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エルヴィーネ

「何でわたし……」

 しばらくして顔を上げたヴィットーリアの目はまだ赤かったが、瞳の力は少し戻っている。17歳の少女の瞳ではなく、バーカンディの長、マグナ・サレンティーナの女王の物に。

「ああ、ごめんな。せっかく頑張ってたのに、無理やり甘えさせて」

「っ……、全くだっ!」

 少し赤面したが、取り繕うように大きな声で胸を張る。そういうところが可愛いとか言われちゃうんだろうけど、本人にその自覚はないようだ。

「たださ、せっかく愛されているのにもったいないと思ったんだ」

「もったいない?」

 ヴィットーリアが意味が分からない、というように聞き返す。

「ヴィットーリアの目指す国ってどういう国だ?」

「どういうって……」

「別に具体的じゃなくていい。何となくこういう国にしたいとか、国民がこういう状態になってほしいとか」

「それは……、いまより豊かで、幸せになってほしいと願っているし、そういう風に行動してきたつもりだ」

 何を当たり前のことを聞いている、とでも言いたげに見上げてきた。ツリ目+若干涙目……、話を忘れて抱きしめたくなる衝動を抑えつつ、こちらも見返す。

「それはお前ひとりでやってきたことか?」

「……どういう意味だ?」

 不機嫌さがました。多分彼女ひとりでできるわけがない、という意味で捉えたのだろう。まだ17才のヴィットーリアにできるはずがないという意味で。

「お前は国家そのものか?それとも国家の一員か?」

「……。わたしは……」

 何が言いたいのか少し分かったようだが、まだわかりにくいぞ、とでも言いたげな不満顔を向けてきた。

「お前1人で軍隊を相手に戦えるか?お前1人で町を警備できるか?お前が全ての部下に直接説明して、命令するのか?」

「わたしも所詮1人の小娘だと言いたいのか?」

「そうじゃない。ただ1人でできることには限界があるから、もっと他の竜人に頼れってこと」

「む……」

「確かに人々の前に立って、最前線で導くのも役目かもしれない。でもそれはやっぱり王様のやることじゃない。どちらかといえば姫とか将軍とか、内政で言えば大臣の仕事だろ?」

「それは、そうだが……」

 わかりやすい不満顔。おそらくヴィットーリアが最も得意するのは現場だ。彼女の誇りであり、自信の(もと)

「はっきり言われることはないだろうけどさ。あえて言わせてもらえば、やっぱりお前はまだまだ姫なんだよ。王様の仕事よりも、姫としての仕事を優先させている。だからお前の……親衛隊か?――そいつらも守ってもらっているとも思っているだろうけど、同時に自分たちもヴィットーリアを守っているという意識が働いてしまう」

「うぐ……」

「だからもっと頼って任せてしまえ。敵の首を取るとか、敵の根城を落とすとかそういう武勲は部下に与えてしまえ。……王様ってのはその国で一番人に頼るのが、頼った上でその相手を幸せにするのがうまいやつのことなんだぞ」

「あ……」

「あくまで、俺の考え……と、あとはエルヴィーネさんの受け売りだけどな」

「……やはり、貴様らはシルバードラゴンの王家に通じていたか」

 あの竜の名前を出した途端、ヴィットーリアの瞳の色が変わる。一人の少女ではなく、一国を代表する女王の物に。

 未だに抱き着いたままではあるが。

「まあな。……ブリューナクもあの竜からもらった」

 相変わらず見上げているのに、不思議と見下したようなヴィットーリアの視線を避けて、彼女を抱きしめる時に手放したブリューナクに視線を向ける。

「そうか……やはりあれはブリューナク。お前がなぜ我々竜に加担するのかと不思議だったが、シルバードラゴンに認めれた者か」

「ん~、認められたって感じじゃないかな。エルと一緒に育てられたってだけだし」

「は?お前はシルバードラゴンに認められた竜騎士だろう?」

「え?……何だ、竜騎士って?」

 2人して固まる。

 ていうか竜騎士ってなんだ?初めて聞いたぞその単語。

「待て待て待て待て、おいっ!」

 ヴィットーリアが腕の中で叫ぶ。

「近いんだからそんなに声を上げなくても聞こえる」

 さらに無意識に魔力も放出したんだろう。強風に煽れたような感触が顔面を襲って俺の髪が逆立った。

「お前はシルバードラゴンに認められたから、7大秘宝(だいひほう)が1つ、ブリューナクを託されたんだろっ!?」

 また初めて聞く単語が出てきた。何だそりゃ。

 あれ……7?

