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激突する竜の力

「終わりか?」

 つまらなそうな、がっかりしたようなヴィットーリアの声が背中に降ってくる。

「あれだけ大口を叩くからもっとできると思っていたんだがな」

 背後の熱量が上がる。ヴィットーリアが再びスパーダ・ディ・ヴルカニスを振り上げたのだろう。止めを刺そうというのか、あるいは無傷な足を傷つけて逃げられないようにする気なのか。

「(どちらにせよ、これ以上攻撃を受けるつもりは)ねえぇぇっ!」

 エルの魔力による肉体回復が間に合った。立ち上がる力も利用して、振り下ろされてくるスパーダ・ディ・ヴルカニスを切り上げる。

「なっ!?」

 ついでにヴィットーリアの手首を蹴り上げて強制的に手を開かせると、彼女の獲物は空に舞う。

(馬鹿力だからって、片手で武器を扱うのは迂闊だったな、ヴィットーリア)

 さらに体の回転を縦から横に変えると、ブリューナクの柄尻をヴィットーリアの水月に打ち込んだ。

「ぐっ!」

「吹っ飛べーーっ!」

 もともと体重が軽いために易々と宙を舞うヴィットーリア。急所に打ち込んだために体に力が入らず、制動をかけられないまま城壁に向かって飛んでいく。

 竜人は頑丈だ。生身で城壁にぶつかっても気絶することすらないだろう。

(それでも、少しでも時間が稼げれば)

 俺は踵を返し、ルイーザが隠れているはずの階段へ向かう。城壁から中庭へ伸びる階段の一つ。闘技場特有の急な角度で作られた大型の階段の影に少女は居た。

「ルイズッ!」

「あ、は、ハルトくん……」

 膝を抱えて頭を丸め、耳を押さえて蹲る。さらに翼が身体を上から、尻尾が下から覆うようにして、子供がするような稚拙な隠れ方で震えていた。

「そんなとこで何してんだよ。んな事してたってヴィットーリアは止まらないぞ」

「だって……、ハルトくん上着は?」

 エルの魔力で回復させられるのは体の傷だけ。服までは回復しないから。ただ上着を脱いで半裸になったようにも見える。

「お前の姉ちゃんに燃やされたんだよ」

 多分ヴィットーリアが近づいてきた魔力の流れを感じているからだろうが、より一層肩を強く抱いて後退るルイーザ。

「ね、姉様?」

「ああ、一度ぶつかってきたけど……すげえなアイツ」

「ぶつかったって……、闘ってきたんですの?人間なのに無傷で……?」

「無傷じゃねえよ。エルの魔力使い切って回復しただけだ。だけどアイツを倒せなかった。俺の話も聞かねえし。一度組み伏せる必要がある。

 ……協力してくれ。お前の力が必要だ」

「むむむ、無理ムリ無理ムリッ!姉様と闘うなんて、そんなっ!?」

 ルイーザは目が三つにも四つにも見えるくらいに首を振る。そんなにヴィットーリアの事が怖いのか?

「見ろよアレ。アイツあのまま暴れさせてたら城がなくなるぞ」

 ヴィットーリアが飛んでいった方面の城壁が崩れ落ちる。さらに土煙の中から飛んできた炎の奔流が俺とルイーザの近くの地面を舐めて、反対側の闘技場の壁に激突した。

「ひっ!」

 遅れて焦げ臭い匂いが漂ってくる。

「だから怯えんなって。何も独りでやれなんて言ってないだろ?俺も一緒だ」

「でも、でもぉ……」

 ルイーザの心は未だ負けたままだ。

「なあ、ルイーザ。いつまでも姉に守られて、姉の影に隠れて、姉の力に怯えて……それでいいのか?姉だろうが親だろうが、止めなきゃいけないときは殴ってでも止めるべきだろ?」

