王女降臨
「怯むなっ!!進めぇっ!」
「守りを固めろっ!突破を許すなっ!!」
「突貫ーっ!!!」
「盾を合わせろっ!!」
「負傷者は後方へっ!!無事な者は前線援護っ!!」
エイド通りとは1本隔てた通り。その細い通りに俺達4人は居た。前線の激しい声がここまで響いてくる。
「姫様、住人の許可とりました」
社交的な方の親衛隊の子が家から出てくる。
「ありがとう。お邪魔します」
「いえ、お気になさらず。姫殿下に協力することができて光栄です」
住人は中年くらいのおじさんでもちろん竜人だ。
俺の姿をみて怪訝そうな顔をしたが胸の紋章を見て何事か察し、軽く礼を送ってくる。
「ありがとう」
「いやなに、君みたいな人間が居てくれて嬉しいよ」
俺達4人は階段を上って3階に上がる。
エイド通りに面した窓は当然のように雨戸は閉じられ、部屋は暗かった。
「ルイズ、覚悟はいいか?」
「……っ、はい」
「大丈夫だ、絶対成功する」
「はいっ!!」
音を立てないように雨戸を開き、下を覗き込んだ。
「げっ!」
今度は俺が怯む番だった。
「どうかしましたの?」
「いやこの高さから飛び降りたら、普通の人間は骨折するんだけど」
さすがに3階から石畳の上に飛び降りて無事である自信はない。
「レーゲンハルト様は私で抱きかかえるので、ご心配なく」
事情を察した親衛隊の子が答える。あんまりしゃべらない方だ。常に周囲への警戒をしていたほう。
「頼むから心底嫌そうな顔で言わないでくれない?途中で落とす気満々だろ、お前?」
「ナンノコトデショウ」
無感情度が増した。
「落とす気満々だっ!!」
なんとなくコイツのノリがわかった気がする。コイツなりに緊張をほぐしてくれたんだと理解しておこう。
「あの……、もしよろしければわたくしが……」
「「ルイズ(姫様)はダメ」」
「何でっ!?」
ルイーザには王女らしく、かっこよく登場していただきたい。荷物運びをしながらの登場なんて威厳も何もないだろう。
ちょっと不満そうな顔をしていたが、再び上がる戦いの声に窓の外を見下ろすルイーザ。
表情が引き締まる。
「行きますっ!!」
「おうっ!」
「はいっ!」
「んっ!」
ルイーザの声にこたえる俺達の掛け声はバラバラだった。
それでも4人揃って戦場の上空へ飛び出す。
「進めっ!そこだっ!!!」
「くうっ!!」
眼下に激突する両軍を見ながら降下する場所を探す。
「レーゲンハルト様……」
首の後ろで無感情な声が聞こえた。俺を抱えている親衛隊の娘だ。
「重たいから下ろしていい?」
「何言ってんの、お前っ?」
高さは未だ2.5階分。つまり1階分も降下していない。
やる気が無いにも程がある。いや殺る気はあるのか?
竜血の影響もあるのだろうが、後もう少しだけ頑張ってほしい。
「あ、あそこ見て。ちょうど真ん中が空いたよ。投げるよ。いいよねっ!?」
「質問するならっ、答えを聞けーッ!!!」
俺の抗議は聞き入れられることなく地面に放り投げられた。幸いにしてブリューナクにはエルの魔力が充填されている。骨が折れても何とかなるだろう。
ズッゴオオオッ!!!