「7大秘宝?……おまえら13支族(しぞく)だろ?数合ってないんじゃ?」

「7大秘宝と5大秘術、そして神竜の託宣(たくせん)……併せて13の証を揃えることが竜騎士として認められる条件だ」

「そもそも竜騎士ってなんだよ。聞いたこと無いぞ……」

「本気で言っているのか、人間っ!竜騎士っていうのは竜と人の間を取り持つ……ん~、勇者ドラゴルダーニの伝説……本当に知らんのか?」

「知らない」

 一応幼少期まで探ってみたが、そんな単語は出てこない。あの竜もそんな事言ってはいなかった。

 割と忘れっぽいというかノリで生きている感じだったので、彼女の場合言い忘れただけというのも考えられるのだが。

「ぐっ……(わたしたちだけが勝手に伝説を受け継いでいても意味がないのだが……。今からでも人間どもに噂としても流してみるか?)」

 ヴィットーリアがかなり困ったような顔で俯く。そんなに重要な事なのだろうか?

 確かに竜と人の間を取り持つという意味では重要な存在だろう。今後も魔王が攻め込んでこないとも限らない。

 それが10年先なのか1000年先のなのかは知らないが。

「そもそもお前、証を揃えるために旅してるのはないのか?」

「いんや?エルに世界を見せるためだ。俺の寿命が尽きる前にエルのやりたいことを見つけてやりたくてな」

「寿命……。ということはやはりあの娘は真祖か?」

「ああ。シルバードラゴン筆頭の直系だ」

「ん?直系だとしたらやることはひとつだろう?」

「国を治めるのとは別に、さ。どういう国にしたいとか、国として何を目指すかとかでもいいけど、個人的に目指す事とかをみつけてやりたいんだ」

「ふむ……突然説教をされたから何事かと思ったが、なるほど昔からそういう事を考えてきたわけか……」

 俺の胸の中で器用に手を前で組んだヴィットーリアは思案顔で俯いた。

「悪かったよ。たかが人間風情が説教垂れて」

「いや、そういう意味ではない。……確かに意表を突かれたというか、油断していて素直に聞いてしまったが、一冒険者としてはあまりにわたしの……竜の立場を理解しすぎている、と思っただけだ」

 そこでまた何かに気が付いたように顔を上げて俺の瞳を覗き込む。

「……なぜ、シルバードラゴンの王家は娘をお前を任せた?たしかに見どころはあると思うが、まだ若い。重鎮や将軍の娘ならともかく、王家の娘を人間……それも若い男に任せる理由はなんだ?」

「えっと……」

「不可解だ。まだ情報が欠けている。お前はまだわたしに話していないことがあるだろう?」

「『レーゲンハルト』」

「え?」

「俺の名前。『お前』じゃなくて、レーゲンハルト」

「レーゲンハルト……」

「おう、そうだよヴィットーリア。相手の話を聞き出すんだから、せめて名前で呼び合うくらいしないとな」

「む……。つまり話す気はあるという事か?」

 どうする?事情を話すか?

 いや、話さないという選択肢はない。もうここに居るのは1人の女の子ではない。俺の肉体など武器を使わずにひきちぎれる、レッドドラゴンの長ヴィットーリアだ。尻尾の一振りでも受ければ、骨が折れる。