「うあ……」

「俺や他の人間達に触れて、お前の価値観は変わったんじゃないのか?」

「それは……」

「今のお前にとって俺達は家畜か?とりあえず怪しいからと殺していいような存在か?」

「それは違いますのっ!」

「だがお前の姉ちゃんはそれをやろうとしている。誰が悪いかじゃない。とりあえず人間が悪いから、殺そうとしている。それだけじゃない。お前を含めて、竜人にも制裁を加えようとしている。ただ止められなかったという理由で。

 お前が目指すのはそんな国か?」

 未だ膝を抱えて涙を浮かべるルイーザの頭をぐしぐしと撫でる。少し手が緩んだので脇の下に手を入れて抱え上げた。

「うあっ……?」

「すまねえな。何のかんの言っても結局俺のわがままだ」

 目を覗き込んでみたが、気まずそうに逸らされたので、逆に抱きしめてみた。嫌がられるかと思ったが、脇の下から回された手はしっかりと俺の肩を掴んでいる。

「お前の力が必要だ。頼む」

「ん……。絶対、絶対一緒ですわよ。逃げないでくださいまし」

 顔を上げたルイーザの琥珀色の瞳を見つめる。涙でやや赤く濡れている瞳は吸い込まれそうな深みを持って俺の視線を離さない。

 何かを求めるように薄く開いた唇に……

「何をしている……」

「「あ……」」

 火山の底から響いてくるような熱く重い怒りの声に全身を叩かれて、ようやくヴィットーリアが近くまで来ていることに気がついた。

 腕の中に居たルイーザがわかりやすく俺の背後に回る。

「何してんだ?」

「だ、だって、姉様が……」

「確かに怖いけど……」

 城壁にぶつかった影響だろう。ヴィットーリア本人に目立った傷はないが、胸元のフリルとかスカートの裾とかが汚れて黒ずんでいる。ライトメイルも汚れや傷ができていた。

 崩れかけた城壁を背に、槍戦斧(ハルバート)を引きずって、ゆっくりと歩を進めている。

 さらに腰まである長い髪がぼさぼさで、乱れた前髪の間から除く双眸は怒りに燃えていた。

「ルイーザ……」

「ひゃっ、ひゃい、ですの……」

「その人間から離れろ」

「えうっ……、あっ……」

「どうした?わたしの命令が聞けないか?」

「ね、姉様はこの人間を……ハルトくんをどうするつもりですの?」

「殺す。当たり前だろう?ソイツは人間だ。この騒動を起こした者と同族の」

「で、でも。ハルトくんはわたくしに協力してくれて……」

「例外を作れば付けこまれる。その人間が今後も我らの味方である保証がどこにある?

 ルイーザ、我々は人を従える竜だ。

 竜には国を治める責任がある。一時の事情や感情に左右されることがあってはならない」

 ヴィットーリアは一歩、また一歩とゆっくり近づいてくる。一方ルイーザは俺のズボンに手を添えたまま、恐怖に耐える。

「……それでも、それでも、わたくしはハルトくんを信じていますのっ!泣いてるときは慰めてくれましたっ!困っている時は助けてくれましたっ!

