望むセカイ
「……よくわかんないんだけど?」
「わ、わたくしだって……っ!だって、だって走らないと怒るんですのよっ!!」
「いや人間なんてなぎ倒せばいいだろ?」
どうも誘拐されたルイーザはここで強制労働をさせられていたらしい。ただその内容がただ走るだけ……。あとはダンスみたいなことをさせられたらしい。
「だっ、だから魔力を封じられてて……」
竜人の腕力は筋力と魔力があわさったものだ。だから全力を出せず抵抗できなかった、と。
だが逃亡を防ぐためとはいえ、労働力として連れて来たのに魔力を封じては本末転倒ではないだろうか。
おまけに食事は結構出るらしい。加えてドリンク飲み放題。
奴隷としては妙に好待遇だ。
「(そもそも強襲してまでさせたかったことが、単なる労働……?)ん?」
ふと視線を上げるとルイーザが不安そうな顔で見ていた。何か変なこと言っちゃった?、かな。いや……ちゃんとできなかった?のほうが正確か。
「そっか……。お疲れさん、よく頑張ったな」
「ん……」
もう一回撫でてはみたが、口は若干緩んでいるものの眉は歪んだままだ。
「どうした……?」
「……(子供扱いされたくないだけですの)」
小声で何か呟いたが聞き取れない。
「ま、いいや。そろそろエルを探さなきゃ……」
「エルちゃん……ですの?」
「何だどうした?」
「ハルトくんにとってエルちゃんは、本当に妹みたいなものなんですの?」
「……またその話か」
その件は昨日の昼間終わったはずだが。
「エルちゃんを1人の女の子としてみないのはなぜですの?好きなんでしょう?」
「俺たちはちっちゃい頃から一緒にくらしてたから、兄妹みたいなもんで……」
同じことを聞かれたので同じことを答えようとする。
「何を恐れているんですの?」
「っ……」
言葉に詰まる。それはジルバン・シュニスタッドを出る時にも言われた言葉だ。
「その様子だと自覚も思い当たる節もあるようですわね」
「今ここでするような話じゃ……」
ここは戦場だ。のんびり話をしているわけにはいかない。
「こんな事エルちゃんの前じゃ話せません。エルちゃんの告白を受け入れない理由。妹ではなく、一人の女としてみない理由。……目を逸らし続けているのもいいでしょう。でも何もせずに逃げ続けていたら、いざその時に後悔しますわよ。こうしてわたくしやエルちゃんを助けに来れるハルトくんは、行動できる人でしょう?」
俺が恐れている事。眼を逸らし続けている事。
そして諦めてしまっている事。
「ああそうだ。俺は人間だ。俺はルイズたちより早く老い、確実に先に死ぬ。竜の一生から考えればまだ若く……幼いといってもいい時に俺は死ぬ。最愛の人間がそんなに早く……」
「では今すぐ居なくならないのはなぜですかっ!失う悲しみを味あわせたくないというのならっ、さっさと身を隠せばいいっ!!エルちゃんが生きていると分かっているなら、さっさと逃げて幻滅されてしまえばいいっ!!!それなのに近くに居る理由は何っ!?ハルトくんはズルいんですのよッ!勝手に善意を押し付けて、期待させて……、それで最後は受け入れられないって、そんなのありますかっ!?」
ルイーザが突然怒り出した。
……いや違うな。この話を切り出した時からすでに半分怒っていた。ひょっとしたら今朝あたりからずっと考えていたのかもしれない。
「エルちゃんを理由にして自分の気持ちをはぐらかして、現実から目を背けて……旅の目的だってそうでしょう?『エルちゃんのやりたいことを探す』?そんなの決まってますわっ!!ハルトくんとずっと一緒に居たいって、夫婦になりたいってそれだけじゃありませんのっ!!!」
そうだ。エルはずっと言い続けている。俺とずっと一緒に居たいと。
そして生きる時間の違う俺は、自分が死ぬまでの間だったら当然一緒に居ると誓っている。それでエルの願いを叶えていると勝手に満足して、勝手に諦めている。
でもエルの願いが、エルの言う「ずっと」が俺が死ぬまでではなく、エルが死ぬまでだとしたら。
果たして俺はエルの事を考えていると、本当に愛していると言えるのだろうか。
「それでも、それでも俺は人間なんだ。下手な希望を持たせて絶望させたくない。少なくとも俺は竜と同じ時間生き続けている人間の話なんて聞いたことがない」
希望が絶望に変わった時、それでも俺たちは笑顔で死別できるのか。最初から限りある命と認識してその中で最高の時間を過ごしたほうがいいのではないか。
「……だったら旅の目的を、不老不死になる方法を探すくらい言ったらどうですのっ!?あなたが今知っている世界がどれほど小さいか、旅を続けているのであれば分かるでしょう!?エルちゃんには何も言わずに、勝手に諦めてっ!それで納得すると本当に思っているんですの?エルちゃんの気持ちに本気で応えていると、エルちゃんの目を見て言えるんですのっ!?」
エルと共に生きるという意味が、竜と共に生きるという意味が変わっていく。
人としての人生を超えて、彼女達と同じ時間を生きる。
「そんなに簡単に諦めないでください。……わたくしたちは残されるっていうのは分かっていますの。覚悟もできていますの。でもっ……でも……、っ……悲しくないわけじゃないんですのよ……っく、うううぅぅぅぅ」
ルイーザは俺の膝の上で涙を堪えている。
そして俺の目を見つめて答えを待っている。
本当はいろいろ考えたうえで答えたい。
でもきっと、それは本当の答えにはならないのだろう。
いろいろ理屈をつけて、言い訳をして……結局できないという、やらないという理由を探すだけの行為。
ルイーザは言った。悲しくないわけじゃないと。
エルは言い続けている。ずっと一緒に居たいと。
俺は、俺の心は……。
「俺はエルと共に生きたい。探してやるよ不老長寿……。やってやるよエルと同じ人生を」
旅に出てから感じていた後ろめたさが消えた気分だった。
故国で竜人たちに言われた言葉の意味がようやく分かった気がする。
『お前に姫を幸せにすることはできない』
『お前はエルフリーデの事を本気で考えているのか』
俺は自分のできる範囲で、人の一生の範囲で幸せにしてやろうとしか思わなかった。
その先にあるエルの孤独に目を瞑って。
結果としてはそうなるのかしれない。
だけど、それでも、俺はエルと離れたくない。
今よりちょっと成長したエルに、寂しそうな顔をしたエルに送られる。
エルのそんな姿は見たくない。
「ハルトくん……」
「え?」
頬を触られて初めて涙を流している事に気が付いた。
「う……あ……」
止まらない。
感情が、想いが溢れ出して止まらない。
ルイーザの腕が頭の後ろに回って、抵抗もせず胸に抱かれた。
「うあ……あ」
後頭部を撫でる手は温かくて、俺は静かに涙を流した。