地面に激突したブリューナクは幸か不幸か石畳の隙間に吸い込まれ、その衝撃が周囲の石畳を捲り上げる。
「何だっ!」
「何か降って来たぞっ!!」
「引けっ!一旦引くんだっ!」
「こちらも距離をとれっ!戻れーっ!!」
地面に転がりながら周囲の物音を確認する。
どうやらうまい具合に戦闘を止めることができたようだ。
(怒るに怒れん……)
隣にふわりと誰かが降り立つ気配がしたので振り向くと、件の娘が。
「んっ!(ドヤ顔でサムズアップ)」
グッジョブなのか、自分すごいでしょなのか。どちらを示しているのか不明だが、どちらにしろ非常に腹が立つ。
俺の沈黙を肯定と受け取ったのか。笑みを若干強くした後、煙の向こう側へ消える。
「そこまでです。双方、剣を収めなさい」
頭上からルイーザの声が降ってくる。俺は降りてくるルイーザの手を恭しく握ると地上へ導く。
親衛隊の2人はいつの間にかルイーザの左右で剣を構え、それなりに格好よく立っていた。
俺も遅れて半身寄せてルイーザを正面中央に配置しながらも、守れるように……だけどこちらから攻撃する意思はないと示すようにブリューナクを地面に突き立てて仁王立ちする。
「わたくしはっ、マグナ・サレンティーナ代表ヴィットーリアが妹、ルイーザです」
あえてヴィットーリア女王とも、ルイーザ王女ともいわない。王族である事を示して命令できるのは同じ竜や竜人だけ。
後方に控える兵士は皆ルイーザに対して膝を折り忠誠を示しているが、目の前の人間にそんな階級は無意味だ。
「あなた方人間が竜人に対してあまり良い印象をもたれていないのは、存じております」
そんな人間に対して少し緊張しながらもルイーザは語りだす。
「この度の戦いはそんな不満を知っていながらも放置していた我々にも十分に責任があります」
人間の後方……負傷して下がっていた者たちだろう。突如中断した戦闘に、何事かと顔を覗かせている。
「ですが、その不満は直接我々に向ければよいものです。市街戦を行い、市民を不安に陥れ、命を奪ってよい理由にはなりません。あなた方にも守るべき家族や大切な存在が居るはずでしょう?」
ルイーザが人間に向かって静かに歩み寄る。
「どうか、安易に武器を取って戦う道を選ばないでください。我々と話し合いを……」
「戦場で『話し合い』?何をふざけた事を言っているんだい、お姫様?」
「っ!」
「きゃっ?」
嫌な予感がした俺はルイーザを親衛隊の方へ突き飛ばし、身体を滑り込ませた。構えたブリューナクの腹に剣先が激突する。
「へえ……」
剣を手にしているのは俺と同じくらいの背丈の人間だ。
(人間……?いや、この感じは……)
目を合わせた瞬間、ぬるりとした感覚が脳裏を駆けた。
「君は人間じゃないのかい?」
それはこっちが聞きたい。
コイツが聞いているのは人間なのになんで竜人の側についているのかということで、俺が聞きたいのはコイツは人間じゃないんじゃないのかという事だが。
「だったらなんだ?」
「……」
男は何も答えずに剣を離した。そしてそのまま人間たちの前線まで飛び退ると、今度はルイーザの方へ視線を向ける。
「この期に及んで話し合い?本気で言っているのかい、君は?」
「わたくしは本気です。人間と竜は分かりあって生きていけますっ!!」
「それで?君にどれほどの力があるっていうんだい?」
「……何が言いたいのですか?」
「数で劣る竜や竜人がなぜ人間の上にのさばっているのか、知らないわけじゃないだろ?力さ……」
男はこの状況を示すように手を広げる。
「そう力だ。何をなすにも力が居る。君たち竜はその圧倒的な戦闘力で人間を支配し、君臨している。そんな君たちが話し合い?」
「くっ……」
「だいたい君は姫だろ?この国を支配しているのは女王ヴィットーリアだ。君との話し合いに意味があるとは思えないけどな」
ルイーザが悔しそうに唇を噛む。
自分の力不足はずっと感じてきた。今回頑張りはしたものの、やはり実際の政治に対する影響力は低いと言わざるを得ない。
「竜と人は根本的に違う存在だ。分かりあうなんてありえない。君たち竜人と人間には圧倒的な戦力差がある。今宵とある力を以ってそのアンバランスを解消させてもらった」
男が懐から取り出したのは瓶に入ったままの竜血。
(マズい……。あれを浴びせられたらルイーザ達が)
俺は男とルイーザの間に、視線を遮らない程度に入り込む。
男はその行動を見て、俺が知っている事を即座に見抜いたのだろう。俺の方へ向けた瞳が薄く歪む。
(余計な奴が居るとも思ったか。俺は『人間と竜が分かりあった』例だから……)
俺を無視して男の話は進む。
「己の優位性が無くなった途端話し合い、と言われて信用すると思うかい?むしろ力こそ全てだと証明するようなものじゃないか。人間が反乱を起こさなかったら話し合い何て言いだしたかい?……ないね。人間が行動を起こしたからだろう?」
「それは違いますっ!確かに我々竜は人間と虐げてきました。でも、そのままで良いなどと……」
「それはいつだい?明日になれば変わるのか?1カ月先か?1年先か?それとも100年先の話なのかい?」
「っ、それは……」
ルイーザが語れるのは理想だけだ。まだまだ力が足りない。
「それでも、それでもこうしてぶつかり合って血を流すのはっ!悲しみを増やすのはおかしいと思うのですっ!!」
「今血を流さなければ人間はずっと虐げられたままだよ?死ぬまで悲しみを、苦痛を押しつけられたままだ」
ここにも竜と人間の差がある。
『一生』という捉え方だ。
人間はもって100年だが、竜人は500年、そして竜は1000年以上生きる。
その点でこの男は人間の不満をうまく利用している。
そもそもこの討論は最初から男の方に勝ち目がある。ルイーザは竜と人間には話し合う余地があると示さなければいけないのに対して、男はその可能性はないと断じればいいだけ。
証明するよりも否定するほうがはるかに簡単なのだ。
「だからやり方に問題があると……!」
オオオオオオオオオッ!