 ハルトくんはわたくしの友達ですのっ!!」

「ルイーザ……」

 ヴィットーリアの瞳は泣きそうな怒りに染まった。

「わたしはお前の望みは極力叶えてやるつもりだ。だが、ソイツを『友』と呼ぶことだけは許さない。ソイツが普通の人間より強いことは認めよう。

 だが我々竜がたかが人間ごときを友と呼ぶ事などあってはならない。我々竜の誇りを忘れたか?」

「『たかが』って何ですのっ!わたくしの友達に向かって。……だいたい姉様だって、オルダーニを連れているじゃありませんのっ!」

「あれはわたしの執事だ。対等と思ったことは無い」

「よく言いますの。親衛隊の子からよく聞きますのよ。『姫様はオルダーニと二人でいる時はまるで子供の用に大人しい』って」

「誰だそんなふざけた噂をながす阿呆は……」

 ヴィットーリアの顔に、怒りとは別の意味の紅が差す。

「とにかくっ!姉様が何と言おうとハルトくんはわたくしの友達ですっ!傷つけることは許しませんっ!!」

「ほう……許さない、か?それでどうするつもりだ?まさかわたしと闘うつもりか?」

 ヴィットーリアの凄みが増す。彼女の全身から高熱の圧力――おそらく魔力だろう――が迸る。突き刺すのではなく、抑えつける。殺すのではなく、圧殺する。

「と、当っ然っですわっ!わたくしはバーカンディが第一王女ルイーザ・ディ・サヴォイエッ!わたくしの誇りと友情を甘く見ないでくれますっ!?」

 格好よく宣言した割にはルイーザの顔は不安に彩られ、俺のズボンを掴む手が強張っていく。

(あんまり強く握ると破けるんだけど……)

 ここで下半身丸出しとか空気読めない事態にはなりたくない。ヴィットーリアはもちろんルイーザにも攻撃されそうな気がする。いや、されるだろう、確実に。

 この二人、羞恥に対するリアクションがそっくりだから。

「はっ、はははっ!良いだろう。まさかルイーザと敵対する日が来るとは思わなかった。……よく見ておけっ!バーカンディ女王ヴィットーリアの力をっ!」

 さっきまで俺からルイーザを守ろうとしていたのに、ヴィットーリアはノリノリだ。

「なんか姉妹喧嘩っぽくなってきたし、俺帰っていい?」

「あはははっ!何言ってますのこの男?泣きますわよっ、泣きますわよっ!?」

「冗談だ」

 半泣きで腕に縋り付くように見上げてくるルイーザの頭を撫でる。

「行くぜ。あの魔力バカに竜と人間が力を合わせたらどれだけの事ができるか見せつけるぞっ!」

「はいっ!」

 ルイーザは不安の残った表情で、それでも必ず勝つと宣言するように頷くと俺の持つブリューナクに魔力を注ぎ込んだ。

 ほとんど残っていない青いゲージが、橙のゲージでいっぱいになる。さらに持ち手に近いスリットが展開、鍔のようになり刀身との間から橙の炎が飛び出した。

「うおっ!」

 さらにその炎は刀身を覆うように先端に向かって伸びていく。

「これは……」

「包丁、ですの?」

 片方が薄く、片方が厚い。真後ろから見ると細く、横から見ると幅広なその形状は料理用の刃物、包丁に近い。

 一見頼りないが、それは斬り落すことに特化した姿。

 ルイーザと二人、しばらくブリューナクに注目している間にそれは来た。

「呆けている場合か?」

「「っ!?」」

 俺たちめがけてヴィットーリアが突っ込んできた。

(本当に突撃大好きだな……)

 驚いて左右に分離した俺達の間に入ったヴィットーリアは、俺にスパーダ・ディ・ヴルカニス、ルイーザに尻尾を向かわせた。

「2人同時に相手するつもりか!?」

「当然だ。王たる者、常に国民すべてを相手にする気構えがなくてどうする?ましてや半人前の愚妹と、人間風情を相手するのに何の支障もないっ!」

 俺に向かって炎剣を振り下ろしながら、後ろでは妹に向かって尻尾を横なぎに振るう。

(器用な奴。でもこんな闘い方、そう長く持つとは思えないけどな)

 身を屈めることで回避したルイーザに、再びヴィットーリアの尻尾が迫った。

「舐めないでくださいますっ!?いつまでも姉様に守られているわたくしではありませんわっ!」

 ルイーザは両足についている装飾具から十字の物を引き抜くと自身の正面に×印に構えた。

「ドゥウェスタ・ディ・クッチーナッ!」

 一瞬炎に包まれた十字の装飾具を左右に展開させると、そこには炎でできた――今のブリューナクを小さくしたような――包丁に似たダガーが1隻ずつ、ルイーザの左右それぞれの手に出現する。