「シルバードラゴンの頭首は了解しているのか?もし無断でというのであれば……」

 了解を得ずに姫を連れまわしているとしたら、俺は国賊だろう。そして同じ竜としてヴィットーリアが黙っているはずはない。下手にごまかすより真実を話す方が得策だ。

 それにまだ若い。自分の未熟さを痛感している段階だし、他国の状況を判断して侵攻、という野心もなさそうだ。

 ヴィットーリアの瞳を見つめる。

 そこに浮かぶのは疑念、決意、心配、不安……?。

 少なくともエルに敵対する可能性は低い、と俺は判断した。

「シルバードラゴン先代頭首エルヴィーネは崩御した」

「なっ……に?」

 ヴィットーリアの身体に力がある。鎌首をもたげる蛇よろしく、赤い鱗に覆われた強靭な尻尾が持ち上がる。

「別に俺が殺してブリューナクを奪ったわけじゃないよ。つうかあの竜を殺せる人間なんていないって。……寿命らしい」

「寿……命?」

「13支族(しぞく)筆頭を兼ねてたぐらいだから相当高齢なんだろう?俺は人間に擬態している姿しか見てないから、本当のところはわからないんだ」

「え?でも亡くなられたのなら……」

「下手に自分の亡骸が公開されればジルバン・シュニスタッドのみならず、世界に混乱を招く。だから死んでも擬態のままでいるような魔法をかけていたらしい」

「それは国家機密という奴ではないのか?」

「そうだな。だがヴィットーリアは信用できると思ったから話した。それにいくら秘匿していても情報は勝手に漏れ出す。早いうちに協力者――それも国家を左右できるだけの存在と繋がりを付けておきたいというのもあるんだよ、ウチとしては」

「……それで?」

「うん?」

「お前が……っ、レーゲンハルトがシルバードラゴンに肩入れする理由はなんだ?お前は人間だろう?世界の混乱を利用して竜から世界を取り戻そうと考えないのか?

 ……レーゲンハルトがわたしを信用すると言ってくれたのは嬉しいが、わたしはまだレーゲンハルトを信用できない。レーゲンハルトが人ではなく竜の側に……いや、あのエルという娘の傍に立っている理由がわからない」

 やはりこのヴィットーリアという少女は頭が良い。

 普通自分の予測を超える情報を与えられれば、質問の答えになっていなくても情報を整理・理解する事に意識が向く。しかしヴィットーリアはこちらの誘いに乗らず、自分の求める情報とは違うとはっきり言う事が出来る。

 エルの協力者として申し分ない。

 それにまだ信用できないから答えをくれ、ということは信用しようとしているという事。

 つまり、ヴィットーリア自身がすでに協力する気になっている。

 ならば話してしまった方がいいだろう。

「俺はさ、エルヴィーネさんに育てられたんだよ」


 正確に言うと俺は攫われた。

 村の子供……いや、友達だったか。幼い頃に攫われたからほとんど覚えていないが、とにかく家から少し離れた山の中で彼らと一緒に冒険ごっこをしていた時の事だ。

 崖から転落した俺は気を失い、目を覚ました時には既に日が落ちていた。

 はっきり言って迷子だな。

 どこをどう歩いたかはわからない。ただ闇に恐怖して、寂しさに涙して。

 暗い暗い山道を這いずり回って、行きついた先は……血だまりだった。

 まるで舞台のように暗い森の中にぽっかり開けた広場には、獣だったものがあちこちに散らばっていて、むき出しの骨が月光を浴びて白く光っていた。

 その中心に居たのが、シルバードラゴンの頭首にして13支族(しぞく)筆頭のエルヴィーネさんだ。

 どうもエルの離乳食として獲物を狩っていたらしい。

 そこに運悪く――あとで考えれば運が良かったともいえるが――出くわした俺をエルヴィーネさんは攫っていった。

 エルが自ら殺す最初の命として。

 しかし彼女の思惑とは裏腹に、エルは俺を殺さなかった。どっちから手を差し出したのか今ではもう覚えていないが、俺たちは一緒に寝て、一緒に食べて、一緒に遊んだ。

 魚掬いとか、鬼ごっことか、虫取りとか、果物狩り競争とか。

 言葉はほとんど俺が教えたようなもんだな。さすがに魔法は教えられなかったけど、よく擬態の練習に付き合わされて全裸に剥かれたのは結構トラウマだ。身体の縮尺の目安というか、お手本にされたんだ。

 おまけにエルヴィーネさんも脱ぎだすし。

 ……ちょっと話逸れたな。

 まあとにかく、そうやって俺たちは一緒に育った。

 シルバードラゴンの大人たち――実際に国を運営している連中だから、大臣とか宰相とか呼ばれる人たちだったと思う――は俺の存在を疎ましく思っていたみたいだが、エルヴィーネさんが全部黙らせた。

