集う力
「あの……」
「あれ?ルイズどうした?エルを追ってたんじゃ……」
「いいい、いつから居たっ!?」
声につられて上空を見るとルイーザが滞空していた。ヴィットーリアが真っ赤になって狼狽している。……やっぱり姉妹だな。
ルイーザはヴィットーリアの方を一瞥すると分かりやすく目を逸らす。
「あああーっ!!」
「トリアうるさい」
「その呼称は使うなとっ!!」
「もうバレてんだから、いいだろ」
「うぐぐぐぐっ……」
さっきの戦闘での暴れっぷりが嘘のように頭を抱えて悶えだした。
「それよりどうしたんだルイズ、見失ったのか?」
「ええ。途中までは追えていたんですけど……。突然途切れてしまいまして」
「俺にはよくわかんないんだけど、それは普通にありうる事なのか?」
「通常ではありえませんわ。別の魔力で上書きされることはあっても、痕跡がまるごと消えるなんて」
ルイーザがゆっくりと着陸した。
「例えば空間を転移した場合はどうだ?」
「そんな魔法があるのですか?」
「いや例えばの話なんだけど……ないのか。トリアはなんか可能性思いつかないか?」
「ううう、それどころじゃないのだが……。ヴァルシオンに戻ってから感じている妙な魔力の喪失と関係あるんじゃないのか?」
ヴィットーリアが拗ねたような視線を向けてきた。
「「っ!」」
そうか。
アイツは竜血の影響を受けていなかった。だからてっきりあいつに魔力侵奪は働かないのだと思い込んでいたが、ひょっとしたら何か条件があるのかもしれない。
例えば何かしら無効化するアイテム……魔法道具を身につけているとか。
その条件から外れれば竜血の影響を受けて魔力が奪われ痕跡が消えるのかもしれない。
「だとすると、困ったな」
「はい……追いかける手段がなくなりました」
「……それにしてもエルの奴……。相変わらず攫われやすいな。まさか同じ場所で2回も攫われるとは」
おまけに攫われてもどうせ俺が助けに来ると思っているから全然反省しない。まあ俺は俺でエルの頑丈さを信頼しているから何にも対策していないってのもあるんだけど。
「方角だけでも分からないか?」
「西町に向かっていましたのでそのあたりを調べてみたのですが……」
「あそこは水路の終着点……竜血の影響を一番受けてる場所だよな」
「はい……」
おまけに俺達……正確に言うと親衛隊が1度集まり、未だ捕らえられている竜人の少女達がいる場所だ。魔力が混ざりすぎて分かりづらいんだろう。
「ああ、良かった。ここに居ましたか」
「あれ、所長……さん?」
「はい、ご機嫌麗しゅう、ルイーザ王女殿下」
「あ、はい(とても麗しくは無いのですけど……)」
「良くここまで来られたな」
そこには所長以下、マッチョな人と……名前は知らないが他の科学者達。小さい女の子はさすがに連れてきていない様子。
「何だ貴様ら」
ヴィットーリアが槍戦斧を所長の鼻先に向ける。さっきまでヘコんでいたのに、あっという間の変わり身だ。いや恥ずかしいのをごまかしているのかもしれない。
「よせ、トリア。協力者だ」
「むっ……?そうなのか?」
「トリア……って、ヴィットーリア女王陛下でございますか?」
「そうだけど?」
所長の問い俺が答える。信じられないモノを見るような目で俺とヴィットーリアを見直す所長。
「あの、王女殿下……」
「あははは、ハルトくんはそういう人です。もともと竜人と人間をあまり差別しないので……」
「とんだ大物ですね」
「そうでしょう?」
ルイーザが所長に得意げに、そして楽しそうに話し出す。今度はヴィットーリアが驚く番だった。
「ルイーザが人間の男と普通に話している……」
「お前が知らないだけで、ルイズはルイズなりに成長してんだよ」
「ふふ……、そうか」
ヴィットーリアの表情は寂しそうにしながらも晴れやかだった。心なしか肩の力も抜けている。
「トリアってルイズの事、相当好きだよな?」
「ふふん、当然だ。わたしを誰だと思っている」
「ルイズのお姉様だろ?」
「うむ、そうだ。……とはいえいつまでも雑談しているわけにもいくまい。おい、人間。いや所長殿だったか。協力感謝する。この礼はいずれ何かの形で。望めば何でも叶えてやるぞ」
「「「っ!」」」
「なんだ?」