「さあ姉様、ここからが本番ですわよっ!」

「ふんっ!」

 ルイーザの手にダガーが出現したのを確認したヴィットーリアは、ルイーザの直前の地面に尻尾を叩きつけた。粉じんが舞い上がり、ルイーザの視界を閉ざす。

「ぶっ、けほっ、何ですの?いったい……」

 さらに腕力を使って俺を強引に押し戻すとスパーダ・ディ・ヴルカニスを解除して、槍戦斧(ハルバート)の矛先を後方……ルイーザへ向ける。

「っ!ルイーザ飛べっ!」

「ラーヴァ・フューメ」

「いひぃっ!?」

 土煙を突き破って突っ込んできた溶岩流を、ルイーザは飛び上がることで何とか回避した。今まで自分が立っていた場所を過ぎていく溶岩を強張った顔で見下ろす。そしてその発生源であるヴィットーリアの方に視線を向けるが……。

「居ませんの?」

「ルイーザッ、上!」

「っ!」

 俺の声と……多分ヴィットーリアの影に反応したルイーザがダガーを十字に掲げる。そこに真上から降ってきたヴィットーリアが槍戦斧(ハルバート)を突き立てる。

「ふははっ!人間の声があったとはいえ、ちゃんと反応できるじゃないか?」

「当たり前ですっ!」

 槍戦斧(ハルバート)を裸の状態で振るうのは、ルイーザを傷つけないためというのもあるだろう。そしてもう一つは魔力で自分の動きを悟らせないため。

 しかしルイーザの持つドゥウェスタ・ディ・クッチーナは魔力で強化されている上に炎属性。金属でできた槍戦斧(ハルバート)が長く持つはずが無い。

「だがまだ甘い。あの人間の方が楽しめたぞ」

「ぐふっ!?」

 ほとんど倒立したような状態から繰り出された回し蹴りが、両手を掲げることで隙だらけになったルイーザの横っ腹を叩く。

 多分手加減はしたんだろう。ルイーザは少し飛ばされただけで、すぐに翼を広げて態勢を立て直す。

「フィアンマ・ディ・フォルナーチェ!」

 人間の俺から見ると水平状態ではない不自然な態勢で、ヴィットーリアに向けて突き出されたルイーザの手のひらから炎の塊が噴き出した。それは不規則な軌道でヴィットーリアに迫る。

「ふふふっ、いいぞルイーザッ!向かって来いっ!」

 1つ目を叩き落し、2つ目と3つ目は前進することで回避して進んだ先……先ほどまでルイーザが居た空中に彼女はいなかった。

「む?」

「せいっ!」

 あさっての方に飛んでいった4つ目の炎の塊、その影からルイーザが飛び出した。それは丁度ヴィットーリアの背中を取る位置。

(狙いは翼……姉様ごめんなさい!)

 ガギィン

「え?」

 ヴィットーリアが持っていた槍戦斧(ハルバート)柄尻(つかじり)が突然後ろに跳ね上がった。ルイーザの顔面に向かう軌道だった柄はルイーザがダガーで弾くことでその動きを換え、直撃コースから逸れる。

