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幕間1 遠征女王

 ガタゴト、ガタゴト、ガタゴト……

「ん……」

「お目覚めですか、姫様……」

「んあ……?」

 身体に響く振動の変化に覚醒を促された私はゆっくりと目を開ける。頬杖をついたままだらしなく眠っていたらしい。投げされた足を直して視線を前に向ける。

 馬車の中である。

 御者台側には白髪の人間が座っている。先ほど声を投げかけてきたのはこの者だ。

「だから、わたしはもう『姫』ではないと言ってるだろうに」

「失礼いたしました。ヴィットーリア女王陛下」

 そう言って流れるような動作でカップに紅茶を注ぎ、差し出してくる。この振動の中で飲めとでもいうのだろうか。人間よりは熱さに耐性はあるが、服が汚れたらどうしてくれる。

「いや、あのな……」

「ああ姫様は熱いのが苦手でしたな」

 手にした紅茶を懐にしまって――ちょっと待て、高温の液体をどこにしまった――、今度はストロー付の果実ジュースを差し出してくる。

(それもどこから出したんだ?)

「どうぞ」

「ん……」

 しばらく睨んでいたが、それでも絶やさぬ笑顔に根負けしてジュースを受け取る。確かに寝起きのせいか口は渇いていたし、この日差しだ。そのうち何か飲みたくなるだろう。別に甘いものが欲しかったわけじゃないぞ。

 気まずくなったわたしは視線を外に向ける。

 馬車は既に荒野を抜け、橋に差し掛かっていた。行く手には雲より高い山頂を持つ山や、全体が雪で白く染められたりしている山々が見えてくる。この橋はその山脈と首都ヴァルシオンから続く荒野を隔てる谷に架かっている。まだ昼下がりといっていい時間だが谷の半分以上が影に覆われており、遥か谷底を流れる川の水面が時折光りを反射している。

 ずっと見ていると再び身体が弛緩して眠りそうになってきた。

(まったく、面倒なことだ)

 竜人であるわたしたちには飛行能力がある。ではなぜわざわざ馬車に乗って橋を渡っているのか。それはこの渓谷特有の「謎の現象」のせいだ。

 この渓谷に侵入した途端、竜人は力が出せなくなって弛緩する。人間が平然としているところを見ると魔力的な装置があるのではないか、というのが大筋の見解だが、竜人が侵入するのは危険だし、人間はそもそも認識すらできないのでなかなか調査が進まない。

 お婆様の時代からこのあたりに不穏分子の根城があるのはわかっていたのだが、手を出さなかったのはそういう理由だ。しかしその根城に大量の物資が運び込まれたという情報が入ったため、行動を起こされる前に制圧してしまおうと討伐に来ている。

「本当に一人で行かれるのですか?」

 わたしが視線を馬車の中に戻すのを待って声がかかる。

 先ほどから声をかけ続けているこの男はわたしの執事オルダーニ。わたしの城の中で唯一の人間でありながら、わたしが幼いころより最も近くにいる人間だ。昔からいろいろと身の回りの世話をしてくれていて助かるのだが、いい加減わたしのおしめを換えたことを自慢するのはやめてもらえないだろうか。

「当然だ。わたしを誰だと思っている」

「もちろん、姫様だと……」

「だから、もう姫ではないと言ってるだろうにっ!」

 わたしがいつものように言い返すと、楽しそうに笑う。わたしを平然とからかえるのは竜人を含めても世界にこの男だけだ。

 お婆様には頭があがらないし、母様はここ数年顔を合わせていない。妹に対してはやはり姉としてのプライドというか、見栄みたいなものがある。

 取り繕うことなく接することができるのはこの人間だけかもしれない。

「……わたしが人間ごときに後れを取るとでも思っているのか?」

「まさか。しかし、戦場に絶対はありません」

 彼の瞳が真剣な光を放つ。はっきり聞いたわけではないがおそらく彼も戦場を駆けたことがあるのだと思う。そういう目だ。

「わかっているさ。……だがこれで女王というのも気苦労が多くてな。ストレスを発散する絶好の機会を得たのだ。誰にも譲るつもりはないよ」

 わたしは馬車の中に斜めに立てかけられた自分の獲物に手を這わす。槍戦斧(ハルバート)というのだったか、人間が使っているのを真似て作らせた特注品だ。刀身だけでもわたしの身体の半分以上ある。柄を含めればたぶんわたしの身長の2倍くらいあるのではないだろうか。

 自慢じゃないが腕力は竜の中でもあるほうなので、このくらいの重さがあったほうが扱いやすい。

「連れてきた部隊は逃げ出さないための壁とする」

 わたしたちが乗る馬車の後ろには親衛隊と、このあたりを警備する第2方面軍が綺麗な2列の隊列を組んで続いている。オルダーニがどうしてもというので連れてきたが、戦わせるつもりはないのであまり武器は持たせていない。

 全く、心配性なんだから。わたしを誰だと……。

 照れくさくなって再び視線を外に向けると、だいぶ山裾が近づいてきた。

「そろそろ橋の半ばか……。伝令、予定通り橋を渡過後に部隊を展開する。各部隊は配置の確認を……」

 わたしが命令を下した瞬間だった。

 ゴオオオオオオオッ

 今までとは明らかに違う振動が体に伝わる。遅れて轟音が馬車を叩いた。

「何だっ?」

「陛下、危険です」

 身を乗り出して後方を確認しようとしたわたしを、オルダーニが馬車内へ引き戻す。わたしを「姫」ではなく、「陛下」と呼んだということは、本当に危険だと言いたいのだろう。

「だが、怯えて引きこもっているわけにもいくまい」

「陛下は我が国の強さの象徴です。動揺を見せれば部隊全体の士気に影響します」

「動揺などしておらんわっ!」

「音源はかなり後方……直撃を受けたわけではないでしょう。それに陛下はともかく、この大渓谷の中で後ろの者達を戦わせるわけにはいきますまい。――このまま進んで部隊を展開した後、状況の把握に移行するのが上策かと」

 確かに。本領を発揮できない状態で敵とぶつかっていたずらに兵を失うわけにはいかない。まずは生き残ることを優先させるべきだろう。反撃するのはその後だ。

「わかった……。伝令、全部隊速度を上げて橋を抜けろ。後方は特に、周囲への警戒を怠るな」

 親衛隊が馬車を囲うように展開した後、速度が上がった。

(……誘い出されたか)

 再び起こる爆発音を聞きながら、わたしはもどかしさを抑えきれず正面を睨む。

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