ヴィットーリアが怪訝そうな顔であたりを見回すが、俺達は微妙な表情で見返した。
「いや、別に」
「姉様……」
「これは俄然やる気が出てきましたね」
所長だけが笑顔だった。いや後ろの科学者達も心なしかウキウキした表情である。
(ヴァルチェスカ城が完全崩壊しなきゃいいけど)
彼らが求めている褒美の内容を知ったときのヴィットーリアの表情を見たいような、見たくないような。
「?よくわからんが……、所長とやら、我らは今真犯人たる魔族を追っている。何か情報を持っていないか?」
「ああ、そうです。その事で来ました。実はフェリーチャ2号機が奪われまして……」
「フェリーチャ……2号機?」
「フェリーチャってあそこに居た女の子ですわよね?」
「ええ、正確には少女型自走式魔動……」
「待て待て待て」
「はい?」
「つまりあれか、あの娘は人間じゃない、と」
どうみても人間にしか見えなかったが……たしかに普通の人間にしては運動能力が高いな~、ぐらいには思っていたのだが。
「ええ、皆さんに相対していたのは人間の娘ではありません。ただ、本物のフェリーチャもちゃんと居ますよ?」
「は?」
「ただ……、彼女は不治の病にかかっていましてね。彼女の細胞と我々の技術を使って……」
「『さいぼー』?」
「ええと……」
「すまない。話が逸れているように感じるのだが、その奪われた少女……か?それを攫ったのは魔族ということでよいのだな」
ヴィットーリアが話に割り込んでくる。そうだった。
「はい女王陛下。かの魔族と名乗る男が先ほど我々を襲撃いたしまして、エルフリーデちゃんだったかな?彼女が駆けつけてくれたお陰でこちらの被害は軽微だったのですが、2号機を奪われまして」
「ふむ。足取りを掴めたのは良いがあまり変わっておらんな」
「エルはそのまま?」
「ええ、魔族を追って行きました。その、残念ながら我々には空を飛行する手段がないもので……」
「いや、責めているわけじゃない。アイツが攫われやすいだけだ」
「しかし……そうですか。変わっていないということは、既に魔族の根城の目処は立っていたのですね。大人しく研究所で待ってたほうがよろしいですかね」
「待て。根城の目処が立っているとはどういう意味だ?」
「いえ、2号機には発信機がついていまして……、その信号を追えば魔族の居所がわかるのですが」
「「「それだっ!!!」」」
――翌日・正午過ぎ。
マグナ・サレンティーナ東部辺境・大渓谷。
「まさか、2日続けてここに来るとはな」
まずヴィットーリアが先に御車から降りる。いや正確には執事の……オルダーニだっけ?彼が先に降りてヴィットーリアの手をとっている。
白髪頭で皺も多く、老人といっていい見た目だが、立ち居振る舞いに歳は感じられない。むしろ勇猛果敢な戦士すら彷彿とさせる妙な貫禄がある。長めの髪を首の後ろで結んでいるが、高級そうな服を着こなしているせいか上品さすら感じる。
ヴィットーリアの側近中の側近らしい。さっき御車の中で「姫様のおしめを取り替えた人間は私だけです」と自己紹介された。
(どんな自己紹介だ)
おまけにその直後のヴィットーリアのツッコミ。かなり強烈に尻尾で攻撃されていたように見えるが、何事もないように素手で受け止めて見せた。
見た目通りの人間じゃないだろう。なんせ竜人が居る中で普通に受け入れられているのだ。
(これだけの短時間に部隊を編成した手腕といい、ヴィットーリアの側近を務めている事といい、警戒はするにせよ学ぶところは多いだろうな)
あの後、城に戻ったヴィットーリアを待っていたのはオルダーニの説教地獄だった。
やれ浅慮にも程があるだの、王族にも関わらず城壊すとは何事かだのと3時間叱責されっぱなし。
最後は触発されたマリアさんにルイーザまで巻き込まれて、姉妹揃って涙目だった。
どうなってんだこの国は。
ちなみに全てヴィットーリアの私室で行われたこと。さすがに一般の竜人に国のトップ2が叱られている姿を晒さない程度には配慮している様子。
説教大会後に2人を風呂に放り込み、着替えを終わらせる頃には既に城の前には討伐隊の準備ができていた。俺も換えの装備を借りて一緒に御車に乗り込み、夜通し走ってここまで来た。
よほど疲れていたのか御車の揺れは相当強かったにもかかわらず、俺もヴィットーリアもルイーザも揃って熟睡した。