 しかし、同時にルイーザの動きも止まってしまった。

「奇襲という発想はいい。だが、本気でそれをするなら魔力の動きにも気を配れ。せっかく隙を突いたのが無駄になるぞ」

「う……」

「ルイーザ、尻尾っ!」

 バチイィィィィッ

「くっ、うぅっ!痛あぁっ!」

 横凪に迫ってくるヴィットーリアの尻尾に自分の尻尾を打ち付けて直撃を回避しようとしたルイーザだったが、痛みに堪えきれず、動きを止める。

「……愚か者。尻尾を振るうときは鱗が硬いほうを敵に向けろ。腹で叩いてどうする」

 ヴィットーリアは動きを止めたルイーザに回し蹴りを放って距離をとると、今度はこちらに向かって急降下する。

「待たせたな、人間」

 言葉と共に突っ込んでくるヴィットーリアをルイーザの魔力を吸ったブリューナクで受け止める。

 さっきから俺が解説に徹しているのは、空中戦に参加する術が無いからだ。

「これでもまだわたしと戦うつもりか?」

 空中に退避されれば……空中から一方的に狙い撃ちにされれば、飛行能力の無い人間に勝ち目は無い。負けることは無くても勝つことができない。

 ヴィットーリアの目は言っている。さっきまでは人間の戦い方にあわせていただけだ、と。ルイーザと見せた空中戦が本来の戦闘スタイル。ヒットアンドアウェイ。上も下も右も左も無い。

 地面でしか戦えない人間と、空中をも戦場にできる竜人は戦いにおいて文字通りに次元が違う。

「お前は強い……人間の中では、な。だが竜人からすれば、竜からすればその程度の強さ、他の人間と何も変わらない」

「はははっ……変わらない、か。そうだろうな」

 空中戦でなくとも、人間と同じ高さで相対したところで圧倒的に違う機動力。攻撃力。防御力。そして魔法力。

 ブリューナクを手にしたところでそうそう埋まるものではない。

「だけどな、俺の手にはブリューナクが握られている」

「あん?」

「わかんねえのか?俺の手にはお前の妹が魔力を注ぎ込んだブリューナクがあるんだぞ」

「だからどうした?先も言っただろう。愚妹と人間に後れを取るわたしでは……」

「俺はエルフリーデとルイーザ王女。2体の竜に認められた人間だっ!そこら辺の人間と一緒にしてんじゃねえええっ!!」

 今度は俺の方から斬りかかる。当たり前のように槍戦斧で受けとめるヴィットーリア。

「ヴィットーリアッ!お前はひとりで国を治めているつもりかっ!お前が居ない間、ルイーザは誘拐事件を調査して、巻き込まれて……。それでも頑張ってたんだぞっ!」

「だからなんだ?妹が認めるお前を、わたしも認めろというのか?……それとこれとは話が別だ。『このような騒動を起こせば討伐される』。その事実を国民すべてに叩きこむ。それがわたしの役割だ」

 斜めに構えたヴィットーリアが槍戦斧(ハルバート)を連続で突き込んでくる。一撃一撃が重く、まるで巨大な壁が圧し掛かってくるかのよう。

「くっ!だから一人で抱え込むもんじゃねえだろうがっ!!」

 ブリューナクで受け止めつつ、左右のステップで何とかヴィットーリアの連撃を(かわ)していく。

「それがバーカンディ女王というものだ、人間」

 うまくリズムを外され、突き込まれる槍戦斧(ハルバート)。胸の前でブリューナクを構えてなんとか受け止める。しかし、踏ん張りが効かずに後方へ押し込まれる。

「ぐぐっ……」

 ズザァァァッと地面に尾を引きながらなんとか体勢を維持する。

「ラーヴァ・フューメ」

「うおっ!?」

 聞き覚えのある声をヴィットーリアが発した瞬間、高温の洪水が襲い掛かる。

 距離を空けられていたのは幸いか。俺はほぼ無意識に右側に避けた。

 今握っているのはエルの魔力が込められたブリューナクじゃない。ルイーザの魔力が込められたものだ。形状からすると斬撃に特化しているようだが、少なくとも防御用ではないだろう。

 つまりヴィットーリアの「ラーヴァ・フューメ」を受け止められる保障はどこにも無い。

「くっ、熱ぅーっ!」

 むき出しの上半身にマグマの放つ熱気が突き刺さる。その痛みに耐えつつヴィットーリアの元へ向かう。

「っ!?居ない?」

「ハルトくんっ、後ろっっ!!!」

 ルイーザの声に反応して。ブリューナクを右斜め後方へ振り上げる。

 ガィィィン

「くっ!後ろばっかり取りやがってっ!」

「馬鹿を言え。お前が遅すぎるんだよ。こっちはわざわざ自分の魔法を回りこんできているんだからな」

 その答えを聞いてぞっとする。スピードもそうだが、回り込んできたというヴィットーリアの軌道にだ。

 俺がたまたま右に避けたからよかったものの、左に避けていたらヴィットーリアの突撃をまともにくらっていた可能性がある。「ラーヴァ・フューメ」を回避したあの瞬間、俺は「ラーヴァ・フューメ」の方ばかりに気をとられ、周囲への警戒を怠っていた。