「っ!?」
「まさか……」
目の前の男に気を取られ過ぎた。
ここより町の中心部の方から戦いの声がする。
「すまないね。時間切れのようだ」
男が声が聞こえる方を振り仰ぐ。同時に身体がふわりと浮かび上がった。
「お前……、魔族か?」
「そうだよ。でもそんな事気にしている場合じゃないんじゃない?」
確かに。あの声がする方が人間達の本隊なのだろう。声の量が違うし、気がつけば後方に居た人間の数が減っている。おそらく本隊に合流するつもりだ。
(いつの間に指示を……いや、最初からそういう作戦だったのか?こちらは陽動。警備隊の本隊ばかりかルイーザや俺まで釣られた)
元々人間10に対して竜人1の割合で警備するようになっているから、こんな事態でも各所にある程度の数は配置されている、とマリアさんが言っていた。
(でも今は1対1で配置しないと耐え切れない)
あちらのほうが数が多いとすれば押し切られる。
「ハルトくんっ!城まで引きますっ!!」
「ああ、それしかないか」
俺が頷くと同時にルイーザは部隊の後方へ。そのまま警備隊を先導して動き出す。当初の目的どおりではあるが、完全に敗走する形だ。人的被害が……。
ぞくり。
「っ!?」
振り向けば見覚えのあるナイフが向かってきていた。エルたちを誘拐して連中が握っていたものだ。刀身に紫色の……いかにも毒ですよという見た目の液体が塗られている。
俺は咄嗟にブリューナクを振り下ろし、ナイフを叩き落す。
「おや?今のは完全に隙を突いたつもりだったんだけど……。厄介だね君は」
魔族と名乗った男は現れたのと同様、人間の視界の外……頭上から攻撃を仕掛けてきた。
「むっ!!(本当に厄介だな君たちは……)」
男は一瞬城の方に目を向ける。しかしすぐにこちらの視線を戻した後残念そうにしながらもそのまま飛び去った。その姿は夜の闇にまぎれてすぐに見えなくなる。
「ちぃっ!」
ナイフを受けたために完全に引き際を失った。戦場に取り残された形だ。
ルイーザたちは既に動き始めている。俺が人間であることを確認して多少動揺したようではあるが、それでも敵であるとは認識したようで。
(この数を相手に戦うなんて無謀すぎる)
後方は移動してしまったとはいえ、まだ30人は残っている。1対30。勝てる見込みなどゼロだ。
後ろを取られないよう飛び退りながら構えを取るがそれもそろそろ限界だ。
(回り込まれる……!)
視界の端を人間が抜けていく。
(いっそ、背を向けて合流を優先するか?いや、もう遅い)
既に間合いギリギリまで囲まれている。背を向けたが最後、串刺しは免れない。ブリューナクで叩けば傷は癒えるが、そもそも刺した剣を引き抜いてくれる保証は無い。
そうこうしている間に後方にいくつかの気配が。しかしそちらを振り向く余裕は無い。
(ここまでか……!)
「何をやっているのですか、レーゲンハルト様」
「ぐぎゃっ!」
「うわっ!」
背後に迫っていた気配が消える。
「お前らっ!!」
代わりに立っていたのは親衛隊の2人。
「面倒くさい……」
相変わらず心底迷惑そうにしながらも無表情に呟く。
「何で戻ってきたんだ?」
俺のことなんかあっさり見捨てると思っていたんだが。
「あなたに亡くなられると、姫様が悲しみます。それだけです」
「蹴散らすから。レーゲンハルト様、一緒に刺されないでね」
レイピアを構えながらフリのような発言はやめてくれないだろうか。しかもなんか笑顔だし。
「親衛隊アニェーゼ・ブラッティ。参ります」
「同じくロジータ・チャッフィ。刺し貫くよ」
「助太刀感謝する」
3対30。劣勢は変わらないがもう背後を取られる心配も無い。幸いにして人間側は正規軍というわけでもない。
「反撃開始だっ!」




