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強行潜入

「帰って来ねえ」

 南町と北町の接する広場。岩山の向こうに沈みかけた太陽の最後の光が影を濃く落とし、広場をオレンジ色に浮かび上がらせている。

 俺は背中にブリューナクを背負ったまま西町のほうを睨んだ。物騒だとは思ったが持っていないとルイーザの魔力を感じることができないからだ。

 ルイーザと別れた後、人間中心の南町をうろついたが、昨日とは違い普通の人間の冒険者という扱いを受けた。エルを連れていないからだろう。てっきり昨日顔を覚えられてしまったかと思ったのだが。

 見かけた酒場に立ち寄って聞き込みをした限り、竜人への心象は悪いと言っていいだろう。情報交換が出来ていないせいなのか、竜人の少女が攫われているという噂自体流れていなかった。

 で、さすがに一日目で攫われることは無いだろうなと全く期待せずに合流場所に待っているのだが、そのルイーザが帰って来ない。

「まさか初日で攫われるとは……、俺やルイズが誘い過ぎたのか、相手が焦っているのか」

 さりげなくブリューナクの柄に触れ、ブリューナクに注がれたルイーザの魔力を感じつつ、大本の彼女の気配を探る。

 やはり方向的には西町。もう少し高いところから見れば正確な場所も分かるのだろうが、下手に場所の特定に時間をかけるより直接向かってしまった方が手っ取り早いだろう。

 行きがけに屋台で夕食代わりの軽食を買い西町に向かった。



 既に日の届いていない西町は昨日エルと一緒に見たまま、暗く湿った空気が淀んでいた。

「何だこの雰囲気……」

 暗い雰囲気は相変わらずだがしかし、確かな活気が存在している。

 例えるなら決戦前夜。

 皆息を(ひそ)めているものの、闘志が抑えきれず溢れている。こちらを観察する視線も心なしか集中力がないように見える。

 そして確かな敵愾心。

(昨日俺たちを襲った奴の仲間……あるいは本人だろうな、コレは……)

 どうやら一刻の猶予もなさそうだ。

 俺は視線から逃れるように建物の影へと向かう。住宅が密集した場所を避け水路を辿って迂回する。水路が行きつく先が工場区。ルイーザの魔力もそこから強く感じる。

 極力熱気を避け、人の気配を避けながら細い道を進んで行くと工場区に辿り着いた。

 そこは居住区とはまた違う不気味さを持っていた。油の臭いとか鉄が腐った臭いとかが停滞している。そしておそらくここで昼間作業している人々の汗……そういう生活臭が残っていながら、しかし人の気配が全くしない。

 水路を流れる水の音だけが無機質な壁に反響している。

 空を見上げればもう日は沈んでいるようで、空にはまだ夕方の明かりが残っていたが地上はもう夜の暗さである。

「あそこか」

 ルイーザの魔力を追っていくと一箇所だけ警備の人間が立っている場所がある。まるで休憩がてらタバコを吸って談笑しています、といった状態を装っているようだ。しかしそこ以外に人間の気配が無いところを見ると当たりだろう。

 問題はいつ仕掛けるか。白衣を纏った2組の男たちは一見気を抜いて隙だらけに見える。

「……あれ?」

 襲撃の機会を窺っているうちに男たちはタバコの火を消すと、普通に扉を開き普通に中に入って行ってしまった。

 扉に鍵をかけた様子は無い。

 恐る恐る近づきノブを回すとやはり何の抵抗も無く回っていく。

(罠か?)

 しかし急いだほうがいい。この建物やその周りは相変わらず静かだが、居住区の熱気から察するに今夜何かが起きる。あるいは既に起きている。

 どちらにせよ二人を救うためには中に入らなければならない。

「仕方ない……。行くぞっ!」

 俺は勢いよく扉を開け放ち、さらに1歩踏み出した足が空を切った。

「階段っ!?」

 扉を開けた先、そこには地下へと斜めに続く穴が口を開いていた。

 体勢を立て直さなければそうは思ったが勢いが付いていたために踏みとどまれず、階段を転げ落ちた。踊り場が無かったために地下まで一気に転げ落ちる。

 ドガガガッ



 ―――同時刻。

「さあ、踊り狂え人間共。ひれ伏せ竜。革命の始まりだよ……」



「っは!?いっつー……」

 体のあちこちが痛い。そのお蔭で目が覚めたので甘んじて受け入れる。

(目が覚めた?……そうか気絶してたのか)

 思考に認識が追いついた。

 ここは階段を転げ落ちた先、曲がり角の壁の前でノびていたらしい。それほど長い間ではないだろう。結構大きな音がしたはずだが誰かが近づいてくる様子はない。

「侵入者がいるのに誰も出てこないってどんな隠れ家だよ」

 改めて周囲を見回す。

 階段を降りた後直角に曲がった先は丁字路になっていて、それぞれ5メールほど進んで曲がり角になっている。

 そして通路の途中には扉が3つ。ブリューナクから延びるルイーザの魔力はそのうち一番右側の扉につながっている。

 階段を転げ落ちても出てこないくらいだ。もう遠慮することはないだろう。

「エル、ルイズッ!」

 やや硬めの木で作られた扉を迷うことなくブリューナクで打ち砕く。そのまま扉の中心を抜ける形で部屋に転がり込んだ。

「うっ?」

 直後に鼻を掠める独特な臭いに少し咽る。

 家畜、とまでは言わないが酷く動物的な臭いだ。加えて甘い匂いも漂っている。廊下から届く頼りない光が照らすのは格子で仕切られた牢獄。それが光の届く限り奥まで続いている。