「こんのっ!」

 早く決着を着けなければならない。城壁に叩きつけられてもぴんぴんしているヴィットーリアと違って、こっちは槍戦斧(ハルバート)が掠っただけでも致命傷だ。

「フィアンマ・ディ・フォルナーチェッ!」

 空から様子を窺っていたルイーザが、ヴィットーリアの動きが止まったところに魔法を叩き込んでくる。

「ふんっ!!」

 4発中、2発を叩き落し、残りは回避してルイーザへと向き直るヴィットーリア。そこに急降下してきたルイーザが激突する。

 ギリリリッ

「むっ!?」

 ヴィットーリアが槍戦斧(ハルバート)の刃を突き出したのに対し、ルイーザは右手のドゥエスタ・ディ・クッチーナを軽く当ててその軌道を反らした。さらに激突の勢いが落ちないうちに左手のドゥエスタ・ディ・クッチーナを槍戦斧(ハルバート)の柄の部分に押し込んでいく。

 包丁という形状が示すとおりやはり斬撃に特化したルイーザの武器。さらにそれを形作る炎が槍戦斧(ハルバート)の耐久力を落としていく。

「ちぃっ!」

 それを見て取ったヴィットーリアが尻尾を振るい、ルイーザに襲い掛かる。

 ルイーザも反応して防御として尻尾を身体に回す。それだけじゃ足りないと判断したのだろう、尻尾と体の間に片足を突っ込んで支えにした。

 バッチィィィィ

「「ぐぐっ!」」

 今度も痛そうな音が鳴るが双方とも痛みは感じていない様子。人間の俺には分からない感覚だが、鱗同士をぶつけたからだろう。

 戦闘中にしっかり学習して対応したルイーザだったが、完全に体勢が崩れた。

 ヴィットーリアの回転力に押されて、俺めがけて振ってくる。

「ひゃあああああ……」

 情けない声を上げているルイーザを、角が刺さらないように受け止める。

「ふははははっ!驚いたぞルイーザッ!まさかこの短時間でしっかり学習するとはなっ!」

 ヴィットーリアの表情は驚き2割、喜び8割といったところ。翼を広げて滞空しながら俺達を見下ろす。

(やっぱコイツ、ルイーザのこと好きだよな。守らなきゃって気持ちが強すぎるから、いつまでたっても子供……一人前として認めないっていう風に歪んじまっているだけだ)

 まだ若干目を回してるルイーザを地面に立たせる。

「だがどうする?空を飛べない人間を抱えてまだ戦うか?足手まといを連れたままこの姉に勝てるか?」

 そして相変わらず俺を認めるつもりも無い様子。

「むっ!!わたくしは飛べて、ハルト君は飛べないから助け合うんですっ!!」

 ヴィットーリアの言葉にイラついたルイーザがドゥエスタ・ディ・クッチーナを解除して俺の背後に回る。小さな身体を俺の背中に押し付け、腰に手を回す。

「んんんっ!」

 背中から感じる圧力が増した。

「おい、ルイズ?」

 振り返った俺が見たのは2周りくらい大きくなったエルの翼。……翼だけ擬態を解いたのか?