日が昇ってもまだ走り続け、着いたのはついさっき、簡単な昼食を済ませた俺たちは大渓谷の縁に立っている。
「ここに居る……ていうか、あるのかそのマドーなんとかってのは……」
「ええ、間違いなく」
答えるのは所長。肩幅くらいの平たい板を首から下げて、胸の前でかざしながら答えている。
「ここって竜血草が群生しているところだろ?そんな場所で使えるのかそれ?」
「ええ、ひとえに魔力と言ってもいろいろありまして、第一次元における魔力の周波数は1~5くらいが一般的なんですが、そこに7~8程度の高周波の……」
「悪い。聞いておいてなんだが、最後まで聞いても分かる気がしねえ」
「そうですか、残念です」
心なしかがっかりしたような印象は受けるが、彼の顔に浮かんでいるのは相変わらずの笑顔だ。
「……そういや連れてきてもらってなんだけど、お前らほんとに来るの?」
「当然だ」
「当たり前ですのっ!」
ヴィットーリアが腕組みして見下したように頷き、ルイーザが俺の腕を掴んで縋るように答える。
ここは竜血草の影響で竜人が活動できない。
つまり降りられるのは俺と真祖の2人のみ。
「陛下……」
「な、なんだ。さすがに客人を一人で行かせるわけにはゆかんだろ」
オルダーニの呟きにヴィットーリアが分かり易く動揺した。といってもそれがわかったのは正面に居る俺だけだろう。顔は動揺しているが姿勢は崩していないので、背中側に居る大多数は気づかなかったはずだ。
「我らの女王は意外に可愛いですよね」
ああ、コイツが居た。所長に同意する事、大ではあるが。
(近いんだよ、顔が)
俺は身を寄せてくる所長を押し返す。
「……まだ何も言ってませんよ陛下。私もご同行させていただきます」
「好きにしろ。……いや頼む。ここでは我ら姉妹の方が足手まといになりかねん」
オルダーニが少し驚いた顔をした後、嬉しそうな顔で頷いた。
「はっ、御心のままに」
そしてくるりと背後へ向き直った。居並ぶのはヴィットーリア女王の親衛隊15名とマリアさんをはじめとしたルイーザ王女親衛隊10名。
「この場は両親衛隊に任せる。敵の増援への警戒と魔族の逃亡に警戒せよ」
「はっ!!」
面白い光景だった。
本来であれば人は竜や竜人に支配される存在。女王の後ろ盾があるとはいえ人間であるオルダーニの指示に、マグナ・サレンティーナ最強の2部隊が従っている。
そして従わされている竜人の側にも不満は見受けられない。
別に竜が人間に従わされるのが最良だというわけではない。
ただ同時に人間が竜に従わされることだけが最良というわけではない、ということだ。
そんな想いを込めてヴィットーリアを眺めていたら目が合った。言われなくても分かっているわ、というように少しうるさそうにした後、ぷいと顔を逸らした。
「では参りましょうか」
オルダーニの声で俺たちは動き出した。
「やっぱあんたも来るのか」
「ええ、このような機会滅多にありませんし、少なくとも近くまでは必要でしょう?道案内」
相変わらず好奇心旺盛な様子の所長。
「危なくなったら帰れよ」
「ありがとうございます」
こいつの場合本当に危なくなったら逃げるだろう。
「えっと飛び降りればいいんですの?」
「そんなことしたら途中で脱力して墜落するぞ、ルイーザ」
「こちらに道がありますのでどうぞ」
「道?」
見渡す限り断崖絶壁だ。道らしい道は見当たらない。
「陛下、姫様、少々わかりにくいですが足元に気を着けて着いていらしてください」
「うむ」
「はい」
オルダーニを先頭に断崖を下りていく。
(アイツら山羊か?)
道とは名ばかりでちょっと岩が付き出ている場所を足掛かりに降りていくだけだ。竜の2人すら翼を広げてバランスを取っているのに、オルダーニは普通に階段を下りるような気軽さで降りていく。
「我々も行きましょう」
「お、おお……、物怖じしねえな、あんた」
「何事にも好奇心が勝る性分なので」
所長も3人を追って降りていく。さすがに前の3人ほどの気軽さはないが、しかし確かな足取りだ。
「レーゲンハルト様、お2人を宜しくお願い致します」
「ああ、行ってくる。必ず6人で帰ってくるよ」
俺はマリアさんの声に押されるように後を追った。




