幕間11 捕らわれのエルフリーデ
こんばんは。
ん~、もうお休みなさい?……よくわかんないや。
エルフリーデだよ。
あたし、また捕まっちゃった。ごめんなさい、ハルくん。
でも、ハルくんは絶対に助けに来てくれるよね。
場所?
よくわかんないや。ごめんね。
なんか暗くてじめじめしてるの。えっと、カベは……岩……かな。多分。
あ、ひょっとしたら洞窟なのかも。
んん?岩だったら逃げられるでしょ、って?ん~ん、無理かな。
あたし今しばられてるの。ナワじゃないよ。赤くて、細い、わいやー……って言うんだっけ?そーいうやつ。
それに力がぜんぜん入らなくて、ナワでしばられてても何もできなかったかも。
ごめんね。
「いやー、まいった、まいった。あそこでヴィットーリア女王が帰ってくるなんて」
あ、えっと。魔族さんだよ。人間さんたちに意地悪してたから、止めようとしたら捕まっちゃって。あたし連れてこられたの。
「折角、いろいろ手を打って戦力分断したのに。結局全戦力があそこに集まってくるなんて、見くびっていたよ。マグナ・サレンティーナ」
あたしの前に座ってるんだけど、見た目が夕方とぜんぜん違うの。
所長さん所にいた「フェリーチャ」ちゃんと同じ姿なんだよ。
声も高くて女の子にしか見えないんだけど、感じる魔力は夕方の魔族さんと同じだから、同じなんだと思う。
「おまけに何だい、この身体。魔動兵器……ゴーレムなのかな?」
あたしの目を見てるから多分あたしに聞いてるんだと思うんだけど、あたしにはぜんぜんわかんないよ。
だから仕方なくあたしは首をカシゲルの。
「くくくっ、分かるわけないか。しかししばらく潜っている間に人間がこんな技術を持っているなんて。ちょっと信じられないな。明らかにオーバーテクノロジーだ。僕以外に暗躍している奴がいるのかな」
だからあたしに聞かれても分かんないよ~。あたしにわかる話してくれないかな。
「しかし君は本当に落ち着いているねえ。怖くないのかい?」
「ぜんぜん、ハルくんが助けに来てくれるもん」
「……そーかい。ところで山では大活躍だったみたいだね?アレは君一人で倒したんだろ?」
「うん、そーだよ?」
「やはり、君は真祖なんだよね?」
「……うん」
あ。
あたしが本物の竜だってことは、あんまりしゃべらないほうがいいってハルくん言ってったけ。
ごめんねハルくん、言っちゃった。
「何で君は人間なんかと旅をしてるんだい?真祖だったら国で大人しくしていればいい生活できるだろ?」
「いーせいかつ?」
「寝床には困らないし、黙ってても食事は出てくる。にも関わらずなぜ国を出たんだい?」
「んっと……」
あれ?何でだっけ?
あたしにとってハルくんといっしょに旅をするのは当たり前なんだけど。
国での生活……が楽しくなかったから、かな。ハルくんといっしょに居られる時間がどんどん減っていったし。
「えっと……」
でもなんでだろう。
それを口に出すのはなんか苦しい。
胸の辺りがもやもやして、あったかくなって、でも苦しくて。
「ふ~ん。あの人間と一緒に居たかったからかな」
「え、うぇえ?」
あれ?なんでわかっちゃうの?口に出してた?
それになんだろう。胸だけじゃなくて顔も熱くなって。
「ぷっ、あはははは。意外だね。もっと大人しい子なのかと思ったけど、案外感情豊かじゃないかっ!」
思いっきり笑われちゃった。
でも胸のドキドキも顔の熱もぜんぜん無くならない。
これはきっと、恥ずかしい、なんだと思う。
「あ、あのっ!あの……」
何て言ったらいいかわからない。
縛られているから顔をかくすこともできないの。
「じゃあ、彼を殺すよ」
女の子の顔のまま、低い声で魔族さんが言いました。
さっきの笑顔のまま。
「どうだい?少しは怖くなったかな?」
その笑顔のまま魔族さんはあたしに近づきます。
「君が大好きなその人間を、君の目の前で殺してあげよう」
あたしの耳に口を寄せて、ささやく魔族さん。
あたしの左目と魔族さんの右目が、すんごく近くで見つめ合う。
「それでも君は泣かないのかい?」
「……あたしに泣いてほしいの?」
ハルくんはあたしが泣かないように、笑っていられるように、毎日頑張ってくれている。他の人もそう。
笑ってほしいという人は居ても、泣いてほしいっていう人にはあったことがないよ。
それでも目の前の魔族さんは泣いてほしいって言う。
なんでだろう。
「……」
魔族さんの顔から笑みが消えました。怒っちゃったのかな?