 どうやって大きくしたのかはわからないが、何をしようとしているかは明白だ。

「そんな無茶長くは持たんぞ、ルイーザ」

 ヴィットーリアが少し引き気味に宣告する。やはり無茶なのだろう。

「そんなのやってみないと、わかりませんわっ!!」

 ルイーザの翼が大きく広がる。同時に背中から風が叩きつけられる。重力を感じなくなった瞬間、ヴィットーリアの姿が眼下に見えた。その先には焦げ後が残る地面が。

 一瞬で飛び上がったらしい。

「ハルトくん、わたくしが翼になります。あの頑固者の姉様をやっつけちゃってください」

「お、おう。なんか吹っ切れたなルイズ」

 背中に張り付いたルイーザの体が熱い。魔力を使っているからか、無茶をしているからか、あるいは興奮しているからなのか。

「行きますわっ!」

 ルイーザの宣言と同時に翼が動き、ヴィットーリアに向けて急降下する。

「フェブレ・ラッジョ」

「ルイズ」

「はいっ!」

 こちらに人差し指を突き出したヴィットーリアが魔法を放つ。ルイーザはその射線を避けてバレルロールを敢行。ヴィットーリアの脇を抜けた後真下へ回り込み、反対側へ抜けると再びヴィットーリアに急接近した。