 最初は彼女も「人間は竜の家畜」ぐらいにしか思ってなかったみたいだけど、俺とエルを見ていろいろ思うところがあったんだと思う。

 でもそう考えたのはエルヴィーネさんだけだったみたいで、結局俺への教育は彼女一人がやってくれた。

 とはいっても彼女は実戦向き。政治は全部部下に任せていたらしく、内政関係はあまり教わっていない。戦闘訓練とか精神論とかがほとんど。ブリューナクは卒業祝いだとか言ってその時もらった。

 ああそうそう、言い忘れてたけど俺たちは城で暮らしてたわけじゃない。どうもシルバードラゴンは身籠ると一族を離れて子育て専用の巣穴を構えるらしくてさ、俺とエルはずっとそこで寝泊まりしてた。

 今思うとかなりワイルドな生活してたよな。王族なのに。

 しかしそれもエルが10才を迎える頃に唐突に終了した。

 エルヴィーネさんが突然倒れたんだ。

 俺が気付かなかっただけで、ひょっとしたら前から兆候はあったのかもしれない。

 しかし、床に伏せったエルヴィーネさんは目覚めることなく息を引き取った。シルバードラゴンの大人たちからは寿命だとだけ告げたられた。

 で、普通ならエルが次期族長として戴冠ってことになるんだけど、エルはまだ幼すぎてな。下手に先代の崩御を公表するわけにも行かないし、王位を継ぐのはエルが成人してからってことになったんだ。

 長い間ほっとくと権力の簒奪とかいう可能性もあったけど、それならそれでいいんだ。

 エル自身、今は女王を継いで国を治めたいとか、こういう国にしていきたいとかいう願いがあるわけじゃないから、国民を幸せな方向に導きたいと思う竜や竜人がいるならその人にやってもらえばいい。

 とりあえず今は宰相とか大臣が今まで通りに国を治めてる。

 エルも経験が足りないのはなんとなくわかってるみたいでさ。どうしていいか分からなそうだったから、世界を見せることにした。俺も大して知ってるわけじゃないけど、年頃になったら旅をさせる風習もあったみたいで、そこまで反対はされなかった。

 俺が同行することにはほとんどの竜人が反対したけどな。

 ついでにエルが「ハルくんがいればいい。ハルくん以外の人とは一緒に行きたくない」とか言い出すから揉めに揉めてな。

 結局エルが言うように駆け落ちみたいな感じで、半分逃げるように出て来たんだけど国境付近で捕まってさ。エルは寝てたから知らないだろうけど……。


「まあそこで一悶着あったんだけど……いろいろあってとりあえず認めてもらって、今は公式に旅してるところ」

「何だ?いろいろって……」

 そこまで黙って聞いていたヴィットーリアが口を挟む。

 そうだよな。今、自分でも分かるくらい分かりやすくごまかしたからな。

「いやまあ決闘して、お互いの考え叫びあって……内容は恥ずかしいから聞くなよ?」

 言い訳をさせてもえれば重鎮の名前とか飛び出してくるので外交上問題がある。

 本当のところはやっぱり「恥ずかしい」だろう。エルを守るみたいななところまでは話してもいいが、エルは俺のものだとか、お前にはエルを幸せにすることはできないとか言った気がする。