でもあたしにはわからないよ。笑っていれば楽しくて、気持ちいい。
泣いていると辛くて、からっぽになる。
それはイヤだよ。
「えっと、なんで魔族さんが泣いてほしいっていうのかわからないけど。多分あたしは泣かないと思う。だってハルくんはあなたに負けないもの」
「ほう……」
「あ、あの。ハルくん強いよ?人間だけど、あたしより強いんだよ?」
「真祖である君より、人間の彼の方が戦闘力が高い、と?」
「う、うんと……。そーいうたたかう強さ?みたいなのじゃなくて……。そういうのは負けてても、最後には勝つの」
うまく言えないな。たしかにハルくんは人間。あたしが竜の姿になったらあたしのほうが強いと思う。
でも勝つのはハルくん。
「そ、それにさ。今はルイーザちゃんもいるし、ヴィットーリアさんも、マリアさんも、しんえーたいの皆のもいるし……」
ハルくん1人の力じゃなくて、みんなで強い、みたいな?うん、それが一番正しいと思う。
「だ、だからね。魔族さんも1人で戦わないで、みんなで仲良く、ぐえっ!?」
なに?いきなりのどが……痛い?
「魔……族さん?」
「この期に及んで何を言っているんだい?今更仲良くなんてできるわけないだろう?」
薄目を開けて魔族さんの方を見下ろしたら、魔族さんの腕があたしの胸の方に伸びてたから、多分首を掴まれてるんだと思う。
だからこんなに苦しくて痛いんだ。
「やめ……て。そんな事……しなくて……も、けほっ、けほっ、あたし……ちゃんと……お話聞くよ?」
「だから君はいつまで余裕ぶっているんだい?殺されるかもしれないとどうして思わない?僕は敵だよ?君たち竜の」
「ぐえぇっ!?」
首の痛みが熱くなって、頭の上の方が軽くなって。
「だめ……だよ?これ……以上。あたし……竜……戻ったら……魔……族さん……殺しちゃ……」
喉が痛くて、息が苦しくて、目から涙が出ちゃうよ。
魔族さんがしたかったのはこういう事なのかな。
でも、やっぱり苦しくて。あたしは嫌だよ。
「ちっ……」
「げっ、げほっ、けほっ……、けほっ、けほっ……魔族さん?」
喉の痛みがなくなって、目が見えるようになった。
「竜とはいえ、まだ子供か。君は本当にエルヴィーネの娘なのかい?」
「え?お母さんを知ってるの?」
「……やっぱり君は王族か」
……あれ?
また言っちゃいけない事言っちゃった?
ごめんなさい、ハルくん。
「まあ、ある程度分かっちゃいたけどね」
「わっ?」
ヒュガッイイイィィィィィン
魔族さんがいきなり黒い魔力を撃ってきたからびっくりしたけど、ちゃんと集中して「魔力しょーへき」で受け止めた。
本気で撃ってないってわかったから、ぜんぜん怖くないよ。
あたしの思った通り魔族さんの魔力もすぐに消えた。ほら、怖くない。
「この場所でその密度の魔力障壁をほとんど無意識に展開できるシルバードラゴンなんて真祖の中でも限られた存在だけだからね」
「そーなの?」
「君は本当に……」
魔族さんがいつもの笑顔にすこし悲しさを混ぜたような顔であたしを見上げる。
あとやっぱり怒ってる感じ。
どうしよう、ハルくん。あたし、この魔族さんが全部悪いって思えないよ。
人間と竜人を戦わせたのは悪い事だと思うし、しんえーたいの人たちを襲ったのも怒ってるけど。
でもこの魔族さんはすごく悲しく感じるの。
「……来たか」
「え?」
魔族さんが突然頭の上の方を見たから、あたしはびっくりした。
「君のお仲間だ。さあ戦いの準備をしないと」
魔族さんはゆっくり立ち上がって入口の方に行こうとしてるけど、あたしは縛られたままで動けないの。
「ね~。もう止めようよ。絶対勝てないよ?」
「ふふ、この大渓谷には竜人共は入れない。つまり竜と君の大好きな人間しか入って来れないって事さ。ならば勝機はあるだろ?」
言葉がむずかしくてよくわからないけど、勝てるって言ってるのはちょっとだけわかる。
でもだから、言葉が分からないからだと思うけど。
(魔族さんは負けるつもりだ)
それは分かっちゃう。言葉の意味じゃなくて言葉にのせられた想いが、分かる感じ。
「でもっ!」
「おっと君にもちゃんと登場してもらうよ。今はちょっと準備に行くだけさ。すぐに戻る」
魔族さんのちっちゃな体は出て行っちゃった。
ハルくん、やっぱり戦わなきゃだめなのかな。