 振るわれる槍戦斧(ハルバート)。今度はこっちの出番だ。突き出された槍戦斧(ハルバート)の刃をブリューナクで反らし、その柄を伝ってヴィットーリアの手を狙う。

「フェブレ・ラッジョ」

 槍戦斧(ハルバート)を握ったままのヴィットーリアの指が一本立ち上がりこちらへ向けられた。

「んんっ!」

 後方へ引っ張られる感覚に襲われる。ルイーザが翼を打って後方宙返りを行う。

「ハルトくんっ!?」

「大丈夫だっ!」

 ルイーザの心配そうな声に、頭を揺らされながらもなんとか答える。視界に入ってきたヴィットーリアの足めがけてブリューナクを振るう。

「ちぃっ!!」

 ヴィットーリアの舌打ちが聞こえた気がした。槍戦斧(ハルバート)が上から振り折される気配を感じた瞬間、体が加速する。

 再び急減速する感覚に襲われると、ヴィットーリアの姿は3メートルほど下に。

 後方宙返りのあとヴィットーリアの横を駆け抜けたようだ。下から見ているときは感じなかったが、竜の戦いは相当なスピードで行われているらしい。

「はあっ、はあっ、はあっ、はあっ、はあっ……」

 ルイーザの息が荒い。緊張もあるだろうが、自分の体重より重い俺を抱えていることが大きい。

「貴様ら……」

 ヴィットーリアの声が怒りに震えている。よく見ればスカートの右側が、すねの辺りで斜めに切り取られている。

 多分俺が斬り落としたのだと思う。戦闘のスピードが速すぎて実感が湧かないが。

「どうです、姉様……。人間だって、わたくしだって、力を合わせれば姉様に届きますのよ……」

 ルイーザは満身創痍だが、それでも強い意志を目に宿して、俺の脇の下からヴィットーリアを見下ろしていた。

「いいだろう……。ここからは全力でやらせてもらう。覚悟しろルイーザッ!」

「いひぃっ!?」

 得意げだった表情が、一瞬で情けないものに変わる。

「ちょっ、おいっ、ルイズ!?」

「ごめんなさい、ごめんなさいっ!もう限界……」

 背中の圧力が消えた。

 同時に降下し始める二人の体。

 首を巡らせて後ろを確認するとルイーザの翼が元の大きさに戻っている。やはりアレは無茶だったのだ。

「うおっ!」

 幸運。

 それ以外表現のしようが無い。

 落ち始めたことで、飛び上がってきたヴィットーリアの軌道から逃れることができた。槍戦斧(ハルバート)を真っ直ぐに構えたヴィットーリアの体が頭上を抜けていく。

「それで避けたつもりかっ!!」

 怒りに震えるヴィットーリアの声が圧し掛かる。

 翼を広げ急制動をかけたヴィットーリアが再びこちらへ槍戦斧(ハルバート)を向ける。

「終わりだ人間。ルイーザを誑かした罪、万死に値する」

 翼を打って俺達の方に突っ込んでくるヴィットーリア。俺は脇に抱きついたままのルイーザの手をとって、その身体を引き離しにかかる。

「ハルトくんっ!?」

 自分だけ犠牲になるつもりか、といいたいのだろう。

「安心しろ。俺達は負けねえよ。忘れたか?俺は、レーゲンハルトは、バーカンディ第1王女ルイーザが認めた男だぜっ!!」

 一瞬何を言われたかわからない、と呆けた隙をついて、ルイーザの身体を背中から引き離す。

「やっ、ダメェ!?ハルトくんっ!?」

 ルイーザは悲しそうな顔と共に俺の右へ。

「いい度胸だ人間っ!」

 そこに突っ込んでくるヴィットーリア。不安はあるがブリューナクで受け止める。

「くっ!」

 踏ん張るべき地面も無く、当然翼も持っていない。ヴィットーリアの突進力が追加されて地面へ加速する身体。

「ほう……受け止めるとはな。だがこのまま地面に叩きつけられれば終わりだな」

「お前がなっ!!ルイーザッ!足そろえておけよっ!」

「きゃああああああああああああああっ!」

 ルイーザの涙と泣き声が弧を描く。

「っ!?」

 ルイーザの身体は離したが、手までは離しちゃいない。俺の身体が地面に向かって動き出せばその手につながれたルイーザの身体は俺の肩を支点に円運動を行う。そしてその向かう先は。

 ぼぐぅっ!

「ごおっ!?」

 ルイーザの揃えられた足が、ヴィットーリアの側頭部に命中した。自身の加速力と遠心力まで合わさったルイーザのドロップキックは、ヴィットーリアの身体をはるか地上に聳える城壁へ叩き付ける。

(あれだけぶつかって死なないヴィットーリアも、崩れない城も『たいがい』だな)

 一方、全ての運動エネルギーをヴィットーリアに叩き付けた俺たちは一時的にその場に滞空していた。しかしそれも長くは続かない。すぐに重力に引かれて再び降下を開始する。

「あはははははは……やっちゃいました。やっちゃいましたの……。こ、殺されますぅ……」

「おい、馬鹿、トリップするなっ!頼むから正気に戻れ。このままだと俺が死ぬっ!」

 半泣きのままうつろな視線を虚空に向けるルイーザをがくがくと揺すって現実に引き戻す。

「後もう少しだ。俺達二人が揃えばヴィットーリアに匹敵するだけの力を出せると示した。後はこっちの話を聞いてもらうだけだ。もう、たかが人間と愚妹とか思ってないよ」

「でも、でもぉ……」

 ゴオオオオオオオオオオオオオッ

「ひいいいいぃぃっ!」

 ヴィットーリアが激突して舞い上がった土煙から、灼熱の炎が立ち上る。

「スパーダ・ディ・ヴルカニス……」

 遠くに居るはずなのにその声は俺達の耳を打つ。

「今更謝ったってもう聞かないだろ、アレ」

「じゃ、じゃあどうすれば……」

「決まっている。俺達の全力を示すんだよ」

「?」

 しゃべっている間に落ち着いたルイーザが俺の腰を掴んで、ゆっくりと地上に降ろしてくれた。

「一緒にブリューナクを持ってくれ。それでできるだけ魔力を注ぎ込む。ブリューナクを内側から壊すつもりで」

「だ、大丈夫なんですの?」

 ルイーザが心配そうな顔で見上げる。ブリューナクを失えば俺は攻撃手段も防御手段も同時に失うことになる。

「多分な」

「わかりました……」

 ルイーザは俺の左側によって柄の下の方を握る。理由は……、身長差だ。

 そうしている間にヴィットーリアが飛んでくる。しかし突撃はしてこない。

 間合いのぎりぎりのところで止まるとスパーダ・ディ・ヴルカニスを振り上げる。

「覚悟はいいか」

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