 室温は妙に高い。緊張したままの身体に汗が浮かぶ。

 上を見上げれば明り取りの窓が天井の高い位置に空いていた。恐らく空気の循環の役目も果たしているのだろうが、床付近を漂う空気は淀んでいてその役目はあまり果たせていないように感じる。

 部屋の暗さに目が慣れてきたので、臭いの発生源を探して牢屋の奥に目を向ける。まず目に映ったのはシーツの敷かれたベッド。牢屋と聞いてイメージするような使い古された代物ではなく、染みもなくまるでベッドメイクをされたばかりのようにぴんと張られている。

 そのベッドの上に無造作に投げされた足とその間から見える尻尾を辿っていくと規則正しく上下する胸に到達する。

 身につけているのは黒っぽい肌着……だろう多分。兵士が鎧の下に着るインナーに近い。上下セパレートになっていて、むき出しのお腹や腕には傷もなくやつれている様子も無い。

(多分ルイズより少し上くらいか?それにしても……)

 さらに部屋の中を見渡せば机や椅子など普通の家具が設置してあるのも見て取れた。外から丸見えということ以外は普通の部屋のように見える。目を凝らせば奥にはカーテンで仕切られたスペースがある。多分トイレだろう。さすがにシャワー施設があるとは思えない。

(なんか捕らえられているというよりは普通に生活してるみたいだな)

 結構な音を立てて侵入したはずだが起きる様子が無い。起こそうかとも思ったが、この施設を制圧しなければ起こしたところで助けられないので止めておく。

 通路の反対側に目を向けても同じような部屋が。ただしこちらは無人。どこかに連れて行かれたのかあるいは空き部屋なのか。

 ひとつひとつ確認しながら進んでいくと見知った背中を見つけた。先ほどの少女同様、黒くて上下にわかれたインナーを着ている。

 そのインナーの切れ目から飛び出ている赤い羽根と尻尾を不安そうに揺らしながら、ベッドの上で膝を抱えている。

「おい、ルイズ」

「はひっ!……へ?ハ、ハルトくんっ!?」

「おう」

 不安そうに振り返ったルイーザの瞳が俺の顔を捉えるなり大きく歪む。そして俺のほうまで寄ってくると鉄格子の間から手を出して抱きついてきた。

「ふえぇぇぇんっ!ハルトくぅんっ!」

「うわっ、なんか汗臭っ!」

「ひどいっ!」

 思わず頭を抑えて近づいてくるのを阻止してしまったが、ルイーザの表情が感激から絶望に変わり始めたので仕方なく身体を受け止めた。

 といっても格子越し。腕を絡める程度である。

(なんか本当に汗臭いな。……さっきから感じる臭いの原因はルイーザか?いや幾らなんでもひとり分の匂いでここまで広がらない……。てことは他の竜人たちの汗の臭いってことになるのか?)

 エルには割と頻繁に川で水浴びをさせているので旅をしている時もあまり汗臭さを感じたことがない。ルイーザだって一応お姫様だ。毎日体を拭いてもらうくらいしているだろう。実際、出会ってから汗臭さを感じることはなかった。

 わずか半日でここまで汗臭くなるものなのか。

 俺は未だ抱き着いているルイーザの頭頂部から視線を外して、檻の奥へ視線を向ける。

 ルイーザの捕えられている檻の中も机や椅子、きっちりシーツを伸ばされたベッドなどが置かれているが、やはりシャワールームのようなものは見受けられない。

(牢屋にそんなものあるわけないんだけど……)

 それでも誘拐してきたにしては妙に丁重に扱われている気がする。

「落ち着いたか?」

「ひゃっ、ひゃいぃぃっ!」

 自分が汗臭いことに今さらながらに思い出したのかルイーザは慌てて距離をとった。それからいつものようにごめんなさい、というような視線を送ってくる。

「元気そうで何より。……無事だな?」

「はい……」

 格子扉には鍵がかかっていたのでブリューナクで破壊した。結構大きな金属音が響いたが、相変わらず誰も駆けつけてこない。

 休憩がてらルイーザがうなだれていたベッドに座る。

「ルイズもこっち来いよ」

「え……でも……」

 ルイーザは2メートルくらい距離をとって突っ立っている。さっき汗臭いと言われたのを気にしているのだろう。

 しばらく待ってみたが近づいてくる様子がないので、手をとって強引に近くまで連れてきた。抵抗しないということは嫌がっているわけではないだろうと思う。竜人であるルイーザが本気で拒否したら俺にはどうすることもできない。

 手を離すと逃げそうだったので膝の上に座らせた。

「うわっ、うわっうわ……」

「別に初めてじゃないだろ?」

 落ち着かせようと頭を撫でたがむしろ体温が上がった気がする。

「だ、だって、わたくし今、その……汗……」

 ルイーザはそういいながらも体を離そうとしない。むしろ押し付けてくるような、甘えているような印象を受ける。

 独りで心細かったのだろう。今ここで知り合いは俺だけだから。

「……それだ。たった半日でなんでそんなに汗だくなんだ?」

「う……やっぱり、汗臭いんですのね……」

「だから逃げるな。……何があったんだ?」

 離れようとするルイーザの腰を抑えて顔を覗き込んだ。びっくりした顔をしたがすぐに思い出すために1度目を閉じてから話し始める。


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