 今にして思えばあの頃の俺の覚悟で、エルの許婚ボコったのは可哀相だったかな。

「ああ、なんとなくわかった」

「何その反応」

「いや、何となく惚気話を聞かされそうな気がしたんでな」

 女王とはいえさすがは女の子。コイバナには敏感らしい。

「……だがわかっているか?お前の立場を」

「ん?エルの保護者だろ?」

「阿呆……。未来の頭首が一番信頼を置く存在だぞお前は。……次期宰相の最有力候補ではないか」

「いやいや、無理だから。……それと、また俺の呼称が『お前』に戻ってるぞ」

「う、うるさいなっ!長いんだよレーゲンハルトって」

「じゃあハルトでも、レーゲンでも好きに呼べばいいだろ?俺はヴィットーリアの事、トリアって呼んでやるから」

 ヴィッキーでもいいのだがなんとなくイメージと違う気がする。

「なんっ!?ふざけるなっ!わたしは女王だぞっ!」

「俺は次期宰相なんだろ?いいじゃん、他国とのパイプの一つだと思えば」

「し、しかしだな……」

「これから長い付き合いになるんだし、幼馴染とでも思えばいい」

「……やっぱりわたしはレーゲンハルトと呼ばせてもらおう」

「頑なだな~。じゃあ俺はトリアと呼び続ける」

「頼むから他の竜人の前ではやめてくれ。間違ってもルイーザの前でその呼び方をするな」

 ヴィットーリアは恥ずかしそうな視線をした後、目を閉じて体を離した。

「それと、この事もナイショだ……」


「あの少年に感謝ですね」

「チョロすぎるわ。本当に私の血を引いておるのか、あの娘たちは?」

 城の上。

 最上階の尖塔の上に1組の男女がいた。誰に気づかれることもなく、戦場を見下ろしている。

 女性の方は頭の左右から天に向かって角が生えている。さらに背中には赤い翼、お尻からは赤い尻尾。

 髪は金髪で、一度三つ編みにした後、角の後ろの2か所でお団子状にまとめている。

を纏っているのようだ。

「おや、あなたの血を引いているからではありませんか?……ヴァルチェスカ」

「どういう意味じゃヴィルフレードッ!?わ、わしはそんなに簡単にお前に靡いた覚えはないぞっ!!」

 辺境の砦にいるはずのオルダーニ。それにバーカンディの始祖にして先代女王であり、この城の名の由来となった古き竜。現在は放浪中のはずのヴァルチェスカその人である。

 オルダーニが砦に着くまでにヴァルチェスカと連絡をとり、砦を出たところで合流。夜の闇にまぎれて飛来したのだ。

「首謀者のほうは異国の姫が追っているようですな」

 ヴァルチェスカの赤くなった顔を嬉しそうに眺めながら、オルダーニが話を変える。

「異国の……?ああ、エルヴィーネの忘れ形見か」

「知り合いで?」

「娘には生まれた折に一度会っただけじゃ。あやつに『娘の教育に悪いから2度と来るな』とか言われての。病なんぞであっさり逝きおって……」

 ヴァルチェスカが虚空に視線を向けて目を細めた。

「やはり寂しい、ですか?」

「……そうじゃの。悪友を失った気分じゃ。当時一番若かったわしら2人は、互いに批判しあいながらもよくコンビを組んで戦っとったからのぉ」

 1000年前。

 魔王侵攻時には12体の竜と1柱の神竜が人間側として戦い、魔王を撤退に追い込んだ。しかし最初に魔王に向かっていったのはヴァルチェスカとエルヴィーネだ。

「その大戦を知っている竜も、もうわしだけになってしまったよ」

 ヴァルチェスカは瞳を閉じて寂しそうに呟くと、眩しそうに目を開いてオルダーニの方に向き直る。

「ヴィルフレードよ……。頼むからわしを置いて先に逝くなよ」

「フフフ、無茶を言いますね。私は人間ですよ」

「1000年の時を生きたのだ。あと100年くらい何ともなかろう?」

 まるで甘酸っぱい少女のころに戻ったようにオルダーニにしなだれかかるヴァルチェスカ。オルダーニも共に駆けた1000年前を思い出す。

「はい、改めて誓いましょうヴァルチェスカ。僕はお前の最期の時まで隣にいるよ」

「フフ……わたしに『お前』なんて言えるのは世界中探してもヴィルフレードだけだな。一人称が戻っておるぞ……」

 しばらく2人で抱き合った後身を離す。

 そしてそのまま見つめあった。

 2人が会うのは3カ月ぶり。1000年の時間からすれば一瞬にも満たない時間だが、それでも恋しさは変わらない。

「ではそろそろ行くかの?」

「ええ、老兵としての役目を果たしましょう」

「フン、まだまだあんな小娘には負けんさ」

 2人の姿は最期まで誰の目に留まることも無く、そのまま夜空へと消える。

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