを誰だと思っている。……頼む。オルダーニには黙っていてくれ」
「……無理はするなよ」
「レーゲンハルトに言われては、世話無いな。わかっている。足手まとい以下にはならない。後ろで控えているさ」
ルイーザを促して2人に合流する。
「では参りますぞ。陛下、姫様。ご無理だけはなさいませんように」
オルダーニは絶対気付いているな。
でも止めないのはヴィットーリアの性格を知っているからか。
「大人だな……)
まあ大人どころかもう老人なんだろうけど、俺は自分の未熟さを示されたようで何か居心地が悪かった。




